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第208号  2021年10月


 

(第3223話) 草むらコンサート

2021年10月31日 | 出来事

 “夕方になれば暑さは和らぎ、涼しい風が吹く今日この頃だ。日暮れを待ちかねたのか虫は競うように嗚き始める。耳を傾けながら部屋の電気を消して、しばしの合唱を楽しんでいる。虫が一日を通じて最も元気なのはこの時間帯。「リーリーリーリーリー・・・」。室外機の中にコオロギがいるのかしら。「リーリー」「リーリー」と鳴き合う二匹の声は愛らしい。はす向かいの公園の草むらでは大合唱だ。その高低や大小が彼のように湧き上がるコーラスは実に見事だ。寝転がって、じっと目を閉じている。
 「シューッ」―。車が通ると虫はしばし沈黙し、またゆっくりと奏でる。夜は始まったばかりだ。”(10月5日付け中日新聞)

 愛知県日進市の自営業・青山さん(女・58)の投稿文です。「草むらコンサート」この言葉にハッとした。防音が良くなったせいか、耳が遠くなったせいか、それとも虫が少なくなったせいか、ボクは最近虫の声を意識したことがない。聞く時間的余裕がないとは言えない、傾ける意識がないのだろうか。青山さんは電気を消して合唱を楽しんだと言われる。至極の時間であったろう。でもそうするかしないかは個人の姿勢である。生活は豊かになったが、心のゆとりはなくなった。それが現代だとすると、何かがおかしい。スマホやテレビに向ける時間を、もう少し自然の中におけないだろうか。

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(第3222話) しそジュース

2021年10月29日 | 出来事

 “三重県四日市市に住む小・中学校、高校と同級生だった友達から「赤じそある?スーパーにはもう売ってない」との電話があった。梅干しをこしらえる時季が終わったからのようだった。「ある、ある」と私が答えたら早速葉を取りに来た。これを使って、しそジュースにするそうだ。私も友達みたいに作りたくなって、どうすればいいかを教わった上、スマートフォンを介してレシピを自ら調べてみた。出来上がったジュースに氷を入れて飲むと爽やかな味がしておいしかった。
 青じそでも作ったらさっぱりしたジュースができた。しその葉もやがて少なくなり最後は赤・青混合にすると双方の特徴のものが完成した。”(10月4日付け中日新聞)
 
 三重県いなべ市の伊藤さん(女・74)の投稿文です。しそジュースはボクの妻も毎年作っている。煮込んで漉して酢と砂糖を入れてもう一度煮込む。聞くとこれだけであるが、酢が入っているので全く爽やか、健康食品である。暑い夏野には最適である。買ってくる生ジュースに劣らない。こう書いていてもボクはやったことがない。
 しそは強い。もう何十年と作っているが、種を蒔いたことはない。種がこぼれて毎年同じ場所に生えてくる。同じ場所どころか、種が飛んで至る所に生える。余分なところを抜いて回ることが大変なくらいである。昔は梅の木があったので梅を漬けるために使っていたが、なくなった今はジュースのみである。赤じそも青じそも同じである。ありがたい野菜である。

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(第3221話) 透明マスク

2021年10月27日 | 意見

 “二年生の時から手話コミュニケーションの選択授業を受けている。手話で会話をする際は表情が大切と学んだ。表情を変えるだけで意味が変わる手話もある。
 授業中は透明のマスクに着け替えて表情や口の動きが分かりやすいようにする。そうすることで、耳の不自由な先生にも伝わりやすくなる。しかしコロナ禍の中、透明のマスクを着けることに抵抗がある。不織布マスクと比べて飛沫感染防止効果が低いため、白い目で見られるからだ。耳の不自由な人が不織布マスクでは生活しづらいことを知る人は少ない。学校でも手話は選択授業のため、それを知る人はほとんどいない。
 感染防止効果の高い不織布マスクを使いたくても使えない人がいることを、より多くの人が理解することで、今よりずっと生きやすくなる人がたくさんいる。”(10月4日付け中日新聞)

 三重県津市の高校3年生・米川さん(女)の投稿文です。先日ボクはテレビで、視覚障害の人がこのコロナ禍の中でいかに苦労をしているかを見た。人の流れがあって、その雰囲気で状況を察知していた。ところが人の流れなくなって、まさに真っ暗になってしまったと言うのである。気がつかないことが全く多い。この聴覚障害の人についても同じである。口の動きや顔の表情を見て察知していたことが、マスクで見えなくなってしまったのである。でもこの人たちにとって口元が見える透明マスクは一定の効果があるのだ。ところがこの透明マスクは不織布マスクに比べ感染防止効果が薄いという。米川さんは人にはいろいろな状況があることを理解して欲しいと言われる。もっともである。通常と思われていることと違っていた場合、すぐに避難することなく、何か理由がるのかな、とまず聞くなり考えてみることであろう。そうして自分の考えを固めていくことが必要ではあるまいか。今は、SNSなどすぐに思ったままに反応してしまいがちである。要注意である。

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(第3220話) 紙芝居

2021年10月25日 | その他

 “その昔、小学校低学年のときのことです。近くの神社の境内に紙芝居屋のおじさんが枯れ枝を使ってほこりをあげながら線を引き、「この線より内に入ってはいけないよ」と。線の中には見物料の菓子代を払った五、六人の子どもがいました。線の外に私と妹を含めて同数ぐらいの子どもがおり、おじさんは私たちの「ただ聞き」を許してくれました。大きな声と派手なジェスチャーで絵は見えなくとも、聞いているだけで心が躍りました。今思えば優しさだったのでしょう。
 紙芝居屋さんは関西には今も残っているようで、うちで製造したミルクせんべいを注文してくれます。菓子の優しい甘さと一緒に、紙芝居という昭和の古き良き文化が次代に伝わればと思う今日この頃です。”(10月2日付け中日新聞)

 愛知県安城市の菓子製造業・松川さん(男・72)の投稿文です。村にやってくる紙芝居とは、また懐かしい話です。ボクにも思い出すことがあります。松川さんと全く同じ話になります。まだ小学2、3年生の頃だと思いますが、神社に紙芝居屋さんがやってきていました。ボクに小遣いをくれるような家庭ではなかったので、料金を払って紙芝居など見られません。そこで木陰に隠れて見た記憶です。そんな時代もあった。松川さんは、今も紙芝居屋さんのために菓子を作っておられるとは、そんな商売もあるのだ。
 この話から思い出すことに、新聞配りのことがあります。多分小学5年生の時だったと思うが、ボクの同級生が新聞配りを始めた。そしたらお金が入るので、結構駄菓子屋さんに行くようになった。多分驕ってもらったこともあると思う。多分紙芝居もお金を払って見ただろう。羨ましくなって、ボクは親に黙って新聞配りを申し込んだ。ところが親に知れて、断られてしまった。これも懐かしい思い出です。

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(第3219話) 私は幸せ者

2021年10月23日 | 人生

 “六月五日付本欄「親孝行は健在なうちに」に同感です。一年半前、百五歳で逝った母の口癖は「オレの面倒を見よ。嫁ぎ先の両親にもしっかり親孝行せよ」でした。母は弟任せで親孝行できず、娘の私には同じ後悔をさせたくなかったのでしょう。母は兄夫婦の配慮で晩年、わが家に近い施設に入所しそこで三年半世話になり、私も毎日施設に通いました。長年母を介護した兄夫婦の優しさと気遣いに母は幸せを感じているようでした。
 私にとって異性ということもあり、互いに少し遠慮がちになったものの、母の言葉通り義父の世話もしました。義母が亡くなって十五年間一人暮らしをしてきた義父と五年間同居し、九十七歳でみとりました。
 母と義父の介護はいずれも自分なりに精いっぱい尽くしたつもりですが、思い起こせば正直悔いはいろいろとあります。それでも、ともに長生きした二人に孝行できた自分は幸せ者だと考えています。”(10月1日付け中日新聞)

 岐阜県恵那市の主婦・安藤さん(72)の投稿文です。親孝行ができて幸せと感じる。そうであろうと思う。親孝行はほとんどの人がしたいと思っている。でもなかなか生前にはできないものである。後に後悔することが多い。できて幸せと感じられる人は、本当に幸せである。
 ところがその親孝行が老後の面倒となると、かなりいろいろな場合が生じる。安藤さんの場合、まだ容易い方ではなかろうか。長い期間、そして重労働となるともう親孝行の域を超えている場合も生じる。面倒を看る子供の方が参ってしまう場合もある。親子共倒れである。こうなるともう悲劇である。人間の寿命は延びた。全くありがたいことである。いくら延びても死をまぬがれることはできない。ピンピンコロリといければいい。しかし、自分の思うとおりには行かないのが人生である。そうなった時どうすればいいのか。今は地域包括支援センターなどいろいろな相談施設がある。自分一人や家族だけでするのではなく、頼れるところは頼るべきであろう。
 ボクの母親が老人性痴呆症と診断され、近くに老人施設ができた時、すぐ頼った。どのくらいの期間世話をしなければ分からない、と言って妻を納得させた。結局15年くらい面倒を看ることになった。もう25年以上前のことで、当時はまだ施設等もあまりなかった。

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(第3218話) 孫の朝顔

2021年10月21日 | 出来事

 “去年の春のことです。「これつかっていいよ」。真っ赤な折り紙の裏に大きく力いっぱい書かれた意味不明の手紙。封筒の中には三粒の種も入っていました。小学二年生になった東京の孫からの、おばあちゃんあての初めての手紙です。
 調べてみると、入っていたのは朝顔の種でした。今年は、その花から取った六粒の種を植えました。去年と同じように毎朝、新聞受けから朝刊を取り出すたびに、朝顔の花の数を確認します。もうすっかり私の大事な日課です。「今日はいくつ咲いたか」と、部屋に戻るなり主人に出す「朝顔の花の数当てクイズ」も、楽しみの一つになりました。多い日は十個咲いた日もありました。でも季節はもう秋。葉は所々枯れてきて、花も小さくなってきました。
 わが家の玄関先の鉢植えで、真っ赤な大きな花を咲かせていた、あのキラキラした毎日は、もう終わってしまいました。花の数も「今日はゼロ」という日が何日も続いています。今は来年用にたくさんの種を取っています。
 コロナ禍で孫にはなかなか会えません。孫たちは会わぬ間に大きくなっていきます。「今年はりっちゃんの朝顔、二百個以上咲いたよ」と手紙を書いて知らせようと思っています。”(9月30日付け中日新聞)

 愛知県蟹江町のパート・久田さん(女・64)の投稿文です。孫から朝顔の種を送ってきた。これはもう宝物である。一生懸命育てる。そして6粒の種が採れた。それを蒔いた今年は200個以上の花が咲いた。小さな種もうまくいけばこのように凄い数の花になる。いい贈り物である。
 朝顔はボクも育てている。最初は1本の苗を買ってきただけである。棚を作って登らせていく。もう何年前のことになろうか。落ちた種から毎年芽が出てくる。今まで種を採ったこともない。それでも生き延びてきた。朝顔は本当に強い。今年棚を作るのにいい場所を見つけた。そして鉢植えにして育てた。今年は種を採ろうと思う。花はいい。わが家は野菜畑がどんどん花畑に変わっている。通る人に楽しんでもらえるようにしている。ところがこれは以外に大変なのである。

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(第3217話) 冷や汗

2021年10月19日 | 出来事

 “今年の夏は雨が降り続き、各地で災害があり、大変だった。そんな折、テレビで報道関係の方がインタビューをしているのをよく見かけるが、みんな上手に答えているのに感心した。私には関係ないと思っていたが、それがこんな田舎のおばあさんが出くわして恥ずかしい思いをした。八月の十七日ごろだった。
 雨がやみ、近くの畑を見ようと、お粗末な支度で県道へ出た。十メートルばかり下に車が止まって女の人が立っていた。「今日は」と声を掛けると「私、飯田ケーブルテレビの者で、インタビューをお願いします」と言う。「難しいことはダメです」と言うと「簡単ですからお願いします」と言うので応じることにした。
 「水害はどうでしたか」「川の水が増したくらいで、早く雨がやむのを待っていました」「この上のバス停の方で土砂が崩れて通行止めになっているのを知っていますか」「えっ、そのそばにうちの山があって木が倒れて迷惑をかけたことがあるので心配です」と答えた。
 家にはケーブルテレビがないので忘れていたが、四日ばかりして娘が買い物に行くと 「お宅のおぱあさん、テレビに出ていたよ」と二人の方が教えてくれたとか。私は冷や汗を感じたが、よい経験もしたと思った。”(9月25日付け中日新聞)

 長野県飯田市の家事手伝い・横田さん(女・88)の投稿文です。テレビでは毎日、毎回のようにインタビュー画面が現れる。そして何人もの人が受け答えしている。多分、これはと思ったものを採択し流しているとは思うが、うまく答えている。横田さんはその時の気持ちを投稿された。冷や汗と言われるが、そうであったろうと思う。いきなりである。心の準備もできていない。でもテレビで流されたと言うことは、適切であった訳である。これも1つの経験、言われるように思い出になった。逃げることはない、自然体であればいい。
 ボクは今年4月の一宮友歩会例会で、ケーブルテレビの取材を受けた。でもこれは事前に分かっていたし、多分インタービューを受けることは予想されたので、心の準備はできていた。仕事でテレビに映ったことはあるが、その他インタービューを受けたことは思い出せない。横田さんの経験もなかなかあり得ることではないのだ。いい冷や汗であった。

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(第3216話) 自転車にヘルメット

2021年10月17日 | 知識

 “自転車の安全利用を呼び掛けようと、一宮署は県警のマスコット「コノハけいぶ」にヘルメットをかぶせた新デザインを発表した。署の交通安全の啓発イベントなどで使用する。新デザインでは、ヘルメットと夜光チョッキ、交通安全を呼び掛ける緑色の腕章を身に着ける。チョッキには「一宮けいさつ」の文字も。啓発イベント時の交通課員の服装をモデルに、課員がデザインした。署の「コノハけいぶ」と一宮市の「いちみん」を並べた反射材のステッカーも制作。ヘルメットを着用する自転車利用者への配布を予定する。
 十月からは県の条例でヘルメット着用が努力義務化される。同課の北村光課長代理(三七)は「身近なキャラクターから関心を持ち、命を守るためのヘルメットをかぶってほしい」と呼び掛けた。”(9月25日付け中日新聞)

 記事からです。「ヘルメット着用が努力義務化される」という。今まではただのお願いであったのか、改めて知る。そして、小中学生はほとんどがヘルメットをしているが、その他は時折にしか見かけない。ボクは5年前にヘルメットを買った。それは老人クラブ連合会長になり、村内を回る時は自転車にしようと、自転車を新たに購入し、ついでにヘルメットも買ったのである。手本を示すつもりでもあったが、老人では一人として現れなかった。ボクは自転車で出かける時にはほとんどしてきたし、今もしている。変人と思われてきたかも知れない。そしてこの記事である。老人の自転車事故は多いという。これからヘルメットを付けた老人は多くなろうか。期待したい。
 愛知県ではヘルメットの努力義務化と共に賠償保険加入が義務化された。そしたら先日の老人会役員会で、自転車事故の賠償保険付の傷害保険の説明があった。途中入会は今回限りであり、その勧めである。商売の期を逃さない対応に感心した。ボクはこの保険を回覧し、そして加入した。

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(第3215話) 無事受験

2021年10月15日 | 出来事

 “養護教諭を目指しているという教え子の女子学生からこんな話を聞きました。教員採用の二次試験を受けるため会場近くの愛知県・蒲郡駅に向かっていたら、大雨で乗った電車のダイヤが乱れ、動いたり止まったりしていました。「試験開始時刻に間に合わないかも」。焦ってきた女学生は隣席の男性に事情を伝えたら「次の岡崎駅で降り、タクシーで行きなさい」とその場でスマートフォンを介して車の手配までしてくれました。下車した岡崎駅では「きっと合格するよ」と温かい言葉をかけてもらったそうです。おかげで試験時刻に間に合ったといいます。
 試験を受けられなければ学生の努力は無駄になるところだっただけに私からも男性に「その節はありがとうございました」と伝えたいです。”(9月25日付け中日新聞)
 
 愛知県岡崎市の大学教員・鈴木さん(女・62)の投稿文です。前回は「当たり前はない」という話でしたが、この学生さんは、電車が予定通り動かず、男性の助けで何とか受験会場に間に合ったという、幸運な話です。このように、長い人生の間には予定通り事が運ばないことが多々あり、そしてそれを無事乗り切って今があるのです。60歳、70歳まで無事に生きてきた人はどれだけの幸運を受けてきたのでしょう。ボクなど後期高齢者になり、幾多の苦労もあったけれども、よくここまで生き延びてきて、このように「話・話」 など書いていることだと、本当に幸運なことと思わざるを得ないです。
 それにしてもこの女学生が隣の男性に事情を話し、その男性が本当に頼りになる人でした。このように行動の取れる人はなかなかないでしょう。話さなければ、またこの男性でなければ、これはなかったでしょう。幸運の連続でした。そして多くの人はこの様に幸運を受けてきたのです。いろいろ振り返ってみたいものです。そうすれば感謝の念はますます起こると思います。

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(第3214話) 与えられた1日

2021年10月13日 | 意見

 “~新しい朝が来た 希望の朝だ・・・「ラジオ体操の歌」が大好きだ。口ずさむたび、明るく元気になれます。子どもだったその昔、夏休みや体育の授業でこの曲を耳にすると浮き浮きしました。
 三十年ほど前までの二十年近く病院の看護師をしてきました。前日は元気におしゃべりした患者をみとることもたびたびでした。そんな時に年上の方からよく言われたのは「元気でいられるのは当たり前じゃない。後悔しないよう、家族や周りの人を大事にしなさい」でした。この世界には新しい日を迎えることが奇跡である人も実は少なくないのです。この先も私は与えられた一日を大切に生きていくつもりです。”(9月21日付け中日新聞)

 愛知県豊川市の主婦・竹沢さん(女・72)の投稿文です。ボクもこの歌は好きである。歌詞もいいし快活である。そしてわが家は毎朝、この歌が流れる。ラジオ体操の開始である。妻の日課である。そしてボクもかなりの日一緒に行う。ボクはラジオ体操の信奉者である。
 平穏に日々過ぎていくと、それが当たり前の気がしてくるが、実はそうではないのである。これはかなりの幸運が付いているのである。例えばこれだけ車が走っている街中に出て、無事帰ってこられるのは、ルールを守らない人に出会わなかったからである。そして、一人で生きていけるつもりか知らないが、実は一人では1日も生きていけないのである。例えば毎日の食べ物は買わないと賄えない。お金があればいいと思うかも知れないが、お金は食べられないのである。少しへりくつの例になってしまったが、肝心の部分は生かされているのである。無駄にしてはいけない。

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(第3213話) 画面越し

2021年10月11日 | 行動

 “中学校二年生の息子がマスクを着けながらオンライン授業を受けていました。気になって「家にいるのになぜマスクをするの」と尋ねたら、「みんながしているから」との返事でした。タブレット画面をのぞくと、その通りでした。「オンライン授業の魅力はマスクなしでお互い表情が見えることなのに」と息子に話をすれば、「率先してやってみるね」と言っていました。思い切って学校にも電話してわが思いを先生に伝えました。
 次の授業日、息子はマスクなしで臨みました。画面上の先生も外していて、それから着けない子が少しずつ増え、何となく雰囲気が明るくなったそうです。不自由な生活はまだ続きそうですが、少しでもみんなが楽しく学べることを願っています。”(9月20日付け中日新聞)

 岐阜県本巣市のパート・竹田さん(女・41)の投稿文です。これはボクも時折感じていたことです。新型コロナウイルスに感染する恐れはどこにもあることながら、ほとんど自分一人でいる時にマスクをする必要はあるのか。確かな安全が確保されている場でマスクは不必要ではないか。オンラインで情報交換をしている状況がテレビで映される時にほとんどがマスクをしているのですが、マスクの必要がないためのオンラインではないか。マスクをしていては表情も分からないし、言葉も分かりにくい。マスクをかけるは不都合がいっぱいあり、正常の状態ではない。竹田さんは疑問に思われたことはやめ、率先して実行された。お母さんが学校に連絡をされたのはいい。先生もマスクを外された。同調する生徒も現れた。何も考えず流されるのは良くない。これは多くのことで言えるのである。
 ただ、状況が分からない人はマスクを外してもいいのかと、思われる人もあろう。そこでできるだけどこでも付けているというのも一理あると思う。でも、そういう時期は過ぎた気がする。

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(第3212話) 言葉に責任

2021年10月09日 | 意見

 “「またあした」という言葉をどういう意味で使っているだろうか。ぼくは「またあした、元気で会おう」の意味と解釈している。中学生の頃、一緒に野球をしていた友だちを電車の事故で失った。すごく仲が良くて、前日まで普段と同じように話していた。下校する時も、なにげなく「またあした」という言葉を交わした。この言葉を交わした時、次の日に友だちがいなくなるなんて思いもしなかった。あの日の言葉は正解だったのか、力になれることはなかったのかとその後は後悔の毎日だった。
 今発している言葉、一言一言に責任を持つことができているだろうか。この体験から言葉に責任を持つことの大切さを知った。この出来事は悲しいことだが、下を向いたままではなくて、これも何かの意味があるのではないかと思い、あしたも生きる。”(9月17日付け中日新聞)

 三重県津市の高校3年生・西沢さん(男)の投稿文です。言葉1つが人に与える影響は、発した人が思っている以上に大きい。これは自分自身を考えてみればよく分かる。人の何気ない言葉がいつまでも心に引っかかる。何気ないと分かっていても、本音ではないかと気になる。これは相手も同じである。「一言一言に責任を持つことができているだろうか」と、自分に問われる西沢さんは本当に誠実な人だ。もちろん無頓着ではいけないが、あまり難しく考えることもないだろう。難しく考えて、言葉を発しないことの方が悪いこともある。自然体でいい。「またあした」は自然に出た言葉であろう。その時に、交通事故で亡くなることなど、想像もできない。「気をつけてな」と言っても起きるのである。そういう不幸に出合いながらも、多くの人は自分の人生を作っていく。自分の意思で賄える部分は一生懸命尽くす。しかし、自分の意思ではどうならないことが多いのが人生である。まさに生かされているのである。そのことを知りつつ、感謝し、無駄にしないようにする。これだけである。ボクはほぼ毎日、寺院でこの言葉を唱える。でも、それは昨年からである。

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(第3211話) レバー式蛇口

2021年10月07日 | 活動

 “一宮市内の水道工事業者でつくる市指定水道工事店協同組合などが、小学校の水道蛇口のハンドルを、レバー式に交換する作業をボランティアで進めている。握って回す必要があった従来の三角式にくらべ、肘や手の甲で開閉でき、新型コロナウイルスの感染防止につながるとしている。
 学校での感染対策に貢献しようと、組合から市に提案。ハンドルも寄贈した。趣旨に賛同した市内外の管材業者七社も協力した。七月から、市内小学校の低学年用手洗い場のハンドルを交換。計画では、来年度末までに市内四十一校の計千本を取り換える。ハンドル本体代と工事費含め、総額六百万円ほどかかるという。レバー式は三角式よりも扱いに力がいらず、児童に積極的に手洗いしてもらう狙いもある。(後略)”(9月16日付け中日新聞)

 記事からです。ボクは何年か前に、シャワーのハンドルを三角式からレバー式に変えた。全く楽である。なぜ最初からレバー式にしないのかと思うほどである。値段に大きな差があるのだろうか。インターネットでその長短などもう少し調べてみようとしたが、目的のものが見つからなかった。
 このコロナ下で、ウイルスに対していろいろな対策が取られている。この水道の蛇口もそういう面から見た対策である。確かにここに書かれているようなメルットはある。節水につながるともある。すぐに締められるから、確かに節水にもなろう。水道業者さんの計らいである。誰もができる範囲で努力をする。これも地域力であろう。

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(第3210話) 東海豪雨

2021年10月05日 | 活動

 “県内を中心に死者十人、浸水家屋約七万棟の被害が出た東海豪雨の発生から二十一年となった十一日、堤防が決壊した新川近くにある名古量市西区のあし原公園で東海豪雨を語り継ぐ集いが開かれた。住民ら四十人が犠牲者らの冥福を祈り、災害対策の大切さに改めて思いを巡らせた。
 名古屋市や清須市の被災者らでつくる「東海豪雨を語り継ぐ会」が毎年開催。午前六時ごろ、水害を記録する石碑前で参加者が黙とうをささげ、豪雨後から復興の象徴にしているスイセンの球根を園内に植えた。
 会場には、水害への注意喚起や未来への希望を込め、氾濫寸前の川やスイセンの花を描いた絵画パネルを設置。例年は竹灯龍を並べて豪雨が起きた日の「9・11」の形を作るが、今年は人の密集回避のため絵画パネルに付けた電球で数字を表した。被災当時の様子を記録した写真も展示した。”(9月12日つけ中日新聞)

 記事からです。東海豪雨については、昨年9月26日の「話・話」 第3026話で取り上げたばかりである。でもその話は、小島さんという女性が避難所で席を譲らなかった後悔の話が主題である。また、一宮友歩会では平成28年10月1日にこの記事にあるあし原公園を訪れている。愛知県に住む人には忘れられない豪雨である。
 この豪雨災害により、多くの河川、場所で改修が図られた。ボクの家の近くの河川でも一挙に改修が進められた。川幅は広げられ、堤防は高くなった。少々の雨ならサッと河川の水位は下がる。一面水浸しになった田畑もすぐに水が引く。これほど効果のあることなのかと、驚く。この改修工事が災害後速やかに進んだのは、改修計画に沿って用地買収が進んでいたからである。ところがボクの家から2kmほど上流からは以前のままである。地元の状況や役所の財源、計画などいろいろな都合があるだろうが、どういう目で改修のなった下流を見ているだろうか。ボクはその事情を知らないが、その地域では少し雨が降ると今も水害を起こしている。最近の雨の降り方を見ていると、改修の進んでいないところはもとより、改修の進んだところでも再び災害が起こる恐れがある。今や毎年どこかで前代未聞の災害が起こっている。地域防災は国防である。今政府や役所が第一にしなければならない国防は、災害に強い地域作りではなかろうか。

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(第3209話) 命の贈り物

2021年10月03日 | 出来事

 “四十歳で受けた腎生検で、二十年後までに透析になると診断され、真っ暗になりました。それからはいっときも頭から離れたことかありません。食事療法を頑張っていましたが、急速に悪化し、その時が来てしまいました。
 数年前から、妹が腎移植のことを調べ「私の腎臓を移植しよう」と言ってくれました。夢のような話でしたが、リスクもあり、健康な体に傷を付けることの申し訳なさに悩みました。妹は「今まで30年間、辛かったのに、寄り添ってあげなくて後悔してるし、役に立てることがうれしいからぜひに」と強く背中を押してくれました。「姉が元気になれるから、手術が楽しみ」と先生を驚かせ、手術室に入った妹に頭が下がりました。私も何の不安もなく、手術室へ。結果、大成功。順調に回復し、三ヵ月過ぎた今、元気です。妹からの命のおくりもの、感謝しかありません。これからは、自己管理をしっかりと行い、楽しく前向きに暮らすことが、恩返しだと思っています。
 お世話になった病院の先生、スタッフはもちろん、応援してくれた妹の家族、留守を預かってくれた主人や息子、友人たちに感謝し、幸せを感じています。”(9月12日つけ中日新聞)

 岐阜県土岐市の主婦・山内さん(71)の投稿文です。妹さんから腎臓移植を受けた話です。身内でこうした移植を受ける話を時折聞きますが、聞くと言ってもまだ珍しいことでしょう。透析をしている方は沢山あるのですから。幸いボクは身内に透析をしている人がいないから、あまり知識はありませんが、透析は1日に何時間も時間を取られ大変なことのようです。山内さんは腎臓を患って30年も立つようです。人様々、病様々です。降りかかってきたことは、上手に受け止め、付き合っていくしかないでしょう。そして思いがけない道が開かれるかも知れません。
 今のところ、ボクの不都合は前立腺全摘のよる尿漏れです。少しの注意が必要ですが、何でもしようと思えばできます。でもどうしても行動が少し押さえられ、これが最大の不都合です。後は毎朝2錠の薬だけです。膝や腰の痛みもなく、ありがたいことです。立派なことを言っていてもボクも普通だな、と言うことがありました。今年3月にがんセンターで1年1回の検査を受けました。ガンの手術をしてから6年目で、始めて数値が少し上がりました。そこで今回は半年後の9月に再度検査に行きました。元の最低の数値に戻っていました。ホッとしました。やはり気になっていたのです。毎日いろいろな体験をして過ぎていきます。体験を価値あるものにしたいものです。

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(第3208話) 似顔絵に涙

2021年10月01日 | 出来事

 “亡き夫が今の私と同じ年齢だった八年前、現在二十二歳の孫娘がカレンダーの裏に描いた夫の似顔絵の周りに計十五人の子や孫をはじめペットの犬の絵を描き入れた上、それぞれから一言ずつメッセージをもらって書き込んでいた。余白には孫七人がそれぞれ朱肉でかわいらしい手形をついていた。世界でたった一つの作品に、夫はとてもうれしそうな表情を浮かべていた。
 私が正月、孫娘に「昔の夫みたいなものが欲しい」と言ったら笑われた。その後、新型コロナウイルスの影響で互いに顔を合わせることはできず、半ば諦めかけていた。そんな折、彼女の父である次男が夏にわがケ家にやって来て「一番欲しがっていたもの、これでしょ」と手渡してくれた。中央に若い頃の私の笑顔があり、夫がもらったものと同じ構図で家族に囲まれ、天国の夫と死んだ犬もいた。孫娘がそれぞれの家にメッセージシールと返信用封筒を送って集めたそうだ。優しい家族の言葉は涙でにじんで読めなくなった。皆に心配をかけないよう、体に十分気を付けていこうと思っている。”(9月10日つけ中日新聞)

 愛知県小牧市の主婦・井上さん(77)の投稿文です。これは何とも嬉しい贈り物です。15人の寄せ書きですから、かなりの手間を要するでしょう。井上さんはご主人がもらったのをよほど羨ましかったのでしょう。つい要求をしてしまった。そしてそれに応えてくれた子供たち。要求されて子供たちも嬉しかったと思う。いろいろな知恵がある。いい家族である。
 ここまでは行かないがボクにもあるのである。久しぶりに机の引き出しの奥にしまってある手紙を取り出してみた。それはボクの古希祝いの時のもので子供や孫がそれぞれに書いてくれた。短文ではあるが、ウォーキングのことが書かれている。連れて行ってくれてありがとうと、いつまでも続けてくださいとある。ボクが亡くなっても孫にはウォーキングのことがいつまでも残っていくだろう。そして、ボクは今でもさほどの衰えを知らず続けている。ありがたいことである。さあ、今日も歩いてこよう。

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柳&ウォーク