“一年前、仕事先のタイから 帰国した息子が私に告げた言葉は、がんを患っているとのことでした。頭が真っ白になりました。手術も抗がん剤もやらないといいます。残りの人生を、自分の思うとおり生きたいと言い、親は寄り添うことしかできませんでした。
九ヵ月の療養の末、年老いた両親を残し、五十三歳で五月十五日に永眠しました。この文章を書いていても、涙で字がにじみます。
毎日泣いてばかりいたとき、四十九日の法要前、会社の部下たちが来てくれて、いろんな思い出話をしてくれました。会社では、みんなを思いやり、愛し親しまれていたとのこと。二十二年前に家を出ており、親は知らないことばかりでした。親の心に、お金では買えない大きな財産を残してくれました。
そして「後ろを振り向いて、悲観ばかりしていてはだめ。前を向いて笑って生きて」という言葉を残してくれました。人を思うあの子の優しさと思いやりを心の糧に、前を向いて残りの人生を大事に生きていきます。たくさんのことを、悟らせてくれて、本当にありがとう。”(9月10日付け中日新聞)
愛知県津島市の蒲さん(女・76)の投稿文です。50才でガン治療を拒否するとは、どんな症状だったのであろうか。かなり進んでいて、治療の効果が余り望めなかったのであろうか。今の時代、ガンはかなりの割合で完治する。早期発見ならよりそうである。そうとは言ってもガン治療にはかなりの負担を伴う。肉体的にも金銭的にもである。
ボクと同年の人で、前立腺ガン治療を拒否している人を知っている。PSA値はボクと同程度である。ボクはガンだと言われた時、どうするか一瞬だが迷った。でも、検査をしたと言うことは悪い結果が出た時、次の対応をするという気持ちがあったからである。そんな気持ちがなかったら検査などすることはない。そう思ったら次の決断に躊躇はない。そして結果的には手術となった。今前立腺ガンの心配は全くしていない。でも手術してもう1年半以上になるが尿漏れが残った。苦であると言えば苦である。しかし、余り気にしないようにして生活をしている。なってしまったものは受け入れるより仕方がない。
あの知り合いはどういう気持ちで生活をしているのだろう。時折心配になることはないだろうか。前立腺ガンはガンの中では、転移や進行の心配の少ないガンである。それでもガンを持ったままの生活が、平常心を保てるだろうか。ボクの担当医師にこの話をした「そういう患者が一番困る」と言っていた。