例 会 案 内

第85回ウォーク例会・開催要項


 
     
【史跡巡りシリーズ・岐阜編part13
                   12km

1.開催日時   令和2年10月3日(土) 9時~(15時)

2.集合場所   JR東海道本線 垂井駅

3.コース等   垂井駅→垂井宿→垂井追分→タルイピアセンター→美濃路松並木→

        綾戸古墳→長松城址→平林荘→塩田常夜灯→正覚寺発句塚

        →むすびの地記念館→大垣駅

4.参加費    300円(中学生以下無料、小学生以下は保護者同伴)

            但し初参加の人及び誘って頂いた人は半額(150円)

5.その他

     *雨天でも開催します。

     *歩ける服装で、弁当、飲み物、雨具、敷物、筆記具等を持参してください。

   *例会中の事故(けが)については、傷害保険の範囲内で対応致しますが、安全

   健康管理は自己責任でお願いします。

            
傷害保険の内容     死亡・後遺障害保険  166万円
                             入院保険金(日額)   4000円
                             通院保険金        2000円


                               
主な見所の紹介

 
垂井宿

同左 
 
垂井追分

タルイピアセンター 
 
美濃路松並木
 
綾戸古墳
 
長松城址
 
平林荘
 
塩田常夜灯
 
芭蕉木因遺跡


主な見所の説明

◎垂井宿
 中山道の宿駅であると同時に美濃路の起点でもあり、交通の要所であった。天保14年(1843)、垂井宿総家数315軒で、商工業者が多く軒を並べていたと記録されている。中町にあった本陣は大名、宮家、公家などの休泊にあてられ、西町にあった脇本陣は本陣の予備として使われた。東町には当時の旅籠亀丸屋が現存している。現在本龍寺には旧脇本陣の門が移築され、一風変わった太鼓櫓が近接する民家の屋根瓦と相まって、当時の垂井宿をしのぶことができる。

◎垂井追分
 中山道と東海道につながる美濃路の分岐点。自然石の道標がある。江戸時代中期の1709年、垂井宿の問屋・奥山文左衛門が建てたもので、高さ1.2m、幅0.4mで、表に「是より 右東海道大垣みち 左木曽街道たにぐみみち」、裏に年号と「願主奥山氏末平」と刻まれている。旧中山道にある250余の道標中7番目に古いもの。

◎綾戸古墳
 古墳時代終末期(7世紀以降)とみられる円墳。墳丘の大きさは直径32メートルと大きく、周濠や葺き石の一部が確認されている。かつては横穴式石室が開口していたとする記録が残り、特異な須恵器の三足壷や鏡が付近から出土したと伝えられている。町指定の史跡。

◎熊沢長範物見の松
 綾戸古墳の墳上に、かつて生えていた松。平安時代の伝説上の大盗賊・熊坂長範が、この松の木から東山道や鎌倉街道の旅人を見張っては、身ぐるみをはいでいたという伝説が残っている。長範は謡曲「烏帽子折」「熊坂」にも出てくる盗賊で、奥州に向かう牛若丸を襲ったが、逆に討たれてしまったとも伝えられている。現在この松は枯れたため、切り倒されてその切り株が残っている。なお、同じ場所に、古事記や日本書紀に登場する武内宿弥(武内大神)の墓がある。

◎平林荘
 江戸時代後期の蘭法医で植物学者として著名な飯沼欲斎が、その晩年を送った隠居所であり、植物学の研究に専念した研究所でもある。欲斎は慶応元年(1865)、84歳で没するまでこの平林荘で植物学を研究し、安政3年(1856)、「草木図説」を刊行した。

◎塩田常夜灯
 杭瀬川旧塩田橋の河畔にある常夜燈で、明治13年(1880年)の建立。この付近にはかつて塩田湊があり、生活物資や石灰などの運搬が頻繁に行われ賑わっていた。この塩田湊に出入りする船の安全を見守ってきたのがこの常夜燈で、この常夜燈は伊勢神宮の遙拝所となっている。