2012/05/02(Wed) (第1602話) 目で合図 |
寺さん |
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“去る一月二十七日の午後一時四十五分頃、名古市北区の前田稔さん(八五)は理髪店に行くため黒川(北)の停留所でバスを待っていた。到着したバスの中を「座れるかなあ」と外からのぞく。満席のときには、次のバスが来るのを待つことにしている。幸いこの時は空席があるように見えたので乗り込んだ。 ところが優先席はお年寄りで埋まっていた。一段高くなっている最後部の座席しか空いていない。「どうしよう」と迷っていると、乗降□近くに座っていた二十代の女性が、パッと席を立ち譲ってくれた。「ありがとう」と目礼して腰掛けた。こんな時、前田さんはあえて「ありがとう」と声に出してお礼を言わないように心掛けている。席を譲った人の多くは、照れくさいと思うらしい。「ありがとう」と言うと、それが増してしまう恐れがある。その証拠に照れ隠しか、多くの人が譲った後でわざわざ離れた所まで移動してつり革につかまる。 次のバス停で優先席に座っていた人が降りていった。前田さんはすかさずその優先席に移り、先ほど席を譲ってくれた女性に目で合図をした。「さっきはありがとう。席を替わります」と無言で。すると、再び元の座席に着いてくれた。前田さんは、感謝と「気遣いさせて申し訳ない」という気持ちでいっぱいだったので、彼女がまた座ってくれたおかげで心が楽になった。 二つ先のバス停で降りる時、もう一度その女性に会釈をした。すると、にっこり笑って見送ってくださった。この間、一言も言葉を交わさない。でも、心がつながりポカポカ温かくなったという。”(4月15日付け中日新聞)
志賀内さんの「ほろほろ通信」からです。電車やバスの車内で「席を譲る」ことについて、投書欄を読んでいるとよく話題になっている。席を譲らない、譲って遠慮されて気まずい思いをした、そして、この話のように嬉しい思いをしたなど、身近なことだけのいろいろな状況に遭遇する。 この話は「目は口ほどにものを言う」をまさに証明する行為である。見知らぬ中ながら気持ちが通じる人柄だったのだ。「ありがとう」も言ってもらわないと何となく釈然としないし、またあまり丁寧に言われるといたたまれなくなる。前田さんはそこの所をよく理解されていて、目で合図されたのである。その後もあうんの呼吸というのか、目で相互理解がいったのである。これほど見事に決まると、してやったりの気分であろう。ボクにも嬉しさが十分に理解できる。
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