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第115号  2013年11月

2013/11/30(Sat) (第1865話) 心落ち着く場 寺さん MAIL 

 “嫌なことがあったり、落ち込んだりしたとき、必ず向かう場所があります。飯羽間城跡です。私が城跡に行くようになったのは、高校受験のときです。受験について親とけんかをし家を飛び出してしてしました。特に行くあてもなく、私はなんとなく城跡に向かいました。
 あまり整備されていない坂を上って頂上に着くと、そこには石碑があるだけでした。私は碑に手を合わせた後、野原に寝転びました。草の香りをかぎながら、真っ青な空を見ました。イライラしていた気持ちがだんだん落ち着き、すがすがしい気分になっていきました。
 この場所は私にとってのパワースポットだなと思いました。私は家に戻って、親と仲直りしました。今年、私は就職試験の前に何度も城跡に行って緊張をほぐしました。その結果が届きました。私は花を持って報告に行こうと思っています。不安でいっぱいのときに落ち着きを与えてくれる飯羽間城跡は、私の特別な場所です。(11月15日付け中日新聞)

 岐阜県恵那市の高校生・三宅さん(男・18)の投稿文です。こうした癒やしの場所を持てるか、持てないかは大きな違いである。人間は嫌な時や落ち込んだ時、一時心休める場所や時間があるとかなり違ってくる。興奮が冷めて冷静になれるのである。冷静になると意外にそのようなことはつまらないものに思えてくる。
 ボクは小さい頃、そのような時は近くの川へ出かけた。ボクの癒やしの場所と言えようか。冗談ではあるが、そこの橋の下で拾われたと言われて育った。もう忘れていた話しである。人の話はいろいろなことを思い出させてくれるものだ。




2013/11/28(Thu) (第1864話) 心にも鍵を 寺さん MAIL 

 “十月三十一日の本欄「自転車の鍵を抜き取る悪行」を読みました。鍵を抜き取られた人を助けて一時間余り奮闘されたとのこと。日本人ならではの美徳に尊敬の念を抱きます。人を困難に陥れ、陰で笑って満足するごとき行為には、私も怒り心頭を発します。
 しかし、鍵をつけたまま自転車を置いておくことは無防備ではないでしょうか。盗難車の多くは鍵をつけたままだといいます。ある著名人がテレビ番組で「海外旅行をした時、足元にかばんを置いて公衆電話を利用していたら、置引の被害に遭った。警察に届けたところ、『かばんを手放したことが悪い。盗まれて当然だ』と逆に叱られた」と語っていました。
 被害を防ぐには、自らの心にも忘れずに鍵をかけることが大切ではないでしょうか。私は身体障害者なので「転ばぬ先のつえ」で歩行時はつえを手放しません。そして先人の「猫を追うより皿を引け」の教えに従い、危機管理に努めたいと思います。”(11月14日付け中日新聞)

 愛知県阿久比町の藤野さん(男・74)の投稿文です。今年は町会長をしていることもあって、町の防犯委員会に出る機会があった。そこで話があったことは1)犯罪が多いのは侵入罪、自転車盗、車上ねらいである。2)その犯罪は無施錠が7割以上である、と言うことであった。ボクはこの話を文にして回覧し、防犯(鍵掛け)ステッカーを購入し町内に配布した。
 ボクのような農村では、昔は家を開けっ放しにしていたの普通である。それがいつの頃からか施錠をしなければならなくなった。それどころか、今では畑へ自転車へ出かけ、その自転車まで施錠しなければならなくなった。先回は昔は良かったというのは幻想である、と言う話しであったが、これは昔の方が良かったと思う。これは地域のことはすべて分かりあっていて、他所人が入ってくればすぐに分かったからであろう。地域の絆は昔の方が強かった。それが良かったかは事柄によるだろうが。




2013/11/26(Tue) (第1863話) 昔はよかった 寺さん MAIL 

 “わが身の不明を恥じている。以前、電車の中で化粧をする女性がいつごろ出現したのかについて触れた。20年ほど前の本紙に、近ごろ多いとの投書が載っていると報告した。それどころではなかった。驚いたことに、1935年6月の本紙にあった。電車や人混みで顔をはたき口紅を塗る女性をよく見かけるが、感心しない、人の見ない場所でしなさい、と。実は戦前すでに珍しいことではなく、年長者は眉をひそめていたらしい。お年寄りや重い荷物を持った人に電車の席を譲ろうとしない青年をとがめる文章もある。眠るふりをしたり、読んだ新聞に再び目を落としたりという描写は今日でも通用しそうである。37年4月の本紙だ。こうした事例を集めて一冊の本ができた。コピーライターの大倉幸宏(ゆきひろ)さん(41)による『「昔はよかった」と言うけれど』。現代日本のモラルの低下を憂える声に疑問をもった。戦前はこんなではなかったって本当か、と。5年かけて材料を集めた。古きよき時代を懐かしみ、今時の若い者を嘆く。人の世の歴史はその繰り返しだろう。昔はよかったとは往々、印象論か個人的な感慨にとどまる。過去への幻想や錯覚をもとに「取り戻せ」と唱える危うさを、大倉さんの本は指し示す。(後略) (11月12日付け朝日新聞)

 天声人語からです。この大倉さんは娘と小学校からの同級生であり、ボクの家の全く近くに住んでいる。ボクはこの記事が出る前に、その母親からこの本をもらって読んでいた。この天声人語でも紹介されているが、昔も今と全く同じような言葉がたくさん紹介されている。
 ボクは昔の方が良かったとはほとんど言ったつもりはない。それどころか、今の方がどれだけ良いか、これはたくさん言ってきた。こんなに豊かな時代はなかったし、豊かな国もない。貧しい時代には人間性も貧しいのが当然である。不道徳なことも多かったろう。ごみポイ捨て、不法投棄、子供の虐待、もっと大きな事件でも、昔に比べ少なくなっただけに目立つ気がする。昔を美化してはいけない。今の時代を自信を持って過ごし、それでも悪い点は直していかなければいけない。




2013/11/24(Sun) (第1862話) アラカンの家庭料理 寺さん MAIL 

 “最近、「アラカン」という聞き慣れない言葉を耳にした。てっきり「嵐寛寿郎」のことだと思っでいたが、還暦前後の人をこう呼ぶらしい。アラフォーの次の次の世代だ。61歳の私は、めでたく?アラカンというわけだ。
 二十歳のころはコンビニなどなく、自炊生活を続けていた。すると、いつの間にか料理上手になり、最高の趣昧になってしまった。
 今でも、新聞やフリーぺーパーのレシピを切り抜き、料理本を買ったり、月に1回の男の料理教室に参加したりしている。包丁は、高校生だった長男が修学旅行でお土産に買ってきた私の名前が刻まれたもの。砥石は、私の初任給で買った立派なものを使っている。
 妻とは、一緒になる前に「料理は私、掃除と洗濯は彼女、育児は2人で」という紳士協定を結んだ。結婚してから約35年、ずっと守られてきた。
 息子2人は大阪と東京へ巣立ち、夫婦2人きりの生活に戻った。台所に立つ私に、せんべいをかじってテレビを見ながら、「お父さん、晩ご飯まだ?」という妻。その声を聞くと、今日も無事に終わった、とホッとする。”(11月10日付け朝日新聞)

 盛岡市のパート・高橋さん(男・61)の投稿文です。人様々というものの、料理などしたことがないボクとこれほど違ってはいう言葉もない。最近の若い人ではままあることだろうと思うが、高橋さんはボクと同時代の人である。ボクには唸らざるを得ない。特に結婚前の紳士協定については脱帽である。
 アラカンから料理を始める話も時折聞く。ボクの町の公民館でも男性の料理教室をやっているようだ。テレビや新聞を見ていても料理の話しは多い。いろいろな工夫がある。やり始めたら興味は尽きないだろう。ボクの妻などももう長いこと料理クラブに入っていろいろ勉強してくるし、新聞や雑誌等もスクラップしている。




2013/11/22(Fri) (第1861話) 母とじっくり 寺さん MAIL 

 “ひととき欄で「大切な『あと20回』」(10月25日付、東京本社版)を読んだ。私もつい最近まで、転勤族だということを大義名分に年2回程度の帰省を続けてきた。それすら少々おっくうだったのが本音だ。
 でも、親との残り時間を算出する公式を何かで見てびっくりした。(平均寿命マイナス親の年齢)×2回(盆暮れの帰省)×話す時間(1回の帰省につき)。これを24時間で割ってみると、親と過ごせるのは、日数にしてほんの数日間と判明。思いのほか少なく、改めて考えてしまった。
 昨年、母が病で倒れて入院し、病院へ通う日が続いた。退院したのもつかの間、交通事故で再び入院した。
 帰省の時は他の家族もいる中でバタバタと過ごし、慌ただしく帰賂につくのが常だったが、期せずして母を独り占めして、会話する時間を持つことができた。
 専業農家の主婦である母は年中忙しく、小さいころを思い返しても、こんなに話したのは今回が初めてのような気がする。写真を見ながら昔の出来事を振り返ったり、親戚の話をしたり。母との時間を、少しだけ挽回できたかもしれない。”(11月8日付け朝日新聞)

 埼玉県春日部市の主婦・根岸さん(52)の投稿文です。「あと20回」はこの「話・話」の11月8日の第1854話で紹介している。根岸さんの話はそれを更に深め、日数の換算までしている。同居している人や毎日のように会える近くにいる場合に比べ、遠くにいる人は一緒に過ごす時間は本当に少ない。日数換算をしたらほんの数日に過ぎないだろう。亡くなった後にいくら悔いても戻らない。こんな境遇の人はこの文をよく味わって欲しいと思う。




2013/11/20(Wed) (第1860話) 手を振る人 寺さん MAIL 

 “職場の向かいに高層マンションが建った。毎朝、私が車を止めるのとほとんど同時に、そのマンションから飛び出してくる男性がいる。最寄りの駅に向かうのか、走る。そして、何度も振り返り、大きく手を振る。まるで、いわし雲の空に向かって振っているかのようだ。だが、おそらく、ベランダで見送る家人にであろう。「行ってきます」「行ってらっしゃい」。無言の会話が見てとれる。
 そんな光景に、二十年前、姉が入院をしていたころを思い出した。見舞いに行き、しばしおしゃべり。そして「また来るね」「忙しいでしょ?無理しないで」。いつもの会話で別れ、駐車場に向かう途中、何げなく姉の病室の辺りに目をやる。すると、小柄な姉がガラス窓におでこをくっつけるようにして手を振っていた。私は照れくさくて、くるっと背を向けてしまった覚えがある。
 《あの時、大きく手を振ってあげればよかった。そうしたら、お姉ちゃん、もっと心強かっただろうに》その姉は今はもう、いない。
 今日もまた、いつもの男性が手を振りながら、走って行く。私も、つい、誰かにまねしたくなった。”(11月7日付け中日新聞)

 愛知県清須市の介護士・高山さん(女・60)の投稿文です。出勤する時にお互い手を振る、見ていてもほほ笑ましい風景である。「手を振る」は好意を示す大きな姿勢、行動である。この男性には、この行為で今日も頑張るぞ、この家族のためにも、と思える瞬間であろう。そして、比較的取りやすい行動である。愛情表現の苦手なボクにもかなり以前から取っている行動であるのだから。ボクは毎日最寄り駅まで車で行く。妻が道路に出る車の安全を図ってくれる。無事安全に進行し始めるとお互いに手を振る。道路でやっているので見て通る人も多い。苦にしたことはない。
 「手を振る」はいろいろなところで使える。直接声をかけられないときは、会釈をするでも良いが、場合によっては手を振ってみせるのもいい行動である。感謝や好意を見せる行動はためらわず使いたいものである。




2013/11/18(Mon) (第1859話) 蔵書2万冊超 寺さん MAIL 

 “退職後、自由な時間が増え、趣味である読書の時間も十分にとれると気持ちを高ぶらせたものでした。そこで、まず家の中にある本の一覧表を作成しました。本の数は二万三千冊を超え、本棚も七つあることが分かりました。そして、同じ本が何冊もあることには驚きました。手当たり次第に購入し、乱読していたのには反省させられました。
 読んだ本の裏表紙には、読んだ日付と短い感想を書くことにしていました。何冊も購入してまで読んだ同じ本の感想を読み比べていると、時代や年齢によってその読後感はとても同一の本の感想とは思えないほど違いました。
 もう一度、蔵書のすべてを読んで昔、感じた思いと比較し、当時を懐かしく思い出しながら感じてみたいと、また乱読する日々を過ごしています。裏表紙に書いた感想のすべてが自分史だと思いながら。”(11月6日付け中日新聞)

 愛知県尾張旭市の山木田さん(男・65)の投稿文です。読書好きな人のことも、蔵書が多い人のこともよく聞く話であるが、それでも蔵書が23000冊とは驚いた。一桁違いではないかと思うが、二万三千冊と書かれているのでゼロの付け間違いではない。これでは図書館だ。費用も凄かったであろう。趣味の範囲を超えている気がする。
 「裏表紙には、読んだ日付と短い感想を書く」という知恵にも感心した。裏表紙に書いた感想のすべてが自分史と言われることにも納得である。本当に感想も時期によって全く違うのである。昨年からボクも読書に時間を費やすようにした。記録もつけるようにした。気になった言葉を書き抜くことにもした。言葉の書き抜きがもうできないのである。続けるには何ごとも熱意が必要である。




2013/11/16(Sat) (第1858話) グラウンドゴルフ 寺さん MAIL 

 “最近は、持病の腰痛を少しでも和らげるために始めたウォーキングよりもグラウンドゴルフに凝っています。私が住んでいる団地の自治会が借りたグラウンドが、皆さんの協力で整備され、立派な八コースのゴルフ場が出来上がりました。
 グラウンドゴルフは一時間から二時間くらい歩きますので、ウォーキング以上の効果があります。ルールは簡単で、みんなが集まれば和気あいあい、すぐに始められるのが魅力だと思います。道具のスティックやボールなどは、そんなに高くありません。奥深いところはありますが、少しでもスコアが良くなれば、喜びに浸れます。おかげさまで腰痛も和らぎ、私にとっては一石二鳥です。
 今は各地でいろいろな大会が開かれています。日頃の成果を競い合うことが、気持ちを前向きにしてくれます。グラウンドゴルフはシルバー世代にお勧めのスポーツです。”(11月3日付け中日新聞)

 岐阜県可児市の若月さん(男・68)の投稿文です。最近グラウンドゴルフをする機会がボクにもおとずれた。町内で毎年グラウンドゴルフの大会があり、今までしたことはないが人に頼むより自分がした方が早いと思って登録した。しかし、雨で中止となった。今年は町会長だから仕方がないと、消極的な気分だったが、雨で中止となると、折角の機会を失ったと少し残念な気分になった。でもいろいろ話を聞く機会は得た。
 昔は老人のスポーツと言えばゲートボールであったが、今はグラウンドゴルフが盛んのようである。ボクの知り合いでも夢中になっている人は結構ある。老人がどんなスポーツをしようとも、その人に合ったことをすれば何よりも結構なことだ。フルマラソンや100m競争をする人もあるが、一般には無理だし、返ってよくこともある。グラウンドゴルフは万人向けのようだ。先日話を聞いた人は、ゴルフのあと皆で喫茶店へ行き、楽しく話して帰るという。私夫婦にもソロソロ参加されたらいかがですか、と言われてしまった。いつかそんな日は来るだろうか。




2013/11/14(Thu) (第1857話) おばあちゃん塾 寺さん MAIL 

 “久しぶりに東京の息子の家に行くと、居間には「お母さん塾 教室変更」の張り紙がありました。午後7時になると、小5、小2、小1の男の子の孫3人が「よろしくお願いします」とあいさつして居間へ。お母さんは、普段はかけていないのに赤ぶちのめがねをかけて塾の先生に変身です。1時間後、3人は「ありがとうございました」と言って、部屋から出てきました。
 「おもしろそう」と、私も数日後、「おばあちゃん塾」を開講してみました。3人があいさつして部屋に入ってきたので「いつ、誰が、どこで、誰と、何をした」をもとに文を作ることにしました。
 次に、前日の遠足で楽しかったことの発表です。質疑応答で「それは良い質問」と言うと子どもたちも張り切り、発表した内容が膨らんでいきました。最後は、「おいしかった」で終わる文章を考えました。3人とも「お弁当がおいしかった」という内容だったので、母親に「お弁当がおいしかった。ありがとう」と言うことを宿題にして終了しました。講師の私も、孫たちの楽しかった話を聞くことができ、大満足の塾でした。”(11月2日付け朝日新聞)

 名古屋市の主婦・上野さん(69)の投稿文です。ある時はお母さんに、ある時には塾の先生に、ある時は・・・・その場その場で自分の立場を変える。いろいろな試みがあるものだ。上野さんにも感心するが、もっと感心するのは子供もそれにキチンと応じることである。このように躾けるのはなかなか難しい。塾の先生も自分の子供には教えられない、と言うことはよくいわれることだ。先生のつもりで教えていても、ついいらだち親の立場になって叱りつける。子供も生徒の立場からつい子供の立場に返ってわがままを言う。そして塾の先生の子供も塾通いをするのである。他人の方が都合が良いこともあるのである。自分の親の面倒は見られないが、他人ならできる。自分の親の意見は聞けないが、他人の親の意見なら聞ける。他人ならキチンとお礼が言えるが、身内には言えない。人間というのは理不尽なものである。その点、上野さん親子は今後どうなっていくのだろうか、興味が湧く。




2013/11/12(Tue) (第1856話) 今が一番いいとき 寺さん MAIL 

 “2歳の息子と、札幌にある夫の実家に帰省した時のことだ。子ども連れでの飛行機は2回目。迷惑にならないよう周囲にあいさつすると、隣のご婦人が話しかけてくれた。子育てのアドバイスなどをいただき、最後に「かわいいけど大変よね。でもね、一番いいときなのよ」。
 73歳の義母にそのことを話すと、「私もこの間、80代の長姉に『あなた、今が一番いいときよ』と言われたばかりよ」。そういえば、私自身、学生のころに「一番いいときね」、新婚時代も「一番いいときよ」と周囲から言われ続けてきたことを思い出した。
 飛行機のご婦人が言った「いいとき」が、私自身に向けられた言葉なのか、息子の成長のことなのかはわからないけれど、いずれにせよ何歳になっても、みんな「一番いいとき」を生きているんだなぁと思った。
 私もいつか、自分より年下の人に「一番いいときね」なんて言っているかもしれない。だけど、その「いつか」の自分も、一番いいときなんだろうな。そう思うと、いつもより少し、毎日を楽しく過ごせる気がした。”(10月29日付け朝日新聞)

 千葉県市川市の主婦・鎌田さん(34)の投稿文です。「今が一番いいとき」こう思える人、こう言える人は本当に幸せだ。将来も大切だが、今が一番大切だ。それが良いときと思えれば幸いだ。良いことはいつまでも続かないとも言われる。子供は成長する、社会は変化する、確かに同じ状況は続かないだろう。次々新しい苦労も悩みも生じる。しかし同じようにその時その時の良いことはあるはずだ。それを見つけよう、それに目を向けよう、と言うことである。人生すべてのことは見方である。良い方向から見る、見られる、これがその人の人生を決める。そして辛いことも悲しいことも乗り越えられるのである。多くの方には、生きている間、今が一番良いときである。良いことは何一つないと言うときはない。生きているだけでも良い。言うは易し、思うは難し。




2013/11/10(Sun) (第1855話) 親切な日本人 寺さん MAIL 

 “娘と孫娘のドイツの空港でのお話です。搭乗を待っている間、娘と孫娘は空港の中で携帯電話に充電していました。すると隣の席で同じようにパソコンに充電していた青年が英語で「ボク、トイレに行きので、このパソコ見ていてくださいませんか」と頼んできた。孫は快く引き受けました。
 その青年がトイレから帰ってきたので、孫娘が「頼む方も頼まれる方もリスクの多い中、なぜ私たち親子に託したのですか」と聞くと、青年は「僕はインド人で、学生の時、いろいろな国の人の性格を知りました。カナダにいた時は、日本人にとても親切にしてもらいました」と言ったそうです。
 また、彼の友人が日本にホームステイしていたとき、地下鉄の網棚にバッグを置き忘れてしまい、慌てて駅に申し出たところ、バッグはそのまま駅に届けられていました。だから日本語を話していたあなた方に頼んだ、と言われたそうです。
 私はその話を聞いて、日本人としてとてもうれしくなりました。日本人がずっと正直で心優しい人間ばかりであり続けたらいいのになと思います。”(10月29日付け中日新聞)

 愛知県豊橋市の主婦・水谷さん(70)の投稿文です。日本人をこのように評価をしてもらって嬉しいことです。世界を何も知っているわけではないですが、それでも一般的に見て日本人は世界のどの民族よりも豊かで親切、素直だと感じている。この青年もそんな日本人に会われたのであろう。でもこの逆の日本人に会われていたら全く逆の評価になったろう。日本人と言っても1億人以上の人である。毎日マスコミを賑わしているようにとんでもない日本人もいる。一個人の中にも良い面も悪い面もある。「大方の日本人はいつも良い」というようにいつも「大方の」のコメントがつく。
 日本人はどちらかというと外国人を避けるし、自信を持って対応することができないと言われる。外国語や他民族に慣れていないからであろう。ボクもまさにそうだ。でもこれからはそうはいかない。自信を持って外国人に対応し、国際国家を作り上げていかねばならない。




2013/11/08(Fri) (第1854話) 良心的な医者 寺さん MAIL 

 “私は7年前から定期健康診断を受けると視野検査の精密検査を受けるように指示されるようになった。緑内障の恐れのようである。職場近くの病院で毎年診察を受けると要観察ですんでいた。ところが今年はそうはいかなかった。治療を開始した方がいいでしょうと言うことになった。緑内障の治療を始めるともう一生しなければならないという。それならもう数年で退職する職場近くより自宅近く人医院が都合がいいだろうと思って紹介状を書いてもらった。そして先日近くの医院へ行った。
再検査の上、治療はまだいいでしょうと言うことになった。その医師は多分一生必要ないでしょうという言葉もつぶやかれた。ヤレヤレである。
 実は、近くの医院では、お金になる絶好の患者がきたと、絶対治療が始まると思っていた。ところが半年に一度の検診は約束させられたが、先に記したように無罪放免となった。医者は金儲けばかりでは無いと嬉しくなった。このように良心的な医者は多いのだろうか、それとも少数派なのだろうか。前者を信じたい。”

 この話は、実はボクのことである。




2013/11/06(Wed) (第1853) あと20回 寺さん MAIL 

 “先日、離れた町に住んでいた義兄が亡くなった。東京に住んでいる息子に伝えると、「通夜や葬式の日時が決まったら、知らせて欲しい」と言ってきた。東京からはかなり距離があるので、仕事が忙しい息子は、来なくていいのではないかと考えていた。
 しかし、通夜の日。息子は電車に乗ってやってきた。親子3人で通夜に出席し、我が家に帰ってからは3人で酒を飲みながら、夜遅くまでいろいろな話をした。
 その時、息子が言った。「あなたたちがこれから10年生きるとして、俺がお盆と正月の年2回来たとしても、もう20回しか会えないんだよ。だから、俺はなるべく帰るようにしているんだよ」そんなことは考えたことがなく、息子の言葉をかみしめた。
 これまでは、息子が来るとうれしい半面、味にうるさい息子に何の料理を出そうか考えたり、布団を千したりすることが少々、やっかいでもあった。しかし、「あと20回しか会えない」という言葉が心に残り、急にいとおしくなった。これからは1回1回、会える日を大切にしよう。”(10月25日付け朝日新聞)

 福島県会津若松市の渡部さん(78)の投稿文です。優しいと共に賢い息子さんだと思う。後20回などとなかなかこのように思いつかない。気がついたとしてもまだ十年あると思うのである。遠くにいると会えそうで会えないものである。機会は大切にしたいものだ。
 ボクが小学校は2年に1回、中学校は毎年同窓会を開いているのもこういった考えからである。提案したとき、毎年だと1回の参加者が減るという意見があった。でもボクはそれでも良いと思った。機会は多い方がいい。同窓会もいくつまで参加できるか、もう来年のことは分からない年齢である。毎年出てもそれこそもう10回であろう。10回しか会えない人がたくさんいる。共に毎年出席してである。次回の同窓会ではこのことをよく訴えよう。




2013/11/04(Mon) (第1852話) 友と本 寺さん MAIL 

 “今日はあいにくの雨模様。でも、好きな本を抱えた仲間が三々五々、私の家に集まってくる。「さて、今日はどんな本に出会えるかしら」とわくわくしながら、コーヒーと手作りケーキを準備して迎える。きっかけは、パリの古書店の読み聞かせ会をテレビで見たことだ。自由で心地よい雰囲気が、何ともすてきだった。
 大好きな読書なのに、最近は、目が疲れるので敬遠しがちになっていた。「こんな会があったらいいな」と友人に相談すると、「おもしろそう」と7人が参加してくれた。
 会は月1回で、今日で7回目だ。朗読のベテランも初心者も、それぞれの個性があふれ、とても楽しい。Kさんは自作のエッセー、Tさんは「星の王子さま」、Mさんは向田邦子、Oさんは松谷みよ子、Aさんは古典、私は司馬遼太郎。持ち時間1人15分で、それぞれの世界に連れて行ってくれる。
 会の名前は「ドルチェ会」。メーン料理は終わってしまったが、シニア世代の次のお楽しみは「ドルチェ(デザート)」。一緒に甘いデザートを楽しむ仲間ができた幸せに感謝だ。”(10月18日付け朝日新聞)

 東京都日野市の主婦・並木さん(72)の投稿文です。女性は全く凄いと思う。小さな事ではあるがまたその一つである。家庭で読書会を開いて、その一緒にデザートを楽しむ。ただ食べておしゃべるする、それだけでは物足りないのだろう。この7人はかなりの向学心があるのだろう。集まりの中に一つの目的があって、充実感ができる。続けられることを期待したい。男だったら飲んで終わりである。
 でもこの方法は並木さんの負担が大きすぎる。並木さんも負担に感じてくるだろうし、他の人には遠慮が生じてくるだろう。続けるうちにその時その時の良い方法が出てきて、遠慮なくそれが言える。それが大切だと思う。ボクにもいろいろな場があるが、本音で言える場はまずない。




2013/11/02(Sat) (第1851話) レモン氏の日課 寺さん MAIL 

 “今年の夏は暑かった。はるか遠くになったあの夏も、うだるような暑さが続いていた。私はつわりの時期に入っていた。突然、その日はやってきた。気分が悪くなり、ほとんど食べ物を受けつけなくなっていた。つらい時は、その後も長く続いた。
 どうしてレモンにたどりついたのか覚えていない。心配した夫は、名古屋の地下街にある果物店でレモンを買い、果汁をしぼってくれた。透明で酸味が強く、いまならとても飲めないが、それだけはおいしくのどを越した。レモンにはカルシウム、鉄分、ナトリウムなどがあるというので、夫は新鮮なレモンを毎日、1個ずつ買ってきた。それは出産の日まで続いた。
 あとになって店主に聞いてわかったことだが、若い夫はレモンを毎日買う理由を話さなかったそうだ。店主が選んでくれたりもした。店ではこっそり「レモン氏」と呼んでいたという。翌年、桜咲く季節に息子は標準を大きく上回る体重で誕生した。
 手のひらにのるほど小さくて、ときには涼やかさを運んでくれるレモン。ちょっと懐かしくて温かでせつない。夫はあの日々を覚えているだろうか。”(10月16日付け朝日新聞)

 三重県四日市市の主婦・水谷さん(74)の投稿文です。妊娠中の妻のために毎日1個のレモンを買う、少女小説のような話しである。1週間分なら時にはあることだろうが、毎日1個とは・・・・。なぜ1個なのか、聞かれたのだろうか。若い時の純真さだろう。
 「夫は覚えているだろうか」と言われるので、まだ生存されているだろう。生存中にこういった投稿文をされるとは、また良い。亡くなって思いに浸って投稿されることは多いと思うが、感謝はやはり生存中に伝えた方がいい。水谷さんは二人でこの新聞を読まれたであろう。読んだ後どんな顔をされたであろうか。そして、その後はもっと仲睦まじい夫婦になられたと思う。
 実はボクは昨年のバレンタインデーに妻に花を贈った。全くボクらしからぬ行為である。その後のボクの態度も妻の態度も違ってきたと思う。大切に思っていることを表現することに素直になった気がする。


 


川柳&ウォーク