例 会 案 内

第82回ウォーク例会・開催要項



 
     
【史跡巡りシリーズ・岐阜編part12
                   12km

1.開催日時   令和元年10月5日(土) 9時~(15時)

2.集合場所   JR東海道線 穂積駅

3.コース等   穂積駅→南流公園→河渡宿→河渡公園→小紅の渡し→鏡島弘法

        →西岐阜駅→岐阜県美術館→西番所跡→岐阜駅

4.参加費    300円(中学生以下無料、小学生以下は保護者同伴)

            但し初参加の人及び誘って頂いた人は半額(150円)

5.その他

     *雨天でも開催します。

     *歩ける服装で、弁当、飲み物、雨具、敷物、筆記具等を持参してください。

   *例会中の事故(けが)については、傷害保険の範囲内で対応致しますが、安全

   健康管理は自己責任でお願いします。

            
傷害保険の内容     死亡・後遺障害保険  166万円
                             入院保険金(日額)   4000円
                             通院保険金        2000円


                               
主な見所の紹介

 
西堀弥市顕彰碑
 
南流公園
 
河渡宿
 
河渡宿
 
馬頭観音
 
河渡公園
 
小紅の渡し
 
長良川・小紅の渡し
 
鏡島弘法

立政寺 
 
八ツ草公園

西番所跡 


主な見所の説明

 ◎西堀弥市
 1854~1925年。現在の瑞穂市生津(なまづ)の庄屋の子として生まれ、水害に苦しむ人々を救うため、福知山の城跡の堀で育った柳栽培を見て、生津で柳が育つのではないかと、思いつき、福知山から柳の苗木を購入し、糸貫川の湿地や田の荒れた地に植えた。柳栽培は順調に成果をおさめ、付近に栽培も広まった。柳栽培が成功すると、弥市は、柳行李を作り始める。明治31年自分の庭に3階建ての柳行李製造伝習所を自費で建て、柳行李職人を但馬から招いた。この伝習所が伝えた技術は、生津地区から日本各地に広まっていった。製品はヨーロッパ、アメリカ、中国へ輸出されるほどになり、弥市はロンドン博覧会、パリ博覧会で金賞を受賞した。

◎河渡宿(ごうどじゅく)
 中山道54番目の宿場。加納宿から河渡宿へは長良川を渡る必要があったため、1881年(明治14年)に河渡橋が架けられるまでは「河渡の渡し」を利用していた。河渡宿は、長良川右岸堤下から東町、中町、西町の三町で構成されるが、全長は三町なので、330mという短さである。
 1815年(文化12)の未曾有の大洪水で宿場が絶える危機にさらされたとき、時の代官松下内匠が宿場中を5尺あまり土盛りしその上に家を改築して救った。村人はこの功績に松下神社を建立した。

◎小紅の渡し
 長良川を渡る岐阜市で唯一残っている渡し舟。県道(文殊茶屋新田線/173号)の一部となっている。史実に登場するのは元禄5年(1692年)で、川下にあった河渡の渡しが中山道の表街道として、小紅の渡しが裏街道として栄えた。現在、渡し船はエンジンで駆動しているが、過去は岸付近では竹ざお、水深の深い部分は櫓で進んでいた。水面から見る岐阜城が美しく、冬季は鴨などの野鳥が飛来するバードウォッチングのスポットでもあり、毎月21日の弘法さんの命日は鏡島弘法への参詣客で賑わう。

◎立政寺
 文和 3年(1354)、浄土宗西山派の高僧であった智通光居が開山。美濃など東海地方の中世浄土宗の一大中心地として栄えた。明智光秀と細川藤孝の仲介により、織田信長が戦国最後の将軍となった足利義昭を迎えた歴史上の重要な舞台にもなっている。境内に「御座所」の石碑がある。徳川家康も関ヶ原の戦いの時、大垣の美濃赤坂にある岡山へ向かう途中、立ち寄っている。寺内には、絵に描かれた阿弥陀如来像など古い絵画類も多数所蔵されている。