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第96号  2012年4月

2012/04/30(Mon) (第1601話) 高齢者の散歩 寺さん MAIL

 “私は老男女の仲間と一緒に毎日散歩している。この冬のしんしんと冷え込んだ早朝も、皆頑張って歩いた。わが町内は人□約五百人、そのうち高齢者が34%で、どんどん高齢化が進んでいる。しかし、散歩に出てくる人はまだほんの一部だけだ。
 先日、散歩仲間の中で「小中学生の登下校に合わせて、皆一斉に家を出て散歩をしては」という話が出た。登下校で出会う小中学生の皆さんの「おはようございます」「こんにちは」という大きな声からは、すごく元気をもらう。われわれも「おはよう」「こんにちは」と大声であいさつを返す。
 小中学生とあいさつを交わすことは、家に引きこもりがちな老人たちにも外へ出て歩くきっかけとなる。もし老男女が一斉に出歩く町になれば、健康だけでなく交流の輪も広がり町内全体も明るくなって安心安全にも役立つように思う。”(4月14日付け中日新聞)

 愛知県春日井市の加藤さん(男・71)の投稿文です。どこの町でも高齢者の割合は増えていく。高齢者への対応は重要なことになっている。高齢者自身も考えねばならない。そんな中、高齢者の中からこういう言葉が出ることは嬉しいことである。高齢者は閉じこもりがちになる。それをある時間に皆家を出てくる。知り合いの顔が見える。声もかけられる。それを子供らの登下校時間に合わせる。子供との触れあいもできる。子供らを見守ることにもなる。
 ボクの村では子供らの登下校を見守る活動が行われている。いろいろな団体が交代でしている。老人会も当然しているが、役員のみで行っている。これはこれにして、この時間に役員以外も出てくることにすればまた違った効果が出てくるだろう。提案してみようか。




2012/04/28(Sat) (第1600話) お代は結構 寺さん MAIL

 “彼岸の日、三重県にある墓に参りに出かけた。墓地近くの生花店で一対の供花を買ったところ、店主が言った。「昨年来られたとき、代金をいただきすぎたので、今日の分は結構です。メモをして、来られるのを待っていました」。確かに昨年末、その生花店で墓や仏壇用、正月用の花を買ったが、店主の律義さに驚いた。
 先日、主人が理髪店で散髪して代金を払おうとしたら「先回、いただきすぎたので、今日は無料です」と言われ、思わず「みんなでお茶を飲むときの足しにして」と散髪代を置いてきたそうです。
 以前、「なごや食卓応援隊」による震災被災地の支援活動「ごはん応援箱」などに協力させていただきました。私の応援箱を受け取った宮城県山元町の仮設住宅で暮らしておられる方から丁寧なお礼状が届きました。日本人の実直さ、真面目さを再確認させていただいたような出来事が続き、心がほっと温かくなりました。”(4月10日付け中日新聞)

 愛知県東郷町の主婦・下地さん(67)の投稿文です。何ヶ月も前のことで、相手は気がついていないのである。だますつもりも間違えるつもりもなかったであろうし、そのままにしていても平穏に過ぎていったであろう。しかし、この花屋さんや理髪店さんは正直で律儀であった、素晴らしいと思う。しかし、このようにすることが本人のためにも正解だと思う。得したつもりでも、そのままにしておくことは罪悪感を感じ、落ち着かないのが普通である。その人に会う度に心の痛みを覚え、時間が経つほど言うのにもっと大きな勇気がいる。ボクは昔のことで今でも心に重いことがあり、あのときもっと正直、素直であったら思うことがある。「正直の頭に神宿る」という、それが身のためである。




2012/04/26(Thu) (第1599話) 献血100回 寺さん MAIL

 “献血回数が百回を超え、日赤から感謝状をいただきました。かつて私は、履歴書の趣味・特技欄に「献血」と書いたことかあります。高校時代に献血を始め、途中ブランクがありましたが、定期的に続けています。
 現在、献血者が少しずつ高齢化し、若者の献血離れも顕著だそうです。私がいつも行っている献血ルームも、大多数が常連の人と聞きました。そういえば昨年、東日本大震災の三日後に献血に行ったらとても混雑していましたが、それは一時のことだったようです。
 献血の前には医師による問診や血液検査があり、健康な体でなければでぎません。健康に自信のある人は献血に協力してください。私も献血ができることは健康の証明だと解釈し、頑丈な体に産んでくれた親、健康管理に協力してくれる妻に感謝し、これからも献血を続けます。”(4月10日付け中日新聞)

 岐阜県可児市の理容師・鈴木さん(男・41)の投稿文です。ボクも鈴木さんに負けないほど献血をしてきました。何回も表彰も受けましたが、もうしなくなって15年以上も経つでしょうか。ある薬を飲んでから止めました。鈴木さんが言われるように献血をするには健康体でなければできません。献血は健康の証明です。できるときにしておいて下さい。
 ボクは20代の頃から献血をしてきたので、その対応の変遷もかなり見てきました。先にも書きましたが最近はしていませんので、今どうなっているか知りませんが、昔グッと減ったときがあります。それは預血制度がなくなったときです。いろいろ弊害があったのでしょう。その後も献血する人への利益誘導がいろいろ減っていった気がします。全くの善意だけの人でまかなっていければいいのですが、今も足りないばかりではないでしょうか。人間というのは面白いもので、少しのメリットで大きな動きになることです。以前のことからふとそんなことを思いました。




2012/04/24(Tue) (第1598話) 車いす体験 寺さん MAIL

 “職場でバリアフリーの講習会があり、自分の思い込みに気付かされると同時に、健常者本位のものがいかに多いかを実感した。必要とされていることは人や状況で異なった。車いすを体験してみた。スペースが狭いと方向転換がしにくく、洗面所では手が洗いにくかった。少しの段差や溝に動きを止められ、緩い傾斜でも加速がついた。
 視覚障害に関しては、普段見えることから得ている情報量の多さにあらためて気付いた。案内するときは袖□をつかみ、いすに座ってもらうときは背もたれの位置を教えることが大切だと知った。色や風景を伝えると喜ばれ、「手が目である」ことなどを学んだ。
 車いすの方は「いつ皆さんも同じ立場になるかもしれない。人ごとと思わないで」とおっしゃった。これからは状況を踏まえた上で、「お手伝いしましょうか?」とすっと言えるようにしたいと思った。”(4月5日付け中日新聞)

 愛知県豊橋市の規約社員・神谷さん(女・50)の投稿文です。街中で障害者を見ることが多くなりました。以前に比べれば障害者が街に出やすくなったことや体が不自由な高齢者が増えたことがあるのでしょうか。でも、健常者が障害者の気持ちや行動を理解することはなかなか難しいことです。多くの人は障害者を見れば何か手助けできればと思っていますが、どうしていいのか戸惑い、なかなか行動に出られないことが多いのではないでしょうか。また時折迷惑な手助けだったと言うことも聞きます。ボクもどうしても腰が引けてしまいます。講習でも受けていれば、もう少し気安く行動に出られると思います。こうした講習にわざわざ出かけなければならないでは広まりません。いろいろな機会、場所を捉えて講習がされることを望みたいと思います。




2012/04/17(Tue) (第1597話) 小倉トースト 寺さん MAIL

 “「えーっ。あんこを挟んだトースト?」。関西の友人と近所の喫茶店に入り、小倉トーストを注文したときのことだ。名古屋は喫茶店が多いところで、ほとんどの店で軽食を出す。トースト、サンドイッチ、カレーライス、スパゲティ・・・。その中で小倉トーストは異彩を放つ。アズキの粒あんをトーストに載せたり、挟んだりする。パンとバターの塩分とあんの甘みが混然一体となり、よいあんばいだ。
 ルーツは古い。大正時代、名古屋市栄の喫茶店で、旧制八高(現・名古屋大)の学生がぜんざいにトーストをくぐらせて食べていたのがヒントとなって、誕生したらしい。 小倉トーストは、洋の東西を結びつけた名古屋の大発明品だ。友人も「これ、いけるわ」と絶賛。「名古屋めし」として全国に広がればいいと願っている。”(4月2日付け中日新聞)

 名古屋市の山根さん(男・69)の投稿文です。小倉トーストは名古屋独特のものであったのか・・・知らなかった。しかし、モーニングコーヒーにはあまり見かけない気もする。地域地域にその地のものがある。どこへ行っても同じでは行く興味も半減する。名古屋独特のものであれば、もっと多くの店で扱って欲しいと思う。ボクも大好きだから期待したい。正式名称は思い出せないが似たようなものに、長いパンの背を割り小倉とバターを挟んだものがある。ボクは餡が好きだからこちらもよく食べる。




2012/04/15(Sun) (第1596話) 入社後3年は辛抱 寺さん MAIL

 “高校を卒業して社会人になったとき、私は毎日のように弱音を吐いていました。そんな私を、先輩たちは陰になり日なたになり励ましてくれました。そして一年がたったとき、一人の先輩に言われました。
 「自分は一生懸命、会社のために働いているつもりでも、最初の一年は何の役にも立っていない。高いお給料で教育してもらったのだから、これからの二年間はお礼奉公。入社して三年は絶対に会社を辞めてはだめよ」
 息子が大学を卒業して社会人になったとき「どんなに向いていないと思っても、会社が倒産したり、解雇されない限り、三年は辛抱しなさいね」と声をかけました。息子も「大学の創立者に、全力を尽くす中で、何かが開けると教えられた」と返答してくれました。息子は転職することなく、勤続十年の節目を迎えることができました。社会に飛び立った若者たちが、仕事にやりがいを見いだすことができるように祈っています。”(4月2日付け中日新聞)

 岐阜市の主婦・神谷さん(63)の投稿文です。「石の上にも三年」と言う言葉がある。どんなに困難なことでも、我慢強く辛抱すれば成し遂げられる、と言う意味である。その我慢する期間を3年とした。3年も経ずして是非を言うなと言うことであろう。神谷さんの先輩はその3年を勤め先への礼儀、教育してもらったことへの義務と教えられた。この2つの考え方には前者は自分のことを考えて、後者は相手のことを思って、と大きな違いがある。
 最近はやっと就職した先を簡単に辞めていく人が多いと聞く。ボクの会社を見ていてもそんな気がする。原因はいくつもあげられるが、自分に甘い、隣の芝生は青い、これではいくら転職しても無駄である。3年も経ずして自分へも、勤め先へも是非を言うなとボクも言いたい。




2012/04/13(Fri) (第1595話) 50代の青春 寺さん MAIL

 “五十代って、もっと老人になっていると思っていました。でも自分が五十代になって、今からが本当の青春だと思うようになりました。自分のやりたいことも見つかった気がしています。
 三十年前、一回目の見合いで結婚した夫。恋人気分も味わえず、子育てに追われ時間が過ぎていきました。子どもたちが大人になって、気付くと夫しかいませんでした。夫とどう生きていくか、本当に悩みました。そして思いついたのが、原点に戻って、夫と恋愛というものをしたいということです。
 いっぱい映画を見てドライブに出かけ、おいしいものを食べて、二人でおしゃれをして、手をつないで歩く。誰からみても五十代のおばさんかもしれないけれど、私はこういうことをしてみたかったのです。夫も向き合ってくれました。今では夫と自宅カフェを開き、若者らの縁結びのお手伝いをしています。結婚生活を生かして人生を楽しくするコツを、やっとつかんだ気がします。青春を夫と二人でやり直しています。”(3月27日付け中日新聞)

 岐阜県海津市の自営業・出口さん(女・52)の投稿文です。五十代になって「夫と恋愛というものをしたい」と思い、それをご主人も理解し実践していく、羨ましいというか、素晴らしいというか、ともかくいい夫婦です。長年連れ添い、慣れ慣れで怠惰になった夫婦でそのまままだ何十年も過ごすのか、第二の青春として新たに向き合うのか、この違いは大きい。
 出口さんには少し後れを取りましたが、実はボクも負けておりません。妻と出会って初めて今年のバレンタインデーに花を贈ったことは以前にも書きました。その後、夫婦の雰囲気は少し違ってきたのです。川柳連れ連れ草の2月号(第122号)3月号(第123号)に「花を買う」として40句書きましたが・・・腕を組んで歩いたことなど何十年ぶりのことでしょう。




2012/04/11(Wed) (第1594話) 仕事しながら 寺さん MAIL

 “五日の本欄「筋トレと思い 家事も楽しく」を納得しながら読んだ。私も樹木の剪定など花と緑に関わる仕事を、運動と思いながらやっているからだ。おかげで、特別に運動をしなくてもベスト体重を維持している。
 四年前、教員を定年退職したのを機会に、高等技術専門校へ入校し、興味のあった樹木の剪定や育て方を学んだ。心配した体力も少しずつ付き、今は動植物公園で働いている。仕事をしながら運動ができ、お金までもらっているのである。休みには、世話になった学校や、知人の家の松などを剪定してる。
 運動になるだけではない。頭を働かせ手先を使うので、ぼけ防止にもなる。年をとった人間に最適の仕事だ。脚立に乗るなど高いところでの作業があって、危険と隣り合わせであることも忘れてはならない。今後も安全を心がけて、仕事をしながら運動ができたらと思っている。”(3月20日付け中日新聞)

 愛知県豊川市のアルバイト・松下さん(男・64)の投稿文です。教員の生活後に、興味のあった樹木の剪定を習って再び働きに出る。定年後に全く違った仕事に就くのには大きな意欲がいる。それも習ってである。いろいろな効果を見いだすと意欲はますます高まる。松下さんはその効果として運動になることをあげておられる。体を動かす仕事は当然運動になる。人間、体が動く間は動かさねばならない。どうやって動かすのか、その方法はいろいろあろう。生産になることをして動かせればそれに越したことない。
 昔の人は運動などしたのであろうか。生きていくのに体を使い、余分なことに体を使う余裕はなかったと思う。それが仕事や生活が自動化、機械化され、体を使うことが必要以上に減ってしまった。その結果、体を維持するために運動が必要になった。考えてみると何とも愚かしいことである。
 しかし、仕事では体の一部しか使っていないことも心得ていて欲しい。使っていない部分については筋トレ等他の手法も必要である。特に老いてはである。




2012/04/09(Mon) (第1593話) 給料手渡し 寺さん MAIL

 “自分の若かりしころを振り返ると、たくさんの思い出があるものです。中でも初めて給料をいただいたときと最後の給料をいただいたときのことです。現在は、現金で給料渡すことはほとんりません。私の元勤務先も今はそうですが、私の働いていた四十年余の間は、まだ現金でいただいており、開封することなく妻に渡したものです。
 初めての給料は母に礼を言って見てもらいました。最後の給料は妻に長年の感謝を述べて手渡しました。
 現代の子どもたちは親の働く姿を知らずに過ごし、ましてや給料を母親に渡す父親の姿など見ることもない時代となりました。不況で不安定な今だからこそ、最初と最後の給料だけでも、手渡しでお願いできないでしょうか。これは、とても意義深いものになると思うのです。”(3月20日付け中日新聞)

 愛知県新城市の斎藤さん(男・74)の投稿文です。合理化の中で給料が銀行振り込みなったことは大きな損失を招いたとボクは思っている。これで見えにくくなっていた父親の存在価値がますます見えなくなった。その結果、父親への尊厳は減り、家庭での締まりもなくなった家庭も多かろう。給料の手渡し程度のことでと言うなかれ、給料は一ヶ月の苦労のたまものである。給料を運ぶことが最大の父親は多い。いやほとんどの父親はこれが家族への最大の功労である。家族が感謝を述べる機会でもある。それを1枚の紙と引き替えでは・・・いや、今ではその1枚の紙さえなかろう。
 斎藤さんの勤務先はそのことをよく理解されているからであろうか、ボクは敬意を表する。斎藤さんの行為は給料が手渡しだからできることである。ボクも職場で銀行振り込みが始まって、本人の同意が必要であった頃は長いこと抵抗していた。月一度の妻や家族から「ありがとう、ご苦労様」の声が聞けなくなって快い楽しみが減った。この言葉が働く意欲の源泉でもあった気がする。




2012/04/07(Sat) (第1592話) 門前の言葉 寺さん MAIL

 “いつも考えさせられ言葉を門前に掲げている寺院が、わが家の近くにあります。ご住職が自分で考えられた言葉で、生き生きとした味わいがあります。
 「損なことには/手が出ない/苦労があると/身が縮む/都合のいいこと/大好きで/これではいつも/行き詰まり」最近の言葉は、まるで自分のことを言われているようでした。最近の余裕のない世相を詠まれたのかもしれませんが、政治家も公務員も、また国民も皆がとっくり味わうべき言葉のように思えてなりません。
 節分のときにはこんな言葉でした 。「福は内/鬼は外/ええもんは入って来い/都合の悪いもんは外や/その根性が福を見失い/自分の鬼を作っている」 耳に痛い言葉です。私たちは、ともすれば自分中心で、他人のことを考えなかったりします。そんなとき、先の言葉を思い出せば、気持ちに多少とも余裕が生まれるのではないでしょうか。そんな気がする言葉です。”(3月20日付け中日新聞)

 大津市の公務員・川村さん(男・63)の投稿文です。時折こういった掲示板を寺院の前で見かける。この寺院では創作の文であるらしい。こうした心遣いはありがたいものである。
 今読んでいる本の中で「かつて住職は十職と書き、十種類の仕事があった。弔い、医療、教育、文化の発信地・・・・等々。それが今や、葬式や法要など弔い部分をだけを受け持つものになった、一職である。」と言う意味の文に出合った。このことはボクも以前から思い、不満に思っている。仏教者としてこれで多額の方志を受ける存在があると思ってみえるのだろうか。ボクの子供の頃でさえ寺は遊び場であり、子供会などの世話もしていただいていた。大人にも相談の場所であったろう。まだ村の中心であった。今ボクは檀家総代として寺に行くことも多い。年に数度の年中行事では法話などの話もある。しかし、それ以上のものは見当たらない。待っているのではなく、出向くことも考えて欲しい。強く再考をお願いしたい。




2012/04/05(Thu) (第1591話) 老いて学べば 寺さん MAIL

 “「学ぶに老いすぎていることはない」。英国の自然科学者ジョン・レイの言葉。とはいえ七十代で夜間中に進み、八十二歳で大学を卒業とは。名古屋市守山区の男性の向学心には、敬服のひと言。
 旧国鉄マンの男性は妻の介護をしながら、常に最前列で大学の講義を受けたという。かたや、愛知県豊田市の六十六歳の元経営者は大学院の修士課程を首席で修了。総代として卒業式にのぞんだ。
 江戸の儒学者は「小にして学べば、即ち壮にして為すことあり」と。「老いて学べば、即ち死して朽ちず」とも。総代氏は「年寄りでもまだ頑張る。若い人にはなおさら・・・」。深く励みとしたい。”(3月19日付け中日新聞)

 夕刊の「夕歩道」というコラム欄からです。江戸の儒学者とは佐藤一斎という現在の岐阜県恵那市の出身で、幕府の「昌平坂学問所」の儒官を努めた人のことです。「老いて学べば・・・」の意味は「老年になってからも学ぶことをやめなければ、死んだ後も自分の業績は残り次の人々にも引き継がれていく。」と言う意味でしょうか。
 このお二人のことは多分記事になったのでしょうが、私は見落としました。82歳で大学を、66歳で修士課程を卒業とは凄い人があるものです。66歳の人は更に首席であるという。もうこれだけでお二人のことは後世に引き継がれていくでしょう。全く敬服である。ボクは今年老人会の役員であるが、老人とは思っていない。思っていないというか、思おうとしていないのである。思おうとしていないとは切なる願望であって事実とは違う。こういう話を聞くと老人と認めざるを得ない気になる。もう一度見つめ直さねばと思う。




2012/04/03(Tue) (第1590話) 父からの手紙 寺さん MAIL

 “もうすぐ桜の季節。この季節が巡ってくるたびに、父と古里の桜を懐かしく思い出します。私が初めて岡崎の地を踏んだのは二十歳の時です。ちょうど桜の季節でした。岡崎に来てからしばらくして、父から便りが届きました。
 「これは高校の正門前の桜です。懐かしい思い出もあろうかと思い、送ります・・・」。桜の花が三輪、押し花にして便せんに挟んでありました。薄桃色の花びらは色あせていましたが、みずみずしさも少し残っていて何とも美しく、父らしい粋な計らいに感動しました。
 「社会人として正しく生きていくように・・・」。切々と諭す言葉は、私の心の奥深く浸透していきました。父は、私たち姉妹を慈しんでくれましたが、六十四歳で帰らぬ人となりました。元気なころは遠方から電車を乗り継いで、よく孫に会いに来てくれました。
 そんなことを思い出しながら遠い日の手紙を開いてみました。桜の花は無残にも封筒の底に粉々に散っていましたが、花びらの跡は薄いセピア色と化した便せんにくっきりと残っていました。年月を経た趣のある美しさに、しばし見とれました。“(3月19日付け中日新聞)

 愛知県岡崎市の主婦・山本さん(69)の投稿文です。娘さんに桜の花びらを送る、優しいお父さんのいい思い出ですね。男親とは子供とはある程度距離を置くものだが、こんなことをするお父さんもあるのだ。ボクはこんなことに近いこともしたことがない。寂しい父親か・・・。
 64歳、今となれば早い死ですね。早いだけにより愛しく思われるのでしょう。ボクの父は68歳で亡くなりました。ボクの今の歳にはもうガンを患っていました。ガンとは思っていなかったと思いますが、いろいろ医者通いをしていて悩んでいたのでしょう。そう思うと切なくなります。ボクはどう思われて死ぬのだろうか。




2012/04/01(Sun) (第1589話) テレビ消して 寺さん MAIL

 “食事中にテレビをつけている家庭は多いと思う。しかし、私の家では小さいころから食事中のテレビは禁止されている。前は、それが私には不満だったのだが、今は、テレビがついていたら自分からスイッチを切る。テレビがついていると皆がテレビに注目してしまい、家族の会話がなくなってしまうからだ。
 テレビの内容について会話したらいいのではないか、と思うかもしれないが、それでは自分のことについて話せない。何より、どうしてもテレビに注目してしまい、せっかくの家族の会話が、すぐ途切れてしまう。家族間のコミュニケーション不足が原因と思われる問題が多発してける今、食卓での会話はとても大切な場だと思う。思い切って、テレビの力を借りない食事をしてみてはどうだろうか。今まで以上に、楽しい食事になるかもしれない。”(3月18日付け中日新聞)

 愛知県碧南市の中学生・小笠原さん(女・14)の投稿文です。ボクの家庭は昔から食事をする場所にテレビがない。今もない。だからこのことをあまり意識していなかったが、この投稿に、食事中にテレビがついている家庭の調査がないかと調べてみたら、何と8割というデータを見つけた。今の家の造りは、多くがダイニングキッチンになっていて、居間と食堂が一緒になっている。テレビが付けっぱなしになっている家庭も多いと思う。すると、意識しないと食事中にもテレビがついていることになる。食事中は家族の会話の絶好の機会である。この機会を惰性にテレビを付け何となくテレビに気を取られながら過ごすのは何とももったいない。小笠原さんの言われるようにテレビを消して、食事と会話を楽しみたいものだ。それにそれ程までにして見る番組があるだろうか。また、テレビを何となく付けっぱなしにしていることも、省エネの叫ばれる現在できたら止めたいものだ。ボクの家では昔からテレビが付けっぱなしになっていることはまずない。このことでは優等生だろう。


 


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