2011/11/12(Sat) (第1522話) ドラゴンズ連覇 |
寺さん |
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“引き分けは残念であったが、テレビで中日連覇の感激を味わった。折り返し地点で10ゲームという大差をはねのけた快挙には、心から拍手を送りたい。 落合式オレ流野球と揶揄されながらも、監督、コーチをはじめ、選手の皆さんの全員野球で勝ち取った喜びはひとしおだろう。折り返しをとっくに過ぎたわが身ではあるが、最後まで頑張る姿勢に活力を頂いた思いである。 九州出身の私にとって中日は遠い存在だったが、ファンとなった契機は、今から半世紀以上前の1954(昭和29)年にさかのぼる。その年は、杉下茂投手が西鉄(現西武)打線を封じ込め、中日が日本一となったが、私の名古屋への就職が決まったのも同じ年だった。当時から巨人、阪神といった人気球団の陰で、名古屋に根付いたファンとともに努力を重ねる球団の姿に次第に魅せられていったことを思い出す。 この年になって味わう中日連覇の喜びに感謝しながら、当時の仲間と一緒に日本一を願いながら、大いに語り合いたいと思う。”(10月20日付け中日新聞)
名古屋市の福田さん(男・79)の投稿文です。中日はクライマックスシリーズも制し、今日から日本シリーズに入った。そしてまず1勝である。 中日はボクの地元、当然中日ファンだ。そして落合ファンだ。落合式オレ流野球と皮肉を言われてきたが、プロ野球はいろいろな手を使いながら正々堂々と勝つこと、まずはこれにつきる。落合の場合、当初はこれほど期待されていなかったと思う。。それがここまで勝ってくると勝つことが当然視され、批判はその上の無い物ねだり、勝手な要望の気がする。中日に今まで勝つのが当たり前の監督はいたのであろうか・・・惜しい監督を失う気がする。落合監督についてはこの「話・話」の2004年9月26日の第67話、2004年10月8日の第78話、2006年10月25日の第672話などで触れているが、ボクの心に最も残るのは67話で紹介した“就任会見で「トレードや外国人、FAによる戦力補強はしない」「今の戦力でも一人一人の力が一割アップすれば日本一になれる」と発言”し、見事言葉通りにしたことである。1割アップさせる自信があったのだろう。 ボクがプロ野球や中日を知ったのはまさに昭和29年、杉下投手が活躍したことを聞いてからである。小学3年であった。
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