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三 河 三 弘 法

平成23年5月4日、中学校の同級生4人で三河三弘法を訪ねましたので、簡単に紹介します。
              
(説明文はスタンプラリーパンフレットに寄ります)


 三河三弘法とは関東地方御巡錫の帰途、知立に立ち寄られた弘法大師が地元の人々の熱望に応え、御自身で御座像を刻まれ開眼供養、安置されたのが三河三弘法の始まりと言われています。
 弘法大師ゆかりである知立市弘法町の「遍照院」、刈谷市一ツ木町の「西福寺」、及び刈谷市一里山町の「密蔵院」の三寺院をあわせて「三河三弘法」と称しており、いずれの寺院にも弘法大師が自ら彫ったといわれる像が安置されています。


【 第1番札所  遍照院 】

 弘仁年間(810年代)に上重原町家下に創建されたが天正年間に兵火のためすべてを失い、延宝元年(1673)現在地に移った。弘法大師の自像三体のうち一体「見返弘法大師」が本尊に祀られており、毎月、旧暦21日の命日には参道に約300の露店が立並び大勢の参拝者で賑わう。
             知立市弘法町弘法山19 Tel(0566)81-0140 


【 第2番札所  西福寺 】

 寛正年間(1460〜1466)弘法伝説にある「見送り大師」を本尊とする雲涼院(真言宗)と阿弥陀如来を本尊とする西福寺(天台宗)の両寺が兵火により消失したため、草堂に両寺の本尊を祀っていたが、慶長元年(巧96)両寺を合併再興し現寺名となった。道を隔てて当寺の奧の院にあたる井戸弘法がある。
           刈谷市一ツ木町5丁目31−2   Tel 0566-23-25660


【 第3番札所  密蔵院 】

 弥勒菩薩を本尊としており、大師堂には流涕大師が安置されている。当初真言宗で現在の泉田町にあったが、正徳4年(1714)2月木ヨ?禅師により臨済宗に改宗され、永源寺(滋賀県)の末寺となった。安永3年(1774)雷火にあい、焼失してしまったが、のち長寿寺(現名古屋市)2世が大師堂とともに再建した.
             刈谷市一里山町南弘法24  Tel (0566)36-0922


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