zu094          例会50回達成

 一宮友歩会では平成26年6月7日の例会で50回を達成しました。平成18年3月4日の第1回以来、年6回足かけ9年での達成です。第50回例会も50回の単なる1回に過ぎないが、社会一般に切りのいい数字の時、何か意味のあるものにしていることが多いものです。一つの区切り、けじめです。悪いことではないでしょう。そこで我が一宮友歩会でも第50回例会を記念例会と銘を打ち、コースを第1回例会をアレンジしたものとしました。そして、記念誌を編纂することにしました。入会金も年会費もなく、1回の例会に300円の参加費をいただくだけの運営ですので、金銭に全く余裕の無い会です。大したものは作れません。そこで1ページに4回分の開催年月日、例会名、参加者数、コースに主な見所、少しの説明としました。それでも表紙を入れて14ページとなります。そして100部を作り、7月例会から無料で配布を始めました。そして、過去を振り返ると言うことはやはり必要なことでした。やりっ放しはよくありません。特に先に続けていく場合には必要なことです。私にとって初めての作業でした。

 延べ参加者数は2802人、1回の平均は56名と言うことがまず分かりました。傷害保険に加入しているので、毎回保険会社へ参加者数を報告します。それを集計するだけのことです。過去最多は第6回の104名、最少は第31回の31名でした。これだけを見ると順調に見えますが、残念ながら参加者は長期減少傾向です。最近は50名を超えることも少なくなりました。これは今までの参加者が高齢になられ参加が少なくなった上、新規参加者が少ないからでしょう。他団体と比べても例会の内容や進め方には自信を持っています。やはり運営方法に問題があるのでしょう。一番考えねばならなことだと強く思うようになりました。参加者数と共に役員の高齢化も大きな問題です。新しい人にも入ってもらっていますが、私自身も9年前に比べ9歳年を取りました。記念誌の最後のページに「100回を目指していきます」と書きましたが、このままではとても無理でしょう。ウォーキングの愛好家は元々若くないのです。私がこの会を始めたのは定年の歳からです。


 歩行距離は754km、1回の平均は約15kmとなっていました。この距離は地図上で簡単に測ったものですので、かなり短めに出ます。実質はこの1割も時には2割も長かったことでしょう。時折指摘を受けますが「直線で図っていますからね」と笑って答えています。平均15kmという距離に、一般の方には長く思われるかも知れません。しかし、例会は午前9時から午後3時を目途としています。見所や休憩も多く取っています。大雑把に言って1時間毎に休憩があると言ってもいいでしょう。私は「1時間連続して歩ければ大丈夫です」といっています。最初の頃は20km前後の例会も組みましたが、最近は短めにしています。これも高齢化を考慮してです。


 編纂して気づいたことは、いかに多くの方に説明をお願いしたかと言うことです。これは会の方針として努力してきたことですから分かっていたことですが、改めて驚きました。日本河川協会会員のY氏や城愛好家のM氏は言うに及ばず、各地のガイド団体や寺院の住職の方、行政の方などほとんど毎回のようにお願いしています。方針とは言うものの本当によくこれだけお願いできたものだと感慨を覚えます。私はこんなに説明のあるウォーク団体を知りません。私は一宮友歩会を説明するとき「地域の地勢や歴史を学ぶ場です。ただ移動手段が歩きだと言うことです」と言っています。頼めそうな人には積極的に頼みます。「迷惑をかけることはいいことだ」と勝手に言っています。「説明をする人にとってもその地域を知ってもらうことは価値のあることで、そういう機会があることは迷惑ではないはず」と勝手に解釈しています。そう思えなければ、いくら図々しい私でもそんなにできません。とは言ってもY氏やM氏は別です。二人ともこの会ができる前から私とは縁のある人です。それがこのような形になったのは私の望外の幸運です。お二人にはただ感謝、感謝です。


 第49回までは、一部同じところを通っても各回全く違ったコースです。第50回のコースは第1回をアレンジしたものですが、それでもかなり違ったコースとなりました。ですから50回すべて違ったコースと言ってもいいでしょう。現在まで「史跡巡りシリーズ」と「河川探訪シリーズ」の二つのシリーズで進めてきました。目的を持ったウォークにしようと言うことで、最初からこのようにしてきました。史跡巡りでは、厳格ではないのですが、主に市町単位にしてきました。河川探訪では木曽川、日光川、五条川、庄内川、合瀬川、天白川、堀川を下流から、また上流から数回に分けて歩いてきました。今は境川を歩いています。川を歩くと言っても、堤防ばかり歩くのではなく、その近くの名所を訪ねていきます。コース作りには資料や情報を集め、少ない自分の知識を駆使し、まず地図上にコースを描きます。役員会で了解を得た上、コースリーダー(担当者)を決めます。決めたら早々にコースリーダーと私の二人で歩きます。下下見と呼んでいます。これが一番大変です。概略の地図を元に危険の少ない道、見所、トイレや昼食場所の選定等に行ったり戻ったりしながら決めていきます。トイレは少なくとも1時間半毎には必要ですので、見所等にないときはトイレのためだけに立ち寄る場所を探します。昼食場所は雨天も考慮して探します。公園は意外にトイレがなく、神社はほとんどありません。おのずと寺院が多くなります。下下見では、出来上がったコースの5割以上を歩く場合も少なくなく、また1回で終わらず2回になることもあります。最近は次年度の例会計画を10月例会で公表するようになっています。下下見は公表するとすぐ始めます。早く安心したく年内に終えるように始めますが、なかなかそうはいかなく、1月2月に入ります。夏の例会の下下見を雪の日に行ったこともあります。例会日の約1ヶ月半前に参加できる役員全員で下見を行います。いつも8名前後で行っています。多くの役員がコースを知ることやコース上の注意点を話したり、コースの微修正をします。そして、例会日までに配布用のコース地図や参考資料を作成します。例会当日となります。例会はまず出発式を行います。会長の私の挨拶、コース説明、準備運動をして歩き始めます。先頭は当日のコースリーダー、そして旗手、途中に役員が入り交通誘導をします。最後尾はアンカーの役員が参加者全員の出発を見届けます。また忘れ物やごみ等に気をつけていきます。コースリーダーとアンカーの間を一団となって歩く団体歩行です。ゴールへ着けば整理体操をし、次回の案内をして解散します。「コース作りが大変ですね」と時折言われますが、そんなに大変と思ったことはありません。今までは大半が尾張部でしたがこれからはもっと遠くなっていくでしょう。それでも大変と思うときは来ないでしょう。そう思うときは引退時期でしょう。まだまだ楽しんでやっていけると思っています。

 「50回達成記念誌の編纂は大変だったでしょう」と言ってくれる人もありましたが、これもそんなに大変なことではありませんでした。毎回配布する例会案内や地図はデータとして保存してあります。例会の状況も第1回例会以外はすべてホームページに掲載しています。もっと詳しい記念誌もできますが、経費的にこの程度にしたまでです。最後のページに「回を重ねると小さなことも大きな成果となります」と書きました。50のウォークコースを持ったと言うことは大きな財産です。私は「継続」と言うことを非常に重視しています。「回を重ねるといろいろなことが関連づけられ興味も増します」とも書きました。このことは何度も参加されている方は実感されていることでしょう。先にも書きましたが「100回を目指していきます」と書きました。それには健康も体力も意欲も維持しなければなりません。100回を達成したとき、多分私は75歳を超えているでしょう。これには幸運も必要です。多くの方のさらなるご支援を願っています。

       記念誌は「一宮友歩会例会50回達成記念誌」です。

                                (平成26年8月26日) 

川柳&ウォーク