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第92号  2011年12月


2011/12/30(Fri) (第1546話) かしわ 寺さん MAIL

 “私の子どものころは、戦後の混乱から抜け出て、少し落ち着きを取り戻してきた時代でした。食べ物も、時にはささやかなぜいたくができるようになっていました。そんな中の一つに「すき焼き」がありました。
 当時はまだ、牛肉や豚肉はあまり出回っていなくて、もっぱら鶏肉でした。そんな鶏肉のすき焼きを「ひきずり」と言っていました。また鶏肉のことを「かしわ」と呼び、よく近くのかしわ店に買いに行かされました。竹の皮に包まれた「かしわ」の中には、黄身だけの卵が五、六個入っていました。大きなものから順に小さなものへと連なっています。
 私たち五人兄弟は、いつもその卵の奪い合いをしていました。そこでじゃんけんで順番を決め、勝った者から大きな卵を取って食べるルールができました。「ひきずり」が始まると、私たちは大はしゃぎして喜んでいたのを今でもよく覚えています。”(12月14日付け中日新聞)

 愛知県春日井市の自営業・古池さん(男・73)の投稿文です。「ひきずり」に「かしわ」とは懐かしい言葉である。この懐かしさで紹介した。最近は聞いたことがない。ボクもづっと使っていた。これは標準語なのか方言なのか知らない。
 ボクの若い頃はすき焼きと言えば鶏肉である。古池さんと全く同じである。少し違うのは、鶏肉は買ってくるのではなく、自宅で飼っていた鶏をつぶすのである。この「(鶏を)つぶす」と言う言葉ももう今は使わない。卵をあまり産まくなった古い鶏を正月やお祭りなどの機会に殺し、食べるのである。年に1、2度のごちそうである。こうして思い出すと60年の間に社会模様は全く大きく違ってきた。今の人にはただ残酷に聞こえるかもしれないが、こういう体験がないことがいろいろな情感喪失、上辺だけのきれい事になっていることはないだろうか。小学校で飼っていた豚を殺し食べるという映画があった。この「話・話」でも2004年12月15日に「(第143話)鶏の解体実習」のことを紹介した。




2011/12/28(Wed) (第1545話) 父のおしゃべり 寺さん MAIL

 “79歳の父は、会うととてもおしゃべりだ。一人暮らしになってから、だんだんとそうなった。数年前のことだ。父から電話があった。その日、保健師さんの講演を聞いたという。対象は一人暮らしの高齢者でテーマは「健康を保つ秘訣」
 「『一日に七人の人と話すことを心掛けよう』と言われたけど、その七人の人がなかなか見つからんから困る。だから電話したんだよ」。早速実行しなければと思うところが生真面目な父らしい。
 父は営業の仕事をしていた現役時代の習慣が身に染みているのだろう。人と会うと、つい気を使ってしまうので、新たな人間関係をつくろうという気がもう起きなくなってしまったという。老人会などの役員も卒業し、趣味のカメラクラブもやめてしまった。そこで私の出番となった。子育ても卒業したし、旅行などに同行できる一番の存在らしい。遠慮がなく、お互い気楽なのがいいようだ。
 それにしても七人とは・・・。案外難しい目標だと気付き、協力することにした。手っ取り早く、父に毎日電話をして一人目確保のお手伝い。これからも、父の聞き役に徹しようと思う。お互い元気でいられるように。”(12月10日付け中日新聞)

 愛知県日進市の主婦・前田さん(50)の投稿文です。『一日に七人の人と話す』と言うことは、社会を退いた人には並大抵なことではないと思う。一人暮らしではなおさらである。人のいる場に出かけてむやみに話しかけるわけにもいくまい。ボクなどトレーニング室へ出かけたとき何人もの人と出会うが、ほとんど声を掛け合うこともなく帰ってくる。挨拶をしても返ってこないことがほとんどだ。会社へ出かけない日に何人の人と話したか、一度気にかけてみよう。
 それにしても前田さんのお父さんはいいことを聞いてこられた。そして娘さんのところへ電話をするとはいいことを思いつかれた。いい口実である。前田さんもこの口実に答えようとされる。ボクも覚えておきたい。娘は答えてくれるだろうか。




2011/12/26(Mon) (第1544話) 短文習慣 寺さん MAIL

 “私は短文を書くのが好きです。新聞の記事やコラム、テレビのニュースなどについて、広告の裏に、書きたい時に書いています。短文を書くようになったのは三十歳になる少し前の、小さな出来事がきっかけです。
 その日、何事もなく一日を終えた私はなぜか不機嫌でした。ふと「どうして私は面白くないんだろう」と思いました。ところが、その理由がどうしても出てこなかったのです。私はとても驚き、焦りました。自分は考えを言葉にすることができないのではないか、と。それ以来、意識して思い浮かんだことを書くようにし、そうしているうちに徐々に考えを言葉にできるようになりました。以前、松下幸之助さんの本で読んだ「素直な心になる」とは、「自分が今、思っていることを言葉にして自覚する」ということではないか、と思い至りました。
 あの時、自分が面白くない理由を考えなかったら、今も何となく不機嫌なままでいたかもしれないと思うとゾッとします。これからも、負担にならない程度に、短文を書いていきたいです。”(12月5日付け中日新聞)

 岐阜県飛騨市の会社員・井端さん(女・49)の投稿文です。文を書く効用についてはもう何回も触れた気がするので今回は紹介程度にする。ボクは実践者だから特に言える。
 井端さんの文の中で“松下幸之助さんの本で読んだ「素直な心になる」とは、「自分が今、思っていることを言葉にして自覚する」ということ”と言う発想、思いつきには感心した。「素直な心」と「言葉にして自覚する」がつながるとは驚きだ。一つの言葉がいろいろな思いにつながる。ここに本を読む効用がある。文を書く効用もある。




2011/12/24(Sat) (第1543話) 真面目に休む 寺さん MAIL

 “父の転勤のためパリで4年間暮らし、昨夏に帰国しました。最初は便利でいいなと思っていた日本の生活も、次第に疑問を感じるようになりました。日本人は働きすぎではないでしょうか。便利さを意識しすぎて、商業施設の営業時間を必要以上に長くしていませんか。
 フランス人は休日やプライベートの時間を大切にし、しっかりと休みます。日曜日はパン屋や花屋、飲食店などを除けば多くの店が閉店。平日でも近所のスーパーなどは夜8時まで。多くの人が自宅などでゆっくりと夕食を楽しむのです。
 日本人は「真面目に休む」習慣を身につけたらよいと思います。家族や友人と過ごせば、ストレスも減るのではないでしょうか。電力不足が深刻な今、休むことが節電につながるなら一石二鳥です。”(12月5日付け朝日新聞)

 東京都の中学生・鴨志田さん(12)の投稿文です。ボクも全く同感の部分がある。働くときには働き、休むときには休む、日本人はと言うのか、日本の社会はと言うべきか、これが曖昧である。24時間、社会は活動すべきであろうか。利用する人には便利かもしれないが、そこで働く人がいる。そこで働いている人を犠牲にしている社会ではなかろうか。今年電力不足を補うために土日出勤にして平日休んだ会社がある。子どもと過ごせないなど全く不評の声を聞いた。こういう勤務は最小にしたいものだ。コンビニの夜間営業など本当に必要だろうか。無駄と悪の温床になっている気がする。人間の欲望に添うことがすべて善なのだろうか、抑制すべき欲望の方が多い気がする。
 鴨志田さんの言われる「真面目に休む」と言う言葉にハッとした。こんな言葉は思いつかない。それほどに外国の目から見たら日本人の生活はおかしいと言うことであろう。中学生に叱られた気がする。




2011/12/21(Wed) (第1542話) セカンドライフは人のために 寺さん MAIL

 “行くところがなく、図書館などで日がな過ごしている人たちがいるそうです。もったいない人生だと思います。私は8年前に定年退職した時、やっと手に入れた貴重なセカンドライフをどう楽しむかを色々と考え、ボランティアの道を選びました。誰かの役に立ちたかったのです。
 今やっているのは視覚障害者のために本や雑誌の文章をテープに吹き込む音訳ボランティア、外国人に日本語を教える日本語教師ボランティア、図書館に行けない障害者に本やCDを選んで届ける宅配ボランティア。利用者から感謝の言葉をいただき、お金には換えられない喜びがあります。
 定年退職者の皆さん、地域の社会福祉協議会やボランティアセンターをのぞいてみて下さい。セカンドライフを楽しめるネタが転がっています。自分に合ったボランティアが一つでも見つかれば、「セカンドライフの達人」になれると思います。”(11月30日付け朝日新聞)

 東京都府中市の篠塚さん(男・71)の投稿文です。またまた高齢者の過ごし方の話になっって若い人には恐縮です。セカンドライフをボランティアで過ごしている方はたくさんある。先日聞いた講演でも「高齢者はボランティア意識が高い」と言う話があった。ある程度悠々自適の生活になり、ここまで無事生きさせていただいた感謝の気持ちであろう。こうした高齢者を社会はもっと利用した方がいい。そのようになってきているとは思うが・・・。
 ボクもいつまでも会社勤めをしていていいか、もっとするべきことがあるのではないか、今の生活に安住しすぎではないか、篠塚さんのようにもっとボランティア活動をすべきではないか、などと思うときがある。でもすぐに思い直す。会社も望む望まないにかかわらずそう遠くない時期に退職が来る、そして、会社勤めも立派な社会活動である。一宮友歩会の運営などもう十分にボランティア活動をしている、そう多くを望んではならない、と思うのである。




2011/12/19(Mon) (第1541話) 「いただきます」 寺さん MAIL

 “セルフサービスの讃岐うどん屋さんに入って大テーブルに座った。顔の高さに仕切りがあって、向かい側に座る人を気にしなくていいよう配慮してある。私が食べ終わるころ、若い男性らしき人が正面に座った。お盆の上には大盛りのうどんとおにぎりが2個。すごい食欲だなあとほほえましく眺めていた時、彼がすっと胸の前で両手を合わせた。あっ、ちゃんといただきますってするんだ。誰も見てやしないのに……。
 我が家の子どもたちも毎食「いただきます」と言うけど、それはご飯を作った私やしゅうとめに対してだ。この彼は、作ってくれた人だけじゃなく、自分の口に入るものにも感謝の気持ちを持っている。最近は見習いたいと思うしぐさをする人にお目にかかれなくなって久しい。何だかうれしい気持ちで、店を後にした。”(11月24日付け朝日新聞)

 愛知県豊川市の主婦・小久保さん(48)の投稿文です。人が見ていないところでもする、これはもう身についた行為です。それをしないと何か忘れた気になって落ち着かない、罪悪さえ感じる、そういうものでしょう。この若い男性は「いただきます」の行為がそのようになっている。小久保さんはその行為に感動している。確かに希少な行為であろう。
 こうした小さないい行為は日常至る所にある。マナーともいえようか。箸の付け方、履き物の脱ぎ方、また鳥居前のおじぎ、参拝の仕方等もあろう。礼儀の専門家に言わせればきりが無かろうが、ある程度は心得ていたいものだ。




2011/12/17(Sat) (第1540話) 緊急連絡カード 寺さん MAIL

 “先日、図書館で具合の悪くなった年配の男性がいました。職員が呼びかけても意識がなく、救急車を呼ぶことになりました。私が「ご家族に連絡を」と言ったのですが、どなたか不明とのこと。何か手掛かりはないかと周囲が見守る中、ポケットを捜させて頂くと財布があり、その中に「緊急連絡力−ド」があったのです。そこには住所、氏名、電話番号、生年月日、血液型が記されていたので、すぐにご家族と連絡がつき、救急隊員も身元や年齢をメモすることができました。
 私の父は独り暮らし。早速右記の事項と私や弟妹の連絡先、既往症、服用薬、かかりつけ医を書いた名刺大のカードを作って送りました。友人のアイデアで孫の写真つきにしたので、喜んで早速財布に入れて持ち歩いているようです。
 先般の男性は父と同い年。大事には至らなかったと後日知り、ほっとしました。万一の時に緊急連絡カードが威力を発揮すると知った出来事でした。”(11月24日付け朝日新聞)

 東京都小金井市の主婦・高橋さん(49)の投稿文です。またまた高齢者の話で、この話もよく聞く話です。話しと言うより、高齢者を持つ人の必要な知識です。こうした緊急連絡カードが役立った事例です。
 ボクの母親は自転車で飛び歩いていたので、早くからこうしたカ−ドを持たせていた。幸い役に立ったことはないが、お互いの安心になる。まだの方は是非実行して下さい。




2011/12/15(Thu) (第1539話) 退職難民 寺さん MAIL

 “最近、ラジオから聞こえてきた言葉に、「へぇ」と驚いたことがあります。「退職難民」なる言葉をご存じでしたか? 行くところがなく、図書館などで日がな過ごしている定年退職者のことだそうです。新聞や本を読んでいるならまだしも、こっくりこっくり居眠りをしているのが特徴だとか。「へぇ」と思ったわけは、私もその一人だからです。
 家事はさっさと片付け、図書館に出かけるのが日課です。開館と同時に来ているのは、おじさんやおじいさんばかり。おばさんはまずいませんが、いいのです。6紙ある新聞コーナーはすぐに満席です。
 会話をしなくても「このおじさん、今日も元気で来ているな」と思ったり、図書館までの道すがら「風が気持ちいい」などと感じるだけでも元気が出ます。散歩に行く公園では、高齢者が集まって将棋を指しています。人数が増え、今ではすごい人だかりです。
 難民という言葉には、行き場のない困っている人というイメージもあるでしょう。しかし、大勢の定年退職者よ、家の中に閉じこもるなかれ。外を闊歩し、公共施設を利用し、刺激し合おうではありませんか。”(11月24日付け朝日新聞)

 東京都東村山市の滝沢さん(女・62)の投稿文です。「退職難民」なる言葉は知りませんでした。この投稿文は非難する内容かなと思ったが、そうではなかった。図書館まででもいい、外に出ようと言うのである。家の中に閉じこもっているばかりよりは、少しでも出れば刺激なる何かがある、と言うわけである。公共施設は大いに利用しよう。利用してこそ価値が上がる。利用せずに税金の無駄使いばかり言っていても仕方が無い。人には様々な状況がある。若い人と変わらない元気な人もあれば、もう死んだような生活をしている人もある。最近ボクは人生の本番は定年退職後ではないか、そんな思いがしている。特に男は定年前の差より定年後の差の方が大きいのではないか・・・・。
 似たような話は「話・話」で以前書いたことがあります。この「話・話」も1500話を越え、記憶にあってもいつ書いたのか探すのが難しくなった。




2011/12/13(Tue) (第1538話) 通学路を散歩 寺さん MAIL

 “私は健康のためによく散歩をするが、特に小学生の通学路を通るよう心がけている。朝、集団登校の列に出会った日は一日中、気分爽快だ。黄色の帽子に色とりどりのランドセルを背負って登校する子どもたちの姿は、秋の山の紅葉にも勝る美観だと思う。すれ違う時に「おはよう」と声をかけると、元気なあいさつも返ってくる。すると、小学生が発散する生気を吸収している気分になり、心身ともに若返るような気がしてくるのだ。
 通学賂の要所にはPTAやボランティアの方々が見守りに立っており、立ち止まってねぎらいの声を掛け合うのもまた楽しい。午後は下校時間がまちまちだが、やはり散歩に出て、出迎えの母親たちにも声をかけるようにしている。
 後期高齢者となってしょぼくれてしまうと、認知症や寝たきりになるのが早いという。高齢者は積極的に外へ出て、人と出会い、子どもたちや若い人の活力を吸収しよう。”(11月23日付け朝日新聞)

 愛知県一宮市の石井さん(男・79)の投稿文です。小学生の通学下校の時間に合わせて散歩をする、そしてその時の心がけを紹介されているが、実に素晴らしい心がけだと思う。自分自身にも有効だが、出会う小学生や母親たちにも嬉しいことである。この「話・話」でずいぶん前に、高齢者は登下校時に外へ出ようという話しを紹介した。外へ出ることだけで小学生を見守っていることになるというのだ。このことを石井さんは気付かれているかどうか知らないが、石井さんの散歩そのものが小学生の見守り隊、ボランティアになっているのだ。散歩一つにしても、少しの心がけで大きな効用になる。ボクにまだその時間は無いが、そのようになったとき是非見習いたいと思う。
 実は石井さんはボクの先輩である。この投稿文を「話・話」の題材にしようと思って切り抜き、再度読んでみて先輩の文章だと気づいた。懐かしくなって久しぶりに電話をし声を聞いた。こんな機会もでき、実にいい投稿だ。




2011/12/11(Sun) (第1537話) 長い演奏会 寺さん MAIL

 “布団に入って眠ろうとしたが、何だか物足りない。《そうだ、静かすぎる》。毎晩眠りにつくまでBGMのように聞いていたコオロギの鳴き声がしないことに気がついた。
 八月初旬、夫が畑でコオロギを四、五匹捕まえてきた。ケースの中に土を少し入れ、その上にわらを敷いてコオロギを入れた。餌は串に刺した輪切りのナス。コロコロと軽やかな演奏は朝まで続く。餌のナスは翌朝、皮だけになっていた。夫が孫にと思って捕ったコオロギに、家族全員が癒やされた。夏が過ぎ、餌のナスがナシに変わった。ナシの季節も終わり、やがて柿になっても餌をしっかりと食べ、元気に鳴き続けた。いつの間にかコオロギの声を聞きながら床に就くのが当たり前になっていた。
 そういえばもう十一月末。外から聞こえていたコオロギの声はとっくにしなくなっている。翌朝、ケースをのぞいた。昨日の餌の柿はそのまま残っていた。わらを取り除くと、底で後ろ脚をわずかに動かすコオロギが二匹。あとは死骸。役目を終えた姿がそこにあった。長い演奏会は幕を閉じた。ありがとう。”(11月27日付け中日新聞)

 三重県伊勢市の理容業・笠江さん(女・67)の投稿文です。虫の声も自然である。何気なく聞いていた声もなくなったことで、そのことを改めて知る。我々は意識していないが体中で自然を感じて生きている。鳥を見、その声を聞き、新芽ふく樹木を見、落葉に風を知る。その変化にハッと驚かされる。自然を感じて生きる機会もずいぶん減った。改めて自分の生活を見直してみるのもいい。
 通勤者の様子を見ていると、音楽に聴き入る人、携帯電話やスマートホンに見入る人ばかりが目につくようになった。眠っている人は相変わらず多いと思うが、本を読んでいる人もずいぶん少なくなった。皆それほど寸暇を惜しむような有効な時間の使い方をしているのだろうか、それならそういう人ほどボッーと窓外の移りゆく景色を見ていてもいいと思う。




2011/12/09(Fri) (第1536話) 空 寺さん MAIL

 “昭和二十四年、私が小学四年生だった年の十一月のことである。私は軽度の小児結核を患い、学校を休んで自宅療養をしていた。軽度とはいえ、結核は結核である。両親は、私が寝ている部屋には弟や妹を入れないようにしていた。
 私は寝床の中で、父が貸本屋から借りてきてくれる本を読んで過ごした。週に二、三度、担任の女性教諭が訪ねて来て、勉強を教えてくれた。秋の遠足はもちろん、運動会にも参加できず、時々、クラスメートが訪ねて来てくれるのが楽しみだった。
 私の部屋の窓に面する隣家の庭には大きな木が植えてあった。それに遮られて空は見えなかった。ある日、父が隣家と交渉して、その木を伐採してくれた。視界が開けて空が見えた。空の青さが目に染み《空ってこんなにきれいなのか》と子ども心に思った。それまでも空を見ていたはずなのに、初めて空を見たような気がした。
  「外気に触れると病気が冶らない」と言って、母は窓を開けさせてくれなかったが、私は母の目を盗んでは窓を開けて空を見た。青い秋空が広がると、あの時のことを思い出す。”(11月23日付け中日新聞)

 愛知県豊田市の主婦・田中さん(72)の投稿文です。自然の大きさ、素晴らしさ、優しさ等、自然が我々に与える効果は計り知れない。田中さんの場合、病気静養中に隣家の木を切ってもらって見た空である。特別の空であったろう。この文で、親の愛情、自然の素晴らしさを改めて感じる。
 11月末、妻と久しぶりにウォーキングの出かけた。紅葉は鮮やかに、小高い山頂から見る景色も素晴らしかった。恵まれて生きていることを実感した。12月3日(土)は一宮友歩会の例会であった。前日からの雨で参加者は通常の半分であった。雨は歩き始めてからまもなくやみ、堤防上を歩きながら遠景の紅葉を見る。どんよりした中にも自然に包まれ生きていることを身に感じる。今日は一宮友歩会来年10月例会の下下見に出かける。寒いながらも全くの好天、空気も澄み遠くの山々もはっきり見える。心まで洗われる気分である。好天も自然、雨も自然、自然を感じながら生きることを楽しみたい。




2011/12/07(Wed) (第1535話) 愛し合う夫婦 寺さん MAIL

 “「年取ってもずうっと愛し合ってる夫婦っているのよねえ。私には無理だわ」と礼子さんが言う。友人の琴音さんも同じだった。多少の波風はあるにしろ、なぜ愛情が長続きするのか、二人は知りたい。喫茶店の庭にある小さなテラスには小春日和の心地よい光が降り注いでいた。
 「熱烈に愛し合って結婚したのかな。でも熱がさめちゃって憎み合う夫婦もいるわ。離婚する芸能人もそうよね。私だって夫を好きで結婚したのよ。それが今は、ああ一人になりたいって思うのよ」礼子さんがスフレにナイフを入れながら言った。そうねえ、と琴音さんは新聞の投書を思い出す。老妻の誕生日に「生まれてきてくれてありがとう」と声をかける夫。「生まれ変わっても結婚相手はあなたよ」と言う八十近い妻。そんな言葉がさりげなく出てくる夫婦は現実にいるのだ。ことさらにのろけているわけでも、見えを張っているのでもない。夫婦が心の底から信頼し、愛しているのである。
 あれこれ理由を考えていた二人は、こう結論づけた。お互いに尊敬し合っている夫婦は、愛情が長続きするのではないかー。「たしかにそうだわ。好きな人を尊敬できれば、軸かぶれないもの」「つまり結婚の条件で一番大切なのは、好きな上に、相手を尊敬できるかどうかってことなのね。私はもう手遅れだけど、娘と息子には教えてあげよう」”(11月23日付け中日新聞)

 作家・西田小夜さんの「夫と妻の定年塾」からです。前回は金婚式の話しだったが、50年迎えたからと言ってもいろいろな夫婦がある。けんかばかりの夫婦も一方が耐えるだけの夫婦も50年は迎えられる。もちろん50年はそればかりではないと思うが・・・。しかし、いい関係で50年を迎えられればそれ以上のことはない。それには尊敬が重要だという話しである。尊敬があれば愛情も思いやりも続く・・・もっともである。
 後日の新聞で、この記事を読んだ読者から「尊敬より感謝である」と言うことが投稿されていた。尊敬、感謝、愛情・・・いずれも大切であるし、相互に重複、関係していると思うが、ボクには尊敬が最も難しく思われる。尊敬し合う夫婦・・・難しい。だが、ボクは妻にそれを覚える部分があり、それがボクを助けてくれている。そのことを思うとボクは自重せざるを得ない。




2011/12/05(Mon) (第1534話) いい夫婦の日 寺さん MAIL

 “十一月二十二日の「いい夫婦の日」にちなみ、稲沢市と江南市で結婚五十周年の金婚式を迎えた夫婦を祝福す為式典が聞かれた。出席した夫婦に、半世紀にわたる結婚生活を振り返ってもらい、夫婦円満の秘訣を聞いた。
 (稲沢市祖父江町の保母一夫さん・よめこさん夫婦)織物工場を設立し、がむしゃらに働いた。よめこさんは「子育ても一生懸命。忙しくて、けんかをする余裕もなかったから円満なのかしら」。
 (稲沢市一色中屋敷町の深井昭夫さん・繁子さん夫婦)「お互いに辛抱してきたから五十年も過ごせた」
 (稲沢市日下部東町の長谷川俊二さん・紀美子さん夫婦)二人そろって出かける旅行がストレス発散法。会社勤めの合間を縫って欧州やアジアなど海外のほか、四国のお遍路回りにも二回出掛けた。「次はどこへ行こうかと、二人で話し合うのが楽しみ」。
 (江南市東野町の馬場省二さん、とよ子さん夫婦)省三さんが「意見の相違があっても、互いに譲り合うことが大切」と話せば、とよ子さんも「私たちの世代は男性を立てるのが当たり前だった。我を張らず、協力し合えたのがよかった」と応じた。”(11月23日付け中日新聞)

 記事からです。日本では365日、毎日が何かの記念日になっている。日によっては2つも3つも重なっている。悪いことではない。大いに盛り上げたらいい。
 語呂合わせが結構多い。このいい夫婦の日もその一つだ。この日に金婚式の祝賀会を行う。何のいわれのない日に行うよりいいであろう。50年、山あり谷ありであったろうが、それでも50年続けばやはり表彰していい夫婦である。その人たちの言葉を記事から拾い出してみた。辛抱、協力であろうか。いくら相性のいい夫婦であっても長い間に危うい時期は必ずある。その時辛抱、協力であろう。今の離婚率が高いのは自分の主張が強く、これがないがしろにされているからではなかろうか。苦労して頑張って、それで50年の勲章である。ボクももう一息だ。それにはまず健康だ。




2011/12/03(Sat) (第1533話) 自転車の安全 寺さん MAIL

 “十日本欄「自転車ミラー便利」を読み、昔を思い出しました。私が子どものころ、丸や四角のミラーはよく見かけ、父も愛用。それに加え、右腕を横に伸ばしたり、垂直に上に曲げたり斜め下に向けたりと、手信号で右折や左折、停止を知らせていたものです。
 最近はおしゃれな自転車が増え、交通量も多くなりました。そんな今こそ昔の人々がやっていたことを取り入れ、事故防止に努めたいですね。”(11月21日付け中日新聞)

 名古屋市の女性(63)からの投稿文です。続いて自転車の話しです。この投稿を読み、ボクも手信号を懐かしく思い出した。そんな時代が確かにあった。どうして無くなったのであろう。効果が無かったのであろうか。それとも片手運転になるのが問題にでもなったろうか。そんなことを問題にしたら、傘を持っての運転などもっと危ない。携帯電話を持っての運転など厳罰に処するべきだ。
 自転車も安くすることばかり考えず、高くなっても安全な器具を取り付ける、無謀な運転ができないなどの工夫をしてほしいものだ。自転車の強制保険も検討すべきだろう。
 ボクの愛用の自転車は、娘が中学、高校の通学に使った自転車である。もう25年である。高かったがいいものは長持ちするのである。




2011/12/01(Thu) (第1532話) 自転車は車道 寺さん MAIL

 “私は歩行者として歩道を歩きます。自転車に乗ったときは、歩道を走るときも、車道を走るときもあります。たまにバイクで車道を走ります。そしてもちろん、自動車で車道を走ります。歩行者として歩道を歩いているときに、正面や後ろから自転車がきて怖いなと思ったことがありますが、自分が自転車に乗っていると歩行者をじゃまに感じることがあります。
 自転車で車道を走るのは、大変怖いです。バイクで車道を走るときは、もし自転車がいたらじゃまに思うでしょうし、自動車に対しては身の危険を感じます。しかし、自動車を運転しているときは、自動車やバイク、歩行者にとても気を配っています。
 先ごろ、警察庁が「自転車は車道」の原則徹底を指示しました。いろいろな立場の気持ちになってみるとどうすれば人が安全に行き交うことができるのか、分からなくなってしまいます。”(11月20日付け中日新聞)

 名古屋市の主婦・三浦さんの(48)投稿文です。正直な方だ、三浦さんの言われるとおりである。そして、この正直なとおりで過ごしていたら、矛盾ばかりでどうしていいか分からなくなる。回答は簡単「弱者優先」を徹底することである。そして優先であっても他者への気遣いである。
 最近自転車が増え、事故も増え、その横暴さに世間がやかましくなっている。新聞記事も多い。そこで警察庁は規則通りの「自転車は車道」の徹底に乗り出したと言うことであろう。今の状態でこの徹底が本当に実行されたら事故は続発、車は渋滞であろう。道路状態、交通状況によるケースバイケースが実態に合った指導と思う。
 この問題のすべての原因は自転車の横暴さである。自転車が歩道を走る場合、歩行者優先、歩行者に危険を感じさせない運転をすればいいだけのことである。 いいだけではあるが、免許が必要でないだけに罰も教育も難しい。事故事例や補償の問題などを大々的に伝えるのも一つの方法と思う。



川柳&ウォーク