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道元さん慕古の道 京から越前へ!!
第4ステージ 福井大会
「wa016 六街道・第1」「wa029 七街道・第2」
「wa035 七街道・第3」も併せてご覧ください
・年月日 平成13年9月8〜9日 ・主 催 (社)日本ウォーキング協会・永平寺 ・場 所 福井県敦賀市〜福井県武生市 (内 容) 京都に生まれた曹洞宗の開祖・道元禅師が 山城の興聖寺をあとに越前の永平寺に入られ た。そのゆかりの地を訪ねながら、250kmを5 ステージに分けて歩く、その第4ステージ48km のウォーク。 七街道の内すでに黄檗街道、伏見街道、 鯖街道、若狭街道、丹後街道と歩き、今回は 北国街道を歩く。 9月8日(土) 敦賀駅前〜永賞寺〜東光寺 〜木ノ芽峠〜板取宿〜今庄 28km 9月9日(日) 今庄〜棟岳寺〜湯尾峠 〜南条SA〜帆山〜武生駅 20km |
コース略図 |
東光寺・山門 |
東光寺・お茶のサービス |
昼食後、まもなく木ノ芽峠登り口に来る。
急な坂を1.5km、約1時間で峠に到着する。疲労困憊である。
峠の茶屋で購入した木の目だんごがおいしい。
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木ノ芽峠は標高628m、この付近では親不知と並ぶ交通の難所であったが、 都と越(こし)の国を結ぶ幹線道路で、紫式部、源平両軍、新田義貞、蓮如、 そして、道元らが熱い志を抱いて通っていった。 峠の茶屋は普通に言う茶店ではなく、藩からの侍が常駐していた関所であった。 茶店の建物は500年前のものといわれ、今でも冬の積雪は2〜3mになる。 道元が病気治療のため1253年京に上るとき、京までの随伴を願う2人の高弟 に本山守護を命じ、この峠で別れた。 草の葉にかどでせる身の木部山 雲の路あるここちこそすれ 禅師別れの御詠である。道元は再びこの峠に姿を現すことはなかった。 |
言奈地蔵を左に見、板取宿に下り、後は北国街道をどんどん歩いて、
今日のゴールの今庄サイクリングセンターを目指す。
翌日9日は朝から雲一つない、さらに良い天気である。
棟岳寺、今庄宿場街を通り、湯尾峠にかかる。
我々のためにであろう、下草もきれいに刈られている。
今日はさほどのこともなく30分ほどで峠に到着する。
湯尾峠は木曽義仲が陣を張り、平家軍を迎撃するなど、今庄と湯尾を結ぶ 北陸街道の要衝で、江戸時代には”孫嫡子”なる疱瘡に効くというお札が売 られ、4軒の茶屋があったといわれている。 現在は「芭蕉句碑」や「孫嫡子神社」があり、公園として整備されている。 |
湯尾峠から見下ろした湯尾の町
湯尾の町に下ると、日野川の沿って歩く。
そして南条レインボーパーク(南条SA)で昼食を取る。
日野川(後方・北陸自動車道) |
南条レインボーパーク |
いつものことながら、第2日目の午後からは
帰りを急ぐ人が多くなり、スピードが上がる。
3時頃にはほとんどの人が武生駅に着いた。
それにしてもこの第4ステージは天気に恵まれた。
前日の9月7日(金)も後の9月10日(月)も雨、もし10日に
ずれていたら、台風15号の影響で中止になっていただろう。
雨の日には雨の日の良さがあるというが、
ウォークは天気が良いに越したことはない。
それにしても良すぎて暑くて、疲れた2日間であった。
第5ステージのスケジュール(2001年) |
第5ステージ・永平寺大会 10月27日 武生〜鯖江〜足羽山〜福井 10月28日 福井〜松岡〜永平寺 |
(2001.9.13.作成)