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第103号  2012年11月

2012/11/29(Thu) (第1693話) ヘルプマーク 寺さん MAIL

 “東京の都営地下鉄大江戸線の優先席付近で、赤地に白抜きでプラスとハートの記号が並ぶマーク=イメージ=が掲示されているのを見かけた。義足や人工関節を使っている人、妊娠初期の女性など、見た目でば援助が必要だと分かりにくい人が座席を譲ってもらえるように東京都が導入した「ヘルプマーク」だという。母に伝えると、ヘルプマークのステッカーをもらってきた。母は健康そうに見えるが、両脚の股関節に人工関節が入っている。
 母は病院通いの際、ステッカーをつけて大江戸線に乗るようになったが、マークの認知度が低いらしく、優先席を譲ってもらえないことがあるという。ヘルプマークが多くの人に認知されるようになることを期待している。”(11月15日付け読売新聞)

 東京都昭島市の主婦・増田さん(44」の投稿文です。見た目だけでは弱者と分からない人も多い。そういう弱者のためにいろいろなマークが作られている。このヘルプマークは東京都だけのものでしょうか。こうしたものは1地域だけでなく、全国に広まると認知度が増すでしょう。乗り合わすのはその地域だけの人ではないのですから。
 インターネットで少し調べてみると、視覚障害や聴覚障害のマーク、ハートビル法のマーク、ハート・プラスマーク、オストメイトマークや身体障害者や聴覚障害者の標識などいろいろ出てきます。ボクの知らないものも沢山です。一般に認識されていないものが多いのではないでしょうか。認識されて始めて効果がでます。作っただけでなく、普及に力を入れて欲しいと思います。弱者と分かればほぼ目的は達しますので、種類をもっと整理された方がいい気がします。




2012/11/27(Tue) (第1692話) 仕事中も気を配り 寺さん MAIL

 “新聞代の集金業務をしています。仕事でバイクを走らせていた時、1歳半くらいの男の子が1人で道路真ん中をふらふらと歩いているのを見かけました。急いでバイクを止めて子供を歩道の安全な場所に移しましたが、母親の姿が見あたりません。110番して待っていると、母親が駆けつけてきました。泣いて子供を抱きしめる姿を見て、胸をなで下ろしました。
 私の担当地域には独り暮らしの高齢者も多いです。新聞の配達や集金、電気、水道の検針などにあたる業者が、仕事中でも周囲に気を配れば、事件や事故が少しは防げるかもしれません。これからも地域を見守っていこうと思います。”(11月15日付け読売新聞)

 さいたま市のパート・名取さん(男・64)の投稿文です。常に街中を走って仕事をしている人が、こうした気配りをされると大きな社会貢献になるでしょう。危険な箇所の発見や名取さんのこの場合のように人助けも。郵便事業者など行政機関と協定を結んでいるところも増えているようです。協定を結ぶことによって意識が芽生え、気配りもできる。知人で見回り隊をしている人がある。ボクの会社は災害時の協定を結んでいる。すべて役所任せでなく、自分たちでできることは自分たちでする。名取さんのように街中を走っている人は無理なくできます。広がって欲しいことです。




2012/11/25(Sun) (第1691話) 大きな報い 寺さん MAIL

 “「情けは人のためならず」。この言葉を実感させられる出来事がありました。仕事帰りに地下鉄から降りると財布がなく、駅員に探してもらったが見つかりませんでした。暗い気持ちで家に戻ると、駅からの電話。財布を拾ってくれた人が届けてくれたのです。
 振り返れば、今年は元旦から、人助けをする機会がありました。お参りの時、近くにいたご婦人が突然倒れ、私はその場に居合わせた人たちと協力して担架で運びました。友人の結婚披露宴では、急性アルコール中毒の男性を介抱したことも。仕事柄、高齢者の手伝いをすることもあり、ささやかな行いが巡り巡って自分に帰ってきたのかもしれません。
 駅で無事に財布を受け取った時、これからも、少しでも人の役に立てるように、自分のできることを続けていこう、その思いを新たにしました。”(11月15日付け朝日新聞)

 名古屋市の介護職員・木村さん(男・43)の投稿文です。「情けは人のためならず」、人に情けをかけておけば、巡り巡って自分のためになる、この諺を地でいく話でしょう。
 こういう出来事が起きたとき、どう理解するかは人によって違うでしょう。親切を受けたからこれからは自分も親切にするように心がけよう、また、この木村さんのように今回親切を受けたのは過去に人に親切にしたお陰である、と理解するのか、面白いものです。できれば先に親切にしておくのが良いでしょう。しかし、なかなかとっさにはできない。ボクはなぜあの時手が出なかったのか、よく悔やみます。何事も一朝一夕にはできない。日頃からの心がけが必要です。




2012/11/23(Fri) (第1690話) 大当たり 寺さん MAIL

 “例年近くのクリーニング店が顧客感謝のお祭りを開く。フランクフルトやコンニヤクの店が出る。目玉はガラガラポンの抽選会で、先日も長蛇の列が出来た。店側は公正を期して、客の目の前で特賞の金、以下順に銀、ピンク、緑、黄、白の玉を入れてまぜていた。末等の白い玉はティツシュ1個だ。ほとんどの方が白い玉である。私は1時間それを見ていてそろそろ家に帰ろうと、若い係員に代理でガラガラポンをやってもらった。
 白、と思って手を出したら何と、たった1つしかない特賞の金色の玉が出た。驚いたなんてものじゃない。天に舞い上がった。特設舞台に上がって、もらったのは2万円分の旅行券の目録だった。ついつい言った。「妻との結婚の次に今日は幸せの日であった」。会場からどっと笑い声が出た。東京スカイツリー見物に行く際の旅費にしようと考えている。”(11月15日付け朝日新聞)

 新潟市の小池さん(男・64)の投稿文です。なかなか当たらないのが抽選、商店街の抽選ともなると数も多くなかなか自分に幸運は回ってこないものだ。それでもごまかしがない限り誰かに当たる。ついに小池さんにその幸運が舞い込んだ。おめでとうございます。
 この文を取り上げたのは「妻との結婚の次に今日は幸せの日であった」と言う文からです。抽選当選に紛れて奥さんを愛していることを世間に堂々公表である。奥さんには旅行券も嬉しかったが、それよりもこのことの方がもっと嬉しかったのではなかろうか。
 宝くじも今では年末ばかりでなく、年中行われている。ボクは通勤で宝くじ売り場の前をいつも通っている。いつも凄い行列である。皆苦しいと言いながらあの行列は何だろう。ボクは宝くじは買ったことがない。だから当たらない。




2012/11/21(Wed) (第1689話) 芭蕉の足跡 寺さん MAIL

 “「文化の日らしいことをしよう」と三日、栄のテレビ塔の北東に立つ「蕉風発祥の地」の石碑を見に行きました。あまり知られていませんが松尾芭蕉が野ざらし紀行の途中、連句の会を開いて句集「冬の日」を出したのがこの地です。
 どこも混雑する中、ひっそりとたたずむ石碑を見て一句浮かびました。「命継ぎ 蕉風の跡 楓燃ゆ」。昨年十一月の大病から回復し、また紅葉を楽しめる毎日にあらためて感謝しました。”(11月7日付け中日新聞)

 名古屋市の男性(68)からの投稿文です。文化の日に文化の日らしいことをしようとは、この男性は味なことを思いつかれたものだ。この碑はボクは何度も見ています。始めて見る人はこんな所が「蕉風発祥の地」かと驚かれるでしょう。思いがけないところに思いがけない歴史があるものです。ボクなどは一宮友歩会のコース作りでいつも感じていることです。例えば、今年の12月例会では豊臣秀吉の母・大政所の生誕地を訪ねます。こんな所が生誕地なのかとびっくりしました。
 この投稿文が出た数日後、この碑が「砂ぼこりなどで汚れがひどく残念だ」という文が掲載された。数日前、近くへ行く機会があったので寄ってみた。そのようには思わなかった。この投稿文で早速綺麗にされたのだろうか。確かに折角の案内板が古くなって読めないものも多い。維持管理するのは大変だろうが、知恵を出して目的が達せられるようにして欲しいものだ。




2012/11/19(Mon) (第1688話) キンモクセイの香り 寺さん MAIL

 “夫が突然亡くなってから七ヵ月ほどたちました。二年前、庭の片隅に植えたキンモクセイが花を咲かせ、甘い香りを漂わせています。幹も枝もまだ細いのですが、十数本の枝にだいだい色のかわいらしい四つの花弁をつけています。どこか頼りなさそうですが、香りはよそさまの立派な木と同じように甘くてさわやかです。
 西尾市では、子どもが生まれると「恵みの木」、結婚すると「愛の木」といって、好きな木を選ぶことができる贈り物があります。わが家では三人の子供が生まれた時は「恵みの木」を植えましたが、「愛の木」は植えるのを忘れていました。
 そこで結婚二十四周年の時、キンモクセイを「愛の木」として選び、二人で庭に植えたのです。銀婚式はもちろん、金婚式の時も夫婦そろって見たいと思っていました。夫は銀婚式を迎えた時、背丈が伸びたキンモクセイは見ましたが、花は見ることなく他界してしまいました。
 庭のキンモクセイは夫の分身のように思えて仕方ありません。これからも毎年秋が来て甘い香りに包まれるたび、夫との幸せいっぱいだった二十五年間を思い出すでしょう。”(11月7日付け中日新聞)

 愛知県西尾市の主婦・山崎さん(51)の投稿文です。前回に続いて早い配偶者の死に関わる話です。山崎さんの場合はご主人の死です。結婚記念日にご主人と一緒に植えたキンモクセイがご主人の分身と思え、その思い出を大切にしていこうという。キンモクセイを見る度に、その香りを嗅ぐ度に哀しい中にも心が安まる時間でしょう。悲しさに耐えられず、それを乗り越えるために思い出の品を処分する人もあるようです。思い出の品を大切にする人、処分する人、様々なのも人間なのでしょう。いずれにしろ、生きている限り、その死を乗り越えていかねばなりません。
 西尾市は子どもが生まれると「恵みの木」を贈り、結婚すると「愛の木」を贈るとは味なことをしているものです。家族の絆作りに大いに役立っているでしょう。我が市では小学入学記念に木や花の苗が贈られています。長女の時には市の花であるキキョウを、次女の時には市の木であるクロガネモチをもらいました。共にまだ健在です。いろいろな市町でこんな記念樹が贈られ、思い出作りに役立っているのでしょう。
 以前にも何度も書きましたが、ボクが意図しないところで同じような話が続くことにびっくりします。今回などスクラップするときは全く気づかなかった。書き始めて同じ文章ではないかと改めて確認しました。




2012/11/17(Sat) (第1687話) 妻の日記帳 寺さん MAIL

 “妻は今年二月二十三日、一年間の闘病生活に終わりを告げ、五十四歳でこの世を去りました。妻に乳がんが見つかった時、既に肝臓、腰、脚まで転移していました。「抗がん剤投与しか生きる方法はありません」と医師に言われ、しかも「余命三ヵ月です」と・・・。
 妻が亡くなったことによる喪失感は大きく、仏壇に手を合わせて「なぜ死んだ。早く私を迎えにきてくれ」と拝んでばかりいました。
 たんすの中から妻の日記帳を見つけたのは、三月下旬のことでした。家族への思いやりや病気のつらさなどが書きつづられていました。しかし、悲観する言葉はただの一度も書かれていませんでした。明るくて優しい妻でした。家族のためだけに生きた妻でした。
 一月末で書けなくなった日記帳を見ているうちに、私が続けて書いていこうと心に決めました。そして、与えられた残りの人生を、妻の供養と今までできなかったことを少しずつしていくことに使おうと心に決めました。それから毎日、妻をしのびながら、一日の終わりに日記を書きつづる日々を送っています。”(11月6日付け中日新聞)

 岐阜県神戸町の無職・土川さん(男・59)の投稿文です。早い奥様の死にご愁傷様とまず申し上げたい。そして同情も申し上げたい。円満にやってきた夫婦がその連れ合いをなくすことは何よりも辛いことでしょう。自分の身になって思うと耐えられない。しかし、これは生きるものの必然、誰もがいつかは味わうことになる。その中で、亡き奥さんの日記帳を見つけられ、その続きを書こうと決心された。ひとつの道を見つけられ良かったと思う。
 多くの人は何かの絶望や壁に突きあたったとき、時間は様々だろうが、何かの道を見つけその先へ進まれる。人間とは弱い者だが、また強い者である。ボクはまだ身近に感じることはないがいつか来る。こうしたいろいろな事例を読んでおくことは良いことだろう。ボクの妻は土川さんの奥さんよりもう長く生きている。土川さんには申し訳ないが、こうした事例を聞くとありがたさを感じると共に今の生活をより大切にしなければと思うのである。




2012/11/15(Thu) (第1686話) 癒やされる花 寺さん MAIL

 “四季折々に咲く花に、私たちはどんなに癒やされていることでしょう。花を見て「ああ、きれい」「いい香り」と思うだけで、癒やしホルモンが脳内に分泌されるそうで、花の力は素晴らしいと思います。疲れたとき、落ち込んだときなど、花に心を寄せ、そっと手を触れ、香りをかいでみることも大変いいことだと思います。
 今はキンモクセイが満開で、甘くて優しい香りがしています。私は子どものころから、秋のキンモクセイ、春のジンチョウゲの香りが大好きでした。それは、なんだか幸せな気分になれたから・・・。自然界にある花の香りは、人間の手でつくり出すことができません。だから私たちは、こんなに癒やされるのではないでしょうか。
 豪華に咲く花もあれば、ひっそりと小さく咲く花もありますが、それぞれが違う魅力を持っているので、どんな花も美しい。力いっぱい咲いている花に癒やされ、心豊かでありたいと思います。”(11月3日付け中日新聞)

 岐阜県関市の主婦・土屋さん(71)の投稿文です。一部の花にそうでもない人があっても、そして、程度の差はあってもすべての人は花に癒やされるだろう。その美しさや香りに、これほどに人の優しいものを他に探すのは難しい。そう思って花を見るとますます愛おしくなる。コンクリートに囲まれた都会でも、その気になれば近くの公園、郊外でいくらでも見られる。そんな環境を満喫していきたいものだ。
 ボクの家もありがたいことに秋のキンモクセイ、春のジンチョウゲの香りが漂う。その他、花も木もいろいろある。あり過ぎてその整理に悲鳴を上げている。そのうちじっくりと味わいたい。




2012/11/13(Tue) (第1685話) やりがい発見 寺さん MAIL

 “私は中学三年生となった今年、生徒会長になりました。二年生の時は生徒会長に立候補するつもりはありませんでした。しかし、前会長の話を聞いて、考えが変わりました。前会長はりーダーの素質があり、全校生徒に慕われていました。いつも皆の前に立って指示を出す会長は素晴らしいなあと思っていました。そんな先輩も会長になったばかりのときは、うまく皆を引っ張っていけるのか、皆がついてきてくれるのか、不安で仕方がなかったと言っておられました。
 その話を聞き、私は会長に立候補しようと決めました。会長になるのは、どんな人でも不安なのだと分かり、勇気が出たのです。生徒会長のイメージといえば「大変」の一言でしたが、いざなってみると、仲間や後輩との関わりが深くなって、やりがいのある役割と分かりました。
 悩んだときもありましたが、立候補してよかったです。あと数力月。皆に慕ってもらえるよう努力していきたいです。”(11月2日付け中日新聞)

 岐阜県多治見市の中学生・杉山さん(女・15)の投稿文です。何事もやってみる前とやった後、聞いた話とやってみた後では多くのことが大きく違います。意外に難しいことも思いがけなく易しいことも。「ドイツ人は考えてから行動する。フランス人は考える前に行動する。イギリス人は考えながら行動する」と言う言葉があります。若い人にはイギリス人式でやって欲しいとボクは思います。機会を捉えてどんどん挑戦して欲しい。杉山さんは良いチャンスをつかまれた。これから大きなリーダーシップを発揮されるだろう。
 「鶏口となるも牛後となるなかれ」と言うことわざがあるが、ボクの人生を振り返ってみるとズッとこれだった気がする。学校時代もいろいろな役をやらせてもらい、今も多くの場でまとめ役をやらせてもらっている。ありがたい人生だったと思う。




2012/11/11(Sun) (第1684話) 思いがこもる 寺さん MAIL

 “現代の通信手段といえば、電話や携帯、インターネット。即、相手につながる便利な機器たちだ。そんな中にあって、私は、週一回、手紙かはがきを出すように心がけている。特に絵はがきが好きだ。いただくのもうれしいし、書くのも楽しい。絵はがきには「思い出」も入っている気さえする。
 電話はついつい長話をして料金にびっくりすることもあるが、手紙やはがきなら安く済む。何よりいいのは、手紙やはがきを出す側ももらう側も、書いたり読んだりする時間は相手を思っている時間であることだ。そう考えると、何となく幸せな気分になる。
 文字離れをしないためにも、老化防止のためにも、私は、これからも定期的に手紙やはがきを書き続けたいと思っている。ただ一つ、残念なことがある。わが家から郵便ポストまで距離があって、すぐに投函できないのだ。不自由なことである。”(10月30日付け中日新聞)

 三重県桑名市の主婦・片桐さん(64)の投稿文です。「話・話」の先月28日「(第1677話)ハガキごっこ」は小説であったが、話は全く同じ話である。違うと言えば1677話では相手が同じ人であるが、この話では特定はされていないことくらいであろう。
 ハガキのメリットが、ボクの言葉ではなくいろいろ書かれていたので紹介した。今の時代は自分だけが見る日記や家計簿でもつけていないと自筆で書く機会は本当に減った。外に見せるものはほとんどパソコンなどである。いや、ハガキや日記、家計簿もパソコンに頼っている人も多かろう。ここは是非自筆で行きたいものだ。片桐さんも当然自筆と思って投稿されいるだろう。ボクは日記を、妻は家計簿をもう何十年と自筆で書いている。
 片桐さんが郵便ポストの遠いことを嘆かれているが、遠いと言っても数キロであろう。動ける体があるならこれも健康のためのチャンスと捉えて、自転車でも歩いてでも出かけて欲しいものだ。




2012/11/09(Fri) (第1683話I) 笑顔で声かけ 寺さん MAIL

 “工事現場で働く方々に笑顔であいさつをされる投稿者のすてきな「発言」に、心が晴れやかになりました。
 私も車に乗っている時、工事現場で交通整理をしておられる方に頭を下げて通ります。これからは声かけみも実践していきたいです。たとえ窓は開いてなくても、相手の方には分かっていただけると思います。
 私は買い物をしてレジで精算を済ませたときに「ありがとうございます」と言っています。それを見て、子どもたちは私が教えなくても、同じようにお礼を言うようになりました。こちらが買ってあげるではなく、品物にかかわったすべての方に買わせていただいている、という気持ちを持ちたいもの。そんな気持ちを、子どもたちは確かに受け継いでくれているようです。
 世の中は持ちつ持たれつ。工事現場での声かけもレジでのあいさつも、気持ちのよい一日を過ごす秘訣です。”(10月29日付け中日新聞)

 愛知県愛西市の主婦・山崎さん(42)の投稿文です。多くの人は挨拶の大切さを認識し、実行しておられるだろう。でも、工事現場やレジともなると少なくなるのではなかろうか。ボクも工事現場では心がけているつもりだが、レジではしていないと思う。特にレジでは相手は丁寧にお礼を言い、時には頭を下げているのだ。受ける方が黙っていていい訳がない。山崎さんが言われるごとく、世の中は持ちつ持たれつである。相手にはきちんと対応したいものだ。
 相手が挨拶をしているのに多くの人が黙って通り過ぎる場として、駅の改札口がある。ボクは挨拶されて黙っていることが何か気詰まりで、礼儀を欠いている気分がして仕方がない。頭だけでも下げるようにしているが、礼儀というのはなかなか難しい。




2012/11/07(Wed) (第1682話) 通信130号 寺さん MAIL

 “年六回の奇数月に五十部ずつ発行してきたミニ通信「くじゃくもみじ」が百三十号を迎えた。周りの方々の温かい励ましに支えられ、約二十二年継続できたことにあらためて感謝している。
 思い起こせば、元気だった夫が突然、大病に見舞われ、共働きの生活が一変し、二十四時間態勢の介護の暮らしが始まった。夫の胸中を思えば、私は介護をしてあげられる幸せを感じつつ、闘病の夫に付き添った。晴れた日には、車いすの夫と庭の縁台に腰かけ、お金では買えない静かな秘境の山紫水明を楽しむ。それでも、こもりがちな日々になるため、悲喜こもごもをミニ通信につづって友人や知人たちに配り、ストレスをためないようにした。
 夫が他界して早くも九年がたつ。夫が丹精して育ててくれた「クジャクモミジ」の四季折々の典雅な姿に見守られながら、百五十号を目指したい。”(10月27日付け中日新聞)

 三重県大台町の主婦・上平さん(70)の投稿文です。家族通信のようなものを22年、130号とは素晴らしい。いろいろな交流の仕方があるものだ。いろいろな家庭があるものだ。特にご主人が大病を患われ、亡くなってからも続けておられる。ここで途切れても普通であるが、上平さんにしてみれば遺産のような気分もあるだろう。書くことの効用は大きい、続けて欲しい。
 先月、ボクは88歳の人の話を聞く機会があった。ハガキ通信を60歳から始め、年6回、160号に達したという。そして毎回300人に送っているという。上平さんの話と同じく全く感心するばかりである。皆さんいろいろな考えを持ち、いろいろなことを実行されているのだ。
 上平さんの文で「介護をしてあげられる幸せを感じつつ、闘病の夫に付き添った」と言う文にも感激した。ボクがそのようなことになった時、妻はそう言ってくれるだろうか、自信はない。そう言ってもらうには、そう言ってもらえるだけのことをしておけなければならない。




2012/11/05(Mon) (第1681話) チョウの旅 寺さん MAIL

 “わが家の庭に、今年も「渡り」をするチョウのアサギマダラが飛来しました。水色や黒色の模様の羽が鮮やかな六羽がフジバカマの花に止まり、みつを吸ってしばらく休憩してから飛び去りました。
 庭にいろんな花々を植えている中、アサギマダラは決まってフジバカマで休憩するので、この花をずっと育てています。小さい体で海を渡って南方まで大移動するとか。けなげでいとおしいです。「無事に帰ってね」と見送りました。”(10月26日付け中日新聞)

 愛知県豊橋市の主婦(68)の投稿文です。この記事で、以前、渡りをする蝶の観察会が豊橋と同じ東三河の三ヶ根山で行われたことを思い出した。あの時自分も誘われたが行かなかった。あの蝶がアサギマダラだったのだ。
 こんな珍しいアサギマダラが毎年自宅の庭に飛来するとは、嬉しいことだろう。それも毎年フジバカマに止まるとは、この花を大事にしたくなるだろう。自然と人間の触れあいの楽しい話です。
 先日、自宅近くの川にふらっと歩いていった。今年も沢山の鴨が来ていた。今年も来たのだとホッとすると共に嬉しくなった。こんな自然が近くにあるというのは良いものだと、改めて思った。




2012/11/03(Sat) (第1680話) 山中さんはジェントルマン 寺さん MAIL

 “欧米では尊敬できる人物に対して、ジェントルマン(紳士)という表現を時として用います。このたびノーベル賞の受賞が決まった山中伸弥教授の会見での立ち振る舞いを見るにつけ、まさにジェントルマンの表現が当てはまると思います。
 とりわけ印象深い山中教授の言葉は「感謝」と「責任」でした。自然体で話されたこの表現には、ある種の信念を感じました。
 今日、国内外とち大きな難問を抱えています。国内政治で空洞化に等しい状態が長く続く一方、中韓の近隣諸国とは厳しい外交関係を強いられ、長い長いトンネルに突入しました。しかし、出口のないトンネルは決してありません。それらを打開するには、話し合うのが一番の近道です
 ここで、山中教授の言葉を反すうしてください。相手国には、まず敬意(感謝)を表し、自国の民と平和を守る気概(責任)を持てば、解決の出口は必ず見えるはずです。ノーベル賞受賞の快挙、喜びを外交問題に生かしてください。”(10月18日付け中日新聞)

 愛知県大口町の松坂さん(65)の投稿文です。テレビを見ていて山中教授には本当に尊敬を覚えた。最高にすがすがしい気持ちを持った。何か久しぶりに味わった気分の気がする。どこかで取り上げたいと思っていたが、やっとふさわしい文に出合った。
松坂さんが言われる山中さんはまさにジェントルマンである。研究の結果、それまでの苦労、それらが相まってあのようなすがすがしいインタービューになるのであろう。研究者の誠意が溢れていた。「感謝」と「責任」、あの言葉もいい。今年、会社でのゴミ拾いについて国の事務所から感謝状を頂き、つい最近社内からも特別賞を頂いた。最近少し参加者が少なくなっているので「感謝」と「責任」の言葉を使って社員の奮起を促したい。




2012/11/01(Thu) (第1679話) 本を読もう 寺さん MAIL

 “子どもや若者だけでなく、大人も本を読まなくなった。中高年女性の読書量減少が、書店にとって打撃だと聞く。「寝る前二時間の読書こそ人生最高のぜいたく」と私が話すと、変人扱いされるほどだ。本を読むと私の脳は大喜びする。
 私は定年男性に、妻の胸のうちがわかるよう極上の恋愛小説をすすめているところだ。男は恋物語を読まない。うちの夫みたいに「あれは女子どもが読む本」などと失礼な人もいる。私は恋愛小説を読む男が好きである。六十過ぎて会社人間を卒業し、やっと自由な時間が手に入ったのだ。健康関連の本や軽いハウツー本が人気だけど、ああいうものはただの参考書ではないだろうか。
 恋愛小説に限らず古今東西の名作には、生きて行くための知恵と感動がつまっている。男と女、妻と夫、家族や他人との問題も、みんな氷解するはずだ。
 私は五十年以上毎日、本を読み続けているのだけど、それは勉強などとは違う。楽しむためだ。読書ほど手軽でお金のかからない娯楽があるかしら、とつい力が入ってしまう。本を読むのと読まないのとでは生涯に損得が出ると思えてならない。”(10月17日付け中日新聞)

 作家・西田小夜子さんの「妻と夫の定年塾」からです。実はボクももうここ何年とあまり本を読んでいなかった。昨年末、この「話・話」でそれを反省させられた。そこで今年の目標として、何でもいいから30冊読むことをあげた。調べてみたら今日現在でその目標をすでに達成していた。しかし、その内容である。この西田さんの文でまた考えさせられた。ボクの選ぶ本の多くはまさに軽いハウツー本である。本を読んで何かを得ようと思っている。本を楽しんで読もうという感じではない。先日もある本に、読んで何も覚えていなくても読んでいる時間が楽しければいいではないか、と書いてあった。やはりボクは律儀?過ぎるようだ。読んで何も覚えていないとショックを覚えていた。あまり何の意味もない本だと時間の無駄だったと思う。このままで行くとまた行き詰まり、読まなくなる気がする。読んでいる時間が楽しければいい、楽しく本を読もう、このように方針転換するがいい。恋愛本や推理小説も読めばいい。


 


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