“統一地方選の前半戦では中部六県の県議選で無投票当選が相次いだ。私はこれまで選挙の立会人として投開票を何度か見守ってきただけに、有権者が候補者を審判する四年に一度という貴重な機会が無投票で失われることは残念でならない。県議選は首長選、市町村議選より関心は薄くなりがちだが・・・。 愛知県あま市の山田さん(男・62)の投稿文です。山田さんは無投票を問題にさているが、ボクはその前に投票率の低下を問題にしたい。今年は統一地方選の年であった。ボクはつい先日の市議選に係わった。前回よりも投票率は5%も落ちた。最も身近な市議選にして41%である。県議選では35%、市長選では27%であった。これはまず国民の多数が、自分のことだけに関心があり、公のこと関心がなくなったことがまず最大の原因であろう。投票などに行っても自分の何の得もなく、また自分の1票くらい何の影響もない、と考えるところにあるのだろう。本当には大きな影響があるのにである。関係者はいろいろ工夫を凝らしているのだろうが、今のところ余り効果は見えない。「なくして知るありがたさかな」とならないように願いたい。 “左膝に痛みが出たのが一月終わり。二月初めに受診したところ、膝の骨の壊死と分かった。つえを使って膝の負担を減らすように言われた。三週間後に再び受診。まだつえを持っていない私を見て、先生がすぐ使うよう言われたので、翌日購入した。でも次の日は雨。その翌日は自転車で買い物と、なかなか使えない。 名古屋市の主婦・川上さん(68)の投稿文です。体験して初めて知ることは多い。この話で杖もそうであった。使ってみて、その難しさを知った。不便さも知った。杖を使う人の多くは体が不自由である。その上の杖であるから不自由な訳である。でも、その不自由な体を助けるのである。上手に使わざるを得ない。 “愛知県大治町で暮らす高校生になった孫が中学校三年生のときのことです。孫の自転車が登校中にパンクしました。始業時間が迫っていたため、やむなく自転車を通学路に置いて学校に向かったといいます。夕方、授業や部活動を終えた孫が自転車を放置した場所に戻ると、何と自転車はすっかり修理されていたのです。自転車を家まで引いて帰るつもりだっただけに孫は思わぬ親切に「跳び上がるほどうれしかった」と話していました。 名古屋市の小川さん(女・83)の投稿文です。本人が頼まないの、本人が知らぬ間に、パンクした自転車が直してあった、こんなことがあるのだ。こんなことをする人があるのだ。今の世の中、自転車がなくなってもおかしくない。多分直した人は、パンクして困っていた中学生を終始見ておられたのであろう。そこで、直す気になられた。そして、自分の名も何も記されなかった。それにしても親切である。親子共々感激するのはもちろんである。そしてこのことは一生忘れないだろう。それが次の親切に続くのである。恩送りである。こうしたことの積み重ねが世の中をよくする。 “私は日本に来た外国人に日本語や日本のビジネスマナーを教えています。「日本人は日本を好きじゃないのかな?」。彼らがこう話すのを聞くたび、私は恥ずかしく残念な気持ちになります。かくいう私も二〇〇九年から三年間、米国で生活するまでは日本のことを深く知ろうとせず、母国が好きとはとても言えませんでした。米国中西部のミズーリ州で日本に憧れて本や雑誌を通して日本の文化を学ぼうとする大学生や宣教師に日本語を教える中で、私の方が逆に日本の素晴らしさを気付かせてもらいました。帰国後、日本の伝統文化を少しでも伝えられたらと思い、華道や茶道を始めました。 名古屋市の日本語教師・萬さん(女・50)の投稿文です。日本人の幸福度や満足度について少し調べて見ると、いろいろなデータが出てくる。ある調査では日本人の幸福度について、世界156ヶ国中、2019年度は第58位とあった。それも2015年度の46位から下がり続けている。日本は失業率の低さ、衣食住の質、労働者一人当たりの資産形成、市場の規模等々、経済力に関するほとんどの指標で世界のトップクラスにある。しかし、現在の生活に満足している日本人は65%に過ぎないという。何がそうさせているのか。それが外国へ行って、日本の良さを知ることが多い、とうのは何かが足りないのである。萬さんは3年間アメリカで過ごされた。そこで日本の良さに気付かれた。ボクなど10日くらいの外国旅行でも、日本の良さを知ることが多かった。もちろん外国生活に慣れていないこともあるが、日本に帰ると、日本はいいなあ、とつくづく思うことが多かった。人間豊かさにどっぷりつかったら、それが当たり前になり、幸福感も豊かさも感じなくなるかも知れない。ボクらは戦後から今日まで、貧しさから豊かさに、上昇の中で過ごしてきた。昨日より今日の方が良かった。それをいつもありがたいと思ってきた。最初から豊かさの中にあったら、ありがたさを感じないだろう。そこは他国を知れば分かるのではなかろうか。人間は比較する中でいろいろなことを知る。今こそ日本をもっと知るべき時ではなかろうか。 “戦後まだ数年の私が子どもの頃は畳にちゃぶ台を置いて食事をしました。ちゃぶ台の上はもちろん畳に落とした物も拾って食べるようにしつけられました。私の実家は比較的裕福で幼稚園に通うことができた上、弁当にはぜいたく品だった卵焼きやかまぼこが入っていました。バナナも持って行きました。それでも祖父はかびのはえた餅をカンナで削ってから口にしていました。ご飯は多少酸っぱい味がしても湯で洗い流して食べました。 愛知県常滑市の飲食店経営・笹本さん(男・70)の投稿文です。今の日本の食生活について、戦前や戦後数年生まれの人には、これでいいのかという思い、、疑問に思う人は多いのではなかろうか。幼稚園は行くなど結構裕福に過ごされて笹本さんさえこのように思われるのである。まして、貧しく育ったボクなどにはとんでもないことである。今ボクは、数ヶ月前に賞味期限が切れたお菓子をコーヒーの友として食べている。賞味期限切れで捨てるなど、とても出来ることではない。こぼしたものを拾って食べるボクを見て、孫は嫌な顔ををする。経済的にできるのだから、そんな非衛生のことまでする必要はない、と言うことだろう。衛生面を重視することは必要なことではあるが、何ごとも行き過ぎはよくない。特に食品について日本は大量輸入国である。世界からかき集めて、大量廃棄していることは問題であろう。日本に食糧危機は起こるかと言う問いに、起きないという人もある。起きなくても浪費や無駄は良くない。地球資源は有限である。自然災害に備えると共に、食糧危機に対しても備えることである。自由奔放の生活から縛られる生活は苦痛である。節度ある生活に努めて、いざという時の生活を抵抗少なく受け入れらるようにしておいた方が賢明だと思う。 “「いらっしゃいませ」―。声の主は私がいつも利用しているショッピングセンターのペット用品売り場にいる男性店員です。彼にはハンディキャップがあるようです。一年余前から見掛けるようになりましたが、初めの頃は客に背を向けるように売り場の隅で商品の整理をしていました。「いらっしゃいませ」の声もあまり聞かなかったような気がします。それが今では見違えるように明るく大きな声で私たちを迎えてくれます。はたきを掛ける姿は堂々としています。 名古屋市の主婦・恒川さん(53)の投稿文です。最近障害者の方が働いている姿をよく見るようになった。企業に一定割合の就労を義務付けている法律もある。働ける範囲で働く、これは権利であると共に義務であるかも知れない。そういう人達を受け入れる社会になりつつあると言えるだろう。 “「おはよう」。次々に起きてくる四人の孫たちに、手を差し出して握手する。笑顔で力強く返してくる日もあれば、寝起きの悪いときは指先でチョンと返すときもある。以前から朝のあいさつを握手とともにしたいと思っていたが、孫たちの反抗期などで機会を逃していた。 岐阜県土岐市の原田さん(女・74)の投稿文です。日本人間で握手する習慣は政治家くらいで一般にはない、ましてハグなどない。肌に触れあう習慣はほとんどないであろう。同性間はまだしも異性間ではあっても熱々の新婚ほやほやの夫婦間ぐらいではなかろうか。原田さんの言われるように、肌に触れあう効果は大きいと思う。親密さの表現と共に健康状態を知ることもできよう。わだかまりがあっても、一度に解消することもあろう。ただこの習慣が日本で普通になるには、かなりの時間を要すると思う。特に男性側から女性に握手やハグを求めたら、嫌らしいと思われたり、時にはセクハラとさえ思われるのではなかろうか。父親が娘にしても嫌らしい父さんと思われるであろう。まだ日本はそんな状態だと思う。これを早く習慣化したければ女性側から積極的にすることであろう。女性間同士ならたやすかろうし、また女性から握手やハグを求められて、嬉しく思っても避ける男性は少なかろう。この課題は女性にかかっていると思う。 “昨夏の誕生日、主治医から難病と診断された。数ヶ月前から熱や痛みがあった。マラソンが趣味の私は岐阜県でのハーフマラソンや金沢市のフルマラソンにエントリーしていた。治療のために二ヵ月ほど入院した。主治医に「走れますか?」と尋ねたが、かなわなかった。 岐阜県関市の会社員・山田さん(女・45)の投稿文です。難病になってマラソンが走れなくなった。そしてマラソン大会のボランティア募集を知り、それに応募、首尾よく目的を果たした、という話である。難病になって悲嘆に暮れて終わっても何ら不思議ではない。そこを次の活躍場所を求めて頑張るのである。これぞ強さである。生きている限り生を尽くす、こうありたいものです。しかし、これはいうほどには易しくない。順風の時は何でも言えるが、逆風になると何にも言えなくなる。 “「王子様」という名の山梨県の高校三年生か改名した。「唯一無二の王子様のような存在」との母親の思いが名前の由来だという。幼いときは「かわいいね」と言われるかもしれないが、中学生や高校生になり自己紹介する際の本人の気持ちまで彼の親は考えたのだろうか。 三重県東員町の主婦・中村さん(68)の投稿文です。多くの親は子どもの名付けを一生懸命考えるものである。名前はことある毎に毎日、言葉に発し書くものである。そして、一生続くものである。名前ほど使うものは他にはないだろう。それ程に重要である。さて親は、一生懸命考えたもののどこまで思いをはせられたのか。 先日孫の卒業アルバムを見ていた。何十人という中で、戸惑いもなく読めたものは数人であった。ほとんどが確かめなくてはならなかった。そして、最初から間違いなく読める人はないだろう、と思う人がかなりあった。ボクには昨今の名付けが疑問に思えてならない。名前は自分が使うだけではない。相手も使うのである。ボクは8割方の人は間違いなく読める、そしてそれ程の苦労なく書くことができる、これが基本と思っている。 “東海地方の体操愛好者が一堂に会する「健康のための体操発表会」が三日、名古屋市内であり、私も団体メンバーの一員として参加しました。愛知県東浦町の有志百八十人で披露した健康体操「東うらうら体操」は表彰されました。 愛知県東浦町の主婦・芳本さん(55)の投稿文です。芳本さんは健康体操を30代半ばなから始められた。それなら今は当然指導者であろう。今、高齢者の健康体操クラブは各所で開かれているだろう。行政も力を入れている。指導者は引っ張りだこであろう。長年続ければ指導者になり得る。趣味もやはり若い時から始めるに越したことはない。 ボクも地元にできた健康体操クラブに参加している。できたきっかけがボクが老人クラブの会長の時だったので会長補佐となっているが、実質は会長である。指導者は外部から来て貰っている。今の所順調に動いてはいるが、問題ははらんでいる。毎回25名前後の参加者があるが、男性はボク一人であることも問題だが、いずれ指導者のことも出てくるのではなかろうか。折角できた会である。少しでも長く存続させたい。 |