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第219号  2022年9月


 
 

(第3385話) 最後の挑戦

2022年09月29日 | 行動

 “後期高齢者、一歩手前の私。介護施設でほんの少しのお手伝いをさせていただくようになりました。気楽に入った施設。職員さんは忙しくて、指導の時間は無し。「トイレ介助して」などと言われ、私なりに動くと、すぐに職員さんから注意の言葉が飛んでくる。介護の道に無知な私。仕方ありません。
 これではいけないと、一大決心しました。介護職員の初任者研修を受けようと! 講習は毎週一回。車で五十分走り、通うこと十五回。途中、課題テストで挫折しました。でも奮起して乗り越え、最終テストに向かいました。
 答案用紙に向かう時、手が震えて問題がよく読めない状態でした。テストタイムの一時間、過ぎるのが早かったこと。思わず「あー、追試験だ」の一言が出ました。試験官さんより「二週間くらいで結果が出ます」と。その後の一日一日は「ダメだろう」「いやもしかして」と落ち着かない毎日でした。
 待ちに待った十日後、大きな封筒が届きました。修了証明書が頂けました。七十四歳は受講生十五人中の最高齢でした。コロナの中、感染予防しながら勉強し、介護の奥深さを知りました。桜の時季から始まり、気が付いたらヒマワリが咲くお盆。ご先祖様に報告しに行きました。”(9月1日付け中日新聞)

 愛知県新城市のパート・安藤さん(女・74)の投稿文です。74歳にして介護職員の研修を受けられた安藤さん、こういう話を聞くと人は年齢ではないことを知る。もう介護を受けられてもおかしくない年齢に、世話をする側に回る。これはもしいつか介護を受けられることになった時にも役立つであろう。ドキドキ待つ体験もされた。いい期間を持たれたと思う。最後の挑戦と書かれているが、これがどうなるかは分からない。また別の挑戦が生まれるかも知れない。人間、死ぬまで分からないのである。
 ボクも喜寿を越え、もう十分に高齢者である。でも人は年齢ではないことは十分意識している。若い頃からいろいろ社会活動に携わってきたが、それらはいろいろな条件があり、いつまでも続けれる訳ではない。次のためにと今年は再開されたシルバーカレッジに挑戦している。委員長を引き受けたが、今のところ今ひとつ納得ができていない。まだ半年あるので回復のチャンスはある。消極的になる気持ちを抑えねばならない。


(第3384話) 笑顔算数

2022年09月27日 | 知識

 “生き方に直結し、ものの考え方の指針ともなる「笑顔にする算数」なるものと数年前に出合いました。「足す」は「助け合う」、「引く」は「引き受ける」、「掛ける」は「声を掛ける」、「割る」は「分け合う」。加減乗除を掛けたこれらの言葉はいずれも人間関係を築く上で大事なことばかりで、とても気に入ったのです。
 損得勘定で物事を判断する風潮が目立つ昨今ゆえ、社会全体の利益に思いをはせながら、しっかりした尺度に照らしながら考えて行動することが肝要です。私は「笑顔にする算数」を基に、他人の価値観を尊重して共に生きる道を探し求めていく所存です。”(九月1日付け中日新聞)

 愛知県阿久比町の石橋さん(男・82)の投稿文です。またまた教訓的な言葉遊びである。この「話・話」 でもカ行など五十音のこうした教訓をよく紹介したが、今回は加減乗除である。足す、引く、掛ける、割るである。助け合う、引き受ける、声を掛ける、分け合う、高齢化社会では必要なことばかりである。しかしながら失われていくことばかりである。原因は少子高齢化か、何歳までも働くことになったからか?いや、そうではないだろう。意識の問題ではなかろうか。意識さえあればこんなことは乗り越えられると思う。
 過去には166話、1582話、2826話、3250話でこうしたものを紹介している。時折振り返ることによってまた新たな気持ちを持つ。こうしたものを一つ、二つ身につけているだけで生活はかなり違ってくる。人の知恵も生かしたいものである。


(第3383話) 学用品再利用

2022年09月24日 | 意見

 “息子は来春、いよいよ中学生になります。今の小学校生活最後の夏休みが終われば、中学校入学の準備を加速させていかなければなりません。新たな環境となる以上、制服をはじめ買いそろえるものが生じてくるのは致し方ないことだと思っています。しかしながら、成長に応じてサイズアウトして新調するのならまだしも、サイズが同じなのに校章が変わるだけといった非効率な買い物はできるだけ少なくしたいです。
 小・中学校を義務教育というくくりにするのなら、例えば上靴や体育館シューズで学校指定をなくすことはできないでしょうか。まだ使えるのに捨てるなんて、もったいなさすぎます。各自治体で学用品のリサイクルをもっと積極的に進めてみたらどうでしょう。
 物価高とされる昨今ゆえ、教育現場にも持続可能な開発目標(SDGs)の発想は不可欠だと私は考えています。”(8月30日付け中日新聞)

 愛知県豊橋市の主婦・稲田さん(48)の投稿文です。ボクらの小学校時代に、衣服も持ち物にも何の規制もなかった。着れるものを着、持っていけるものを持っていった。兄弟のお下がりはもとより、人から貰えるものは貰って使った。教科書も貰ったものである。中学校に上がると制服になった。伸び盛りである。最初はだぶだぶのものを着た。これがボクの記憶である。
 豊かになり、競争が始まり、規制が入ったかも知れない。また揃えることによって、どこの学生か分かるようにしたかったかも知れない。ボクの高校の夏服は霜降りというものだった。他の学校にはなく、どこの高校生か一目であった。時代は変わっていく。今は稲田さんの意見に同感である。無駄は避けねばならない。資源は大切にしなければいけない。工夫して使えるものは使う、これが今後の姿勢であろう。


(第3382話) 緩和医療

2022年09月22日 | 知識

 “名古屋で緩和医療の専門医をしてはや十数年。思うに日本人は我慢強くて「耐えてこそ」が美徳とされ、痛みや苦しみを訴えるのが苦手なよう。苦痛を抱えながらの生活だと、気力が低下するので我慢はしてほしくはありません。
 もともと苦痛とはこの先の危険を知らせる信号です。察知できるかどうかで生と死を分けることかありうるだけに、信号は大切にしてください。少しでも違和感があれば、私たち医療従事者に伝えてください。患者から「我慢するしかない」「病気だから仕方ない」と聞くたび胸の奥がちくりと痛みます。完全に痛みがなくならないとしても、少しでも楽になる方法を医師である私は考えたいです。緩和医療は「諦めの医療」「最期の医療」と評されますが、私たち緩和医はそう考えてはいません。患者がより尊厳を持って生きていける方策を提案し、患者と家族の支えになりたいのです。
 出会った患者や家族から学んだことはわが宝です。「緩和ケアで人生が充実した」「痛みがなくなりやりたいことができた」と笑顔で話してくれる姿に触れられると、緩和医としてのやりがいを感じます。”(8月30日付け中日新聞)

 名古屋市の医師・小島さん(女・52)の投稿文です。「緩和医療」という言葉を最近よく聞くようになった、と言う気がする。多分、もっと以前から言われていたと思うが、自分自身に身近になったからかも知れない。どのように死ぬのか、大きな問題である。ボクの父は2年くらいの闘病生活をしたが、痛みや苦しみはほとんど知らず、まだ生きる意欲のある中で亡くなった。母は10年以上の介護を受けていたが、次第に呆けていき、痛みは知らず、老衰と言われた。
 緩和医療の対象となるのは、痛みや苦しみが伴う時であろう。死ぬ間際になって、このような悩みを持つことは耐えがたい。でも避けられない。それを少しでも緩和して下さる人が緩和医である。その緩和医からこのような投稿である。その時になったら大いに頼りたいものである。
 ボクはつい先日満77歳を迎えた。ボクと同い年で親しかった人が今年2人亡くなった。若い人も亡くなっている。幸い今のボクは人並み異常に元気であり、病に到りそうな兆候もない。でも一瞬にして状況は変わる。死を意識し、それに備え、過ごすことも必要であろう。「明日死ぬと思って生きなさい 永遠に生きると思って学びなさい」、今のボクにはこの姿勢であろう。


(第3381話) 花の塗り絵

2022年09月20日 | 行動

 “ここ三ヵ月、午前五時に起きて洗濯や朝食、洗面、朝刊の閲読、テレビ体操をしてから週二回ほど大人向けの塗り絵にも取り組んでいます。二十年前、色鉛筆でまんだら模様の塗り絵をした際、線の濃淡やはみ出した跡が気になったため、今はチューブから出さずとも手軽に使えるパレット型の固形水彩絵の具六十四色を使っています。塗り絵の本は、高齢者向けの初心者用から花のシリーズの一冊を選びました。見本が付いていて描きやすく、楽しみながら桜や梅、ヒヤシンスに思い思いに着色しています。私にとって無理のないペースで花の塗り絵をし、いずれは風景圃や名画にも挑戦したいな。”(8月29日付け中日新聞)

 名古屋市の主婦・武田さん(66)の投稿文です。大人の塗り絵か?いろいろなものがあるものである。日々の活力と呆け防止である。これには好奇心が特にいいようだ。いろいろなものが工夫されている。自分に合うものが見つかれば幸運である。楽しみながらできるなら、何でもありである。
 ボクも己書ならぬ、我流書を楽しんでいる。絵と書、高校以来であろうか。一応創造物である。昨年の10月から始め、もう50作を超えた。少しずつ、自分のものが見つかり始めた気がする。このまま定着すれば、本当に良いものを見つけたことになろう。ボクの社会活動もまもなくいろいろ切れていく。武田さんのように、挑戦する意欲を持ち続け、新たなものを見つけていきたいものである。


(第3380話) 旅行プラン

2022年09月18日 | 人生

 “若いころ、私の愛読書は時刻表だった。友人たちと会話中、「どっか行きたいね」となることが多かった。そうなると時刻表の出番。当時は鉄道もバスも多かった。効率的に観光地を巡る行程を作り、旅行社には乗り物のチケットと宿泊先の手配を頼むだけ。夜行を使ったこともある。実際には行かなくても、計画を立てるだけで楽しかった。
 それが乗り物の減便で難しくなっていった。待ち時間が増えて観光地を回りきれないのだ。運転免許がないからレンタカーも無理。次第に効率よく回れるツアー中心となり、時刻表の出番がなくなった。
 この話を若い子にすると昭和の遺物かと笑う。私はあのプランが出来上がった時の楽しさを知らない子を可哀想に思う。”(8月28日付け中日新聞)

 「300文字小説」から、名古屋市の荒川さん(女・73)の作品です。これは荒川さんの思い出でしょう。我々の世代にはこうした思い出を持つ人は多いでしょう。旅をするには普通にはこれしかなかったのですから。ボクも少なからずあります。いくつものページにしおりを挟みながら列車を繋いでいく。苦労するだけに出来上がったた時の満足は大きかったものです。妻はもとより友人と出かける時もボクの役目でした。いつも時刻表は本棚にありました。なくなってどのくらいになるだろう。今はインターネットで調べれば一発です。便利ですが、喜びはないでしょう。便利になると言うことは、喜びの減少にも繋がります。便利になった分、他に大きな喜びが見つかれば良いのですが。
 ボクの知人で、この時刻表調べを今も楽しんでしている人があります。これは知的遊びでもあります。時間を楽しんで使う、高齢者にはこれが一番でしょう。


(第3379話) 店側の親切

2022年09月16日 | 出来事

 “ここ十年、仕事が休みの平日によく訪れる喫茶店がある。注文するのはいつも日替わりランチ。チキンカツや肉野菜炒めといったおかずにご飯、みそ汁がつく。ボリュームがあるのに値段も手頃な上、何よりおいしいのがありがたい。
 六月上旬、注文したランチを待ちながら財布内の現金が足りないことに気付いた。慌てて店の女性に「すぐATMに行ってきます」と言うと「初めてのお客さんじゃないので今度でいいですよ。温かいうちにどうぞ」と。食事後そのまま店を後にするのは気が引け、ATMで金を下ろしてから店に戻って支払った。店側の親切が身に染み、また来店したくなった。”(8月25日付け中日新聞)

 岐阜市の会社員・佐野さん(男・43)の投稿文です。顔なじみであり、ままありうる親切であろう。人に失敗はつきものである。失敗を事細かに追いつめるのか、大らかに許すのか、事と場合によろうが、情けは人のためならず、いつか自分に戻ってくる。そう思って大らかに過ごしたいものである。佐野さんが感激されたことの効果はきっとどこかで現れる。
 今年1月にとある名所へ行った。その時はかりで量りながらとろろ昆布を売っていた。勧められて「おおまけしてくださいね」と言って大盛りしてくれたので、気分良く買ってしまった。ところが正味通りであった。ぬか喜びであった。帰ってこの旨の苦情を手紙で送ってしまった。お詫び文とお土産品が送られてきた。今までしたこともない小賢しいボクの行動であったが、誠実な態度に触れてホッとした。何か参考になればありがたい。今、お店の人も本当に大変である。「お客様は神様」の間違った態度とこのコロナ禍である。何とか乗り切ってほしいものである。「止まない雨はない、明けない夜はない」。


(第3378話) 親友の弁当

2022年09月14日 | 出来事

 “今でいう小学校五年生だった一九四五(昭和二十)年六月ごろのことです。現滋賀県米原市の学校にも、激化してきた空襲のため都市部から縁故疎開する児童が相次ぎ私のクラスにも数人いました。親友の弁当がなくなり、皆で捜したら空の箱が便所に落ちていました。私が竹ざおで箱を持ち上げ、友と学校裏の川で洗らいました。モノが不足した戦時中ゆえ汚れたから捨てるなんてことは絶対にできませんでした。
 この一件、疎開申の児童の一人が空腹に耐えきれず弁当を盗んで便所でこっそり食べて箱を捨てたと自ら認めました。栄養失調のあまり常に青白い顔をし体をブルブル震わせている児童で、誰も叱ることはできず「こんなことは駄目だよ」と注意するのがやっとでした。”(8月23日付け中日新聞)

 滋賀県米原市の宮代さん(男・87)の投稿文です。弁当を盗んだ人を非難できない、戦争の悲惨な話のひとつでしょう。戦争体験者には言うに言われない辛さの話しがいくらで出てきます。そんな体験者も少なくなりました。本当のことは聞いただけでは分かりませんが、それでも聞く必要があります。まもなくそれも聞かれなくなります。
 戦争は国民にとって、勝っても負けても悲惨さを残します。日本は今戦争のできる国にまっしぐらに走っています。防衛費は拡大の一途、外国に行って戦争をすることもできるようになりました。攻めに行けば攻められても当然です。進めているのは政府と一部の国民です。理由などいくらでも付けられます。戦争放棄をうたっている憲法があってこの様相です。何があっても仕掛けない国にするのが、戦争をしない一番の方策かと思っています。将来が心配でなりません。


(第3377話) 趣味の原点

2022年09月12日 | 出来事

 “中学校二年生の夏休み、学校行事で長野県・美ケ原高原に行きました。宿題の自由研究は毎回、植物の標本作りと決めていたため、このときも採集道具とかばんを手に、花が奇麗な山野草や名古屋では見かけないようなものを集めつつ山を登りました。頂上で山の管理人から「植物をむやみに取ってはいけません。持っている子は前に出しなさい」と言われ、私も名乗り出ようとしましたが、先生が「君はいいから」と目配せしてきました。後日、採取したものを宿題として提出できましたが、もやもや感は消えませんでした。
 標本集めは高校生も続けました。それが現在の趣味、ミニ盆栽の原点でもあります。”(8月18日付け中日新聞)

 名古屋市の小売業・横山さん(男・81)の投稿文です。「植物を取った人は出しなさい」と山の管理人さんから言われて、横山さんは先生から「君はいいから」と、目配りされた体験を投稿された。そして、その時のもやもやは消えませんでした、とも書かれている。さて、今はそのもやもやは消えたでしょうか。
 この文には大きな課題が含まれていると思います。採った横山さんに、先生は出さなくてもいいと言われる。先生は、管理人さんが言われる言葉を無視されたのではない。むやみに採ることを戒められたのであり、目的を持って採った行為は許される、認められると解釈されたのである。そして先生は横山さんが自由研究の標本にすることを知っておられたのである。それが横山さんの現在の趣味の原点になったと言われる。今の時代、好意でも特別扱いが難しくなった。すぐ批判が入る。事情を汲みせず、一律を要求する。でも世の中のことにはそれぞれ事情がある。寛容さも必要である。書いたとおりや一律に律することなどは誰でもできる。その事情を斟酌することができるのが、大人の対応ではないだろうか。もちろんそこに余分な自己都合があってはならない。


(第3376話) 戻った傘

2022年09月10日 | 出来事

 “昨秋、日傘をなくしました。私は高校生から日傘を使っています。近年は普段用、おしゃれ用、予備の三本を持ち、紛失したのは一番気に入っていたおしゃれ用でシルバーにピンク掛かったものでした。自宅内外の思い付くところを捜しても見当たりません。年が変わり、春を迎えました。時々訪ねる呉服店先の傘立てにあるではないですか、あのなくした日傘が。「他の人のかも」と思いましたが、次に訪れたときも店先にあったため、店のスタッフに尋ねてみました。回答は「ずっと傘立てにあって冬や雨の日はしまいましたが、季節が巡ってきたのでまたそこに出したのです」。自分が忘れたものだと確信しました。保管してくれていた店に感謝しつつ、あの日傘をまた使っています。”(8月18日付け中日新聞)

 愛知県弥富市の主婦・大河内さん(52)の投稿文です。何ヶ月間店の傘立てに残されていたのであろうか。推測するに半年以上であろう。多分普通であれば、こんな忘れ物は数ヶ月で処分されるところではないだろうか。ただ置いておくだけではない。天気によって出し入れする。目障りでもあろう。よくぞ保存され、持ち主に遭遇できたものである。お互い感激ではなかったろうか。やはり誠意は通じるものである。
 小さなことながら、誠意が通じると嬉しいものである。こんな体験をいくつ持つことができるか、それが人生の豊かさに通じる気がする。本当は誰も数多く遭遇しているはずだ。ただすぐ忘れる。ボクは3年連用日記を書いている。2年目、3年目の時は前年、前々年分の文をよく読む。こんなことがあったのか、多くのことを忘れている。感激を新たにするのもまた必要である。


(第3375話) 麻酔法

2022年09月08日 | 出来事

 “自宅近くの眼科で一月、網膜黄斑と白内障の手術を受ける予定でした。点眼による局所麻酔直後、私がずっと抱えてきた極度な不安に襲われ、手術は取りやめざるを得ず、名古屋の眼科を紹介されました。紹介先の医師とは納得できるまで十分に話し合って、私に最適な点滴での麻酔法を考えてくれました。五月上旬、まず右目の手術に臨みました。いつの間にか眠りに落ちてしまい、一時間後に目が覚めたら手術は終わっていました。半月後、左目を手術しました。術後の経過は順調でテレビの画面は鮮明に見えるようになり、ゴルフも再開しました。納得できる麻酔法が見つかって私は本当に幸せでした。”(8月18日付け中日新聞)

 愛知県小牧市の西村さん(男・71)の投稿文です。西村さんは麻酔法にどんな不安を覚えられ、転医されたのであろうか。でも医師とよく話をされ、納得されて白内障の手術を受けられた。そして無事手術を終え、ゴルフも再開された。まずは良かった。
 そこでわが家である。実はボクの妻は、白内障で8月29日に入院し、両目を手術し、9月1日に無事退院した。8月10日にボクも付き合って医師の話を聞いた。何の疑問も抱かずただ聞いただけである。知らぬが仏であろうか。西村さんはどこに不安を覚えられ、どんな麻酔法を選ばれたのか、知りたいものである。問題なく手術が終わったから良いものの、何事も納得し最善を選びたいものである。
 麻酔は何の手術にもついて回ることであり、麻酔科医は素人には裏方という認識がある。だが麻酔科医は医師免許をとった後2年間の研修専門が必要とある。麻酔科医が足らなくて手術ができない、と言う話を聞いたことがある。ボクの知人で麻酔で亡くなった人がある。麻酔とは時にはそれ程に重要である。


(第3374話) 同期会

2022年09月06日 | 活動

 “名古屋市南区の小学校を1958(昭和三十三)年春に卒業した際の同学年の児童は五クラスで計三百二十人。同じく進んだ中学校を卒業してからほぼ毎年、わがクラスでは会を開いて集ってきました。そして三十年前、「小学校全体で同期会をやろう」との声が上がり、初回は市内のホテルで恩師も含めて八十人ほどが集いました。それからは五年ごと、やがて三年に一度の割合で催しました。関東から来る人もおり、食事を交えながら歓談しています。
 六月に開く予定だった同期会は長引く新型コロナウイルスの影響で一年延期としました。物故者も増えてきたため来年の次回を最後にすることとしています。最後の同期会は、マスクを外して思う存分語り合うことができたらいいな。”(8月16日付け中日新聞)

 名古屋市の磯部さん(男・77)の投稿文です。磯部さんはボクと同い年である。そしてボクの学年も同窓会(同期会)をよくやってきた方だと思っているが、磯部さん達は凄い。卒業後クラス会はほぼ毎年と言われ、学年全体も30年前から始められたと言われる。こうしたものは世話役的人物がいるかいないかで分かれる。磯部さんのクラスには適任の人があったのであろう。
 ボクの場合はそれをボクが担ってきた。ボクの場合、学年全体で小学校は30人、中学校は110人であった。こうした人数からも中学校の同窓会が主になった。数えてみたら中学校は今年で24回目、小学校は12回であった。中には同窓会がいやな人もあろうが、多くは何か惹かれるものがあるのである。
 今年7月に3年ぶりに中学校の同窓会を開いた。そしてこれが最後のつもりであった。そんな挨拶をしたら即座に、やれる方法で今後もやって欲しいと言われてしまった。そして、10年やります、と言ってしまった。さあ、磯部さん達は来年どうなるだろうか。


(第3373話) 笑顔鍛えて

2022年09月04日 | 行動

 “新型コロナウイルスの影響でこの二年余、口元はマスクで隠すものになってしまった。わが家で鏡に映る自分の顔を見て「えっ」と叫んだ。久々に凝視したら表情筋が衰え、しわが目立ったからだ。
 ふと友人の誕生日が迫っていることを思い出し、無料通信アプリを介して連絡を取り、祝いも兼ねて久々にランチをともにすることを約束した。思えば実に二年ぶりの再会。その日に向けて私は鏡の前で顔の筋肉を鍛える意味合いから笑顔の練習に励んだ。
 飲食店では以前と同じように友人と話が弾んだ。手渡したプレゼントも喜んでもらえた。さて私の笑顔は若々しく素敵に見えたかしら。”(8月16日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の主婦・中村さん(43)の投稿文です。元々人間なんてマスクをして生活するものではない。そして、顔は人間の観察に非常に大きな部分がある。その顔の半分を隠すのであるから、つい気もゆるみがちになる。表情筋という物があるとは知らなかった。調べてみたら顔面筋とも言い、顔の表面の大半を占めるようだ。緊張を欠けば当然衰える。その衰えがしわにもなる。そして老けていく。見た目ばかりでなく気持ちもである。
 人間いつまでも若々しくしていたいものだ。若く見られたいものだ。若くみえますね、と言われるとなぜか嬉しくなる。老いればますますである。そして笑顔も絶やしたくない。中村さんによれば鍛えれば保てるものらしい。なかなかマスクの要らない雰囲気にはなりそうもないが、少しでも顔面を動かし鍛えることに努めたいものだ。そしていつかマスクを外した時、老けましたねではなく、変わらないですね、と言われたいものだ。


(第3372話) 「15の夜」

2022年09月02日 | 行動

 “小学校六年生の息子は肝臓の「肝芽腫」で入院中。通常はもっと幼い年齢で患うものだそうですが、息子は昨年末以降、手術や化学療法を受けてきました。そんな息子の支えとなっているのがギターです。新型コロナウイルスの影響で面会もままなりません。そんな中、院内で勉強を見てくれる先生がギターを弾けることを知り、音楽が好きな息子は自らギターをやってみたいと言い出したと聞きます・
 息子は練習を重ねて大好きという尾崎豊の「15の夜」をつま弾けるようになり、春以降、小児科病棟でのコンサートにも出ています。難病と闘う子どもたちを元気づけようとする息子の姿は今や私たち保護者の安らぎでもあります。七月上旬、初めての単独コンサートを院内で開き、息子の伴奏で医師や看護師の皆さんが合唱してくれました。集まった患者の中には感動のあまり涙ぐんでいる人もいました。
 息子はギタ-を通じて周りの子どもの患者にも積極的に声を掛けていて、「将来医療に従事したい」と夢を語るようになりました。こう導いてくれたのは病院の全関係者のおかげで、とても感謝しています。”(8月9日付け中日新聞)

 愛知県清須市のパート・須田さん(女・41)の投稿文です。肝芽腫という病気は知らず調べてみました。子どもに多いガンで、治癒率は高いようです。須田さんは5年生で発症、今治療中と言うことです。そんな中での出来事です。院内でギターを弾ける先生に出合い、自ら希望してギターを習い始める。そして今や院内でコンサートを開き、入院患者に勇気を与えているという。子どもは素直で恐いもの知らず、その積極性を生かせばこんなこともできるのです。その代表例の気がします。
 一般に世の中、この逆に動くことが多いのではないでしょうか。病気治療中です。まず親が心配して許しません。そして本人も甘えて消極的になります。そしてこれは何も子どもに限りません。病気になれば消極的になって何も不思議ではありません。わが家では今、ボクよりも妻が大事になっています。8月29日に白内障手術で入院し、昨日無事手術を終え退院しました。そして、次の治療が待っています。案ずるより産むが易し、弱気にならないように祈っています。




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