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長久手の戦い
御旗山と常照寺


平成21年5月24日、リニモ新緑ウォークで長久手町を訪れる。
そして、御旗山(富士社)を見て回る。


富  士  社

御旗山(富士社境内)
長久手古戦場   御旗山
天正12年(1584)4月9日、色金山に兵を進めた家康は、そこで家康方の大須賀康高・榊原
康政らの先遣隊が白山林(尾張旭市)で秀吉方の三好秀次隊を破ったことを知りました。
しかしその後、先遣隊は檜が根山麓で、秀吉方の堀秀政隊に敗れ、敗走を始めました。
家康は直ちに救援を決め、南方岩崎方面(日進市)にいる秀吉方の池田・森隊の様子を
うかがいながら、御旗山に進軍し、頂上に金扇の馬標を立てました。御旗山は後年、地元の
人々によって富士浅間神社がまつられるようになり富士が根とも呼ばれるようになりました。
                                    (御旗山説明板より)


 4月9日御馬立山に布陣した家康軍と秀吉方の池田恒興(勝入)、嫡男池田元助(紀伊守)、森武蔵(長可)などの武将が対峙した。午前10時ごろ、ついに両軍が激突。戦況は一進一退の攻防が続いたが、森長可が鉄砲隊の銃弾を受け討死した辺りから一気に徳川軍有利となった。池田恒興も自勢の立て直しを図ろうとしたが、討死にした。池田元助も討ち取られ、恒興・森勢は四散し遭えなく潰滅、合戦は徳川軍の大勝利に終わった。


こんな知識を得ながら、ゴールのはなみずき駅に着く。ゴール後、すぐ目の前の
常照寺を訪れる。ここには長久手の戦いで戦死した秀吉方の3武将の墓があった。


リニモとはなみずき駅(手前)

常  照  寺

寺院内案内図

三将の墓

小牧・長久手の合戦には他にも沢山の史跡があり、ゆっくり訪れたいものである。

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