2015/08/12(Wed) (第2145話) 見捨てていけるか |
寺さん |
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“ 昨年の十二月、西尾市の井上台司さん(55)がショピンクセンターに出かけたときの出来事。公衆電話の前辺りで男女七人組の高校生のうちの一人の女の子に「助けてください」と声を掛けられた。聴覚障害の男性から何か頼まれている様子。その男性が手にした手帳を見ると「私の代わりに電話してください」と書かれてあった。「ここにある番号へ電話してあげればいいんだよ」と教えると、一人の男の子が携帯電話を取り出して連絡。相手はご家族のようで、事情が伝わったらしい。みんな安心して帰ろうとした。 ところが井上さんは、男性に袖をつかまれ引き留められた。手話で何か話そうとしている。高校生たちにも理解できない。筆談しようとしたが「書けない」と手を振る。指も不自由らしい。みんなで一生懸命に理解しようとしていたら、何やらハンドルを回すしぐさをされた。「あ!バスに乗りたいのかもしれない」ということになり、みんなでバス停まで案内した。ところが、またまた「違う」と手を振る。一人の男の子が「面倒だから行こうぜ」と言ったその時だった。別の男の子が大声で「困った人を見捨てていけるか!」と怒鳴った。その一言に全員がうなずき、再び男性の手話に注視した。一時間くらいたったころ、男性が近くを通るタクシーを指さした。全員が「ああ」と理解した。再びショッピングセンターに戻り、タクシーの配車を頼んで解決した。 井上さんは「制服から西尾東高校の生徒だと分かりました。こんな若者がいて日本も捨てたもんじゃありませんね」と話す。”(7月26日付け中日新聞)
志賀内さんの「ほろほろ通信」からです。続いて高校生の話である。省略すると状況がよく分からなくなると思って、少し長いが全文を掲載した。「困った人を見捨てていけるか!」、こんな言葉を吐く高校生もあるのだ。感心すると言うより驚いた。こんな言葉は大人でも出まい。いや、今の世の中、大人が皆良いかというと全く違う。大人の方が他人に無関心のことが多い気さえする。若い人の方が新鮮な目で見ることもある。挨拶だって大人の方がよくするかと言えば、そんなものではない。 選挙権が18歳になった。18歳ともなれば良いこと悪いこと、世間の良識は皆理解している。理解していてするしないはもう歳ではない。良いことをする若者もいるし、しない大人もいる。迷惑をかける若者いるし大人もいる。ただボクがこの歳なって感じるのは、人間余裕が必要であると言うことである。やはり定年後は余裕ができた。余裕があるとちょっとした良いこともボランティアもできる。世間に関心も持てる。世界一豊かな日本である。もう少し生き方を見直した方がいい気がする。
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