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'05熱田・伊勢125キロ
初詣でウオーク
(第1回)



 私がウォーキングの世界に大きくのめり込むきっかけになったのは、平成6年の「第5回熱田・伊勢125km初詣でウォーク」である。まだウォーク駆け出しの私が、こともあろうに4日間125kmのウォークに参加した。初めての大きな大会参加である。4日間、宿泊を共にしながら私の知らないウォーキングの世界の話をいろいろ聞いた。大きな刺激であった。このウォークを私の「ウォーク原点」といっている。
 そして、このウォークは私が参加した平成6年が最後となって幕を閉じていた。今回、11年ぶりに再開することになったが、まさか準備委員として携わることになろうとは夢にも思わなかった。こういうのを因縁というのであろうか。いつ頃から再開の話が起きたのか、私には定かではないが、私に話があったのは昨年9月である。9月23日に初会合があった。以後、集まっての打ち合わせ、電子メールを使っての意見交換、伝達が盛んに行われた。私には、横断幕及びのぼり、バッチの作成、大会誌のまとめが主に割り振られた。デザインのアウトラインを考え、作成してもらう業者と打ち合わせをして進める。大会誌は分担して作成し、私がまとめていく。そして、大会当日は第1日目、第2日目の副隊長を勤めることになった。そのために、下見ウォークもした。
 今回は全コースを歩くことを許されたので、まずその模様から綴ってみたい。

 第1日目は平成17年1月29日(土)、熱田神宮から桑名の九華公園までの29kmである。熱田神宮にまだ朝暗い6時に集まる。出発会場の準備である。出発式は7時半からである。第1日目の参加者は事前申し込み約320名、当日申し込み約50名の370名である。10班に班編成をした団体歩行である。隊長1名、副隊長2名で全体の統制を取りながら、各班は班長、副班長がまとめていく。出発式では代表挨拶の後、コース説明であった。隊長予定のAさんが風邪で欠席、急遽、第2日目のコース隊長でもあるY氏が隊長ということになる。しかし、隊長、副隊長の3名の内実際に歩いているのは私だけであり、自然、私がコース説明をすることになり、また実際の誘導をしていくことになる。
 まず熱田神宮本殿に参拝である。一同整列しての参拝がよかろうが、時間が大幅にロスするだろうということで、各隊毎に参拝とする。そして乱れた隊列を宮の渡しで再度整えた後進むことにする。ここで急病人がでた。早速に救護班を呼ぶ。東海通に出て、土古(どんこ)公園で休憩。新川の日の出橋を渡ってからはもう1筋南側の車の少ない通りを西進する。そして、休憩のため、戸田川緑地に寄り道をする。ここで、先頭と最後の集団との時間差は約20分である。下見のときの時間を考えかなり速く歩いているので、もっと時間差ができるかと思っていたが、20分とは意外な短さである。
 ここまでは特に道を違えることもあるまいと、あまり案内矢印を張らなかったが、その後は副隊長二人でかなり案内矢印を張りながら先頭を行く。昼食場所の「海南こどもの国」には先頭が12時20分ごろ着く。昼食後、寒いので早々に檄の声を上げ出発する。弥富町水郷公園に午後2時到着、木曽川を渡って三重県に入る。そして、長良川、揖斐川を渡ってゴールの九華公園に着いたのは、午後3時15分、最後の集団も45分には着いた。こんなに早く着けるならもっとゆっくり歩いてもよかった。スピードについてはかなりの批判を受けることを覚悟しなければなるまい。
 今夜は桑名駅近くのホテル泊まりである。

 第2日目である。曇りがちで風も強くかなり寒そうである。ホテルでは早めに朝食を出してもらい、昨日のゴール場所、本日の出発場所である九華公園に7時前に行く。そして、7時50分の出発となる。今日はここから白子駅までの35kmである。ところが早々に大あわてとなる事態が生じた。4班の班長から私に電話が入り、先の人が見えなくて桑名の町の中で迷っているというのだ。その班長は下見をいっしょにした人なので「目指す方向はわかっているでしょう、どこを歩いてもいいからそちらの方向を目指して歩いてください」と伝える。見通しのいいところで待つがさっぱり見えてこない。10分くらい待ったのであろうか、私が待つ位置よりかなり先に見えてきた。ホッとする。このことはかなり反省する材料である。その後、再度隊列を整え出発となる。浄泉坊というお寺、富田常夜灯などで後方を待ちながら先に進む。昼食場所の四日市中央緑地公園には、11時半に到着、今日も早い到着となった。しかし、このころには天気が怪しくなり、昼食に体育館が借りられ、本当に助かった。昼食を終え、外に出てみたら、一時的にではあるがミゾレが強く降っていた。
 午後はしばらく国道1号線を歩いた後、日永の追分より1号線をはずれる。JA河原田センターで休憩、鈴鹿川を渡り、神戸見附あたりまで来ると再びミゾレである。しかし、その後も順調に歩き、弥都加伎神社では風も少なく少しゆっくりする。ゴールの白子公民館に先頭は3時40分到着である。そして、大半の人も4時には到着した。
 もう1時間遅くてもよかった。自分のペースで歩くだけでは先頭はつとまらない。さらに、その後アンカーの人からいろいろ苦情を言われてしまった。苦情を言われるのはもっともである。配慮が足りなかった。反省することばかりである。
 今夜も白子駅近くのホテル泊まりである。夕食はホテル近くのレストランで、気心の知れた仲間とビールを飲みながら反省も含めて歓談となる。

 さて、3日目からは大半の部分を三重県が担当することになっており、私は一参加者として、班の中に入り歩くことになる。そうは言っても、愛知県の役員の多くがまだ下働きで走り回っているのに、自分だけがのんびり歩くことに申し訳なさもある。しかし、1人くらい全コースを歩きながら様子を見ておくことも必要と、勝手な解釈をしておく。
 白子東公園で出発式、今日は最長の36kmである。7時50分出発、マリーナ河芸、河芸町民の森などで休憩を取りながら歩く。昼食場所の津・観音寺に11時半到着である。今日は写真を撮りながら歩いていく。しかし、そんなことをしているとすぐ最後尾近くなってしまう。皆早いのである。そして、晴れてはいるが、寒さは昨日と同じである。
 午後は一段と風が強くなる。出雲川を渡るときなど飛ばされそうな強風である。班毎にのぼり旗を持って歩いているが、のぼり旗が引きちぎれそうで、持っている人は全く大変である。ゴールの松坂駅に着いたのは4時半である。
 今夜も松坂駅近くのホテルに泊まる。

 第4日目、最終日は距離が24kmと短いので8時の集合である。朝、ホテルの窓を開けたら外は雪で真っ白である。どんな1日になるであろうか。
 集合場所は松坂城址である。雪をかぶった城垣や町が美しい。しかし、天気はよさそうである。8時20分出発、JA櫛田スーパーで休憩、昼食場所の「斎宮歴史博物館」に着いたのは、まだ10時半である。外は全くの強風で、かなり広い休憩所も300人を超す人では身動きがとれない。私は立って弁当を食べた。そして、ここの中で表彰式である。4日間、125km全コースを歩いた人に、完歩表彰状が渡される。広島の80歳の女性が代表して受け取った。記念品は伊勢神宮の干支の土鈴である。完歩者は230名を超えた。
 表彰式を終えると再び伊勢神宮を目指す。あとわずかである。「へんぱ屋」の前では一人一人へんぱ餅が渡される。打ち合わせにはなかったサービスである。宮川橋を渡ればまもなく外宮である。ところが外宮に着いたころには吹雪である。参拝をすませて、早々に出発である。
 少しやんだ後、内宮に着くころもまた吹雪である。午後3時半到着である。吹雪の中で簡単な解散式を行うという思い出の第1回大会となった。
 私はここで、班長さんからたすき等を受け取りながら最後の人まで迎えた。そして、五十鈴川駅から特急に乗って帰った。こうして、11年ぶりの熱田神宮から伊勢神宮までのウォークを無事終えることができた。
 
 さてまとめを書かねばならない。思いつくままに書いていく。
●平成6年の時は初日から足に肉刺(まめ)を作り、ゴールもほうほうのていだった。しかし、今回は靴も上等になっていたからか、体もウォークの経験を積んできたからか、余裕の毎日だった。私の体は向上しているのだ!
●さて、大会の運営であるが、小さなことの良い悪いを言えばきりがないが、一般参加者にはまあ良い大会ではなかったろうか。第1回目としては、4日間延べ約1400人の参加を得て成功と思いたい。
 
 多くの人の協力でできた大会であるが、実質の企画をし、準備をしたのは9名の準備委員である。進める中でかなりの確執はあったが、その人の人となり、能力において皆よく頑張ったと思う。それを認めた上で、反省をしていきたい。
●初めてのことで仕方がなかろうが、いろいろ遅れがちであった。そのことがいろいろなトラブルの原因という気がする。速やかな判断が要求される。
●電子メールを使える人で構成されたが、その意味は十分にあった。使えない人が入っていたらもっと意思疎通に欠けたろうし、時間もかかった。しかし、もっと活用できたと思う。
 次に自分の担当した部分で反省をしてみたい。
●のぼり旗について、立てておくにはあの大きさ(180cm*30cm)で良かったが、持って歩くに大きかった。班用の旗は100cm*25cm位にしたい。
●大会誌の見所について、寄り道をしている余裕はないので、歩く沿道以外は紛らわしいので削除したほうがよい。沿道で盛り込める箇所については追加したい。
●先頭を歩く隊長、副隊長、しんがりを歩くアンカーは一緒に歩いて、意思疎通を図っておきたい。そのためにはもっと早く担当を決める必要がある。今回はかなりの問題点があった。
●終えて私がもっとも気にしているのは歩くスピードである。下見のときの感覚からして、かなり遅くなるのではないかと思っていたが、予想を超えてスムーズであった。ゴール時間も早かったし、先頭と最後の集団が20分くらいの違いであった。それだけスピードがあったということで、苦痛な人も多かったと思う。主な地点の通過時間を記録しておいたので、意見を聞いて次回に備えたい。 
 ただ、私には団子状態にして沿道の方々や車に迷惑をかけてはいけない、それより、先頭は少し早めに歩き、少し切れても列を縦に長くした方が良いという考えがある。はっきり言って沿道の人にとっては迷惑集団だ。3日目、4日目はかなり団子状態が多かった。
 
 毎年ほぼ同じ日程、同じコースで行うので、次年度以降はかなり改善されるだろうし、余裕を持って行えるだろう。ただ、パスポートを10年分書いたので、多くの人に10年行われるという期待を抱かせた。また、印に干支を使ったので12年行うべきだという人もいた。一体誰が行うのだろう、私は知らない。
                                (2005.2.19)

川柳&ウォーク