zu143   「 満 8 0 歳 」


 
 川柳連れ連れ草第285号に書いた文と句を活用しながら、随想を書いてみます。
 人間の命は生きている限り、絶え間なく、区切りもなく連綿と続いていきます。しかし、人間は各種の記念日を設け、区切りをつけながら上手に生活しています。私は今年9月に満80歳を迎えました。「90歳、何がめでたい」という佐藤愛子さんの言葉があります。80歳は何がめでたいのでしょう。寿命は延びましたが、日本人の男性は80歳代で約5割が亡くなる、という統計があります。各種記念日や10代、20代と言った年代もいろいろ意味があると思いますが、80代は生命がなくなる、ということで特に重要な年代の気がします。このことからこのタイトルを思いつきました。


    ◎誕生日満八十歳にたどり着く
    ◎八十代その重要性考える
    ◎半数が亡くなっていく八十代
私は満80歳と言えることを少し楽しみに待っていました。79歳と80歳では聞こえが違います。今の時代70代では何も驚きませんが、80代と聞けばそんな歳ですか、と少し驚いた感じになります。80代でその元気さですか?と言って貰える気がしたのです。しかし、いろいろ調べていくうちに、80代で半数がなくなることを知りました。男性は85歳で亡くなる人が最多です。いくら元気でも多くは80歳半ばまでに亡くなるのです。今年11月に大学の同窓会を計画しました。23人に案内文を送ったところ、4名の訃報連絡がありました。そして身近な人を見ていても実感します。

    ◎最大の峠は死と向き合う道
    ◎八十歳新たな道に覚悟高め
 人生いろいろな出来事のうちでも、死は最大事です。その死と向き合うのです。死はいつ訪れるか分からない、ということは頭では知っていても、大病でもしない限り現実感はありません。でも80代は今元気でも、死は目の前にあるのです。覚悟が必要です。


   
 ◎気を引き締めた途端の災い
    ◎腰痛に歯痛に突如襲われる
    ◎出鼻をくじかれて意気消沈の日
 こんなことを思っていた矢先に、腰痛に見舞われました。少しの畑仕事をしていて突然覚えました。そして動く度に痛さを感じ、数日しても引きません。40代の時に椎間板ヘルニアを患い、その時の治療がよかったのか、その後何十年と腰の痛さを知りませんでした。疲れて痛い日があっても翌日には治っていました。何十年ぶりです。そうしているうちに今度は歯が痛くなるのです。食べられません。原因に思い当たることはありません。数日辛抱して、腰は接骨医院へ、歯は行きつけの歯科へ行きました。

    ◎数日の治療で痛み消えていく
 接骨医院へは4回ばかり行き、かなり楽になってそれで終わりです。歯科では頬の筋肉が固まっている、と言われ、マッサージするように言われました。少し噛み合わせも治し、それで終わりでした。そしてこれも数日で治りました。これは何なんでしょう。今年の暑さからの疲れでしょうか、大きな原因はないようです。何か狐につままれた感じです。


    
◎新たな道の導きと捉え直す
    ◎慎重に慎重にただ動くのみ
 これは要注意という警告と捉えました。過信はいけない、慎重に、慎重に動けと言うことでしょう。高齢者に転倒は最もしてはいけないことです。転倒が原因で、行動や生活が一変した人は身近にいくらでもあります。私の本家筋のご主人は、今年1月に転倒し、それが始まりでいろいろ起きて7月には亡くなってしまいました。信じられない展開です。

    ◎好奇心積極性は失わぬ
 だからといって、好奇心や積極性を失ってはいけません。それこそ老いを早めます。幸いに今の私は、一宮友歩会や老人会の事業、その他でも忙しく飛び回っています。特に一宮友歩会と老人会は、私がこけたら終わりと感じています。継いでくれる人はいないでしょう。そして10月の一宮友歩会の例会で、再来年の予定まで話してしまいました。これでは絶対に倒れてなどしておられません。

   
 ◎切れ目なく続く命の折り目とし
    ◎人間の知恵が作った記念日
    ◎めでたくもエメラルド婚迎えてる
    ◎誰にでもくる幸せと思えない
    ◎幸運も取り込んで明日の力とし
 私たち夫婦は、この10月結婚55年、エメラルド婚式を迎えました。2人で食事に行った位で特に何の行事もありませんでした。知人に言われました。エメラルド婚は誰もが迎えられることではありません、この幸せを感じてください、と。私の妻も万全の健康ではありません。10年近く前にリンパ腫と告げられ、いろいろな治療をしてきました。今は比較的落ち着いていて、ほぼ普通の生活を保っています。でも明日は分かりません。今の幸運を生かしていかねばいけません。

    ◎晩年になるほど折り目大切に
    ◎恥じない八十歳に務めねば
    ◎意識高め日々感謝で過ごすのみ
 最初にも折り目、節目のことを言いました。いろいろありながらも日々は淡々と流れていきます。結婚記念日や80歳という歳、こうした折り目節目を意識し、日々に変化を持たせ、命を感じ、それを大切に、そして感謝して過ごして行かねばと思っています。折角元気な80歳を迎えたのです。恥じない日々にも務めねばなりません。


 
かなり気負った文になってしまいました。でもこれくらいの気負いがないと負けてしまいます。最近の生活や思いをもう少し書いておきます。
 やはり80歳は区切りの歳です。今年は小、中、高校、大学と同窓会があります。小中高校はすでに終わり、大学は先にも書いたとおり11月7日です。10年毎の高校は今年が最後ということでした。小、中、大学は私が世話人代表ということもあって、私ができなくなるまで続けることでしょう。
 私の住む町では、秋に文芸祭があります。この11月1、2日に行われる文芸祭に初めて出品します。絵手紙ならぬ己書ならぬ「気まま書」です。気まま書は私の勝手な名付けです。4年間ばかりで葉書大のものを130枚程書きました。廃物の掛け軸らしきものを利用し、それに9枚を貼り、残りは3冊の冊子にして出す準備をしました。老いのいたずら心ここに尽きる、そんな感じです。
 一方終活も進めています。これは妻の要望です。アルバムは数年前に、残すものを数冊にまとめました。公正証書の遺言書は1昨年作りました。また先日は庭木の伐採をしました。業者に来てもらって、太い木は根元から、小枝の木は胸くらいの高さに切ってもらいました。予定していなかった門かぶりの松まで切ってしまいました。これは妻が業者にそう言わせたのです。寂しくなりました。でもじきに慣れるでしょうか。妻は整理、整理と言いますが、私はあまりその気はありません。


 つい先日、職場の同期であった知人から50ページばかりの冊子を渡されました。読んでみてびっくりです。今年1月に突然、白血病で余命宣告受けたというのです。やりたいことがあったら、明日と言わず今やりなさい、と言われたというのです。そして彼は、治療の合間を縫って7月に3日間、ヨットで1人瀬戸内海まで出かけるのです。本の副題は「余命を告げられた老ヨットマンの挑戦」とあります。こういう人もあるのか、と唸るばかりです。「明日死ぬと思って生きなさい 永遠に生きると思って学びなさい」、これは近年の私の座右の銘です。身近な人にこういう人を見ると、この座右の銘や先ほどから書いてきたことがより切実になります。私は丹羽郡十八日講という浄土真宗の講組に参加してもう10年になります。毎月のように法話を聞いています。その時はなるほどと思っても数日もすれば忘却の彼方です。宗教は人生の一大事、死に向き合うことです。これは同時に、今をどう生きるかを考えるものです。余った人生の余生ではなく、与えられた残り少ない与生をどう生きるか、それを考え実践するのが、私が満80歳になって気がついたことです。80代をいかに生きるか、満80歳はその出発点です。どんな人生が待っているのでしょうか、興味津々です。        (令和7年11月14日)

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