zu145   「気まま書」変遷記

 
  「気まま書」って何? まずは誰もが思われることでしょう。当然です、私が勝手に名付けただけの代物ですから。その行きがかりから書いてみます。
 令和3年に入って「己書」という作品展を見る機会がありました。そして、7月の地元公民館学習講座の案内に「己書」の講義が出ていました。早速に申し込み、10月9日に2時間ばかりの体験をしました。長年作成しているホームページ(川柳&ウォーク)の「川柳連れ連れ草」の巻頭句を絵手紙のようなものにできないか、という思いが以前からありました。そこでこの講座に申し込んだのです。そしてこの己書を知った機会に、これに挑戦することにしました。はがき大の用紙に5・7・5の句と簡単な絵をつけたものです。更に「話・話」(ブログ)を素材にすることも思いつきました。そしてホームページへの掲載も始めました。


 己(おのれ)書とは、字のごとく、自分だけの書という意味です。己書の書き方には簡単なコツはあるが、絶対こうしなければいけないなどというルールはないようです。書き方や文字の書き順にとらわれることなく、自らが思うがまま、自由に筆を走らせ、自分の世界観を楽しく表現する新感覚の書、と書いてあります。と言いながらも、日本己書道場もあり、資格もあります。いろいろ見ていると一定の書き方もあり、見てこれは己書だな、と思ったりします。似たようなものに絵手紙があります。これもやはり一定の書き方があるような気がします。
 60枚以上書き上げたころ、己書と言うには己書をやっている人に申し訳ないな、と言う気持ちが起こりました。これは己書ではない、と言われる心配も起きました。それでは「我流書」かなと思ったが、それではあまりに妙味がありません。そこで「英人書」と呼ぶことにしました。英人は私の雅号です。これなら何を書いてもとやかく思うことも無く、いずれ独特の世界が描けたらそれこそ本望です。
 始めて3年半経ち、書いた書も125枚となりました。英人書としたものの、やはりスッキリしないものがありました。これは高齢者の気ままな遊び心で始めたことです。それなら「気まま書」の方が良かろう、と思いつきました。己書・絵手紙ならず「気まま書」です。そして句も川柳・俳句ならず「柳句」としよう。
 更に老いのいたずら心は発展します。これだけ書いてくると人に見せたくなります。LINE等で数人の方には見て貰っていましたが、地元公民館での文化展作品募集案内が目に付きました。出品に気持ちが動きました。昨年7月に『3かくは老いの生活前向きに』という柳句を作りました。3かくとは「汗をかく、恥をかく、字を書く」です。恥をかくために出品しました。作品展は令和7年11月1〜2日です。取ってあった昔の掛け軸型の布製カレンダーに少し細工をして、9枚ばかりを貼り付けました。説明も付けました。そして、今までに描いた130枚ほどをファイルに綴じて掛け軸の下に置きました。そっと見ていると結構見てくれる人がありました。担当者からも評判がいいですよ、と言ってもらいました。
 更にいたずら心は尽きません。その掛け軸を、2年ほど前から行くようになったママン’sショップ&カフェ(以下ママン’sと書きます)と言う喫茶店に持っていきました。店に展示してもいい、と言ってもらいました。そこで、もう少し小ぶりにし、縦27cm、横40cmばかりの台紙に4枚を貼り、説明も書きました。それが令和7年11月26日のことです。もう1枚台紙を作り、月1回くらいの割で差し替えることを思いつきました。
 次はママン’sカフェの担当者のことです。今年の1月21日のLINEです。
「気まま書が大好評です。お客様の作品とし、ママン’sのインスタグラムに週1回投稿して載せていきたいのですが、大丈夫でしょうか?」という問い合わせです。私はインスタグラムをやっていません。ママン’sのインスタグラムを見ました。ここに載せるのか、いいだろう、と承知しました。そして少しの経緯はありましたが、4月7日から載るようになりました。そこには気まま書と一緒にこんな文も掲載されています。


 
【思わずほっこり笑顔になる『気まま』な世界。ママンショップ&カフェのお客様が作る『気まま書』。初めて見た時からママン’sスタッフは大ファンです。味のある達筆な文字、親しみやすいイラスト、そして思わず「わかる〜!」「うんうん!」と頷いてしまう句。作っているご本人の楽しさが伝わってきて、見る人まで自然に笑顔になる作品です】

 何を言っているのでしょう?あまりに誉めすぎです。でも今は言われるままに載せてもらって、様子を見ています。
 ママン’sは中日新聞の販売店が地元のコミュニティのためにと思って運営している店です。そしてこの販売店は「ファミリー」と言うミニコミ誌を月1回発行してきました。私は老人会活動や一宮友歩会のことなどもう10度くらいは記事にしてもらっています。それが、今年の3月の発行で中止という記事が目に入りました。それなら最後の投稿をしてみようと「気まま書」のことを書いて投稿しました。そして3月15日、第511号の最終版に次の文が掲載されました。ここまでに書いたことの繰り返しになりますが、書いておきます。


        **********************
  
 “「気まま書」ぜひ見に来て”
 令和3年10月に地元公民館で「己書」の講座がありました。そこで2時間ばかりの講義を受けました。それをきっかけに、はがき大の用紙に、それに似た様なものを書いてきました。昨年11月に千秋公民館の文化展に始めて出品しました。そしてその出品したものをママン’sショップ&カフェで見てもらいました。その後、4枚を台紙に貼り展示、毎月差し替えています。
 今年2月で書いたものは140枚ほどになりました。書いてきたものは575の句に、簡単な絵です。句は川柳や俳句と似ているもののそうとも言えず「柳句」とし、全体は絵手紙とも己書とも言えず「気まま書」と勝手に名付けました。私は今80歳です。老いの徒然に気ままに書いて「気まま書」と説明を加えました。店に来られた折にはチラッと見てください。

       **********************

 しかし、これほどずうずうしい話も少ないでしょう。学校時代から国語算数などと比べれば書や絵はかなり成績が悪かった。塾などに通ったこともなく、書や絵とは無関係に過ごしてきました。それが80歳近くなってこの話です。このような言葉をもらうのは、お世辞でなければ何でしょう。そして自分で気負って言うなれば80年の人生の表れであろうか。辛酸をなめ尽くした、と言えないまでも山あり谷ありの人生ではありました。それが書にも絵にも5・7・5の句にも現れる、そんなことはあり得ませんが、そう思うことにしておきましょう。そして老いるというのもいいものだと、思えます。まさに先に述べた「3かく」、汗をかく、恥をかく、字を書く、です。

 
インスタグラムは、また他の発展がありました。ママン’sでインスタグラムを教えてもらったことで、自分でインスタグラムに掲載を始めました。私作成の案山子を載せることにしました。私の家は県道に面していて車や人の通行が結構あります。通る車や人から見える場所に人物大の人形を作成して見てもらっています。見たくなくても目に入ります。これを私は案山子と呼んでいます。身体は1体ですが、着るもの、付けるもので男になったり女になったりします。長いこと1体でしたが、昨年からもう1体増やしました。増やした1体は女性です。古道具屋でマネキンの女性の頭部を見つけ、購入してきたのです。300円でした。飾り物などの小物は買うことはありますが、衣装はほとんどもらい物です。この案山子を見て、使って貰えないかと持ってくる人があります。またこの話をすると、衣装をくれる人もあります。あるものを利用して、お金をあまりかけないように作るのが妙味です。まさに廃物利用です。結構隠れファンが多いようです。「案山子のある家」で分かることもあります。年に7〜8回くらい衣替えをします。作り始めてもう10年くらいになるでしょうか。調べてみたら2016年10月の写真がありました。それをインスタグラムに載せることにしました。現在まで6体載せています。時折「いいね」もつきます。これも気まま書からの発展と言えるでしょう。この老人、何を戯れているのだろう、そして幾つまで生きられると思っているのだろう。
                     (令和8年4月19日)

川柳&ウォーク