ha1803

第166号  2018年3月


 (第2594話) 新社会人

2018年03月31日 | 意見

 “もうすぐ四月。新生活の扉を開く人も多いことでしょう。そんな皆さんに心のどこかにしまっておいてほしいことがあります。何事も人のせい、周りのせいにしないことです。特に新社会人は職場でいりいろと注意され、叱られりこともあるでしょう。他の人と同じようにやったつもりでも、自分だけが注意される場面があるかもしれません。ほとんどの人は「なぜ自分だけ」と疑問に思うでしょう。不公平に感じるかもしれませんが注意された以上、何らかの点て自分に非があると考えてもよいのではないでしょうか。
 他にも「上司が理不尽だ」「職場環境が悪い」「希望する仕事に携われない」・・・などと思うことがあるかもしれません。その都度周りのせいにしていたら自分は成長できません。常に自分はどうすべきか、どうすればよかったのかを考えれば、きっと大きな成長につながると思います。頑張れ、新社会人!”(3月18日付け中日新聞)

 愛知県犬山市の会社員・鬼頭さん(男・37)の投稿文です。鬼頭さんの主張は、自分をよく見つめろと言う一言でしょう。周りのせいにしていたら成長はない、と言うことでしょう。何事にもいろいろな面があります。周りのせいにできることも必ず見つけられるでしょう。逆に自分に足りない部分も必ずあります。特に若い人は、まず自分を見つめてください、ボクもこの主張に大賛成です。今の若い人は弁が立ちます。理屈もよく知っています。ですからつい自己主張しがちです。自己主張してもいいのですが、同時に十分を振り返ることはもっと必要です。
 いい高校、良い大学と長い間しのぎを削るのは、希望の仕事、会社に就くためといったら叱られるでしょうか。もちろんこれがすべてではないのですが、現実には大きなウェイトを占めているでしょう。そして、就職戦線も勝ち抜き、なんとか希望に近い職に就く。しかし、1年、数年で離職する人が多いと聞く。ボクのいた会社でも若い人がよく退職していた。定年まで一職場であったボクには、辞めていく人が気になった。離職率について調べて見ると、学歴、仕事などによって大きな差があり、簡単には説明できない。しかし、大学卒で3年で3割辞めるのは昔からのことで、近年特に多くなったことではないという。何か信じ難い。今はいろいろな就職形態があり、簡単に比較できないのではないかと思う。

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(第2593話) ウサギとカメ

2018年03月29日 | その他

 “ウサギとカメのかけっこを競う童話がある。カメが勝ったのには理由がある。ウサギはノロマなカメに負けるはずないと、途中で寝てしまったからである。どんなに力がある者でも油断したり、おごりがあってはならないと、イソップは教訓にしたかったのだろう。
 学生時代、恩師が何かの授業でこの話に触れ、「寝ていたウサギのそばをカメも通ったはず。なぜ起こさなかったのか、考えてくるように」と生徒に告げた。その後、話題になることはなかったが、今にして思えば「見て見ぬふりでいいのか?」と問いたかったのではないか。
 亡き師に聞くことはできない。もしカメがウサギに声をかけていたら・・・その後のストーリーは、どう変わっただろう。”(3月18日付け中日新聞)

 「300文字小説」から愛知県岡崎市の主婦・外尾さん(71)の作品です。昔なら単純に、ウサギの立場に立ってうなずき合って終わりであったろうが、今なら高校や大学入試に、また就職試験に使えそうな課題である。カメに立場に立つといろいろ態度が取れる。このようにしめしめと思って黙って通り過ぎるのか、はたまた声をかけるのか。声をかければ自分が負けることは大である。それを承知で起こすのか。声をかけられたウサギはどういう態度を取るであろうか。お礼を言って走り始めるのか、はたまた他の態度を取るのか・・・・その後のストーリーはもう千差万別である。これは人間社会で毎日でも起こりうる話である。細かく考えれば、選択の日々、選択の刻々である。この繰り返しの中で成長し、人間性を養っていく。今の自分はその集大成である。人生70年の集大成がこのざまである。そう思うと一つ一つがおろそかにできない。

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(第2592話) 卒業式の正装

2018年03月27日 | 出来事

 “3月に入ると、小学校の卒業式の練習が始まる。昨年の今ごろ、私はとても悩んでいた。息子たちの当日の服について。通っていた小学校では男子はスーツ、女子はブレザー&ミニスカートが大半を占める。ママ友づきあいのうまい人は譲り受けるなどしてわざわざ購入しないようだ。我が家はスーツは購入が必要なうえ、双子。だが、式当日以外に着ることがあるとは思えない。買うべきか買わざるべきか。お金が惜しいというより「卒業式の正装」の定義に引っかかりを感じ、「買わざるべき」を選びたい。でも、セーターで出る勇気があるのか。
 卒業式は学校最後の行事であってファッションショーではないのだから、白シャツに黒や紺のセーターとズボン、襟元にネクタイで十分だと思う。動きやすさの点でもスーツよりセーターだ。式のために歩き方や座り方、礼の仕方などを練習した成果が出せる。
 本入たちが「何でもいい」と言ったので、結局、スーツではなく紺のカーディガンを買った。中学生になった現在、学ランの下に着て超活躍しているカーディガンをハンガーにかけるたび、あの選択は正しかったとようやく安心している。”(3月10日付け朝日新聞)

 兵庫県明石市の主婦・秋山さん(45)の投稿文です。東京銀座の小学校で、制服問題が大きな話題になりました。そして、秋山さんのこの投稿です。学校の制服の話にも驚きますが、卒業式は1日のことです。育ち盛りの子供のことです。スーツなど1、2回手を通したらもう着られなくなるでしょう。貧しい時代に育ったボクには理解できないことばかりです。
 こんな文章を読んだ中で、ボクは先日小学校の卒業式に、来賓で出る機会を与えられました。実はボクの孫も卒業生です。どんな服装で来ているか、興味がありました。孫はカーディガンでした。カーディガンは少数でした。でも秋山さんが言われるようなスーツ姿やブレザーが多く気になりました。孫に聞くと特に指導はなかったようです。確かに華やかな気がしました。親はこんなところにも気を使っていたのでしょうか。今は子供も少なく豊かになり、子供に力が入る家庭も多いのでしょう。でもそうではない家庭もあります。こういう問題は自分の考えをしっかり持つことです。人は、思うほどに他人のことはあまり気にしていないものです。ボクの今年はいろいろな機会があり、沢山のまずいなと思ったことがあり気にしていましたが、人は自分が思うほどに気にしていないものだと思って、忘れることに心がけていました。

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(第2591話) 交通安全

2018年03月25日 | 出来事

 “身をもって知るとはまさにこのことだった。今年に入ってすぐ、交通事故に遭った。実家へ向かう途中、父が運転する車がガードレールにぶつかった。まさか自分がそんな目にあうなんて。乗っていた4人のうち、一番の重傷が助手席にいた私の鎖骨骨折。それだけで済んだのが不幸中の幸い。後から強く思ったのは、全員シートベルトをして、1歳の娘をチーャイルドシートに乗せていて、本当によかったということだ。
 「命を守るシートベルト」というようなフレーズは何度も見聞きしているが、そういう思いからベルトをしたことがあっただろうか。今までももちろん着用していたけれど、どちらかというとそれは「きまり」だったからだ。チャイルドシートについても同様だ。使い始めた当初は「赤ちゃんをこんなのに乗せて大丈夫なのか」とさえ思ったこともある。でももし今回どちらもしていなかったらと考えるとぞっとする。
 交通安全の標語さながら、私のこの声もきっと他の人の心にはあまり響かないだろう。それでも私は声を大にして言いたい。シートベルトとチャイルドシートはとても大事だ。”(3月8日付け中日新聞)

 東京都の主婦・寺田さん(31)の投稿文です。自己の体験を伝える、非常に大切なことです。言葉だけの伝達ではなかなか心に響きません。寺田さんも言っておられるように、交通安全の標語や言葉は毎日のように聞きます。耳にタコでしょう。だから何気なく聞いて通り過ごす。シートベルトはしていますが、これも寺田さんが言われるように「きまり」だからしている、重要性を思ってではない人も多いでしょう。寺田さんは苦い、あまり人に言いたくない体験でしょうが、こうして投稿された。だからボクはこうしてまた伝えているのです。
 寺田さんのお父さんは何歳でしょうか。高齢者の交通事故は非常に増えているようです。ボクはもう十分に高齢者です。幸いに今まで警察にお世話になることはなくやってきました。でもこれからが重要です。一つでも少しでも事故になる原因を減らし、気を付けていきたいと思っています。

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(第2590話)  「平成の言葉」

2018年03月23日 | 活動

 “今年から本紙朝刊一面に掲載されている「平成のことば」を、私は毎日ノートに書き写している。年初から何かを始めたいと思ったのと、以前から著名人の名言や格言を読むことが好きだったからだ。
 言葉だけを書いていたがそれでは物足りなくなって一月中旬から解説も書き写すようにしている。やがて、その言葉が発せられた日と掲載日が同じか、とても近いことに気付いた。その頃の自分を思い出して感慨にふけることもある。毎朝、平成のことばに心を突き動かされたり共感したりしている。最近はノートに書き写す字が上達してきた気がする。脳も活性化しているのではないか。「始めたら続ける」とい言葉通りに私はこれからも実践していくつもりだ。”(3月7日付け中日新聞)

 愛知県愛西市の主婦・山崎さん(48)の投稿文です。ボクは数年前から「天声人語」の書き写しを始めました。始めたと言うより始めようとした、と言った方が正確でしょう。ほとんどできませんでした。できないと言うより、しなかったと言った方が正確でしょう。今年こそはと、決しました。そして、今まで8回です。まだ週1回にも当たりません。まずは週1回、そして週2回まで位上げたと思っていたところです。そして、この投稿文です。「平成のことば」の書き写しとは、これもありかと思いました。書き写しには文をしっかり理解する、文字をキチンと書く、いろいろな利点があります。天声人語でなくても平成の言葉でもいいのです。平成の言葉をボクは毎日読んでいます。真実、本音が出ていて感動する言葉も多いものです。長さは天声人語の5分の1くらいでしょう。随分しやすいでしょう。決まった時間を作り、習慣化すれば毎日でも実行できそうです。検討したい気がしてきました。

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(第2589話) 拾ってくれた

2018年03月21日 | 出来事

 “朝いつものように夫を送り出そうとしていた一月下旬のことです。いくら捜しても夫の結婚指輪が見当たりません。私の住む地域では珍しく積雪があった日になくしてしまったようでした。思いがこもった指輪なので、また買えぱよいというわけにはいきません。
 念のため夫が通勤で使うJRの遺失物管理所へ問い合わせたら、指輪の忘れ物があったとすぐに連絡がありました。夫が確認に行くと、まさしく夫の指輪でした。電車の中に落ちていたのを誰かが拾って届けてくれたそうです。
 積雪のためにダイヤが大幅に乱れた日で、足元は悪く車内も混み合っていたことでしょう。誰もが気持ちにゆとりがなかったと思われる中、小さな指輪に気付いて届けてくれた人の行動に心を打たれ、私も同じように振る舞えるか、考えさせられました。「すてきな方に拾っていただいたね」と夫婦で感謝しています。”(3月6日付け中日新聞)

 愛知県尾張旭市の主婦・加藤さん(35)の投稿文です。混雑する電車の中で、落とした指輪が拾って届けられる、何と幸運な指輪でしょうか。こんなことあるのですね。小さなものです、皆急いでいます、混雑しています、拾って届けるには悪条件だらけです。でも、届けられた。こういう話を聞くと日本は本当にいい国だと、改めて思います。
 道路や通路などでゴミをよく見かけます。拾えば邪魔にならないし、気持ちよく通れます。ボクはこんな時、多くは拾いますが、拾わない時もあります。そんな時、いつまでも気になります。気にするくらいなら拾えばいいものを、と時折悔やみます。横断歩道で止まらなかった時もよく悔やみます。なかなかとっさという時はできません。ここはまさに人間性でしょう。人間ができていないということです。もっと優しくなるように精進しなければと思います。

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(第2588話) 終活とマラソン

2018年03月19日 | 活動

 “初めての終活セミナーに参加した。午前中セミナーを受講して総括ノートをいただいて、その後体験コーナーで入棺体験もした。狭くてなんかいい感じ。ピースして、写真も撮っていただく。翌日、新聞を読んでいると、昨日のセミナーの記事。入棺体験の写真、なんと私じやん。
 六十三歳で父母の介護の中、何か自分のためにとジョギングを始めた。なかなか続かず、どこかのマラソンでもと思って、初めてのマラソンは伊勢志摩のハーフ。父母を送ってからは、あちこち完走を目指して走っている。二〇一二年、名古屋ウィメンズマラソンにエントリー。皆、若々しく華やかないでたち。場違いかなあと思いながら、三年続いた。一五、十六年はマラソン人気が高まり落選。去年は宿泊付きでエントリー、今年も参加できる。
 入棺体験で決めた私のお葬式。お棺の中には、今まで走った完走証をお花の代わりに敷き詰めて、遺影は最後の年に撮る、とびっきり笑顔のフィニッシュ写真にする。今年は、去年、完走したときと同じ服を着て、ミッキーのキャップをかぶり名古屋の街をさっそうと走ろう。思い切ってセミナーに参加してよかった。”(3月2日付け中日新聞))

 愛知県岡崎市の伊東さん(女・74)の投稿文です。12歳から一挙に74歳の方に飛びますが、ここにも生きることが提示されています。これから始まる人と終わりを迎える人、大きな違いがあって当然です。することに違いがあっても、気持ちにはあまり違いがない気がします。そこは生きていることに感謝です。
 伊東さんは終活セミナーです。話を聞き、入棺体験をする。入棺体験など漫画事と思っていましたが、あるのですね。生前葬をする人もあるくらいだから、あって不思議はないのでしょうか。死後まで自分で企画しておきたい、これも人間の欲望でしょうか。もちろん、残された人が困らないように、ある程度の希望やら段取りを伝えるのは分かりますが、今のボクにはまだピンときません。こういう話を聞くと、そろそろ考えねばと思うのですが、まだ本気になれなせん。人前では余生とか、残り少ない人生といっていますが、本音は全くその気がありません。こう言うことによって、悔いなく生きようと鼓舞しているのです。永遠に生きるつもりでいるのでしょうか。これでは悔いることになるのでしょうか。

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(第2587話) 生きていること

2018年03月17日 | 意見

 “生きている。それは当たり前のことなのだろうか。今ここに自分がいて、お父さん、お母さんがいる。家も庭もある。これらはどれも当たり前なのだろうか。
 ぼくは社会の授業で昔の戦争のことを学んだ。戦争は、ぼくが当たり前のように生きている世界とはまるでちがうような世界だった。ぼくは当たり前のように食べて、ねて、そして笑っている。そんなことが決して当たり前ではないことを知ってハッとした。今ぼくがここに生きているということは奇跡なのだと思った。
 お父さんとお母さんがいなければ、ぼくはいなかった。おじいちゃんやおばあちゃんがいなければ、お父さんもお母さんもいなかった。そう、生きているということは当たり前ではなくこの世の奇跡なのだ。まずは生きていることに感謝しなければならない。ぼくはそう思っている。”(3月2日付け中日新聞)

 愛知県知立市の小学生・佐々木さん(男・12)の投稿文です。小学生の投稿文です。これが小学生の意見かと全く驚きます。戦争の話からといっていますが、いろいろな知恵が混じり合っているのでしょう。周りの環境の影響も大きいと思います。今の時代、自分がすべての中心になりがちです。生まれて生きていることに、まして存在が先祖に及ぶことなど、あるのでしょうか。先祖があって自分がある、自分一人の命ではない、大切な命である。「生きているということは奇跡です。生きていることに感謝しなければならない。」こう思えば毎日をおろそかにできません。まして、自殺などできません。すべの人が意識し、感謝して過ごすことが必要と思います。

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(第2586話) ぴーちくの会

2018年03月15日 | 活動

 “八年前、手と足の力がなくなり、先生から「珍しい難病です」と言われ、七ヵ月間の入院、そしてリハビリ。おかげさまで今では、自分の身の回りのことで難儀なこともありますが、お勝手仕事もできるようになり、先生に感謝して幸せな毎日です。
 ですが今は特に寒くて、散歩もできず、外出といえば病院くらい。一日中、数独をやったり、小説を読んだりの退屈な暮らしです。そんな私に楽しみが。昨年七月から始まった、月一回の六十歳以上のおしゃべりの会です。つえをついて私の足で十分ほどの公民館に入ると、テーブル上に季節のかわいい花が。お世話くださる方たちの優しい心が見えるようです。認知症予防の勉強、頭と指の体操。また音楽の先生だったとても明るい方のオルガンと掛け声で、懐かしい歌を歌います。
 おいしいコーヒーとお菓子をいただき、なかなか会えない皆さんと、話の花が咲きます。三十人近くの人が、あっちでぴーちく、こっちでぱーちく、にぎやかなこと。あっという間の二時間です。お世話くださる方たちに感謝し、「また来月ね」とあいさつを交わします。帰り道に「来月も出かけて来られますように」と祈りながら。”(2月28日付け中日新聞)

 岐阜県瑞浪市の小関さん(女・77)の投稿文です。ボクが昨年6月から老人会で始めた「サロン羽根邨」と全く同じこと、そして「ぴーちくの会」と同じ風景です。風景は同じですからこのことは省略して、今後の腹づもりを書いてみます。
 サロンは老人会の事業として始めました。しかし、老人会の役員を探すことが非常に難しくなっている現状から考えると、役員が担っていてはとても続くとは思えません。そして、サロンを役員が担うとなると、役員の負担が大きくなりますます見つかりません。そこで、ボクは始めた責任として、ボクがやれる間はボクが中心でやる決意をしました。役員を辞めた後、どうした形で係わっていけるか、考えました。そして、サロンそのものは老人会の主催とし、それを担うクラブを作ることにしました。「サロン羽根邨世話人会」と称し、それに合う老人会の会則も変更しました。世話人会の当面のメンバーは今年の役員です。もう1年、ボクに付き合って欲しいと頼みました。幸い今年の役員は協力的な人が多かったのです。4月以降新たな趣向も出し、新たなメンバーも募るつもりです。サロン運営を、これからのボクの生き甲斐の一つにしようと思っています。それ程の価値のある事業と思っています。

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(第2585話) 現金支給

2018年03月13日 | 出来事

 “大学生の息子と一緒にこの年末年始、食品工場でアルバイトをしました。そのときの給料を一月末に受け取りに行きました。現金支給は面倒だと思っていましたが、これがなかなかうれしいものでした。決して大金ではありませんが、手渡された封筒にあるお金の重みを感じました。中身の確認を求められ、お金を取り出して数える作業は「これが労働の対価なんだ」と思えました。振り込みでの支給では得られない体験ができました。
 こんな給与振り込みだけでなく、今や私たちの生活にはクレジットカードや電子マネーなど現金を使わない決済が浸透しています。消費者には日頃現金を持ち歩かなくて済むという安心感があり、店側は釣り銭などを用意しなくてもいいという利点があります。とはいえ、やはりお金の直接のやりとりで労働や商品の価値が実感できるものです。近い将来、社会に出て働く予定の息子には現金支給は良い経験になったと思っています。”(2月26日付け中日新聞)

 愛知県春日井市の主婦・勝田さん(55)の投稿文です。多くの職場で現金支給はもうなつかしいことになったでしょう。ボクは昨年6月に完全退職しましたのでもう縁のない話になりましたが、ボクの職場で振り込みになったのはいつからだったか、もう思い出せません。
 ボクはまだ振り込みが希望者だった時には最後まで現金を貰っていました。ささやかな抵抗のつもりでした。最初は全額を、そのうちに担当者を気遣って万円単位に、そして現金支給が無くなって諦めました。これでおやじの権威は一気に失せた気がします。給料を妻に手渡すと、妻は必ず「ありがとう、ご苦労さま」と言ってくれました。それが明細表だけになると、その言葉は次第になくなりました。そのうち明細表もくれなくなり、自分でもいつ給料日か、意識しなくなりました。妻は手持ちが少なくなると、下ろしてくるだけです。サラリーマンの場合、子供にとって働く父親の姿はほとんど映りません。給料を渡す時だけが唯一の働いている証明だったのです。現金で渡すことによって、労働の価値も証明されます。これからますます金銭を手にする機会が減るでしょう。便利さも大きいでしょうが、弊害も大きいでしょう。ますます自己管理が問われる気がします。

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(第2584話) 読めない店名

2018年03月11日 | 意見

 “7日のひととき欄「老いのつぶやき」に同感し、意を強くしました。真冬だというのに、ノースリーブや半袖のタレントやアナウンサー。美しい肌を見てほしいという若い人の気持ちもわからなくはないけれど、老婆心ながら寒くはないかと心配してしまいます。四季のある日本です。テレビでは四季折々の服装を見せてほしいと願っています。
 私の「老いのつぶやき」は、最近、新しい店が近辺に次々できてうれしいのですが、外国語の店名が多く、何を扱っているのか見当がつかないのです。店の前を何度通ってもわからず、どうしても読めなかったので、勇気を出して聞いてみると「イタリア語で○○という意味です」とのことでした。若い人にはおしゃれと思えるかもしれませんが、やはり日本語で書いてほしいと強く思いました。せめてカッコを補ってカナを振ったり、何々の店と説明してくれたりしたら、どんなにうれしいかと思うこのごろです。
 年齢とともにつぶやきが多くなるのは、私も友人も同じです。「何とかしてあげたいね」「ここがおかしいと思うよ」と話が盛り上がります。”(2月21日付け朝日新聞)

 愛知県日進市の主婦・小玉さん(72)の投稿文です。世界はグロ-バル化の波です。貿易立国の日本はそのグローバル化に積極的な方でしょうか。何もかも、一昔前とは大きな変わりようです。世界がひとつになるグローバル化は、何も悪いことではないと思います。ところが老いてる人にはこの対応が難しいことが多いのです。それが小玉さんの嘆きでしょう。ボクも全く同じです。特に言葉に多い。どうしてここまで、カタカナ語やアルファベットにしなければいけないのか、疑問に思うことが度々です。普通の人にイタリア語など分からないでしょう。小玉さんでなくても何を扱っているのか、分からなくて当然です。分からなくて用を足すのでしょうか。特に困るのが、アルファベット3文字や4文字の時です。会社名に結構多い。全く混同してしまいます。日本語ではいけないのでしょうか。でも、こういう文字が多くなると言うことは、混乱よりメリットの方が大きいということでしょう。やはり老いの嘆きでしょうか。
 ある面社会は老人に優しくなったが、伝達手段では老人にますます厳しくなっている気がします。ボクの町内で、町内だよりは今まで紙でしたが、この3月からホームページに変わりました。時代の流れ、若い人には紙よりスマホやインターネットということで、このような決断が1昨年なされました。そして、昨年にかけていろいろ検討がされ、この3月から公開となったのです。ボクも昨年から係わってきました。ところがホームページを作れる人を探すのがまた大変です。多くの発信者は公職の人、公職の人は高齢者が多いのです。老人クラブ連合会はボクです。ボクはこのように自分でホームページを作っている様な人ですからいいのですが、来年度はどうなるのでしょうか。過渡期だと思いますが、過渡期は大変です。
 季節はずれの服装についても一言言いたいところですが、長くなりましたのでまたの機会にします。

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(第2583話) 奉納餅つき

2018年03月09日 | 活動

 “28日に稲沢市の尾張大国霊神社(国府宮)で開かれる「国府宮はだか祭」を前に、各地の鏡餅奉納の奉賛会が18日、餅をつき、機運を高めた。
 奉賛会は、稲沢市を中心に県内外に四十以上あり、半数ほどがこの日に取り組んだ。祭り直前の二十六、二十七日に、それぞれ神社に納めるという。
 稲沢市の六角堂地区などの住民百二十九人でつくる「友善会」は八俵分を使用。男衆がきねと臼でついた餅をくっつけて大きな塊にした後「よいしょよいしょ」と掛け声を上げながらサラシを何重にも巻き付け、円柱状に整えた。六角堂東町の不動産業、隅田省二さん(五九)は「還暦を迎えるので、厄落としのつもりで一生懸命餅をこねました」と笑顔で話した。(中略)
 二〇一六年の祭りで大鏡餅奉納を担った一宮市奥町奉賛会も五俵分を用意。同会事務局長の柳田敏治さん(五二)は「大鏡餅奉納を機に始まったが、地域で人が集まる機会になってきた」と喜んだ。”(2月19日付け中日新聞)

 記事からです。ボクはこの国府宮の裸祭に3回、裸になって参加した。天下の奇祭と言われ、激しい祭りだけにその度にいろいろな思い出がある。でも、今まで餅つきの体験はなかったが、今年その機会が突然訪れた。2月17日、一宮友歩会の下見をしている時に同級生から、我が町内で国府宮の餅つきが行われるので来れないか、という電話である。その日は予定もあったが、滅多にない機会と思って行くことにした。
 18日朝8時頃行ってみると、この記事にある奉賛会のひとつであった。テントを張り、煮炊きをし、沢山の人が出ている。見ていると神棚が作られる。祈願を祈って神事が行われるのである。ボクに声がかかった。代表して玉串奉典をしてくれと言うのである。光栄なことである、拒む理由はない。神事が終わり、いよいよ餅つきが始まる。7俵突くという。交替で突いていく。その間に、きなこ餅や味噌汁などが振る舞われる。人は続々と集まって来る。ボクは3時間程いて帰るが、終日かかったであろう。午後2時頃には神男も来場されたようだ。
 2月28日、裸祭も無事終わったようだが、我が地区では神男が決まる頃から1ヶ月くらい、毎日のように裸祭が新聞記事になる。それ程の大行事である。こうした大きな行事は地域の結集になっている。活性化にもなっているだろう。地域力がますます衰えていく時代、うまく繋いでいって欲しいものだ。

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(第2582話) 社会全体で

2018年03月07日 | 意見

 ”「授乳は人目につかないところで」との意見があり、公共の場での授乳に否定的な声がよく聞かれます。ですが私は子育て中の母親を社会から切り離すのではなく、皆で守るような社会であることを望みます。一人の子どもを産み育てることは大変なことで、特に母親の負担はとても大きくなります。でも子どもはわが国だけでなく世界の宝物だと思います。生まれたときは無力でも、将来誰かを支えるときが来るかもしれないのですから。
 親戚の女性が子育てをしていた三十年ほど前、外出先で授乳する際、近くにいる女性たちで母子を囲んで周りから見えなくしたものです。昨今は町中の授乳室はかなり増えましたが、乗り物の中などの公共の場で授乳せざるを得ない場合はどうしてもあり、そんなときは近くの女性が自らの体で周りの視線を遮るなどしてあげたらと思います。そう、社会全体で大切な命を育んでいきましょう。”(2月19日付け中日新聞)

 愛知県蒲郡市の自営業・広浜さん(女・48)の投稿文です。その昔は、授乳中の母親は公共の場に出ることは少なかったし、出る必要もなかった。今の時代はそうはいかない。核家族である、仕事にも就いている。また出る機会も多くなっている。誰も人前で授乳をしたと思っている訳ではなかろう。人目につかないところで授乳をしたいであろう。やむを得ず人に構わずしているのが本当であろう。人前で化粧をするのとは訳が違う。だったら周りが優しくしなければいけないだろう。女性達で周りを囲ったという。何気ない優しさである。こういう知恵や優しさが広がるといい。
 ところが現実は逆ではなかろうか。自分の意見を言うことが必要といわれ、それが自己主張となり、それと共に人に対するや優しさをなくしてきたのではなかろうか。うっかりすると自己主張と相手に対する優しさとは相反することになり、つい陥る罠である。自己主張すればするほど、周りの状況をよく見なければいけない。

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(第2581話) 郵便配達員さん

2018年03月05日 | 活動

 “雪が降りしきる夕暮れどき、私が働く寮に郵便配達の若い男性が荷物を届けに来た。顔には吹き付けた雪が解けて汗のように流れていた。箱に貼ってある伝票をはがそうとしているが、凍えた指ではなかなかうまくいかないよう。私は「こんなに寒い中大変ですね。やりましょうか」と言わずにはいられなかった。心の中は「その手を私の両手で温めてあげたい」との気持ちでいっぱいだった。
 荷物や手紙を運ぶのが彼うの仕事とはいえ、何だか申し訳なく思えてきた。配達員とのやりとりはほんの数分だったが、私にはその後も切なさが残った。「あの配達員が風邪などひきませんように」。心から願わずにはいられなかった。天候に構ってはいられない場合もあり、思い通りにいかないときもあるだろう。それなのに私たちの寮に来てくれる配達員の皆さんはいつも感じの良い対応をしてくれる。私はこれからも感謝の気持ちで配達員を迎え、荷物を受け取ろうと思っている。”(2月18日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の寮母・五嶋さん(64)の投稿文です。新聞配達の話に続いて、今度は郵便配達員の話である。この仕事も雨の日も風の日もである。休む訳には行かない。突然の事故には郵便局ではいろいろな対応がされてるのだろうが、それでも誰かがしなければならない。本当にご苦労さんである。最近夜遅くなっても届く小包がある。労働環境はより悪くなっているのではなかろうか。
 大変な仕事は何も新聞配りや郵便配達ばかりではない。もっと大変な仕事も数多くあろう。競争をあおり、サービスを拡大し、労働環境は昔より厳しくなっている気がして仕方がない。ものを作る人と買う人、サビースをする人と受ける人、時と場所は違ってもほとんどの人は両者を持つ。買う時と受ける時に大きな要求をすれば、逆の時に今度は自分がそれを担うことになる。ものを作る人と買う人、サビースをする人と受ける人、両者があって始めて成り立つ。対等であり、相手を敬う気持ちを常に心がけたい。五嶋さんのような声かけを心がけたいものだ。

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(第2580話) 年金定食

2018年03月03日 | 活動

 “「もしもし、年金定食食べに来て」十年間の夫の介護を終え、1人暮らしになってから一年半となる。寂しいでしょうと声をかけてくれる人、何かあったらすぐ駆けつけるよと言ってくれる人がいて、ありがたい。私はというと、「一日十笑」を心掛け、一人暮らしの緊張感を味わいながら、遺族年金で生きている。
 料理、洗濯、掃除の三大家事のうち、料理だけは好きで、自分で三食作り、年金定食と名付け楽しんでいる。今日も飾り切りのニンジンの梅の花がほほ笑んでいる。
 友達も施設入所、長期療養、ヘルパーなしでは暮らせない人、亡くなった人などなど。十年の間に様変わりが何とも激しい。何とか自分でわが家まで来られる人に電話して、年金定食を囲む。今日のメニューは、五種類のお漬物でお茶漬け。煮豆、卵焼き、うの花の煮付け、今年のように寒いときはおでんも多い。一人で食欲のない人でも、三人寄ればにぎやかで、箸も進む。桜の花の模様の付いた、百均の食器が愛らしく、大活躍する。春を待つ後期高齢者の三婆は今日も、笑顔で元気いっぱいです。”(2月15日付け中日新聞)

 愛知県東浦町の主婦・野村さん(76)の投稿文です。ご主人が亡くなったら、人を呼んで手料理を出し食事を一緒にする。「一日十笑」を心掛けていると言われる。これだから女性は強い、凄い。この逆の奥さんが早く亡くなって残されたのが男性だったら、どうだろう。マア、10人の内9人はまだ悲嘆に暮れ、呆然としているのではなかろうか。衰弱し、痴呆が一挙に進んでいるだろう。ボクなどその典型だろう。だからボクの方が絶対早く死なねばならない。
 それにしても年金定食とはまた面白い名付けである。遺族年金になったことを悲しむのではなく、それを生かしている。どう見ても女性は強い。

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(第2579話) 新聞配達

2018年03月01日 | 知識

 “昨年12月31日の朝日新聞朝刊をもって、私たち夫婦は42年間の配達を終えました。新聞配達はもともと、お小遣いがほしいからと娘が始めました。数年頑張りましたがやめたいというので、彼女の担当だった25軒分を引き継ぎ、徒歩や自転車で手分けして配ることにしました。続けないと迷惑がかかると思ったからです。それから今までけがもなく、無事終えることができて感謝の日々です。
 毎朝、お寺と地蔵堂の前で一日の無事をお祈りして始めました。2人とも会社勤めをしていたので、配達の後、出勤しました。会社や田畑で元気に働くことができたのは、早朝からの配達が健康の源になったからだと思います。
 区切りをつけたきっかけは、1年前の大雪でした。もうそろそろ引退してもよろしいよ、という天の声だったのかもしれません。やめる時、販売店にねぎらってもらいました。また、正月には2組の娘夫婦、孫、孫夫婦、ひ孫が集まったにぎやかな食事の席で、「おじいちゃん、おばあちゃん、42年間ご苦労さまでした」と花束を贈られたのです。感激で胸がいっぱいになりました。”(2月9日付け朝日新聞)

 滋賀県豊郷町の澤さん(女・81)の投稿文です。毎日毎日、雨の日も風の日も毎日ほぼ同じ時間に起きて、同じように配る。していない人からすれば凄いことです。それも42年間、80歳超えるまで。澤さんが言われるように、多分これが健康の源だったと思います。ふしだらな生活に健康はありません。
 配って貰う人にとっても生活習慣がある。遅く取りに行く人ばかりならあまり気をつける必要はないかもしれぬが、ボクのように朝5時を待って取りに行く人もいる。取りに行ってないとその日の順序が狂う。するといろいろなことで間違い犯す。朝というのは邪魔が入らなく、自分の順序通りにこなして行くことがしやすい。一番効率的な時間である。一番充実している。ボクはこの生活をもう20年もしている。新聞配りの人はこんな人の期待に応えねばならない。本当にご苦労様である。
 実はボクも新聞配りには思い出がある。多分小学5年の頃だったと思うが、同級生が新聞配りを始めて小遣いを持つようになった。ボクも小遣いが欲しくなって販売所に申し込んだ。配る順序も教えて貰い、いよいよ明日からという時になって、父親が知って断ってきてしまった。それでボクの新聞配りの体験はなくなってしまった。父親はなぜ怒って断ってしまったのか、理由はよく知らない。子供が小遣いを持つのがよくないと思ったのであろうか、今となっては分からない。

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