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第121号  2014年6月


2014/06/30(Mon) (第1964話) 地域で守る 寺さん MAIL 

 “九十種一万株のアジサイが見られる「稲沢あじさいまつり」が十五日まで、稲沢市大塚南の大塚性海寺歴史公園・性海寺で開かれた。今年も紫や白、桃といった色鮮やかな花々が楽しめた。
 二十三回目を迎えた市主催の催し。実は二〇〇〇年ごろから、アジサイの世話は地元の住民有志「性海寺紫陽花倶楽部」が担っている。それまで業者に依頼していたが、近くの住民のこまやかな手入れで咲きっぷりもいいようだ。
 「一年はあっという間に来てしまう」と話すのは柴田英勝会長(七〇)。実際にボランティアの二十四人は年中、世話をしている。まつりが終わって七月までは、しぼんできた花を切る。八、九月は除草。十月以降は土壌の改良や苗の植え替えに取り組んでいる。花を紹介するプレート作りにも携わった。
 畔やかな花が咲かない年もあるそうだが、そんなとき、柴田さんは「次はきっときれいな花に」と気持ちを込めるという。地域の宝を守り続ける住民に感謝しながら、梅雨時の癒やしのひとときを来年も楽しみにしたい。”(6月19日付け中日新聞)

 福本記者の「モーニング一席」という欄からです。この性海寺には、一宮友歩会の例会であじさい祭開催中のこの6月7日に訪れた。だからこの記事には親しみが湧く。そして、読んでみてこれほどの世話がいるのかと改めて思った。わが家の3本ばかりのあじさいでも毎年うまく咲かない。それが90種1万株である、どれほど大変かは少し考えてみればすぐに分かることである。それを、きれいだな、まだ少し早かったかなど気楽な気持ちで見てきてしまう。この公園の入場は無料である。人の善意でなり立っているのである。我々は知らないうちに多くの人の善意を受けている。そのことに少しでも気持ちがはせるようにしたいものだ。
 これが自然となるとまた逆である。何をしなくても毎年同じことが繰り返される。自然の偉大さである。人工と自然、その違い、調和など考えていくと話は尽きない。




2014/06/28(Sat) (第1963話) 野鳥が集まる庭 寺さん MAIL 

 “カメラブームで野鳥撮影が過熱し、餌づけするケースもあって、繁殖などへの影響が危ぶまれているという。人間による環境破壊、生態系への悪影響が問題視され、それを阻止しようと世の中が動いている中で、情けないことだ。
 私は、自宅のごく普通の庭を里山風にしたいと、藤本和典著「野鳥を呼ぶ庭づくり」を読んだばかりだ。外来種や改良種ではない地域に合った在来種の樹木を五種類植え、小さな水辺をつくると、野鳥やチョウ、トンボ、カエルなど生き物が集まる庭になるという。都内でも可能らしい。
 私は庭にヤマボウシやシイの木を植えた。里山のようになるまで長い時間がかかるだろうが、さまざまな生き物でにぎわう庭を想像するだけで楽しくなる。希少な野鳥を追いかけ回すのではなく、自宅の庭や近所の里山を野鳥たちが寄ってくる環境にして、静かに観察し、記録に残してほしいと切に思う。”(6月16日付け中日新聞)

 三重県津市の主婦・鈴木さん(61)の投稿文です。花鳥風月、自然を愛でる気持ちは健全な人の優しい感情である。それが健全な社会も作る。この4つの中で環境によって縁が少ないのは鳥であろう。都会や車の交通量の多いところでは鳥も避けている。そんな中でも「野鳥が集まる庭」を作ろうと思えばできる、それが鈴木さんの試みである。花も咲かない、実もならない日本風の庭園では鳥も近寄りがたい。そこで地域にあった在来種の木を植える。水辺も作る。小さな里山の復元である。こうした試みも大切なものだと思う。できる人にはやってもらいたいと思う。
 ボクはもう30年も前に日本風の庭園を造った。良いものだが、手入れが大変だ。昨年から剪定に来てくれていた庭師が高齢で来てくれなくなった。もう自分でやろうと覚悟を決めた。里山のような庭だったらその手入れも楽だろうに、今さら造り替える気持ちにはならない。今時、日本風の庭園を造る人はほとんど見当たらない。それだからこれはこれで貴重である。幸い、一歩家から出れば回りは田畑である。出なくても、庭の隣は畑である。家の中からでも鳥の姿はいくらでも見られる。




2014/06/26(Thu) (第1962話) 物忘れ防止策 寺さん MAIL 

 “「あっ、あの人・・・」。スーパーで買い物をしている時、知人の姿を見かけました。声を掛けようと思いました。ところが・・・。名前が出てきません。仕方なく、その人の視界に入らないよう、逃げるようにして食品棚の反対側へ。こんなことが最近、たびたびあります。《どうにかしなくては》と思いました。そして、こんなことを思いつきました。
 毎朝、仏様にお参りする時、できる限り知人を思い出すのです。《名前と顔を思い出し、その人の幸せを祈れば忘れにくくなる・・・》。そう考えたのです。
 小中学校の同級生、高校の部活の友、看護学校の先生や友、以前勤めていた病院の同僚、お世話になった先生、時には患者さんまで。思い出しては「お元気ですか」と心の中で声を掛けます。
 日によっては、随分昔の人までどんどん思い出し、お参りが長時間になってしまうこともあります。思わず苦笑してしまいます。
 そして、先日、びっくりすることかありました。出先で知人に出会いました。《やだ−。今朝、思い出してた人だ! 久しぶり!》。驚きのあまり、その人の名前がどこかへ吹き飛んでしまいました。”(6月14日付け中日新聞)

 岐阜県川辺市の主婦・山田さん(57)の投稿文です。物忘れが多くなる、歳を取れば自然のことですが、その手始め、代表が人の名前です。よく知った人のことも一瞬ど忘れしてしまう。その人が目の前にいるときなど全く焦ってしまう。ボクなどもう50歳位の時に感じ始め、これで定年まで勤まるだろうか、と心配しましたが、未だかつて働いているし、人前にも出ている。しかし、自慢していることではない。対策を施さなくていけない。山田さんは、毎朝、仏様にお参りするとき、人を順に思い出すことにしていると言われる。これはいいことだと感心する。物忘れ防止以上にいいことがある。毎朝、仏様にお参りする、この姿がいい。先祖のことや毎日の出来事などいろいろな思いにはせるだろう。感謝や反省もある。そして物忘れ防止策として知人を思い出すことは、その知人を訪問しているようなものである。ご無沙汰の人も多かろう。その時、ヒョッと連絡する気になるかも知れない。これはいい知恵だ。




2014/06/24(Tue) (第1961話) ありのままの自分 寺さん MAIL 

 “白髪染めをやめた女性の話を拝見しました。なるほど、と思うことが私もあります。私はまだ50代ですが10年前からリウマチを患い、今は小康状態を保っているものの、左足を少し引きずって歩きます。人目を引かないように意識して普通に歩くよう努めていました。
 今年の春のある日、娘と街で会う約束をして出かけようとした際、家にいた息子に「無理しなくても、姉ちゃんは母さんのこと恥ずかしいなんて思ってないよ」と言われました。その言葉に励みを得た私は、自信を持って外出できるようになりました。すると近所の方々が口をそろえて「足をどうかされましたか」と優しく尋ね、時には重い荷物に手を貸し助けてくださるようになったのです。
 不自由な足で歩いている方は大勢おられますが、その姿を目にする方の多くはあたたかい目で見てくださっているのです。むしろ、そのような見方をしていなかったのは自分自身だと気づきました。「自分を裁かないでよい人は、幸いです」。自分がよしとすれば、それはよいことなのだという言葉が古い書物の中にあったのを思い出します。”(6月16日付け朝日新聞)

 東京都東大和市の主婦・正野さん(58)の投稿文です。「自分を裁かないでよい人は幸いです。」の言葉は新世界訳聖書 ローマ人への手紙の中にある言葉のようです。ボクは聖書についてほとんど知識はない。これも初めて知る言葉です。しかし、これは難しい。反省のない日々はない。ほとんど毎日自分を裁いている。これは誠実、真面目な人に多い。そして裁かなくていいことまで裁いている。裁いてどうしようもなことは裁かない方がいい。正野さんのように体のことなどどうしようもなことである。摂生や治療で治ることは努力しなければいけない。多量の飲酒や喫煙は裁かねばならない。努力した後は裁かない。難しいことではあるが、ここは理性である。開き直りである。ありのままの自分で生きられれば非常に楽である。ストレスも溜まらない。生きていく上で非常に大切なことである。
 「裁かない」の使い方はこれで合っているのだろうか。




2014/06/22(Sun) (第1960話) 読書通帳 寺さん MAIL 

 “本紙岐阜県版で「『読書通帳』人気じわり」という記事を読みました。預金通帳のような「読書通帳」に読んだ本の名前や値段を書き込む取り組みが、県内の図書館で広がっているという話でした。私は大変いいアイデアだと思いました。
 私は1974年から大学ノートに「購書録」と記して、本の購入日、書名、著者、発行所、発行日、定価(古本の場合は買値)を記録しています。さらに96年からは、やはり大学ノートに「借本便覧」と名付けて、図書館で借りた本について、借りた日、書名、著者、発行所、発行年月日、図書館名、返却した日、感想などを記録しています。そして、本を購入する際の参考にしています。現在15冊目です。
 「読書通帳」と同じように、どんな本を読んできたかが分かるので助かります。近ごろは難聴になり、読書をする時間が増えました。今後も記録を続けて、読書を楽しみたいです。”(6月12日付け中日新聞)

 岐阜県多治見市の高木さん(男・83)の投稿文です。「読書通帳」という言葉は初めて聞いた。読書の記録であろうが、預金通帳になぞらえたところが面白い。読書は知識の蓄えである。お金と知識、見方によれば同じようなものである。通帳があってもいい。
 通帳は記録、覚えである。ただ読み捨てではなく、こうした記録を書き留めておくことはいろいろな効用がある。読んだことが血や肉になりその人の身になってしまえばいいが、なかなかそうはいかない。血や肉になる前に忘れてしまう。高齢になればよりである。記録しておけば思い出す手がかりになる。記録はその人の歴史である。日記などもそうであるが、歴史は大切にしなければいけない。読書通帳は内容を絞った歴史である。しかし、続けるのは難しい。ボクも今までに何度も挑戦している。様式を作り、高木さんのようにいろいろ書き、読書感も書いたりしたときもある。何年と続いたこともある。しかし途切れる。高木さんは40年も続けてみえる。感服である。続けることは尊い。




2014/06/20(Fri) (第1959話) 末娘の成長アルバムに 寺さん MAIL 

 “末娘が婚約し、相手のご両親と顔合わせの会食をした。幼い頃の写真やエピソードを紹介しようと、娘に内緒で夜中までかけて写真の整理をした。
 働きながらの子育ては言い訳にならないが、箱に山積みになっていた写真を年齢ごとに分け、表題も入れて2冊のアルバムにした。日ごろ娘には「3人目は写真の数は少ないし、その写真も保育所から配られたものばかりだね」と言われていたが、体裁が整ったアルバムはこれまでの成長が手にとるように思い出され、我ながらよくできたと感じ入った。
 ところがである。「これは見せないで!」と会食の場で娘の検閲が入り、誕生から小学生までの1冊をお母様にだけ見せるという許可しか得られなかった。その夜、2歳違いの上の娘が帰宅した。今度はダメ出しされずに3人でアルバムを見返し、時の経つのを忘れるほど大笑いした。
 後日、「母が夜なべして昔の写真を整理してくれた。あたたかい言葉が詰まってて泣けた。ありがとう」と書かれた末娘のツイートを読んだときには、この子育てもまんざらじゃなかったと思った。こちらこそありがとう。”(6月3日付け朝日新聞)

 埼玉県松伏町の保健師・和田さん(女・62)の投稿文です。アルバムの整理ができていない人は多かろう。この整理はなかなか根気のいるものである。機会でもなければ、またその気にならなければできないものである。和田さんは娘さんの婚約を機会に、娘さんの写真の整理を夜なべをして行なわれた。本人ではなくお母さんがされたことに何か頷けぬものがあるが、マア今の時代これもありであろう。そしてやってみれば楽しいものである。そしてそれを見て思い出すのは更に楽しい。
 その点、ボクの家はできている方だと思う。そして整理できている方はその多さに、扱いに困っている方も多かろう。高年にもなると、残される人の為に整理、処分も考えねばならない。アルバムは処分できにくいものの代表である。子供ためにほんの数冊に整理し、残りはすべて処分できるようにしておくのがいいと思っているが、いつ手に着くのやらとんと分からぬことである。




2014/06/18(Wed) (第1958話) ボクが呼んでいる 寺さん MAIL 

 “葉桜が濃い緑を装ってそよいでいる。そんな中、気がつくとボクが高い声で呼んでいる。「お母さ−ん」「えっ?」。いつもは「ママ、ママ」と孫は呼んでいたのに、確かに「お母さん」と聞いた。そうか、「ママ」でなくて、もう「お母さん」と呼ぶような年齢になったのだね。感激して、私はしばらく八歳の少年の日に焼けた横顔を見つめてしまった。
 そのボクが、遊んでいる友達との会話を聞いていると、これがまたとても面白い。男の同士が「さん」を付けて呼び合うのだ。私は驚きと奇異な感覚を持ったが、どうやら小学校では男の子も女の子も「○○さん」と呼んでいるらしい。シニア世代は、男子は「くん」、女子は「さん」と決まっていたから、ちょっとしたカルチャーショック。
 「お母さん」と呼び始めたボクも、数年すれば声変わりが訪れ、それからだんまりの時期もやってくる。少年の少し先が見えていて、私はひとりにんまりと眺めたりもする。
 とはいえ、孫と一緒になって娘を「ママ」、婿を「パパ」と呼んでいた私はこれから何と呼んだらいいの? 葉桜の道を仰ぎながら思案している。”(6月3日付け中日新聞)

 静岡県掛川市の主婦・久保田さん(67)の投稿文です。子供の成長は目を見張るものがある。久保田さんは母親の呼び方に目を留められた。「ママ」から「お母さん」、これも成長であろう。人前と使い分けができればそれも成長である。子供はこのまま成長したらどんな素晴らしい大人になるかと思うときがある。ところが多くはそうならないのである。
 「さん」「君」の話は多くの我々世代には違和感があるだろう。女性用トイレでスカートマークはいけないとか、赤はいけないとか言われて実践し、混乱した話を聞いたことがある。ジェンダーフリーと言うらしいが、ボクにはいまいちしっくり理解できないところがある。夫婦の間で「お父さん」「お母さん」は止めにして欲しい。これこそ卒業して欲しい。




2014/06/16(Mon) (第1957話) 日本の当たり前 寺さん MAIL 

 “バス停で「三分前か」とつぶやく。定刻通りにバスが来た。毎朝夕、新聞が届けられる。屋外の自動販売機はすべて順調に動いている。郵便や宅配の品物が紛失したり、手元に届かなかったりしたことはない。また、妻がある衣料品店の試着室でアクセサリーをはずした後、そのまま忘れて帰宅。一週間後に気付いて連絡したら、ちゃんと保管してあった。
 水道の蛇口の修理を業者に依頼した時は、約束した時刻に来宅し修理してくれた。数日後、修理後の調子を確認する電話もあった。
 こうしたことは当たり前だと思う。しかし、よく考えてみれば、これはすごいことである。世界には二百近くの国があるというが、そのうち一体いくつの国で日本のようなシステムや心遣いを受けることができるのだろうか。当たり前のことが当たり前になされていく日本のこの素晴らしさを、世界に誇りたい。”(6月3日付け中日新聞)

 愛知県春日井市の後藤さん(男・67)の投稿文です。本当にこうして並べられると日本は凄いと思う。時折このように行かないことがニュースになったりするが、ニュースになると言うことはそれだけ稀なのである。ボクも先日水道修理を電話で依頼したが、1時間ほどできてくれ、親切に対応してもらった。ここ数年よく外国へ行っているが、行くとガイドさんが「日本の良さを感じて帰ってもらうことになるでしょう」とよく言われる。日本を悪く言う外国人も、来てみると感激して帰って行くことが多いようだ。時間の正確さ、対応の親切さ、品質の良さ等々、そうであろうと思う。もっと沢山の外国人に来てもらって知ってもらいたいものだ。先日スペインへ行ったが、スペインの外人観光客は年4000万人、1000万人を超えたと喜んでいる日本を笑っていた。




2014/06/14(Sat) (第1956話) 二度あることは 寺さん MAIL 

 “岡崎市の三浦敏子さん(六八)の長女愛子さんが、就職をしてすぐのころの話。愛子さんが勤め先の仕事で近くの郵便局へ出掛け、窓口で並んでいると、列の後ろの方から何やら足踏みをしている音が聞こえた。
 振り返ると、最後尾の男性が相当急いでいるのか、落ち着かない様子だった。そこで「お先にどうぞ」と順番を替わってあげた。よほどうれしかったのか「どーも」と男性がほほ笑んだ。別の日の別の時間帯に、同じ郵便局でその男性とばったり。「この前はありがとう」と言われ、「いいえ」と笞えた。
 二度あることは三度ある。しばらくして、そこからかなり離れた場所を歩いていたら、向こうからあの男性がやってくるのが見えた。今度は少しだけ立ち話をした。連絡を取り合い、お付き合いが始まった。男性は整備工場を自営する傍ら、バンドでギターを弾いていた。趣味とはいえ本格的で、各地のイベントで演奏している。音楽が得意でなかった愛子さんは一生懸命に歌の練習をして、バックコーラスとしてバンドの一員になった。そして二十歳で結婚した。(後略)”(6月1日付け中日新聞)

 志賀内さんの「ほろほろ通信」からです。小さな親切がトンでもなことに発展する。確かに1度の出会いでは成り立たなかったろう。それが2度、3度と出会い、発展した。愛子さんもこれを縁と感じ、得意ではなかった歌を一生懸命練習し、バックコーラスまで務めるようになる。これでは男性も心が揺れない訳がない。
 こうした機会は、少しその気になればいくらでもあるものである。それを見落としているだけである。今の若い人に出会いの縁がないという声をよく聞くが、ボクは昔より多いと思っている。心がけ、積極性の問題だと思っているが違うだろうか。統計では、つき合っているが結婚の相手とは思っていない、という率が高いと言うことも聞いた。結婚願望がないことが大きいかも知れない。中年、高年になったときをどのように考えているのだろうか。日本の将来などと大げさなことを言わなくても、その人の人生にとって大きなことである。
 愛子さんの一途さが本当にほほ笑ましい。それでこそ幸せが得られるのである。




2014/06/12(Thu) (第1955話) 結婚の歴史 寺さん MAIL 

 “何げなく開いた古い日記帳からセピア色になった新聞の切り抜きが出てきました。三十五年前に掲載された「くらしの作文」で、題は「結婚の歴史」。「結婚十年目に入ったけど、その歴史はけんかの歴史」といった内容でした。作文が掲載された後、大勢の方からお手紙をいただきました。「妻であるあなたの我慢が足りない」といったおしかりの言葉が多かったと記憶しています。
 この作文の最後に私は「このけんかの歴史に終止符が打たれるのは、果たしていつのことでしょう」と書きました。そして、その後も二十年、三十年と相変わらずけんかの歴史は続きました。
 主人は健康に自信を持っていましたが、三十七回目の結婚記念日は病院で迎えました。外泊許可を得て家に戻った主人が、病名告知を受けてから初めて涙を流しました。二人で泣きました。三ヵ月後、孫や私に手を握られ、「死んだら嫌だよ!」という呼びかけに涙を一筋流して逝ってしまいました。けんかの歴史に終止符が打たれたのです。
 七年たった今、時々夢の中で会いますが、主人はいつもにこにこ顔です。けんかした日々がたまらなく懐かしく思い出されます。もう一度、けんかしたいな。”(5月26日付け中日新聞)

 愛知県日進市の主婦・伴さん(66)の投稿文です。伴さんはけんかと言ってみえるが、これはけんかではなかろう。単なる夫婦のじゃれ合いであろう。本当のけんかなら40年近くも夫婦が続く訳がない。夫婦関係は他人には推し量られない。よくあれで終生添い遂げられたものだと思われる夫婦がいくらでもある。いつもけんからしきものをしているので、少々のことではへこたれない。あんなおしどり夫婦と思う人が突然別れることもある。けんかの免疫ができていなくて少々のことが堪えられなかったかも知れない。
 夫婦に山あり谷ありであるが、ボクの夫婦の谷は小さく少なかったと思う。伴さんと違ってけんかしたことはほとんど記憶にない。それだけに、何かあったときに弱いかも知れない、と危惧していた時期もある。でももうその危惧は必要ないと思っている。70歳近くになって、最近はお互い、よりいたわりの気持ちが強くなったと感じている。




2014/06/10(Tue) (第1954話) 親孝行弁当 寺さん MAIL 

 “娘2人、息子1人がそれぞれの家庭を持ち、20年以上がたちました。今、偶然にも、子どもたちの仕事先が我が家を中心に5〜6分以内のところにあります。あまり干渉しないできましたが、会うのは用事のある時くらいで孫の日常も知らないことが多く、少し寂しく感じていました。
 そこで、子どもたちに親孝行をして、と持ちかけました。1週間に1回、私が作ったお弁当を食べるのが親孝行です。それぞれの職場に配達しようと思ったのですが、娘2人は我が家で一緒に食べたいと言うので、息子にだけ届けることにして、娘たちとお昼休みに集まることにしました。
 1時間でにぎやかに食べて後片付けをし、娘たちは職場に戻ります。そろそろ1年になりますが、毎週とても楽しみです。夫もその日は部屋の掃除を受け持ち、朝から大忙し。総菜の残りを翌日の孫のお弁当のおかずにすると言って、仕事の帰りに取りに寄ることもあります。
 時にはおいしいお店を見つけたから食べに行こう、と子どもだちからのプレゼントがあります。生活にメリハリがつき、忙しいけれど夫ともども親孝行を楽しませてもらっています。”(5月20日付け朝日新聞)

 東京都の主婦・佐久間さん(72)の投稿文です。母親が一人前になった子供の弁当を作ることが親孝行?、間違えではないか、逆ではないかと思って何度も読み返した。しかし、間違いではなさそうだ。いつまでも子供に関わり合っていたい、寄ってこなければこちらから寄っていく、母親というのはこんなものだろうか。子供を甘やかせすぎではないかと思うが、わが家も似たり寄ったりである。40歳にもなる娘にせっせと貢ぎ物をする。ボクが痛風を発症したこともあるが、ビールのもらい物などは多くが娘の家に行ってしまう。外食に行けば会計はすべてこちら持ち。時折返ってくるが、返ってくるのは1割にもならないだろう。ボクは時折皮肉を言っているが、何の意にも介していないようだ。この役割が代々引き継がれていけば、それも一つの方法で、これが日本式かも知れない。でも、老いた親は子供が面倒を見る。親に寂しい思いはさせない。そして、一世代の内に収支を図る。これがいいと思うが、こんなことを言っているのはボクだけだろうか。




2014/06/08(Sun) (第1953話) すてきなPTA 寺さん MAIL 

 “娘が中学2年になり、新学期が始まった。この時期、避けて通れないのがPTAの役員を決めることだ。できればやりたくなかったのだが、引き受けることになった。役員の中から委員長を決める日。教室に集まった12人の役員はだれも口をきかず、静まりかえっている。
 「どなたか、やっていただける方はいますか」と言われても、自分から手を挙げる人がいるはずもない。もし、自分が委員長になったら、と考えただけで、心臓のドキドキは止まらない。仕事、子育て、介護、自身の体調……。40、50代ともなれば、健康で暇な人などいないだろう。それがわかっているから誰も何も言わないのだ。結局、委員長は抽選で選ばれた。
 その日の夜、早速、次の会合の都合を聞きたいと、委員長から電話があった。さぞ落ち込んでいると思いきや、予想外の明るい声に驚いた。「決まったら、あとはがんばるだけ」と言う。同じ舟に乗った者同士、舟が沈まないよう、みなで協力していくのみなのだ。どうやら、すてきなママさんたちと知り合いになれそうだ。”(5月19日付け朝日新聞)

 東京都の主婦・岡本さん(50)の投稿文です。役員の話ももう何度も取り上げているが、やり手がないのは困ったものだ。ボクの感じでは、昔に比べ今の人は皆頭もよくなり知識も豊富になり、多くの方が能力を備えてきている。それなのに役員を引き受けない。役員の引き受け手がないから会の存続も危ぶまれる。役員をやりたくないから会員にもならない。ボクの村の老人会や女性部はまさにそんな状態だ。今のところ、PTAに入らないという人はいないようだ。結果役員は抽選になる。岡本さんの場合のように、それでうまく収まればいいが、それこそとんでもない人に当たる場合もある。これは当たった人はもとより皆にとっても悲劇だ。もう少し英知を働かせられないものだろうか。
 この委員長さんのように「決まったら、あとはがんばるだけ」と思ってもらいたい。食わず嫌いと言うこともある。多くは良い体験になると思う。ボクは頼まれたらほとんどの役員を引き受けている。頼まれなくても引き受けることがある。良い体験を積んできたと思っている。




2014/06/06(Fri) (第1952話) 小さな仕事 寺さん MAIL 

 “新聞の折り込み広告や通販のカタログは色彩豊かで紙質もいい。ひと通り目を通し、取り置きやメモをしてから七・五センチの正方形に切って箱に入れていく。これは、遠く仙台で行われる七夕まつりで使用される折り鶴の初めの一歩である。箱がいっぱいになると、施設で過ごされている知人にお届けする。彼女は短大時代の恩師の奥さまで、十年近くここを住まいとされている。今年九十五歳。この施設で二番目の長老とお聞きした。
 「何もしないなんて生きてるかいがない」とおっしゃり、仙台におられるお嬢さんの依頼でせっせと鶴を折っては仙台へ送っている。あるいは「もうじき取りに来るから」と、里帰りするお嬢さんを心待ちにされたりしている。
 そのお嬢さんと私は俳句同人誌の仲間でもある。こうした縁から、《折り鶴作りのお役に立てば》という気持ちから、私もお手伝いさせていただいている。お嬢さんから先日「そろそろ七夕の準備のために、母が折ってくれた鶴をたこひもで三百五十くらいつなぐ仕事に入ります」と便りがあった。《三人が同じ七タまつりに思いをはせる時間があっていいなぁ》と、この「小さな仕事」に感謝している。”(5月14日付け中日新聞)

 名古屋市の野村さん(女・75)の投稿文です。3人が役割を決め、仙台の七夕祭りに飾る折り鶴作成に係わる。お嬢さんと言われるが、95歳の人の娘さんであるから、70歳前後の方であろう。老人3人の共同作業である。小さな仕事と言われるが、何とも楽しい話である。
 「何もしないなんて生きてるかいがない」とは、我々世代以上の方には多い考え方であろう。ひたすら勤勉であった世代が、ただ自分のことだけを考え余生を楽しんでおれと言われても、本当には楽しめないのである。先日も老後に関するテレビで、至れる尽くせりの老人施設も、最初は満喫しているが、そのうちに飽き足らなくなることを伝えていた。平穏というのは退屈である。退屈を満喫できて人生の達人である。しかし、現在の社会にとってそれがいい訳ではない。やらねばならないことはいっぱいある。自分に合ったそれをいかに見つけ、また与えるかである。




2014/06/04(Wed) (第1951話) 娘のはがき 寺さん MAIL 

 “「お母さん、今日のはがきは、何だって?」。ベッドの上からこう尋ねることが日課になって、まもなく一年になる。長野県根羽村坂町の坂巻亮さん(八八)。村の公民館長を務めた後、悠々自派の生活を送っていた六年前、持病の糖尿病が悪化した影響で、両目の光を失った。それからは、妻すみさん(八九)の介護を受けながら、一日のほとんどをベッドの上で過ごしている。
 そんな夫婦二人暮らしの元に、昨年五月末、名古屋市北区に住む長女の井戸勝子さん(六三)から一通の絵はがきが届いた。「昔、お父さんから頂いた絵はがきがいっぱいあるから、これから毎日、日記代わりにはがきを投函します。できるかぎりだよ」はがきは約束通り、ほとんど毎日。内容は、早朝のラジオ体操に行った時に桜がきれいだったこと、亮さん夫妻にとってひ孫にあたる三歳の孫が「おんぶして」と甘えることなど、ほとんどが身辺雑記。これをすみさんが亮さんに読み聞かせる。
 すみさんは「特別なことがあれば電話がすぐに通じるのに、わざわざ毎日はがきをくれる。お父さんと私のふれあいの時間をつくってほしい、と願う勝子の思いやりの気持ちがうれしい」。亮さんは「毎日、いろいろなことを伝えてくれる勝子のはがきは、とても楽しみ」と笑顔を見せる。これまでに寄せられた三百通を超すはがきは一通も欠くことなく、夫妻の宝物になっている。”(5月12日付け中日新聞)

 「虹」という欄から飯田支局・須田さんの報告です。少し長いですが全文を載せます。老いた両親に毎日ハガキを出す、またまた良い話だ。これが両親の触れ合いにも役立っているとは、副次効果も大きい。父親からもらった絵はがきを使うというのも面白い。この絵はがきは父親にも思い出の品であろう。思ってもいなかった展開になり、感無量であろう。
 老夫婦だけの家庭は珍しいことではなくなった、と言うよりそれが普通になった。我が町内を見ても、2世代、3世代が同じ屋根の元に過ごす家庭は少なくなった。一昔前はそれが普通だったが、大きな様変わりである。老夫婦だけの場合、長寿命になっただけにより大変だ。更に1人が亡くなると1人住まいになってしまう。本人だけではいくら頑張っても限界がある。その高齢者をどうやってフォローしていくのか。家族にとっても社会にとっても大きな問題だ。マスコミも毎日のようにどこかで取り扱っている。そして社会と言ってもまず家族であろう。家族の気遣いが一番嬉しい。坂巻さんの嬉しさがよく分かる。人生終わってみるまで分からない。




2014/06/02(Mon) (第1950話) アリバイの日 寺さん MAIL 

 “リング・ラードナーという米国の作家に『アリバイ・アイク』という短編がある。ずいぶん前に読んだので記憶は曖昧だが、主人公はプロ野球選手アイク。失敗したときだけでなく、例えば超美技を見せたり本塁打を放ったときでさえ「あれには訳が」と必ず弁解する男という設定で、妙なおかしみが漂う佳編たった。
 タイトルのアリバイはだから、犯罪がらみでよく聞く「現場不在証明」ではなく弁解や口実、言い訳の意味。アイクじやないが、悪いことではない場合さえ、何か言い訳や口実がないとしにくいということが私たちにはある。例えば、家族に感謝の思いを伝えるなどというのも、何だか照れくさく躊躇しがちだ。
 その相手が母親なら、きょうは打ってつけの日だろう。そう、「母の日」。贈り物が無理なら、せめて電話でもしてなかなか言いにくい感謝の言葉を伝えたいものだ。それに今年は少々特別な「母の日」である。
 この日にカーネーションを贈ったりするのは米国で始まった風習だが、時の大統領が一九一四年に五月の第二日曜日を「マザーズ・デー」として祝日にしたのが今につながる。つまり今年でちょうど百年。さあ、これでアリバイは十分だ。”(5月11日付け中日新聞)

 「世談」という欄から社会部長・島田さんの文です。良いこと、感謝されることをするのに何の理由がいるのだろう、ただすればいいのだ。気持ちはあっても適当な理由がつかないからしない、というのは本末転倒もいいところだ。適当な理由とは、善意や本音を隠す理由である。本当に人間というのは素直ではない、おかしなものだ。この文を読んで全くそうだと思うし、ボクも全く同類だ。謙譲も大切だが、良いことをして堂々言いきればいいのだ。そしてやった人に対して、社会は変な斟酌をしなくてただ褒めればいい。まずはすることが一番重要である。
 そういった意味で島田さんの言われるように「母の日」はいい。ボクの娘も妻に対して何かしてくる。「父の日」はかなり質は落ちるが、それでも何かの行為はある。ありがたことである。多くの方でもこのようではなかろうか。



川柳&ウォーク