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鏡島弘法・乙津寺
(かがしまこうぼう・おっしんじ)

平成17年5月22日、名古屋金鯱歩こう会の例会で参拝する。

行基菩薩が天平10年(738年)に草庵を開創して、自ら十一面千手観音像を彫刻して安置した。
その後、弘仁4年(813年)弘法大師が当地に滞在、宝鏡を龍神に手向ければたちまち滄海が桑田と
なったことにより、この地を鏡島と言う。そして、寺を乙津寺と名づけ、七堂伽藍塔などを造営した。
また、弘法大師が地面に挿した杖が梅の木となり、枝葉が出たという話に由来して別名梅寺という。
昭和20年7月の空襲によって境内の本堂、庫裡、宝庫等を焼失したが、
重要文化財の十一面千手観音像をはじめとする貴重な仏像は難を免れている。



昭和33年に再建された大師堂

日本三体除厄弘法大師の碑

大師堂再建にあたり日本芸術院会員
堂本印象画伯が寄進された雲龍の天井画



昭和28年日本初の国庫補助金により建設された国宝安置殿



弘法大師杖の梅


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