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第101号  2012年9月

2012/09/30(Sun) (第1664話) 大好きなバレエ 寺さん MAIL

 “私は3歳から13年間バレエを続けている。華々しいコンクールでの入賞もなく、人と比べて特に上手でもなく、頑張って練習したにもかかわらず自分だけうまく踊れず、悲しかったことも幾度かある。しかし、だからといってバレエを辞めようと思ったことは一度もない。レッスンを終えた後の心地のいい身体の疲れや、3歳からずっと一緒に踊ってきた仲間とのおしゃべりを含めて、私はバレエが大好きなのだ。
 そして何より、私は13年間という長い時間をかけてバレエを習ってきた充実感を感じている。長い年月の中で私のバレエは私なりに上達してきた。それは1年や2年で達成できるものではなく、年を重ねることで少しずつ熟成し、バレエヘの意欲や関心も上達するとともに深く濃くなってきた。
 「努力は実を結ぶ」と言われるように、長い時間をかけて積み重ねた頑張りは、それが例えコンクール入賞など形になって表れるものでなくても、私の心に豊かな満足感と幸福感を与えてくれる。こんなに素晴らしい気持ちになれるバレエを、この先もずっと続けていこうと思う。(9月19日付け朝日新聞)

 名古屋市の高校生・水野さん(女・16)の投稿文です。成績もそれ程でないというのに、こんな素直な気持ちでバレーが好きだと言えるのは嬉しいこと、幸運なことです、。こんな文に好感して紹介しました。好きなことを続ける、続けられる、長い人生の上でも素晴らしいことです。できそうでなかなかできないことです。この気持ちで今後も続けて欲しい。このような文を書かれる水野さんなら続けられるでしょう。継続は力です、続ければまた良い結果も現れるでしょう。こんな若い時に見つけられたのは何より幸運です。羨ましい限りです。




2012/09/28(Fri) (第1663話) そばにいてくれた小皿 寺さん MAIL

 “食器洗いを終え、一枚一枚、皿や茶わんをふきんでふいていく。一枚の小皿をふいていて、ふと手が止まる。これは・・・。この小皿は・・・。
 裏返して見て、そこに刻まれた銘柄に遠い日の思い出がよみがえってきた。そう、これは私がお嫁入りの時にあつらえて持ってきた銘々皿の残った一枚だ・・・。新生活がスタート。主人においしい料理を作って、あれもしてこれもして・・・と、初々しかったあのころの自分が、ふき上げられた皿の向こうに見えるようだ。
 その主人も、今はもういない。息子たちもそれぞれに巣立って、独りになってしまった私の手の中で優しげに私を見つめている。気がつかなかったけど、おまえはずっと私のそばにいて、私を見ていたんだね。子どもたちに囲まれて楽しかったあの日も、つらく苦しかったあの日も・・・。何回か引っ越しを繰り返してきたのに、壊れずにずっとそばにいてくれたんだね。「ありがとう」いとおしげに指でなでながらその手で涙をぬぐうと、秋の虫たちが一斉にBGMを奏でてくれた。”(9月16日付け中日新聞)

 愛知県春日井市の主婦・山本さん(50)の投稿文です。嫁入り道具、また新婚当時買った品々、いろいろな思いがあろう。特に女性には大きなものがあろう。山本さんは食器洗い中、思い出の皿に気づかれた。そして、今までの経過に思いを浸す。いろいろな困難もあった、よくここまでやってきた、そして今があることに言いしれぬ感動を覚える。50歳の山本さんにしてそうだ。その気持ちはよく分かる。ボクの妻はどうだろう。もう結婚して40年以上である。新婚当時に買ったものもかなり残っている。どんな思いで見ているのだろう。




2012/09/26(Wed) (第1662話) すてきな人生の先輩 寺さん MAIL

 “水曜日と土曜日は生ごみ収集日。いつもより早起きし、ごみを出してから近隣を散歩します。収集場所のそばに公園があり、遠くから自転車でやって来てトイレの掃除奉仕をしている八十三歳のおばさんに時折出会います。いつもはあいさつをする程度ですが高齢であることを気遣う気持ちもあって「見学させて」とお願いしました。
 トイレの中は、利用する人がいたずらをするのか、トイレットペーパーが散乱していました。おばさんは、それを持参したごみ袋に手際良く入れ、バケツにくんだ水とほうきで掃除。続いて花壇の草もてきぱきと抜きます。汚れていたトイレも花壇も瞬く間にきれいになりました。そのきびきびとした動作は若い女性のようでした。そして、次の公園のトイレ掃除に向かう時、「私、薬は何も飲んでいないの」と言われました。私は、うらやましく思うと同時に、このような先輩がいらっしゃることに希望を抱きました。感謝の一念でいっぱいです。
 これまで散歩の途中で何げなく見ていたコガネモチやコブシ、ケヤキなどの街路樹ですが、今朝は本の精気を強く感じました。”(9月12日付け中日新聞)

 静岡県袋井市の主婦・竹内さん(73)の投稿文です。清掃活動についてはいろいろな人の活動を紹介してきたが、83歳にしてこの姿、行動にはまたまた驚かされる。遠くから自転車に乗ってきて公園のトイレ掃除を次から次へとしていく。これはなかなかできることではない。かなりの使命感を持っておられるのだろう。世の中感心する人はいくらでもある。またまた自分のできることを教えられる。要はするかしないかだ。




2012/09/24(Mon) (第1661話) 真夏の猛勉強 寺さん MAIL

 “8月、照りつける日差しの中、往復1時間の自転車通学を3週間続けた。「学校図書館司書教諭」の講習を受けるためだ。
 7月に勤めていた会社を退職。16年ぶりに母校の短大の門をくぐった。毎日午前9時から午後4時まで、90分授業が4コマあった。1週目の最終日に初めての試験があり、早々と受講を後悔した。さびついた頭は解答の要旨をまとめられず、適切な言葉は浮かばず、漢字が書けない。
 娘にこぼすと、「自分がやるといったのだから、最後までやりなさい」と、日頃子どもたちに言っていたことをそのまま突き返された。それから毎日、午前0時過ぎまで復習した。図書館での調べ物の実習、パソコンでの情報検索、資料の解読など次第にエンジンがかかってきて、手ごたえも感じるようになった。娘の励ましもあり、何とか最終課題のリポート提出を終えた。ほっとしたと同時に、もう少し勉強を続けていたい気持ちになった。
 資格を取ったら学校の図書館などでボランティアをしたいが、何より、いくつになっても学ぶことは楽しい。学んだことは今、私の世界を広げてくれている。”(9月11日付け朝日新聞)

 千葉県四街道市の主婦・萱原さん(58)の投稿文です。学ぶ楽しさについて9月15日に「(第1657話)大学市民講座」を紹介した。その続編のような話である。萱原さんの場合は学ぶに当たって当面の目標があった。資格を取るという目標だけに苦しさと一心さがあった。しかし、学ぶ楽しさは同じである。学ぶことは世界が広がるのである。世界が広がるのは自分も広がった気がして嬉しいものである。それにしても女性の意欲には驚く。もう終わったという気持ちがない。これが長寿の秘密でもあろう。ボクももう数年後には第二の職場も終わろう。その時終わったと思うか、新たな始まりと思うか、できれば後者と思えるものでありたい。そして、坂番さんや萱原さんのように次への挑戦が始められるものでありたい。




2012/09/22(Sat) (第1660話) 川柳に感謝 寺さん MAIL

 “6年前に大腸がんを患った。今年の精密検査では再発の兆しがなく、問題ないとのこと。今しばらく人生を楽しめば、というおぼしめしだと思っている。実は、2年前から日本セカンドライフ協会の川柳講座を受け持っている。この協会は「生きがいづくり」を目的に、企業戦士のOBが中心となって、イベントやサークル活動が企画・運営されている。
 講座では句をつくるというより、作品を中心としたトークがメーンだ。「ふれあい川柳」と名付けられたとおり、有意義な意見交換ができる楽しいつどいである。最初は、川柳は言葉遊びだと思っている人がほとんどだった。「人」や「今」を詠むのが川柳だと言うとけげんな顔をされたが、文芸としての川柳を説くうちに本腰を入れる人が増えてきた。
 添削は参加者の側に立って行うことを心がけ、作句者の思いがよりよく表現されるように時間を割いている。ひとりひとりとコミュニケーションを図ることでさらに深く楽しんでもらえるようになった。夫婦で学ぶ方もあり、いい意味で競いあっている姿がほほえましい。(後略)”(9月7日付け毎日新聞)

 名古屋市の近藤さん(男・76)の投稿文です。近藤さんの場合川柳であったが、それは何でもいいだろう。それぞれに利点があるものだ。ボクも川柳に関わって30年を越え、川柳連れ連れ草を始めてからでももう11年になる。身に受けた恩恵はその年月ほどあったろう。9人ばかりの小さな作文の会にも入っているが、その会に関わったのは昭和63年、これももう25年になる。この会の第2期になる「朗人」からでも9年、今年この会の会員が「小島信夫文学賞」を受賞された。この恩恵も言い切れないだろう。
 ボクは大げさに言えば昔から文武両道を心がけてきた。体を動かすものと頭を使うもの、心身の健康を思ってである。結果的にその代表がウォークと川柳になった。ウォークができなくなったらまた川柳に熱を上げられる。そんな思いである。近藤さんのように言えるだろうか。
 この文でセカンドライフ協会なるものを知った。いろいろなものがあるものだ。そんなことを考えられる日が来るだろうか。




2012/09/20(Thu) (第1659話) ゴマすりでない父の言葉 寺さん MAIL

 “三波春夫といえば、「お客様は神様です」という言葉を思い出す方が少なくないと思います。でも多くの場合、父の真意とはまったく違う形で理解されているので困っています。(中略)
 家業がつぶれて上京。住み込み奉公をした後、16歳で日本浪曲学校に入りました。浪曲師として全国を巡業で歩くわけですが、お客様は耳が肥えている。気の荒い漁師町だと、芸がまずいとベテランでも勝手に幕を引かれてしまうことがあります。
 舞台はまさに真剣勝負。浪曲は多くの役柄を瞬時に演じ分けるため、雑念があると的確に表現できません。「まるで神前に立った時のように、澄み切った心でないと完璧な歌はうたえない」と話していました。つまり、お客様イコール神様ではない。「お客様を神様のように見立て、雑念を払って歌う」という舞台人としての強いプロ意識を表したのが、あの言葉だったのです。三波春夫としてデビューして5年目の春、37歳。今から51年前の地方公演で飛び出したあの言葉は、お客様へのゴマすりでも、へつらいの言葉でもなかったのです。(後略)”(9月6日付け朝日新聞)

 三波春夫の長女・美夕紀さんの文章からです。「お客様は神様です」と言う言葉に不満を感じることをこの「話・話」でもう何度も書いた。それは客にこびを売る言葉であり、客の横暴を助長ことになっていることの不満である。買う方も売る方も五分五分、お互いがあってこそ成り立つのにである。そしてこの文に出合った。そうだったのか・・・そうだったのだろう。三波春夫があんな言葉で客にこびを売る必要などどこにもなかった。神様の前で歌うような厳粛な気持ちで歌おうと気持ちを引き締める言葉であったのだ。良かった、と納得である。
 しかし、弱った。言葉は自分に都合の良いように解釈して一人歩きしてしまう。言葉に出して言うことは全く気をつけねばならない。この「話・話」でも同じだが、幸いというか、残念というか三波春夫のような反響は微塵もない。と言ってもボクの精進のつもりでかなりに真剣に取り組んでいる。そして、少しでも読者の参考になればと思って恥もさらしながら書いている。




2012/09/17(Mon) (第1658話) アームストロング船長の名言 寺さん MAIL

 “人類初の月面着陸に成功したアポロ11号の船長、アームストロング氏死去のニュースに、1969年当時のことが懐かしくよみがえった。高校生だった私は、アームストロング船長の「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」という名言に大変感動した。
 あれから四十数年、果たして人類は大きく飛躍できたのだろうか。「宇宙から地球を眺めると、国境線などどこにも見えない」と、ある宇宙飛行士が語っていたが、人類は地球から陸地を借りているにすぎない。本来、そこに国境線など必要ない。
 国家間には、過去の歴史の功罪が重くのしかかり、積年の恨みから起きる紛争もあると思う。しかし、お互いの非をあげつらう前に、冷静になって、宇宙から地球を眺める想像をしてほしい。きっと心が豊かになると思う。互いの差異を認め合い、共存の道を選択できるのではないだろうか。煌々と輝く月を眺めながら、そんなことを思った。”(9月6日付け毎日新聞)

 東京都の主婦・寺谷さん(59)の投稿文です。40年前か・・・ボクが就職してまもない頃である。人類は大きく飛躍できたか・・・ある面ではとんでもなく大きく飛躍できたと思う。文明の利器、日々の生活、全く様変わりした。多くの人の想像以上ではなかろうか。しかし、この飛躍が本当によかったのであろうか。飛躍して人間に余裕が生まれ、より平和に、穏やかになれるはずであった。しかし現実は、競争の激しさや密度の濃さについていけない人、気持ちに余裕がない人、凶悪犯罪やいじめ、不安定な職など心の安定は40年前より劣っているのではなかろうか。
 そして、国境のない地球・・・これも当時より国家間の紛争は多くなったのではなかろうか。経済などいろいろな面で競争は熾烈となっている。国家間でも、同国内でも貧富の差も大きくなっているのではなかろうか。




2012/09/15(Sat) (第1657話) 大学市民講座 寺さん MAIL

 “隣接市にある大学で土曜日ごとに、前、後期に分けて市民講座が開かれており、約10年前から受講している。今期も大学から案内状が届き、興味のある講座を選んで申し込んだ。学生時代あまり勉強しなかったが、年齢を重ねるごとに知的なものに触れたいという思いが強くなったようだ。
 受講生は中高年が多く、皆さん非常に熱心。さまざまな人生経験を通して、学ぶ必要性と喜びを再認識したからだろう。講座のある日は女子大生気分で至福の時を過ごしている。講義の前後には図書館で新聞や雑誌にじっくり目を通し、昼には豊かな緑をめでながら弁当を広げる。
 講義はおもしろい。多忙の中、その準備をする講師の先生方は大変に違いない。知的探求の場を提供してくださる大学関係者の皆様への感謝を忘れずに、心身のリフレッシュと充実のために末永く受講したい。”(9月6日付け毎日新聞)

 大阪市四条畷市の坂番さん(女・61)の投稿文です。大学講座を受ける、それも中高年になって。社会人に門戸を開く大学が多くなって、こうした中高年が非常に増えているようである。坂番さんは女子大生気分でそんな日々を楽しまれている。良いことであり、羨ましいことである。
 いくら門戸が開かれても大学である。時間もお金も根気も必要である。それを乗り越えるには意欲がなくてはならない。この意欲はどこから出てくるのであろうか。必要性と言う人は少なかろう。人生経験を経て学ぶ楽しさを知ったからであろうか。
 先日、NHKの講座へ通っているという同級生に会った。1人は数学、1人は書道であった。中高年のカルチャースク-ルも花盛りのようである。ボクにこの意欲は残っているだろうか。




2012/09/13(Thu) (第1656話) 座席交代 寺さん MAIL

 “名古屋駅から岐阜行きの名鉄電車に乗り、座席の窓側に座りました。隣に年配の女性が座り、通路を挟んでご主人が座られたんです。そこで「ご一緒に座ってください」と席を交代しました。
 それだけなのにご夫婦は「これも何かのご縁です」と、温かい大判焼きを二つ包んで差し出されました。戸惑いながらもお気持ちにとても感激しました。家で子どもたちに話し、おいしく頂きました。ご夫婦に幸多かれと祈ります。”(8月28日付け中日新聞)

 稲沢市のパート(女・49)の方からの投稿文です。もう何度も書いたが、電車の中の風景は全く面白いというか、興味がわく。自分しか見えない人、我関せずと全く人に無頓着な人がある一方、このパートの方のように絶えず回りに気を配っている人がある。夫婦が別々に座っておられるのを、一緒に座れるように席を替わる。小さな心遣いであるが、譲られた人には本当に嬉しかったのであろう。何かの縁と大判焼きを渡される。ボクにはこの程度のことで何かの縁と思われる人に興味がわく。どんな生活を送っておられるのだろう、本当に人様々だ。




2012/09/11(Tue) (第1655話) 散歩道 寺さん MAIL

 “私の日課の一つに早朝の散歩があります。町を縦断する五条川沿いの自然歩道が主な散歩コースです。川の両岸、7、8kmにわたっておよそ二千本のソメイヨシノが並んでいます。わが町は今年で五十周年。初代町長が村長時代の一九五二年に私財を投じて植樹したものです。
 当時の町人口は八千人ほど。町の財政は苦しく、打開策として近隣の有力企業誘致に取り組みました。誘致には秘策がありました。製造業であることと、同業種は二社にすること。お互いに切磋琢磨し競い合うためと、景気に左右されないようにするためでした。
 私は四十数年前、誘致された企業に入社しました。この町で世界に冠たる企業に成長した会社もあり、人口も増えていきました。今では人口およそ二万三千人。町の財政も豊かになりました。
 そんなことを思い起こしながら、今朝も心地よい散歩をしてきました。ソメイヨシノたちも植樹から六十年。老木の域に入っています。サクラたちを守り育てよう。先人の思いを子孫に伝えよう。散歩しながら、そんな境地になる私です。”(8月28日付け中日新聞)

 愛知県大口町の松坂さん(男・65)の投稿文です。五条川の桜並木は全く素晴らしい散歩道です。多くの方が散歩されています。松坂さんは五条川の流れる大口町に就職し、大口町の発展を見てこられた。散歩しながらいろいろな思いが去来する。この桜並木を守りたい。こういう人が多くなることを期待したい。その気になればそんなに難しいこととも思われない。すでにそんな会もあるし、散歩する人に声をかけていけばいい。松坂さんの思いが大きくなることを願いたい。
 ボクもいずれ散歩することが日課の時が来よう。その時にはこの五条川も一つの候補地であろうか。しかし、わが家から五条川までは約5kmほどある。方法を考えればできないことではない気がする。




2012/09/07(Fri) (第1654話) ナスとオリンピック 寺さん MAIL

 “裏庭の片隅にナスが植えてある。今年は豊作で、せっせと食卓に出してきたが、さすがに飽きてきた。知人に毎日ナスばかりで嫌になってきちゃった」と言うと「ぜいたくだねぇ。新鮮なものを食べられるだけでも感謝しなくっちゃ」と言われた。「確かに、その通りだ」と思い、感謝していただくことにした。
 というわけでインターネットで調べ、毎日違うレシピでナスを食べている。あまり代わり映えしないときもあるが、うまくできたときはちょっとうれしい。最近はやっている冷製にしたり、チーズを載せてイタリアンにしたり・・・。家族も面白がっている。
 レシピが重ならないように、書き留めることも楽しみの一つになった。気が付けば、もう四十日以上、毎日ナスを食べ続けている。わが家のちょっとしたギネスだ。今年の夏は、ロンドンオリンピックで盛り上がった。選手は国を代表して戦い、私はナスとの小さな戦いを楽しんでいる。
 数日前から、心なしか秋めいてきた。熱い戦いを繰り広げた夏と、そしてナスとの戦いの終わりが、そろそろ近づいている。”(8月28日付け中日新聞)

 愛知県愛西市の主婦・井戸田さん(50)の投稿文です。ナスは全くよく成る夏の野菜です。少し作れば毎日のように食べられるでしょう。そして期間も長い。40日以上毎日というのも何の不思議もない。と言っても40日以上毎日料理内容変えて出し続けると言うことは並大抵のことではないでしょう。こうなるともう意地でしょうか、努力もいります。家族も不満を言うどころか、楽しんでおられるようで何よりです。
 わが家も5本ばかり植えていますが、成るのは同じ状況にあります。今もなり続けています。2人では食べきれるはずもありませんが、捨てることはありません。わが家では薄く切り、乾燥させて保存します。野菜の少なくなった時期から煮物にして食べます。これはボクの母親がやっていたことで、母親がやらなくなってからは妻がやっています。この煮物をボクは大好きです。今年ももう沢山保存してくれたでしょう。




2012/09/05(Wed) (第1653話) 似顔絵 寺さん MAIL

 “私は市内の全幼稚園・保育園の年長さんおよそ千人の似顔絵を卒園記念としてプレゼントしています。十年前、保育園を経営している寺の園長さんに頼まれたのがきっかけでした。あちこちから頼まれるようになり、三、四年前から全年長さんに描くようになりました。
 最初は卒園の二ヶ月ほど前から準備を始めていましたが、今年は五月に開始。園児は数力月たつと顔が変わるので、描いたらすぐ渡すようにしました。いただいた写真を基に朝早くから夜遅くまで、園児たちが喜ぶようにできるだけ本人に似せようと何回も描き直します。
 各園での贈呈式では「これは誰の絵でしょう」と言いながら一枚ずつ皆に見せます。あちこちで「○○だ、○○だ」と歓声が上がります。似顔絵の主が走ってきて「ありがとう」と握手。渡し終わってしばらくは絵の見せ合いで大騒ぎです。園児たちは歌やダンスで礼をしてくれ、式は終わります。
 園児の喜ぶ姿を見ると今までの苦労が吹き飛び、小さな手と握手すれば、無限のエネルギーをもらいます。健康の許す限り描き続け、市内の各家庭を笑顔の似顔絵でいっぱいにしたいです。”(8月27日付け中日新聞)

 愛知県大府市の深谷さん(男・79)の投稿文です。続いて似顔絵の話です。対象は老人から今度は幼児に変わります。大府市内の年長さん、約千人の似顔絵を毎年描いているという。全く素晴らしい、羨ましくなるような活動です。写真は沢山あっても似顔絵を持っている人は少ないでしょう。ボクも1枚もありませんし、描いてもらったこともありません。貴重な物になるでしょう。昨日の新聞には描いてもらった幼児の母親からの感謝文が掲載されていました。長く続けられることを願っています。




2012/09/03(Mon) (第1652話) 笑顔 寺さん MAIL

 “「90歳になってこんな笑顔ができるんだね」介護施設の高齢者の笑顔を描き続ける弥富市平島町の画家平野峰生さん(50)が、モデルになった高齢者から言われた褒め言葉だ。
 家族と離れ離れとなり、誰かの手を借りて生活しないといけない。介護施設で暮らす祖母をみとった経験から、平野さんも介護の現場は苦労と孤独の連続だと考えていた。
 だが、少しでも高齢者を元気づけたいと、常滑市と東浦町の介護施設で描き始め、考えが変わっていった。高齢者たちは見知らぬ平野さんを歓迎し、無邪気な笑顔を見せてくれた。そこには、間に入ってくれた介護士の存在があった。入浴やトイレのプライバシーに気を配り、寂しくならないよう、互いが触れ合う時間を多く取る。その気遣いが介護の現場に笑顔をもたらしていた。
 平野さんが描いた高齢者の肖像画はどれもこちらに笑いかけてくる。目の前で一緒に笑ってくれる相手がいるからこそ、自分も笑顔になれる。平野さんの絵は当たり前のことをあらためて教えてくれた。”(8月17日付け中日新聞)

 「ぺーぱーナイフ」と言う記事欄からです。介護施設にいる人の似顔絵を描く、それがいつも笑顔だという。描かれると思うと自分の最もいい顔になろうとする、それもあろうが笑顔には笑顔である。日常の生活では笑顔の少ない施設生活だろうが、少しでも笑顔の時間を多くしたい。平野さんの活動は素晴らしいと思う。自分のできること、得意なことで社会に働きかける、こんな人が少しでも多くなれば明るい社会になるだろう。特に生産活動から退いた高齢者に希望したい。一人一つでいい、それが本人のため、生き甲斐にもなろう。
 ボクにはウォーキング活動とグラウンドワーク活動があると思っている。それぞれもう10年以上になる。先日は会社でのグラウンドワーク活動で、会社が感謝状をいただいた。中心となって推進してきたボクにとって大変嬉しいことであった。これができる間はこれを続ける、それができなくなったらその時また考える。残念ながらボクに絵を描く能力はない。




2012/09/01(Sat) (第1651話) 「ああ無情」 寺さん MAIL

 “私が小学生の時、最後まで残してしまう夏休みの宿題の中に読書感想文があった。家には世界名作文学全集があり、机の横に並べられていた。分厚くて重い。植物採集の押し花を作ることくらいにしか使っていなかった。
 四年生の夏休みの終わりごろ、宿題がたまってしまい、「ああ」とため息をついた。その時、一冊の本の背表紙が目に飛び込んできた。「ああ無情」である。宿題がたまった自分にぴったりだった。読み始めると、意外にも本の中に吸い込まれていった。そして、最後のページを閉じると、自然に涙がこぼれた。
 月日は流れ、小学生になった二人の息子にその本を薦めてみた。しかし、全く手に取る気配もなかった。ところが、次男が四年生になり、夏休みも終わりに近づいたある日、急に部屋から出てきて私に言った。「お母さん、おれ、本読んで初めて涙が出たわ」。手には「ああ無情」の本を持っていた。もしやと机の上を見ると宿題の山が・・・。やっぱり似たもの親子なのだ。夏休みも終わりに近づくと、同じ本に親子で涙したことがうれしくて、今でも思い出すのである。”(8月17日付け中日新聞)

 愛知県東郷町の主婦・黒田さん(56)の投稿文です。親子して、それも何十年と間を置きながら思いがけなく読んだ本を、親子して涙ぐむ。親としてこの縁を嬉しく思うのは当然だろう。いい話である。「ああ無情」はそれだけ価値ある小説なのだ。
 ボクも「ああ無情」は本も読み映画も見、舞台も観た。特に映画はまだ小学低学年の時、村の神社で見た覚えである。村の神社?と言うと怪訝な顔をされる方もあろうと思うが、ボクの子供の頃は新聞社が神社の境内で無料で映画を見せてくれたものである。大半の人は映画館などへ行く余裕はなかったのだ。舞台は、平成元年、滝田栄主演のものを親子4人で観た。この文はボクにこんなことも思い出させてくれた。


 


川柳&ウォーク