zu095          老 人 ク ラ ブ

 平成24年12月から今年9月までの老人クラブの旅行に10回連続参加している。老人クラブに入会したのは60歳になる年からであるので、もう10年になる。「老人クラブとは早いなあ」と少し不満に思いながらも、歳が来れば入らねばならぬものと思って入会した。入会したもののほとんど活動には参加していなかった。平成24年度に町内のクラブ会長に推されてから実質的に始まったようなものである。老人クラブの組織は地域によって様々であろうから、これから述べることは私の場合はと言う限定のことになるかも知れない。

 私の町内は総戸数約570戸であり、老人クラブ会員は300人を越している。概ね50人を1クラブとしているので、6クラブがある。私の会長というのはそのひとつのクラブの長である。そして6人の会長の代表会長は、私より年輩の人にお願いして、私は副代表と言うことになった。会長の下には2人の世話人がいる。更に17町内が集まって連合会を構成している。連合会の会議には50人近いクラブ会長が集まり、概ね月1回会議が開催される。町内の老人クラブは連合会の指導の下にあり、連合会の下請け要素も強い。
 老人クラブには自治体(市)から助成金が出ている。規定による最低限の行事をしないと満額の助成金は出ない。そのために道路のごみ拾いや公園遊具のペンキ塗り、講演会や研修と名のついた旅行などが組まれている。私達も前年度に準じて活動計画を作り実施した。


 私の町内は何事においても独自性、積極性に欠けていると思っていた。昨年度町内会長を務めてよりその感を強くした。町内会に於いてさえそうであるので、任意の老人クラブなら尚更である。ほとんどの活動は役員だけでこなしている。だから一般の会員には何をやっているのかよく分からない。役員になって始めて分かるのである。そして1年の役員任期が終わればそれでまた終わりである。
 私が会長を務めてから約2年がたつ。わずか2年であるが、この間に更に大きな様変わりを感ずる。様変わりしつつあったものがこの間に顕在化しただけかも知れない。まず、もともと形式的には入会は任意であったが、実質的にも任意になってきたのである。誘っても入らない。入らない理由は役員をやりたくないと言うことが最大の理由である。入れば大半の人にいつか役員が回ってくる。それがいやなのである。また入会するメリットか分からないと言うのである。新規に入会資格のできる人もだんだん減ってきており、更に定年も延び新規入会者が輪をかけて減ってきている。寿命も延び老人は増えているのに、老人クラブの会員は減り続ける。これは我が町内に限らず全国的傾向であるようだ。そんな状況の中で役員の対応も変わってきた。私の頃までは役員になれば仕方無しでも各種行事に参加した。ところが私達の翌年から役員でも参加しなくなった。今年もそうである。それも私の町内に限ったことではなかったのである。


 この文を書いている間に「一宮市老人クラブ連合会」の会報が届いた。その中に会員減少の話が掲載されていた。それによれば、全国の老人クラブ会員は平成10年をピークにその後減少を始め、年間1600クラブ、会員20万人の割合で減少しつつある、とあった。

 私の町内では今年から6クラブが4クラブに減った。理由は明確で、会長の引き受け手が4人しか見つからなかったからである。4人の内の1人は再度の登板である。私もクラブ会長を務めたのでどんな程度の負担か知っている。連合会の役員ともなれば大変だろうが、クラブ会長ではそれ程のこととは思えない。それを言うと「貴方はそういうことが好きだから」「貴方はできるから」と言われてしまう。こう言われてはもう何も言う気にならない。私の会長の時に再登板もお願いしたので、多分、私にも再度の登板要請がくるだろう。その時は快く引き受けようと思っている。老人クラブ入会のメリットがないということについて、クラブの規約には目的として「高齢者相互の親睦活動とその知識と経験を生かして地域の諸団体と共同し地域を豊かにする社会活動に取り組む」とある。地域を豊かにする社会活動に取り組むのである。この歳まで生かさせて頂いて、今こそ還元、奉仕するのが高齢者である。メリットを言う人に私は「奉仕できることがメリットだ」と言う。もちろんそんな人にこんな言葉が理解されるとは思わないが・・・つい言ってしまう。

 でもその気になればいくらでもメリットはあるのである。奉仕ばかりでなくいろいろな親睦行事が組まれている。そのひとつが、冒頭に書いた旅行である。連合会では、毎年日帰り旅行が1回、1泊2日旅行が3回、2泊3日旅行が1回の計5回が計画されている。10回連続と言うことは2年間毎回参加したと言うことである。バス2台から4台の参加者がある。知り合いは増える、私程度の飲み量は支給されるし、ホテルも食事も結構良い、と思っている。老人ばかりだから行程はゆったりである。この点は少し物足りないが。先にも書いたが私は昨年度町会長であった。いつ何が起こるか分からないので、近年は年に10回程出かけていた旅行会社の旅行はすべてあきらめた。代わりに老人クラブの旅行はすべて申し込んだ。当日キャンセルしても全額返金されるからである。結果的にはすべて参加できた。役員の時参加しても役員を辞めると多くの人は参加しない。義務的に参加していたのだろうか。役員を辞めても参加している私は例外の部類である。泊まる部屋の相手は毎回変わる。これが苦痛な人とかえって楽しみな人があろう。私は後者の部類である。だから参加できるのだろうか。その他にも行事はいろいろ組まれている。スポーツでも趣味でもその気になればいくらでも参加できる。待っているだけで何のメリットがないと言っては何も始まらない。

 私は町内の団体で、老人クラブは一番活動できる団体ではないかと思っていた。一応、社会にも家庭にも一定の責任を果たした人の集団である。時間的余裕もある。見識もある。やろうと思えばかなりのことができる。しかし、現実は全く違っていた。義務も責任も持たない受動的老人集団であった。私のホームページの「伝えたい話・残したい話」には素晴らしい老人がいっぱい出てくる。活動的な老人も多い。どこかできっかけをつかめば素晴らしい集団に変わる可能性はある。今までは会員を増やし、助成金拡大に努めてきた感がある。しかし、これからは否応なく入参加がもっと任意になり、会員数は減り続けるだろう。そして本当に参加したい人だけになったとき、活動は活発になり建設的になって大きく転換するのではなかろうか。これでいいかも知れない。

 と思う反面、引っ込み思案の高齢者をそのままにしておいていいだろうか。惚けたり健康を損ねることを早めはしないだろうか。意思に反しても無理してでも参加してもらった方がいいのではなかろうか。先に紹介した会報に「会員100万人増強運動」が提案されていた。@勧誘から始めようAクラブをPRしようBクラブを作ろう、と3つの運動が示されていた。みんな入会して老人同士が助け合うのである。その資料によれば、2012年の総人口12710万人に対し65歳以上は3058万人、その比率は24.0%であったものが、2050年には総人口9200万人、65歳以上は3626万人、その比率は39.4%になるという。国民の半数近くが高齢者となった時困るのは高齢者である。若い人だけに頼れない。高齢者同士が輪を作り、少しでも元気に過ごし、困ったら助け合う。それには老人クラブと言うことであろう。自由は尊い、自主性を重んじることは大切だ。しかし、自由に任すと両極端に別れていく。現に世の中いろいろな面で2極分離が進んでいる。高齢者でも積極的な人と消極的な人、富者と貧者、献身的な人と利己的な人など両極端に別れていく。ここはどう考えるべきだろうか。

                                (平成26年11月1日)
                               

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