◎第42回例会(平成25年2月2日)
平成25年最初の例会は「史跡巡りシリーズ・名古屋編part1」として名鉄本線堀田駅集合です。今回から名古屋編を始め、その最初は瑞穂区内を回ります。前日夕方から雨です。そして朝になっても降っています。こういう天気は出足を止め最悪です。2月例会は毎年参加者が多い例会ですが、この雨で参加者は40名を切りました。しかしながら、出発式は駅より5分程度の惣作公園で行いましたが、この頃には傘の必要もなくなっていました。結果的にこの後も傘の必要はありませんでした。もう数時間早く雨が上がってくれていたらと悔しい思いです。
惣作公園での出発式では協力員親睦ウォークの案内と傷害保険の内容を話しました。そして準備運動後出発です。まず秋月院、田光八幡社です。八幡社には和合の木や名古屋7本クスノキのひとつを見ました。そして大喜寺、津賀田神社です。津賀田神社は大きな前方後円墳の上に建っています。瑞穂通に出て北上、瑞穂区役所で右折、塩付街道を少し歩いて山崎川へ出ました。山崎川を南下して瑞穂運動場です。ここには古墳や貝塚があります。昼食予定の公園はこの先でしたが、地面が湿っているということでこの瑞穂運動場で昼食を取ることにしました。事務所へ軒下などの場所の使用をお願いにいったところ、何と空いている会議室を特別に使わせて頂くことになりました。暖房の効いた部屋でゆっくり昼食を取ることができました。思いがけない対応に感謝感激です。ありがとうございました。昼食後はあゆちの水伝承地を経て中根3城があった地に入りました。3城とは中根北城、中根中ノ城、中根南城です。いつもの城愛好家のM氏(以後M氏と書く)から古い地形図を配布して説明をしてもらいました。西八幡社や中根銅鐸発見地を見た後、コミュニティー道路を歩きました。この道路は天白川から山崎川への放水路の跡地です。この箇所では日本河川協会会員のY氏(以後Y氏と書く)からこの変遷の話し等を聞きました。再び山崎川の堤防を歩き、次は藤原師長謫居跡です。第27回例会ではこの師長に関係する清音寺を訪ねています。こうして回を重ねるごとにいろいろなことが関係づけられていきます。源頼朝の産湯に使われた伝えられる亀井水を見、鎌倉街道を少し通り、為麿塚を見て惣作公園に戻りました。ここで今度は解散式です。今回は少し距離も短く2時半頃着きました。次回の案内をして解散しました。
今回歩いて名古屋周辺部は意外にアップダウンが多いことに驚きました。そしてこれらの地形がいつも説明をして頂くM氏やY氏が現地で資料を持っての説明されると全く良く理解でき、歴史の変遷などもうなずけます。こんな良い話をこれだけの人数で聞くのはもったいないといつも思うのですが、今回はよりそんな思いを持ちました。もう少し参加者が増えたら良いのにと思う気持ちでいっぱいです。
◎第43回例会(平成25年4月13日)
「史跡巡りシリーズ・岐阜編part6」としてJR岐阜駅集合で行いました。駅を出発してすぐに清水川が流れる清水緑地を通り抜け、加納城初代藩主の奥平信昌婦人亀姫が創建した光国寺です。婦人の墓を寺の外から見学しました。再び清水川に戻り、清水川に沿って歩きます。今年の桜は早く咲きもうほとんど散っていますが、ここにはまだ十分見られる桜がありました。川沿いに水薬師寺があります。ここから南へ歩き、革手城跡をめざします。革手城跡は済美高校の一角にあります。今は碑が立つのみで城跡らしきものは何もありません。正法寺跡にも寄り次は加納城跡です。ここで発掘事業をされている(財)岐阜市教育文化振興事業団の方に来て頂き、加納城の歴史や出土品などの説明を受けました。分かりやすい説明に皆さん、興味津々でした。ありがとうございました。裏話を言えば、昨年10月16日の下下見時の時にお会いしたからお願いできたことで、この時会えていなかったら多分実現していなかったでしょう。こういう偶然は特に嬉しいものです。加納宿を見ながら茶所駅近くの鏡岩の碑です。名鉄本線、JR東海道線を横切り、閻魔堂です。閻魔堂は革手城の鬼門除けとして建てられたものです。細畑一里塚を見て、その近くの細畑西公園で昼食です。公園の前には境川が流れており、Y氏からこの地域の地勢について話して頂きました。午後は境川に沿って歩きながら手力雄神社に午後1時頃に着きました。今日は岐阜県の重要無形民俗文化財であるこの手力雄神社の火祭りの日です。たくさんの人で賑わっています。屋台もたくさん出ています。祭りの本番は夜ですが、昼間でも御幣行灯や山は見ものです。30分ほど自由に見学してもらいました。見られて本当によかったと思いました。名残惜しみながら先へ進みました。昨年の4月例会でも来た新加納立場を通りゴールの各務原市民公園へ着いたのは午後2時半頃でした。市民公園では桜祭りが行われていました。解散式をして市民公園前駅から電車に乗りました。素晴らしい好天、ウォーク日和の1日でした。桜には少し遅かったようですが、火祭りなど参加された人には満足して帰って頂いたと思います。
◎第44回例会(平成25年6月1日)
平成25年6月1日(土)に第44回例会「史跡巡りシリーズ・西尾張編part10」を津島駅集合で行いました。例年になく早く梅雨入りし、開催日数日前までは雨の予報でした。しかしながら、当日は曇りがちながら雨の心配はありません。津島駅前で出発式、そして、まず雲居寺です。色彩豊かな五百羅漢は素晴らしいものです。少し上街道を歩き清正公社を経て天王川公園です。ここでY氏の地図を用いての説明を聞きます。今日歩く地域はゼロメートル地帯であり、河川の変遷や水との戦いに関心のある方にY氏の話は非常に興味深いものでした。この後も度々止まって話をしてもらいました。海西公園で休憩した後、宗玄坊廃寺跡を経て鵜戸川に出、上流に向けて歩きます。所々川幅が池かと思われる広さです。陽南寺に着きます。ここには赤蓮発祥の地の碑があり、蓮を育てたと言われる鉢も残されていました。更に少し北へ歩くと鵜戸川左岸に増穿鵜戸川碑が立っています。土木技師黒川治愿(はるよし)氏の功績を記した碑です。またこの地域の特色ある水屋も見えます。このようなものも見ながら常徳寺に来ます。ここで昼食です。常徳寺の駐車場には早尾東城跡の碑が立っています。今度は一宮友歩会の役員でもあるM氏からこの地域の城についての説明を受けます。そして午後の出発をしてまもなく早尾の渡し跡です。姥ケ森社、十二城跡を経てショートコースのゴールである町方駅です。ここで数名が帰られました。六合庵址、釜地蔵を見て愛西佐織公民館で休憩をしました。この公民館の中にある資料館では先ほど見てきた六合庵や釜地蔵がよく分かるように解説されていました。その後日光川に出て、勝幡城跡です。ここでもM氏から城や堀の配置関係を地形を目しながらの説明であす。オコワ祭りで有名な勝幡神社にも寄りゴールの勝幡駅につきました。距離も16km以上あったろうし、その上説明、説明、説明で中身の濃い例会となりました。もしY氏、M氏の説明がなかったら、大きな見所もなく、平坦で単調なウォークになったと思います。いつもY氏、M氏に感謝していますが、改めてお礼申し上げます。
◎第45回例会(平成25年7月6日)
第45回例会は「河川探訪シリーズ・庄内川編part3」としてJR中央線神領駅集合で開催しました。前日から急に暑くなり、この日は不快指数87%の予報にあわてました。熱中症予備軍のような高齢者集団です。距離を少しでも短縮しよう、ということで、前夜禅源寺へ寄らないことを伝えました。
暑い日ながら42名の参加がありました。神領駅前でいつものように出発式をした後、志段味橋へ向かいました。橋を渡り庄内川左岸の小段で、国土交通省庄内川河川事務所にお願いして作って頂いた資料「平成23年9月台風15号による志段味地区の浸水状況・災害防止対策」を配布して、Y氏から説明を受けました。この地区は災害以来、防止対策が進められほぼ完成に近づいています。そして、この地区の参加者があり、その方にも突然指名して話をしてもらいました。まさに生きた勉強です。
その後、橋を戻り大留荒子古墳です。続いて高御堂古墳です。こまめに休憩を取りながら先へ進みます。それでも昼食予定の密蔵院には11時という早い到着です。昼食見学で40分ばかり過ごした後午後の出発です。安全を考えて堤防下の道路を歩きます。桜佐のヨゲの説明をしました。内津川が庄内川と合流する箇所でもY氏から説明を受けました。上条河畔林は遠くから見ることで省略しようかと思いましたが、ほとんどの方がこの機会を逃したら2度と見ることはなかろうと予定通りのコースで歩きました。下津尾の渡しを見て、春日井市道風記念館に午後1時半頃に着きました。入館料は会費の中でまかない、全員の人に入ってもらいました。冷房の効いた部屋でビデオを見たり、いい休憩になりました。30分ばかり過ごした後、松川橋を渡ります。ゴールのアサヒビール名古屋工場が目に入ります。名古屋市内に入り、庄内川左岸を下流に歩きます。すいどう道緑道を歩きアサヒビール名古屋工場に入りました。ここの庭で解散式です。3時から45分ばかりの工場見学の後、ゲストホールで20分の試飲です。汗を流した体にできたてのビールは本当に美味しく感じました。皆さんも大満足だったと思います。
暑いながらも風もあり、この時期にしては思いの外歩きやすい日でした。心配していた事故もなく、参加者全員がゴールまで歩くと言うのもなかなか珍しいことです。庄内川河川事務所始め、今回も多くの方にご協力頂きました。こんなことができるありがたさを感じています。
◎第46回例会(平成25年10月5日)
河川探訪シリーズは今回から境川編に入ります。ここのところ好天が続いていたのに開催日は雨の予報。そして、前日も雨の予報に早々に欠席の連絡、運のなさを感じます。しかし、当日になってみれば雨は降っていません。
名鉄本線豊明駅に集合です。国道1号線を少し歩き、境川を渡って左岸に出ます。下流に向けて歩きます。ちょうど堤防の草刈りが行われていました。境川橋を渡って大府市に入ります。下見の時、この橋から北崎の信号までの間は歩道もなく大きな草が車道の一部を覆っていました。歩くのに危険ですので、管理者の知多建設事務所に草刈りのお願いに行きました。どうなっているだろうかと気にして来ましたが、草は刈ってありました。早速の対応に嬉しい限りです。ここの堤防でY氏からこの付近の地勢についての説明を受けました。北崎の交差点の南西側に近崎神明社があります。10月13日開催の近崎おまんと祭りの準備がしてありました。すぐ近くの阿弥陀寺でトイレ休憩です。そして、オシロ池です。小さな池ですが、由来の説明板が立っています。神田公民館に来たら公民館祭りです。小学生が演奏の準備をしていました。そして知多四国第二番札所の極楽寺です。弘法堂の千体仏は見ものです。普門寺の境内を通り次は藤井神社です。藤井神社では毎年10月第2日曜日に、3台の山車が繰り出し、晴れの衣装をまとった子供たちが天・地・人の安泰を願う舞楽「三番叟」を舞い踊ります。これも今年は10月13日です。境大橋を渡って刈谷市に入ります。境大橋を渡ったところでもY氏の説明を受けました。橋のすぐ近くの日高公園で昼食です。起伏に富んだ広い公園です。参加者の集合写真を撮って午後の出発です。中手山貝塚でも資料を以てY氏の説明を受けました。医王寺からショートコースの逢妻駅です。ここまでで約10km、数人が帰られました。次は椎の木屋敷です。徳川家康の生母、於大の方の屋敷で、於大の像が設置されています。ここではM氏から、年表、地図の資料を持っての説明です。M氏の説明はますます詳しくなっている気がします。町口門、大手門、三ノ門跡を経て亀城公園です。本丸跡を一周します。再建の説明板が立っていました。その時を楽しみに待ちたいものです。伊勢湾台風追憶碑を見、市原稲荷神社の境内を通り、コンビニで休憩です。雨どころか暑いくらいの好天になりました。ここで皆さん、思い思いに冷たいものを買い求めました。逢妻橋を渡り逢妻川と境川の中堤を下流に向けて歩きます。車も何も通らなくのんびりと歩きました。こんな事でもない限り歩くことのないところです。平成大橋を渡り本刈谷神社で休憩です。ゴールは刈谷市駅で、午後3時近くの到着でした。参加者が少し少なかったのは残念でしたが、良い例会だったと思います。
◎第47回例会(平成25年12月7日)
「史跡巡りシリーズ・名古屋編part2」として、地下鉄いりなか駅集合で行いました。駅では受付のみを行い、出発式は南山教会の前で行いました。檀渓址を見、塩付街道、飯田街道を通り、川原神社を参拝しました。次に川名公園です。ここでいつもの日本河川協会会員の方から、この地域の地勢についての説明を受けました。そして桑山美術館の前を通り香積院(こうじゃくいん)へ向かいました。途中の説明などに時間を要したのか、かなり遅れ気味になってきています。
南山大学人類学博物館には午前中に着き、説明を受けることになっています。これでは先に南山大学へ行って状況を説明しておかねばと、香積院へ着いた時、中に入らずそのまま南山大学へ急ぎました。そして急いでいる途中、電話が入りました。香積院では境内に立ち寄るだけの予定でしたが、住職の奥様が出てこられ、勧められるままに本殿に上がり天井画を見ているというのです。驚きましたが、これでは南山大学の説明はもう午後にしてもらうしかありません。そして、12時過ぎに一行は着きました。広場で昼食をした後、12時45分から説明を受け見学をしました。そして般若台(はんにゃだい)方面へ向かいました。般若台付近は高台になっており、ここから名古屋市内を見下ろすためです。そして、ある役員が「会長、先ほど前を通った般若台は我々のために開けられているのかも知れませんよ」と言うのです。早速戻って雨戸を開けている人に「我々のために開けてもらっているのですか?」と聞きました。そしたら「そうです」とあっさり言われます。早速に皆を呼び入れ、本堂に上がり拝観させて頂きました。そして次は浄昇寺です。住職の方がおられました。早速に説明をお願いしたら快く引き受けて頂きました。これも予定していなかったことです。徳林寺から興正寺へ向かいます。興正寺では、遅れ気味ですので、予定していた境内散策コースをショートカットしました。センバツ発祥の地を経て3時過ぎ無事隼人池公園に着き解散式をしました。
今回の例会は見所も多く、コースもアップダウンが多く変化があり、また思いがけない出来事が続き、思い出の例会になりました。香積院、南山大学始め親切に対応して頂いた方、また多くの協力していただい方に御礼申し上げます。
こうして平成25年の6回の例会を無事終えました。平成26年は9年目に入り、6月例会ではちょうど50回になります。記念例会として第1回例会のアレンジ版を予定しています。更に、記念の記録誌も作る予定です。こういう活動ができることをありがたく思っています。 (平成26年2月25日) |
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