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第112号  2013年8月

2013/08/30(Fri) (第1821話) サービス業 寺さん MAIL 

 “「サービス業じゃないの」。スポーツジムがお盆休みを取ることに不満を持つ主婦が、愚痴っていました。じゃあ、ジムで働いている人は、お盆にお墓参りも里帰りもしちゃいけないのかしら。
 今のようにいつでもコンビニがあって、いつでもモノが買えるというのは便利だけど、誰かが働いていてくれるからこそです。サービス業だからと言って、すべてが便利で好都合というのは、エコロジーにも反します。お金さえ払えばという拝金主義的な思想もあまり美しくないでしょう。ちなみに、私はお盆も働きます。サービス業なもんで。”(8月11日付け朝日新聞)

 東京都の会社心・鈴木さん(女・52)の投稿文です。今の日本人は見境もなく要求が広がっている気がする。一つの要求が満たされるとまた次の要求をする。また商売をする方も、商売になると思うとまた手を広げていく。そこで働く人の生活などは無視である。働く方も他になければ、嫌と思っても働かざるを得ない。みんな揃って奈落の底に向かっている気がする。
 同じ人間があるときは労働者になり、あるときは消費者になる。不満を言った主婦も労働者であるかも知れないし、その主婦自身は労働者でなくても家族には労働者がいるだろう。サービス業かも知れない。それを忘れての発言である。人間にはお金よりもっと大切なものがあるはずだ。労働がすべてではない。すべての人が盆正月は休めばいいし、コンビニが24時間営業である必要はない。人の犠牲の上に成る立つ社会であってはいけない。ワーク・ライフ・バランスが叫ばれている。行き過ぎた社会をもう一度振り返ってみる必要があると思う。




2013/08/28(Wed) (第1820話) 古い携帯電話 寺さん MAIL 

 “私は古い携帯電話を二つ持っている。一つは、主人が最後に使っていた物。もう一つは、私がその時に使っていた物だ。あれから八回目の夏がやってきた。時々充電していた二つの携帯電話の電源を入れてみた。
 私が使っていた携帯電話には、遠方にいた娘から主人を心配するメールがぎっしりと残っていた。「結果が分かったら教えて」「お父さん、お母さんの考えに従うけど、後悔しないように」。その時の状況がよみがえり、携帯電話の液晶画面が涙でぼやけた。
 あのころは《何とかしなきゃ》と思う気持ちで娘と奔走した。しかし、どうにもならず、告知から五ヵ月で主人はこの世を去った。
 その携帯電話には、もう一つ残っているものがある。それは、亡くなる一カ月前の主人の声。伝言メモにずっと保存されている。「来客があるから四時半までに帰っておいで」
 私は、これからも時々、充電しようと思っている。長い聞放置しておいて主人の声が消えてしまわないように、そして、聞きたくなったときには、いつでもすぐ聞けるように。”(8月10日付け中日新聞)

 愛知県豊川市の店員・岩瀬さん(女・59)の投稿文です。携帯電話もただ使うだけでなくいろいろな効用があるものだ。録音やメールの記憶装置として残しておく。多分、そんなことを意図してではなかったろうが、思わぬ効用があった。
 岩瀬さんのご主人は亡くなって8年と言われるから、今の時代としては早い死である。それだからであろうか、今となっても愛しくて仕方がない。夫婦というものはこういうものなのだ。またこうでありたいものだ。僕ら夫婦に声が残っているものがどこかにあるだろうか。留守録があっても用を足すとすぐに消してしまう。他にも思いつかない。心がけておかねばならぬ事だ。
 携帯電話は重要なデータがたくさん入っているのに無くしやすいもの、持ち方に少し安易な気がする。先日新聞を読んでいて、携帯電話は家に置いておく、と言う意見があった。面白いと思った。少しその利便性を欠くが、携帯だからと言って何も持って歩く必要はない。帰って見れば履歴は残っている。多くはその後でも対応はできる。ボクも8年前、退職するまでは携帯電話は持っていなかった。持っていなく立って生活は出来た。今だって持っていない人も多かろう。ただ受け入れるのではなく、使用方法を冷静に見極めてもいい。




2013/08/26(Mon) (第1819話) 祖父母に電話 寺さん MAIL 

 “僕には十年以上、続けていることがある。「金曜日の電話」だ。金曜日の夕方、遠く離れて住んでいる祖父母へ、孫である僕と兄から電話をする。引っ越しが多く、なかなか祖父母に会いにいけないため、僕が一歳のころから始めた。当時は兄が話す受話器のとなりで笑っているだけだったらしいが、それでも祖父母はいつも喜んでくれたそうだ。
 成長するにつれて、学校のことなど話題が増えた。毎週、いろいろ話しているためか、祖父母はつねに間近に感じる存在だ。最近、気付いたことがある。小さいころは祖父母に心配されて、応援されるばかりだった僕が、今は逆に高齢になった祖父母の応援ができるようになったのだ。自分もちょっと成長したなと思う。皆さんも、なかなか会えない祖父母がいたら、一度連絡をして、心の交流をしてみてはどうだろうか。”(8月9日付け中日新聞)

 名古屋市の中学生・角田さん(男・15)の投稿文です。毎週金曜日に祖父母に電話をする、それがもう10年以上だ。今までしてきたことも、良いことと思っても、中学生となると突然途絶え勝ちになるものだ。友人関係が大切になり、家族関係がうっとしくなる人も多い。それなのにこういう関係は素晴らしい。おじいさん、おばあさんは言うまでもなく、ご両親も喜んでおられるだろう。そして「今は逆に高齢になった祖父母の応援ができるようになったのだ。自分もちょっと成長したなと思う。」と気づかれたことも良い。全くその通りだろう。こう気づかれるとますます優しく接することになるだろう。ところでお兄さんはどうなっただろう。




2013/08/24(Sat) (第1818話) 高齢者活用制度 寺さん MAIL 

 “昨年2月、高齢者がもっと社会に役立てないかという内容で本欄に投稿したら、「高齢者の活用制度作れないか」という見出しで掲載された。定年退職した人の中にはまだまだ元気な人が多いので、困っている人の家事や介護をし、反対に自分が困ったときには助けてもらえるような制度は作れないかという内容だ。
 そうしたら私の住む市でも10月からこのような制度「ささえあいセンター」が始まることになった。驚くとともにうれしい知らせだった。協力会員は20歳以上で、支援の内容は家事の手伝い、病院の付き添い、書類の代筆、話し相手などだ。さっそく申し込んだ。できることを支援してあげればいいということだった。利用料は1時間700円程度を利用者が払う。日本は高齢化が進み、このようなニーズは多くなる。平均寿命が延び元気な老人も多い。この制度は優しい社会をつくる上でも時宜にかなっていると思う。”(8月9日付け朝日新聞)

 愛知県の平野さん(男・69)の投稿文です。平野さんは高齢者活用を新聞に投稿し、その成果かどうかは別にして、ともかくその町で高齢者活用が始まった。一人快哉を叫びたい気分であろう。行動的な平野さんに敬意を表します。良いと思うことは言ってみるやってみる、大切なことである。特に高齢者は、一通り事をなし、何も気にする必要はない。今さら世間の評判でもあるまい。残り少ない人生を自分が思う有意義な日々にすればいい。
 特にボクは今年町会長でもあり、その気になればすること、できることはいくらでもある。周りの思惑ばかり気にしていたらとてもやっておられない。良いと思うこと、自分でやれることはどんどん進める。自分でも驚くほど開き直っている。良くても悪くてもこの役を終えればすべて終わると思っているからだ。




2013/08/22(Thu) (第1817話) 書けますか? 寺さん MAIL 

 “パソコンやスマートフォンの普及で漢字変換に慣れてしまい、手書きの機会が少ないことを感じてはいた。この季節、暑中見舞いを書こうとしたときに覚えていたはずの漢字を忘れていてがくぜんとした。本好きで字を書くことが好きだったのに、これではダメだと猛反省。そんなとき、以前もらった家計簿の裏表紙に本紙1面のコラム「天声人語」を書き写してみませんか、という文字が目にとまった。
 これだ!と直感しすぐにノートを取り寄せた日は、折しも59歳の誕生日。書き写すなんて簡単だろうと思っていたが、文字を書くことに慣れていないので時間かかかり、何度も消しゴムを使った。あれから1ヵ月、内容も理解しながら書き写すスピードが徐々に速まってきた。50代最後の年、仕事も忙しいけれど、書き写し続けてみるか。”(8月9日付け朝日新聞)

 愛知県のパート・細川さん(女・59)の投稿文です。今の時代、手書きの文字を見ることはほとんどなくなった。人に見せる文字や文書はほとんどパソコンで作ったものである。ボクもそうである。手紙を書く機会も減ったが、その手紙もパソコンが多くなった。パソコンならうろ覚えでもキチンと正しい文字で書いてくれる。これでは自分で書くことはできなくなる。体を使ってしていたことを機器に任せると言うことは、それだけ自分の能力を退化させることである。
 細川さんはそれを補う為に「天声人語」の書き写しを始められた。これは文字を書くことだけでなく、その文章をゆっくり味わうことになっていい。続けて欲しいものだ。先日本屋へ行ったら天声人語の書き写しのノートを売っていて驚いた。それだけ挑戦している人が多いと言うことである。結構なことである。ボクが唯一書いていることと言えば、日記である。短い文章であるが毎日である。漢字が分からない時はできるだけ調べて書くようにしている。ボクがしている唯一の老化抵抗法である。




2013/08/20(Tue) (第1816話) 出前講座 寺さん MAIL 

 “わが豊橋市では、小中学校の授業などに市職員や企業の人らが出向いて、まちづくりやさまざまの分野のお話をする「出前講座」が行われています。小さな学校での授業は全体に家庭的雰囲気で、子どもだちから屈託のない意見が飛び出し、楽しませてくれます。
 詩の研究会の委員をしている私は昨年、今年と、詩の出前講座をお手伝いしました。市ゆかりの詩人の業績を顕彰し、優れた現代詩集に贈る丸山薫賞も今年で20年目になります。まず地元の子どもたちに丸山薫のことを知ってもらおうと、今年は、「金魚のおどり」「がんがんわたる」などを紹介しました。詩は、国語の教科書にもあまり多く扱われていないので、こうした機会に詩に触れることが将来の心の糧にもなるのではないでしょうか。私たちも、子どもたちの素朴な質問に、子どもの視線で物事を見ることの大切さを改めて感じ取ることができました。”(8月8日付け朝日新聞)

 愛知県の主婦・浅井さん(75)の投稿文です。最近、県や市町において出前講座が盛んに行われるようになった。役所の姿勢も変わってきたのである。浅井さんはそんな出前講座の手助けをされたのである。最近、高齢者が小学校などに出向き、昔の生活や遊びを教える場も広がっているのようだ。ボクの地区でも竹とんぼ教室などが開かれていると聞いた。高齢者活躍の良い場である。
 ボクの会社でも今年2月に県庁から来てもらって地震の話をしてもらった。そして、ボクが今密かに企てているのは町内会で「防災講演会」を開くことである。東海地震や南海トラフ地震が騒がれている地域である。それなのに防災会らしきものが何もない。これでいいのか、住民に考えてもらう機会を持ちたい。市の出前講座を頼むつもりである。新たな試みとしては1年町会長の最大の仕事になるかも知れない。




2013/08/18(Sun) (第1815話) 食べ終えた食器 寺さん MAIL 

 “食事をしていたファミリーレストランでのことです。近くの席で盛り上がっていた若い男性四人グループが、食事を終えて去ったテーブルを見て驚きました。食べ終えた食器類が隅にきれいに寄せられていたのです。しかも皿、コップ、紙類と分けて置かれ、片付けやすいようにしてありました。若い男性がこんなふうに片付けていくのを目にするのは初めてのことです。食器を下げに来た店員さんが、「わっ」と小さく感嘆の声を上げました。肩越しに彼女の笑顔が見えるようでした。私も家族で外食したときは食器を寄せるようにしていますが、彼らほどきれいに片付けたことはありません。
 そういえば、亡き母は旅先の宿で食事を終えると、決まって器を片付けていました。私が「担当の方が片付けてくれるから、ゆっくりしたら」と言うと、「こんなおいしいごちそうをいただいて、食べっ放しじゃ罰が当たるよ」と幸せそうに笑っていた顔が思い出されました。”(8月4日付け中日新聞)

 愛知県愛西市の主婦・日比野さん(55)投稿文です。レストランでの食後の片付けについてである。自分は客である。セルフサービスでなければ、片付けるのは従業員である。食べっぱなしでもかまわない。とがめられもしない。それを少しでも後の作業が楽になるように、整理しておく。気遣いである。もう躾け、人柄の問題である。その姿を見て悪い気はしない。日比野さんのように感嘆する人もある。いつかのその感嘆が何かの形で本人達に帰ってくる。情けは人の為ならず・・・素晴らしい行為も全く同じである。
 日比野さんのお母さんの言われる「罰が当たる」という言葉も聞かなくなったものである。ボクの母もよく口から出ていた。日々の生活すべてのことに、こういう気持ちで見直してみることが必要ではなかろうか。罰が当たるようなもったいなことが多いのにびっくりするのではなかろうか。




2013/08/16(Fri) (第1814話) 102枚目の履歴書 寺さん MAIL 

 “58歳半ばで会社から突然リストラを宣告された。1年の猶予を与えるからその間に転職先を捜せ、とのこと。会社の業績がかなり悪いのは知っていたが、大学と高校に通う子供たちに家のローンを抱え「なぜ自分が」と怒りや悔しさがこみ上げた。が、嘆いていても仕方がない。ハローワークやネットの求人サイトなど手当たり次第に登録し、履歴書を送りまくった。
 だが、断りの返事ばかりがくる。10通に一つは面接までたどり着けるが「当社は定年が60歳。あと1年で何をしてもらえるのか」と問われた。長年の経験をアピールしても難しい顔。焦りは日ごとに募り、家族の不安もひしひしと伝わり、絶望に襲われもした。だが諦めるわけにはいかない。1年がたとうとしたころ、65歳定年の会社から採用の通知が来た。「101回目のプロポーズ」というドラマがあったが102枚目の履歴書だった。収入は下がるが家族の協力があれば何とかなりそうだ。
 働き始めて3ヵ月。新しい知識の習得に忙しいが、自分の経験を生かせている充実感がある。家族に笑顔が戻った。振り返れば自分を試す貴重な日々だったようにも思う。”(8月4日付け朝日新聞)

 千葉市の会社員・栗原さん(男・59)の投稿文です。58歳にしてリストラとは、ここにも全く悔しい思いをされた人の話があった。しかし、102枚の履歴書を書いて、再就職を果たされた。現在社会の大変さを思うと共に、その努力に敬意を払い、乾杯を上げたい。
 65歳、70歳でも働く時代である。その時代に若くしてリストラに合う人も多いし、全く就職できない人もある。資本主義社会である。競争の社会である。他の社会でも同じだろうが、いろいろな場合があり過ぎて簡単に説明できるものではない。いろいろなハウツーものが出ているが、それもある事例でしかない。参考にしかならない。自分の置かれた立場を冷静に理解し、その上で最善の努力をする。実れば喜び、実らなくても素直に受け入れる、それしかない。腹を立てたり恨んでみても何のいい結果も生み出さない。でも、言うは易し、行うは難し。こうして一生を終えていくのか。




2013/08/14(Wed) (第1813話) そっと寄り添う 寺さん MAIL 

 “自らの命を絶つことを防いだり、残された家族の支援活動に取り組む「いのち・サポートひだ」が、心の悩みを抱えた人にそっと寄り添うボランティア養成講座を開くという記事が目に留まった時、《これからの人生、学ぶのならこれしかない。自分の使命かもしれない》と思えた。
 私にも十五年前に自ら命を絶った息子がいた。親として助けてあげられなかったことが心に残っている。悲しみ、苦しみ、反省している時に学ぶ機会に出合うことができ、とてもうれしかった。《これからは、一人でもいいから息子の分、誰かを助けなくては》と心が熱くなった。
 それから二年六ヵ月。さまざまなことを学んだ。しかし、相手の立場や人の心は、そんなに簡単に理解できるものではなかった。途中でやめようと思うこともあったが《優しくて一生懸命頑張って生きてきた息子の姿を恥じることなく人に語ろう》《命の大切さ、残された家族の悲しさを、これからは機会があれば語っていこう》と誓った。
 まだまだ未熟な私だが、これまでの人生経験を生かし、困っている人にそっと寄り添って心の手助けができれば幸せだと思っている。”(8月2日付け中日新聞)

 岐阜県高山市の建具職・下手さん(男・71)の投稿文です。早くして子どもを亡くした親の悲しみは言いようがない。特に自殺となるとその悲しみ、苦しみはたとえようがなかろう。そういう家族を支援する団体があり、その中でボランティア活動を学ぶ人の話である。下手さんは60歳後半にして、これが自分の使命と自覚された。そして2年半学ばれ、いよいよ活動に入られる。立派だと思う。ボクは幸いに身近で幼い命をなくしたことがない。下手さんの本当の気持ちは分かっていないだろう。
 人生を無駄に使う人がいる。しかし、そんな命も危うくなると無性に大切に思えてくる。そんな大切な命だったらもっと有意義に使っていたらと思う。これは多くの人に言えることである。ボクもその一人である。何ごとも危うくなってその大切さに気がつくのが人間であるが、それでは遅いのである。しかしである、下手さんのように自分の使命を何歳にして感じるのか、分からないものである。それだけにおいそれと人生をあきらめてはいけないし、自殺なんて本当にもったいないことである。
 先日いろいろ手伝ってもらってきた知人に、会って欲しいと言われて会った。はっきりとは言われなかったが、手術ができない箇所のガンであるという。一瞬にして別れが来る。ますます生きている時間の大切さを思う。




2013/08/12(Mon) (第1812話) 男子に日傘 寺さん MAIL 

 “うだるような暑さが連日続く。あまりの暑さに、思わず持っていた雨傘を差してみた。これがなかなか涼しく気持ちがよい。外出時に帽子を欠かしたことはなかった。しかし、夏の強い日差しの下、傘を差してみると、体の大部分を直射日光から追ってくれる。その心地よさは帽子とは比較にならない。顔にあたる風までが優しく感じられる。帽子は中が蒸れてかゆくなることがあるが、傘はそんなこともない。
 今までは、「男が日傘なんて、そんな軟弱なことができるか」と一人で粋がっていたが、とんだ心得違いだった。ただ、初めは気恥ずかしく周りの目がとても気になった。特に、知り合いにあった時などは傘で顔を隠して歩いていた。しかし、今ではすっかり慣れ、傘を差したまま、笑顔であいさつができるようになった。日中、外へ出る時に傘は欠かせない。日傘が無ければ雨傘で十分。今年の夏は近年にない暑さで、熱中症で多くの人が救急車で運ばれている。その多くが高齢者とのこと。これからも日傘男子、いや日傘老人を続けていこうと思う。できれば、もう少し街に男性の傘が花開くことを願いながら。”(7月28日付け朝日新聞)

 大阪府堺市の専門学校講師・吉野さん(男・64)の投稿文です。ボクは出かけるときほとんどの場合、鞄に傘を忍ばせている。もちろん、急な雨に合ったときの用心である。これが今の時期、時折日傘に変わる。ボクも日傘に目覚めた一人の男性である。
 先日の新聞でも、今年は男性で日傘を買っていく人が増えているとあった。ボクは日傘を差す男性が軟弱とは少しも思わない。多分男性が差さなかったのは、持ち歩くことが面倒なこととそれ程に肌のことを気にしていなかったからだろうと思う。しかし、この暑さである。少しでも涼しい方がいいと思う男性が増えたのではなかろうか。こんなものは流行である。増え始めたらあっという間に増えていくだろう。そして、売る方も需要があると思ったら、あの手この手で購買欲をそそるようなことをあみ出してくるだろう。これだけ熱中症が増えている現在悪いことではない。男もカラフルな日傘をどんどん差した方がいい。ただ混んだ場所など周りの迷惑にならないような気遣いは忘れないようにしたいものだ。




2013/08/10(Sat) (第1811話) 旬の食材 寺さん MAIL 

 “このところ、家庭菜園をしている知人から「食べるのを手伝って」と旬の野菜をよくいただく。私は食べることも、料理をすることも好きなので季節の素材をいただくとうれしくてたまらない。みなさんは、日々の食事の中で旬を意識していますか。近頃は栽培技術が進み、年中市場に出る農作物もあるが、私はことさら旬の食材にこだわって料理をこしらえている。
 先日はキュウリをたくさんもらった。定番の酢の物やサラダ、浅漬けもいいけれど何か一味違ったものをと、以前本紙レシピにあった「キュウリの炒め漬け」に挑戦。晩酌のつまみにもってこいだった。献立に悩むこともあるが、旬を意識した食卓を囲むのが日課だ。季節感って大切だと思う。”(7月29日付け朝日新聞)

 三重県のパート・黒野さん(女・53)の投稿文です。あまりに便利な時代になって、野菜の旬も分からなくなっている。見かけは同じでも、旬の野菜の味は全く違い、美味しい。栄養素などの中味も違うと聞く。人間いろいろな欲望がある。その欲望を満たすのも人間の知恵である。その知恵の使い方で違っているものも多い。この年中野菜も間違った使い方の一つではあるまいか。良いと思って始めたことだが、旬を待つ楽しみを奪ってしまった。季節感をなくしてしまった。
 そういうことでは家庭菜園はほぼ旬を楽しんでいる。黒野さんはそのおすそ分けを十分に活用されている。ボクもかなり多くの野菜を自作しているが、ビニールトンネルなどほとんどかけない。農薬もかけない。全く自然の恵みで作っている。一番安上がりである。そして美味しい。孫に野菜の時期を教えられるのにもいい。




2013/08/08(Thu) (第1810話) 子どもの笑い声 寺さん MAIL 

 “私の住んでいる集落は過疎化が進み、昔は十五戸ありましたが、今は九戸となり、老人ばかりです。町では過疎地域集落再編整備事業を行い、空き家になった民家を借り上げ、リフォームしてから希望者に貸し出しています。
 制度を利用して、私の隣に四月から名古屋の一家五人が引っ越してきました。子どもさんは小学一年生の女の子と三歳の男の子、一歳の女の子の三人で、下の二人は保育園に行っています。
 集落では、ここ四十年近く子どもの声が聞かれず、寂しいものでした。心を潤す子どもの遊んでいる声、笑い声ほどうれしいものはありません。子どもたちは田舎暮らしに慣れてきたのか、「きれいな花、見つけたよ」と言って採ってきてくれたり、バッタやサワガニを捕まえたと時々やって来たりします。何とも心のなごむひとときです。
 朝七時すぎに小学生の子はバスで登校します。いつも私たちに「おはよう」と手を振ってくれます。子どもたちのパワーをもらって、今日も一日頑張ろうと仕事に精を出す毎日です。子どもたちの健やかな成長を祈るとともに、心からありがとうと言わせてもらいます。”(7月24日付け中日新聞)

 愛知県東栄町の農業・鈴木さん(男・79)の投稿文です。東栄町は愛知県三河地方の最も奥まったところである。確かに過疎化が進んでいるだろう。しかし、40年も子どもの声が聞こえなっかたとは驚いた。この村に40年間、子どもがいなかったと言うことである。過疎化と言ってもそこまでとは、思っていなかった。本当に子どもの声が神の声に聞こえたのではなかろうか。子ども声はそれだけの力がある。
 ボクは学校の夏休みに入って、町内の寺院で行われている朝のラジオ体操に孫と参加している。30人くらいが参加しているだろうか。こんな子どもと一緒にすることはいつ以来のことであろう。いろいろな子がいる。見ているだけでも面白い。少子化時代である。このまま減り続けていっていいのだろうか。




2013/08/06(Tue) (第1809話) 投票一番乗り 寺さん MAIL 

 “私は1993年の衆院選から、どんな選挙でも投票所に一番乗りしている。支持政党は特にないが、その時々の政局をよく判断して選び、投票している。
 消費税や介護保険料などは上がり、この先、年金だけが頼りの私たち高齢者はどう暮らしていけばよいのだろう。また自衛隊はどう改変されていくのだろうか。国民は平和国家を念じてやまないはずである。
 いつの間にか卒寿を過ぎてしまった私だが、「これが最後の投票になるかもしれない」と思う。
 投票所に足を運ばない人は「自分の一票くらい大勢に影響ない」と思い込んでいるかもしれない。投票率が低ければ、政治家は国民に背を向ける。高い投票率で国民が政治家を監視するようでなければ、日本は衰退の一途をたどるのではないか。
 私は今度の参院選投票日も、政治の願いを込めて投票所に一番乗りしたい。”(7月19日付け朝日新聞)
 
 千葉県の高山さん(男・92)の投稿文です。先日の参議院選挙で立会人を務めた。ボクが会場へ行ったらもう来ている人がいる。選挙管理人が選挙開始宣言をする頃には10数人が並んでいた。高山さんのように一番乗りをめざしていた人がいたのであろうか。
 先回の参議院選挙の投票率は50%少々越えた程度である。半数が棄権である。そのような人は高山さんの意見にどう答えるのであろうか。92歳の人がこのように考えているのである。政治はこの先の社会を決めていくものである。これからの時代を生きる人にこそ重要である。若い人にこそ重要である。今の制度に不満があっても、今はこの制度の中で判断していくより方法はない。棄権に変な自己満足や言い訳は愚かしい。
 そして、こんなに棄権がある一方、与えられていない人はこの選挙権を得るのに必死である。また、転居の時期の都合で選挙券が得られなかった人が不満を訴えていた。当然のように与えられている人は粗末にし、与えられていない人はその扱いに不満を唱える。人間の身勝手、天の邪鬼には恐れ入る。




2013/08/04(Sun) (第1808話) さわやかな一日 寺さん MAIL 

 “スーパーのレジには、カートにたくさんの商品を載せた買い物客が行列をつくっていました。ふと振り向くと、弁当とお茶を持った作業服姿の青年が、私の少し後ろに並んでいました。《昼食を買って短い休憩時間の間に食べ終わらなければならないに違いない》と判断し「お先にどうぞ」と言って順番を譲りました。
 でも、その前の四人はいずれもたくさんの買い物をしていたのでレジの時間がかかりそうです。私は思い切って、協力が得られそうな二人の主婦に「この人、二点だけなので先に通してあげて」と頼むと、快く譲ってくださいました。《あ−、勇気を出して頼んでよかったなあ》
 レジを済ませて駐車場へ向かうと、その青年が車の中でお弁当を食べていました。《よかった。これで食後に少しでも休憩ができそうね》。その時、彼は車の窓をいっぱい開け「おばちゃん、ありがとう」と右手を上げて会釈してくれました。
 余計な世話を焼いて逆切れされる昨今、やはり見て見ぬふりではなく口に出して言うことの大切さを学びました。順番を譲ってくれた主婦の皆さん、ありがとう。さわやかな一
日でした。”(7月18日付け中日新聞)

 愛知県常滑市の主婦・浅田さん(72)の投稿文です。全くよく言ってもらったと思う。男一人の買い物はこのように1、2点と言うことが多い。ボクもその典型である。必要なものが生じるとそのものだけを買いに出かける。すると1、2点である。そして、レジでたくさんの買い物をした多くの人の後ろに並ぶと、これだけだから先にしてくれないかなと思ってしまう。そんな時、浅田さんのようにな人に出会ったら、本当に感謝してしまうだろう。特にこの青年のように、時間に制約があたらより嬉しいであろう。悪いことをするには勇気がいるのなら分かるが、良いことをするには勇気がいるとはおかしな話であるが、現実である。胸を張って良いことができる社会、いや自分にになりたいものだ。
 それにしても、たくさんのレジがある店では少数点者用にレジができないものかな。




2013/08/02(Fri) (第1807話) 夫のために 寺さん MAIL 

 “91歳になる夫の誕生祝いに、ピアノで「エリーゼのために」を弾き、夫が可愛がっていた子犬の絵を描いて贈ることにしました。無口な夫ですが、趣味の音楽や美術鑑賞の話題となると、一変して目を輝かせ、じょう舌になります。しかし、今は脳梗塞がきっかけで、趣味にも全く興味を示さず、日中は目を閉じたまま。口も開かなくなってしまいました。夫が好んで聴いていた曲を流しても、何の反応もありません。
 そんな折、私が75歳前後でピアノを習い始めた時の、夫との確執を思い出しました。楽譜の読み方から教わって、簡単な小曲を練習する私を、夫は「下手くそ!」と痛烈に批判。忍耐にも限界があり、ピアノを断念してしまいました。
 89歳の今、初歩から難曲に挑戦するのはむちゃなこと。でも、下手なピアノに夫が刺激され、あの時のことを思い出して、口を開くきっかけになれば……。その一念で、自分ががんに侵されていることも忘れ、猛練習しました。
 6日の誕生日。私のピアノに、夫は「感動した」「ありがとう」とぽつんと言ってくれたんです。家族全員でほっとしました。”(7月15日付け朝日新聞)

 札幌市の藤本さん(女・89)の投稿文です。89歳でピアノに挑戦とは、女性の意欲、元気さには全く恐れ入ってしまう。そのピアノの挑戦が夫のためとは、またその麗しさに驚くばかりである。人間というのは素晴らしい。音楽にうるさかった夫が『「感動した」「ありがとう」とぽつんと言ってくれた』とあるが、当然であろう。音色は心である。この妻の愛には、音楽的にはまずくても、聞く耳には感動を与えたであろう。本心からの感動であったろう。
 当事者が言うのも何であるが、ボクの夫婦も仲が良いことで通っている。ボクの夫婦のやりとりを見ていて、皆そう感じるらしい。思わぬところでそのような言葉を聞き、びっくりすることが結構ある。娘婿も娘に向かって「こんな(仲の良い)夫婦ばかりでない」と言っているらしい。ボクもこれを否定する気はない。でも、ボクが患ったとき妻はどうしてくれるだろう。藤本さんにはとてもかなわないと思う。


 


川柳&ウォーク