例 会 案 内

第113回ウォーク例会・開催要項


 
     
【史跡巡りシリーズ・西三河編part2
                   11km

.開催日時   令和8年3月7日(土) 9時~(15時)

2.集合場所   名鉄本線 牛田駅

3.コース等   牛田駅→牛田城跡→遍照院→文化会館→天神公園→万福寺→

          重原古城跡→(Sコース:6km・重原駅へ)→歴史民俗資料館→知立駅

4.参加費    300円(中学生以下無料、小学生以下は保護者同伴)

5.その他

    *雨天でも開催します(暴風警報発令時は中止)。

    *歩ける服装で、弁当、飲み物、雨具、敷物、筆記具等を持参してください。

  *例会中の事故(けが)については、傷害保険の範囲内で対応致しますが、

     安全健康管理は自己責任でお願いします。

          傷害保険の内容    死亡・後遺障害保険  166万円

                   入院保険金(日額)   4000円

                   通院保険金        2000円


                               
主な見所の紹介

 
牛田城跡
 
遍照院
 
内藤魯一像

知立文化会館 
 
天神公園
 
神明社

西中貝塚 
 
万福寺
 
重原城址
 
歴史民俗資料館


主な見所の説明

◎遍照院
 寺伝によれば、815年(弘仁6年)に空海(弘法大師)は、関東巡錫の途中にこの地に約1か月滞在した。この際に空海は3体の自像を彫った。三河三弘法第1番札所である遍照院には、自像三体のうちの一体が別れを惜しみ振り返りになったので「見返弘法大師」と呼ばれるようになった本尊を祀っている。2番札所は刈谷市一ツ木町の西福寺、3番札所は刈谷市一里山町の密蔵院となっている。毎月、旧暦21日の命日には参道に多くの店が出て参拝者で賑わう。

◎内藤魯一
 内藤家は代々福島の譜代大名板倉氏に仕え,320石を受ける家老の家柄であった。三河に転封になって後23歳の若さで執政大参事となり,抜本的な行政改革を行った。廃藩置県を予想して,近隣の山林原野を開墾地として公平に分配したり,茶や桑の栽培を奨励したりした。その後1879年(明治12)に,魯一らが中心になって知立に「三河交親社」を結成した。「大日本憲法草案」を地域新聞に発表したが,その内容は民権運動家の魯一の政治姿勢をよく表していた。その後自由党を設立し,自由党総裁の板垣退助が遊説したときは先導役を務めた。板垣が暴漢に襲われたとき,その危急を救う武勇を演じたのも魯一であった。その後,県会議員を十年以上務め,1905年(明治38)には念願の衆議院議員となった。

◎荒新切遺跡
 西中町の猿渡川左岸の台地上には、弥生・古墳時代を中心とした遺跡があり、全体は西中遺跡群と総称されている。このうち荒新切遺跡の一部は史跡として保存されている。

◎赤目樫元弘法(あかめがしもとこうぼう)
 遍照院は元々上重原家下の地にあったといわれており、延宝年中(1673~81)の間に現在の地に移ったと伝えられ、この赤目樫元弘法が跡地である。大正9年に堂宇が建設された。

◎萬福寺
 真宗大谷派の寺院。山号は林桂山。弘仁6年(815年)に最澄によって創建され、貞永元年(1232年)に了誓法師によって浄土真宗に転派した。境内には樹齢500年以上のイブキがある。樹高は約15m、目通りは2.6m、根回りは2.8mであり、西三河地方最大のイブキである。1956年(昭和31年)に愛知県指定文化財(天然記念物)に指定された。また、庫裏の正面には樹齢500年と推定される大ソテツもある。このソテツは文久2年(1862年)に知多郡藤江(現在の知多郡東浦町)の門徒から移植されたものであり、樹高は4m以上、根回りも4m以上ある。