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第75号  2010年7月

2010/07/30(Fri) (第1315話) 手ぶらだけど 寺さん MAIL 

 “昨年三月、十日間ほど入院することに。病院が不便な場所にもかかわらず、友人三人が「手ぶらだけど」と言ってお見舞いに来てくれました。義理ではなく本当に思いやってくれる気持ちと笑顔に、それは感激しました。
 民謡舞踊のサークルで知り合ってはや二十年。家も近く旅行も楽しんできましたが、きずなを再確認できた出来事でした。先日、一人が入院した時も「手ぶらだよ」とお見舞いに。老後に必要なのは 心のつながりですね。”(7月15日付け中日新聞)

 愛知県豊明市の主婦(68)の投稿文です。「手ぶらだよ」・・・ボクは見舞いに行く時、差し障りのない限りできるだけ手ぶらにしている。いろいろ気遣ってみやげを考えるのも大切であろうが、病人に適当なものはなかなか難しい。食べ物は本人の口にはなかなか入らないだろうし、花など狭い場所にどの位喜ぶ知人がいるのだろう、またボクの姿にはあまりに空々しい。行って話すだけでいい。それならお返しの負担も負わせない。
 最近あまり見舞いに行った記憶がないが、これから増えるのではなかろうか。気楽に行って話し相手になり、少しでも励ましになればと思う。行くことが励ましになるか、ならないか、それが分かれ目である。




2010/07/28(Wed) (第1314話) 海原と夕焼け 寺さん MAIL 

 “普段、悲しくて困ったとか、つらい気持ちになった時は、海辺へ出かけて、波打ち際で海原を眺めて物思いにふけっています。わだかまりが消えて不思議と心が穏やかで、明るく前向きな気持ちになってきます。そして、大声で「負けるもんかー」と叫びます。
 特に美しい夕焼けの海は、辺り一面がオレンジ色に包まれて、サンセットそのものの絵になり、とてもロマンチックです。「明日も頑張ろう」と私に力を与えてくれるのです。悲しい涙を流して見つめている私の心に、勇気と希望を持たせてくれます。
 逆に曇りや雨の日の海は、しけていたり輝きがなくて、心まで寂しくなってきます。だから、快晴の日を選んで海へ行きます。底まで透き通って、魚や海藻が見える美しい海が今より増えることを願っています。”(7月14日付け中日新聞)

 名古屋市の会社員・谷村さん(男・49)の投稿文です。勇気や希望を持たせてくれるには、大空もいいが海もいい。大きくて広々としたものは気持ちもそのようにしてくれる。部屋の中やうつむいてばかりいないで、時にはこんな時間を持ちたいものだ。
 生きている限りなくてもあるのがストレス。どう上手に付き合うのか・・・逃げるようではあるが、やはり上手な気分転換であろう。人と話すのも良し、こうした大きな自然に触れるも良し、そうしてストレスに立ち向かう気力が生まれるのであろう。ウォーキングはストレス解消の方法のすべてを兼ね備えている。「歴史を訪ね、自然に触れ、友と語らう」ボクの造語を久しぶり言葉にした。




2010/07/26(Mon) (第1313話) 返信 寺さん MAIL 

 “一人暮らしをしている長男に、誕生日当日の朝、「おめでとう」のメッセージメールを送った。愛想なし、音さたなしの冷たい息子に、母として生活注意事項なるものもたらたらと並べ、息子からの反応を待った。
 反発の言葉を予測して次なる手を画策していたところ、即行で返ってきた。「産んでくれてありがとう。この年になると、父さん、母さんへの感謝の気持ちが強くなるよ・・・」
 うわぁ、反則だぁ。予期せぬ文面に、うかつにも涙腺を緩めてしまった。人並みに反抗期のトンネルもくぐったし、意見の相違から夜遅くまで親子でディベートしたことも。けれど、今回の返信メールを最後まで読んでいると、《ああ、息子は社会に出て、周りの人たちに支えられ、育てられているんだな》と感じた。
 「こちらこそ、生まれてきてくれて本当にありがとう」と本心を伝えようと思った。でも、心配性の親の心子知らずでめったに連絡してこない息子に侮しいので、返信するのをやめた。”(7月14日付け中日新聞)

 岐阜県多治見市の介護支援専門員・稲山さん(女・52)の投稿文です。稲山さんの息子さんは素直な息子さんだ。やはり社会に出て成長されたのだろう。でも普通はなかなかこうはいかない、当然次の手が必要だろう。ありそうでなかなかない話だ。それだけに涙が出て当然だ。親の涙を誘うことなど簡単だ。少し素直になればすぐできることである。心がけて欲しいものだ。ボクも流してみたい・・・いつそんな事件が起きるやら・・・。




2010/07/24(Sat) (第1312話) 夏は来ぬ 寺さん MAIL 

 “友人のKさんが、卯の花を持ってきてくれました。卯の花と聞いて一瞬、春先のかれんな黄色い花を想像しました。それは白い美しい花で、かぐわしさが漂っていました。
 ♪卯の花の匂う垣根にホトトギス早も来鳴きて忍び音もらす夏は来ぬ このように美しく歌われた初夏の花だと分かりました。
 それから二日目の朝に「テッペンカケタカ」と鳥の鋭い声が聞こえてきました。今年も「夏は来ぬ」です。また、気にしていると、キジ、キビタキ、ヒバリ、ヤマガラ、カッコウ、コジュケイなどが今を盛りと鳴きだしたではありませんか!ツバメやヒヨドリは悠々と夏空を飛び交って、命を輝かせています。夜には幻想的な光を放って蛍が乱舞しています。
 忙しく毎日を送っていると、なかなか気付きませんが、自然の風の音、木々の萌だす色など、すべての景色に深く浸っていると、今まで感じなかった事象に気付かされます。これからは季節に先駆けて、もっと自然の豊かさを感じとっていきたいと思い、きっかけをつくってくれたKさんに感謝しています。”(7月13日付け中日新聞)

 岐阜県富加町の自営業・酒向さん(男・67)の投稿文です。梅雨も明け本格的な夏が来た。夏には夏の鳥が啼き花が咲く。自然の変化についていろいろ取りざたされているが、それでもまだ日本の四季は豊かだ。酒向さんの岐阜県富加町は都市近郊とは違い、一層豊かであろう。鳥などは大いに違って多かろう。この暑さはたまらないが、この暑さを知っていればこそ、秋のさわやかさがより嬉しいのである。
 この文を書きながらふと思った。自然の恩恵を金勘定したらいくら位になるだろう。財産に入れたらとんでもない資産家になるのではなかろうか。逆に受けている自然の恩恵を買おうとしたら多分いくら大金持ちでも払いきれないのではなかろうか。自然の恩恵に感謝しつつ、大切にしなければと一層思うのである。




2010/07/22(Thu) (第1311話) 緑のカーテン 寺さん MAIL 

 “わが家の緑のカーテンは十一年目で、自宅西側ベランダで始めました。緑のカーテンは熱エネルギーの遮断効果があります。葉の気孔からの水分蒸散により日差しを和らげ、室温の上昇を抑え、騒音の低減効果も確認されています。わが家でも西日を遮リ、エアコンの温度と運転時間で効果を実感しています。
 当初はアサガオでしたが、以後ヘチマ、ゴーヤ、フウセンカズラを加えてきました。年ごとに採れる種は友人たちにも分けてきましたが、今年はアサガオとフウセンカズラの二種類にしました。視覚的にも涼感効果は満点です。私の住む一宮市では個人や家庭を対象に「いちのみや緑のカーテンコンテスト」を実施し、十月下旬に優秀事例の発表があります。省エネ、地球温暖化防止の行動がさらに広がることを期待します。”(7月13日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の久保さん(男・74)の投稿文です。エコ生活、温暖化対策のひとつの方法としてよく言われることである。できる環境さえあればそれほど手数のかかる手法ではない。広がることを期待したい。ボクの住む一宮市でこんなコンテストがあるとは知らなかった。今年の優秀事例発表には気をつけていよう。
 今我が家ではゴーヤやフウセンカズラが勢いよく繁り始めている。ただし、窓の前ではない。いつも窓の前にできないか考えてみるが、それをすると通る所が狭くなって不便になってしまう。家全体が緑に囲まれている環境にはあるが、もう少し考えてみよう。ただし、我が家は来客のある時以外ほとんどエアコンを使うことない。その努力はしている。




2010/07/20(Tue) (第1310話) 節分行事 寺さん MAIL 

 “八十歳の母が、家族の輪をつないでくれる大切な行事を教えてくれました。昔、小学校の先生から聞いたそうで、私も小さいころから親しみ、今でも毎年欠かさず実行しています。
 節分に「鬼は外、福は内」と豆まきをした後、家族全員が一部屋に集まります。明かりを消して真っ暗にした後、かごいっぱいに用意したチョコレートやせんべい、あめなどを部屋のあちこちにばらまき、みんなで競って拾い集めるのです。この日は、どんなにけんかをしていても、嫌なことがあってもみんな集ります。ずるをして電気をつける子がいたり、頭をぶつけて「キャー」と叫んだり。本当に楽しいひとときです。
 私も小さいころ、母が菓子をまき、父と弟と一緒にキャーキャーと盛り上がったものです。みんなで拾ったお菓子を見せ合い、交換したり、笑ったり。家族のきずなが希薄な今、ぜひ楽しんでみては。”(7月8日付け中日新聞)

 愛知県半田市の主婦・伊与田さん(51)の投稿文です。家族一同が夢中になって楽しむ姿・・・良いですね。この思い出、絆がいざというときのも役に立つ。こうした家庭行事も小さい子供がいるうちは大切にするが、子供が離れていくと共になくなる・・・・大切にしていた家庭でも消失していった家庭が多いのではなかろうか。
 ボクの家庭も例外ではない。老夫婦二人では誕生日会もクリスマス会もない。正月に一族郎党が集まる位であろうか。集まって食事をする位のことは年に何回もあることであり、何も正月にまですることもない。いつまでたってもお客様気分で食べていくだけの子供らになくそうかと思ったりするが・・・・一番苦労している妻が言い出さなければボクが言うことではなかろうか。




2010/07/18(Sun) (第1309話) 小さな交流 寺さん MAIL 

 “六月上旬のある朝、近所の長女宅から帰ろうとした時のこと。玄関先に出てきた孫娘(二つ)にちょうど居合わせたごみ収集車の作業員の方があいさつしてくれた。孫娘もうれしそうに手を振り、しばらく仕事を見ていた。
 長女の話ではいつも孫娘は車の音が聞こえると玄関に出る。その都度、収集車の三人の男性は「おはよう」と言ってくれるそうだ。毎週二回、当たり前のように出していたごみ。収集する人の顔も知らないまま過ごしていた。孫娘は片付いたごみ置き場を見て「きれいになったね」と喜んでいるという。
 やさしく接してくださり、ありがとうございます。暑くなりますが、お体に気を付けてください。”(7月8日付け中日新聞)

 愛知県あま市の主婦・増田さん(63)の投稿文です。ごみ収集の仕事は少し考えてみるだけでも大変である事は分かる。各家庭で持っているのがいやで捨てるものである。汚さ、臭い・・・外気にさらされてする仕事である。収集車の周りを走って集めている姿も見かける。これから暑くなると更に大変である。こんな人たちに2歳の女の子が声をかけてくれる。それもいつも待っていたように出てきてくれる。嬉しいであろう。一時の清涼剤であろうか。お互いに近親感が生まれる。大人もこの子供のような気持ちを持ちたいものだ。
 以前にも書いたが「お客様は神様だ」という言葉が大きな勘違いを起こしていると思う。「公務員は公僕」という言葉もよくない。どちらかを下に見る発想は、自分が優位についたら人を見下すということである。世の中のことはすべてお互い様である。一方だけでは成り立たないのである。少なくとも仕事をする人には感謝をしよう。




2010/07/16(Fri) (第1308話) 混植 寺さん MAIL 

 “コンパニオンプランツという言葉を園芸雑誌で知りました。植物と植物の混植によって害虫や病気の発生を抑え、成長を促進させることです。
 以前、スイカの苗の横にネギを数本植えたら立派な果実が採れました。今思うと、これもその効果であったようです。キャベツの苗とソラマメを混植すると、キャベツに付くアブラムシがソラマメの茎や実の外側に付着します。実の中には入らないのでキャベツは守られます。ナスの苗にはバジル、ネギ、ニラなどが効果的だそうです。
 私はナスの苗の横に落花生の種をまきました。落花生の葉が茂れば敷きわらの役目を果たし、夏の暑さ対策になります。ナスは栽培期間が長く、十一月ごろには落花生の収穫期と重なります。今からナスと落花生の同時収穫がとても楽しみです。皆さんも一度試してみてください。”(7月6日付け中日新聞)

 三重県志摩市の杉本さん(女・43)の投稿文です。混植というのは知らなった訳ではないが、あまり気にしていなかった。コンパニオンプランツという言葉は初めて知った。調べてみるとあるはあるは・・・・。
 野菜作りに全く農薬を散布しないボクは、虫にも喰われるままにしていた。商品ではないのでそれでもやっていけるので良しとしていたが、良いものができるのに越したことはない。こんなことでできるのではあれば、工夫する必要がある。ボクのは単なる怠け者でしかなった。
 ボクの混植は草である。これなら誰にも負けない。草も取らない方が良いという話を聞いたこともあるが、草では野菜の方が負けてしまう。ボクのはこれも単なる怠け者であるだけである。




2010/07/14(Wed) (第1307話) 蛍 寺さん MAIL 

 “蛍を見に出かけた。名前が同じ「ほたる」というお店で、暗くなるのを待った。
 「ほう ほう 蛍来い」月が出ていない田んぼ道を、わくわくしながら歩いた。「わぁー、すごい!」
 中高年のおじさんやおばさんが、子どものようにはしゃいだ。糸状にくるくる舞う黄色の光が、何とも幻想的だ。子どものころ、たびたび近くの川に蛍を見に出かけた。捕まえた蛍を蚊帳に放してやると、こぞってきれいに光った。いつの間にか、その中で眠ってしまったが、あの蛍はどこへ行ってしまったのだろう。
 カエルが、ゲロゲロ合唱している。川のせせらぎが、耳に心地いい。店から差す明かりで、田植えの終わった田んぼに苗がかすかに揺れているのが見えた。時間がゆったりと流れているのを感じる。余韻はしばらく続き、数日間、夢心地で過ごした。
 自分だけの胸にとどめておくのはもったいなく、みんなに蛍の話をすると、誰もが優しく幸せそうな顔をした。”(6月28日付け中日新聞)

 愛知県豊橋市の主婦・永田さん(58)の投稿文です。蛍のあの幻想的な風景に懐かしさを覚える人は多かろう。田畑に消毒が盛んに行われるようになってそんな風景は激減した。そんな風景を知る人は何歳まで位の人であろう。50歳位までであろうか。それを懐かしむ人々がその再現に力を入れている。そして、いろいろな所で蛍鑑賞会が開かれるようになった。ボクの身近でも多い。一宮平成ホタルの会というのもある。グラウンドワーク東海にもそんな団体がいくつも登録されている。
 永田さんは豊橋市と言われるから、この川は内山川ではなかろうか。内山川には「内山川ホタルを守る会」と言う団体がホタルの育成に力を入れている。ボクはその会の幹部の人を知っており、先日もその会の活動を聞いたばかりである。
 失われた自然を取り戻すのは難しい。人間の活動には大いなる配慮が必要である。




2010/07/11(Sun) (第1306話) ママのごみ拾い 寺さん MAIL 

 “一歳の息子を連れて公園デビューを果たした。公園にはいろいろなルールがあると聞いていたが、どのママたちも優しくて、今は私の方が公園を楽しんでいる。
 ルールではないが感心したこともある。それは早く来たお母さんたちが公園のごみを拾っていることだ。私も一番早く公園に着いたとき、お菓子の袋や割れた瓶が散乱していたことがあった。そのとき私は息子が拾わないように離れた所で遊ばせようとしか考えなかった。
 しかし、次に来たお母さんが袋を取り出して黙々と拾い始めたとき、やっと気付いた。自分たちが使う場所の掃除をするのは当然なのだ。まして自分の子どもの安全のためなのだから。社会に出てから掃除は誰かがやってくれるもの、と思ってしまっていた自分が恥ずかしい。きょうも私はかばんにポリ袋を準備して公園へ向かう。”(6月22日付け中日新聞)

 名古屋市の主婦・林さん(39)の投稿文です。林さんには、ごみを片付けるお母さんを見られた時には目から鱗が落ちる気持ちであったろう。そして「ごみのある遊び場を避ける」から「遊び場のごみを片付ける」に発展された。小さな発展ながら嬉しいことである。このことが、自分の関係ないことまで発展される事を期待したい。
 しかし、ごみ問題は捨てる人がいなければ何の問題にもならないことである。捨てる人と拾う人に別れていてはいつまでたっても解決しない。月に1回全市民、全国民でごみ拾いを義務づける。無くなるまでする。こうすれば1年もすれば全くごみの落ちていない国になると思うが、いかがであろうか。




2010/07/07(Wed) (第1305話) 夫婦漫才 寺さん MAIL 

 “「ただいま〜。元気か」「おかえり!元気、元気。元気があれば何でもできる!」主人が帰宅した時の会話です。
 仕事が面白くて現役で頑張っている主人と、三年前に退職し、年中休日という優雅な生活にどっぷり漬かっている私。結婚して四十二年、二男二女、四人の子どもに恵まれ、私の母も一緒に暮らしていたので子育てのころは七人の大家族で、にぎやかな毎日を送っていました。子どもたちも独立し、三年前に母も他界したので今は夫婦二人の生活になりました。二人きりの食事も「新婚さんだね」と話が弾み、アルコールが入れば、ますます絶好調。毎日、夫婦漫才を楽しんでいます。子どもたちも遊びに来ては大笑いして喜んでくれます。
 夫婦二人きりになると会話が途絶えて困るとか、熟年離婚とかを耳にしますが、わが家には無縁。「難しい話をしようとするから、会話がなくなるのかな」「思ったことをすぐ言葉にすれば、いくらでも続くのにね」。休日のドライブ中も、夫婦漫才はとどまることを知りません。共に白髪になっちやったから、残りの人生もよろしくね。”(6月18日付け中日新聞)

 愛知県大府市の西浦さん(女・64)の投稿文です。羨ましいですね、理想ですね。夫婦二人になると必要なことは阿吽の呼吸で分かってしまう、会話は全く少なくなる、これが一般のようです。バスツァーなどで夫婦組が多いと静かなものである。でも、これが好ましいかと言われれば、すぐには頷けない。やはり適度な会話はあった方がいい。この夫婦漫才のようになれば更にいいだろう。笑う門には福来たる、笑いは人の薬、笑いが悪い訳がない。笑いや笑顔のある家庭作りに心がけねばならない。子供や孫のいる内は自然に笑顔もこぼれるが、それを夫婦二人になってもつないでいきたいものだ。今の我が家は孫の話題が多い。
 今夜は七夕、織り姫と彦星は出会った時どんな会話をするのかな?久しぶりの出会いにただ黙って見つめ合うのか、時間を惜しむように会話が途絶えないのか・・・。




2010/07/05(Mon) (第1304話) 外国人 寺さん MAIL 

 “岐阜県美濃加茂市に住むボリビア国籍の会社員フィニー・ルカスさん(37)が今春から、市の消防団員と自治会長を務めている。同市は今年四月時点で外国人が市人口の9.4%を占め、全国の市で最も外国人率が高いが、外国人の団員は初めてという。(中略)
 「不景気の中、日本で正社員になれたことに深く感謝している。夜中までパーティーを開くボリビアのリズムにはもう戻れない」と肩をすくめる。日本で生活しやすいように子どもの名前は全員、日本語で付けた。
 四年前、ホタルがすむ美濃加茂市三和町の市営住宅に移転。「自然豊かで、子どもが自転車で遊んでいても安全」。自分の家を町内に建てたいという。この春、市営住宅十七戸の自治会長を決める会合で手を挙げたところ、拍手で迎えられた。十人いる同町の自治会長の一人として、まちづくりの会合や川の清掃に参加する。(後略)(6月18日付け中日新聞)

 「虹」という記事欄からです。外国人で、37歳の若さで、それも住んでまだ4年の町の自治会長に進んで手をあげる。この勇気と、地域の役に立ちたいという気持ちに拍手である。自治会長の役など誰も逃げたいところである。決めるのに苦労している町も多かろう。育った国柄の違いであろうか、ルカスさんの人格だろうか、こうした人が自治会長を務めるようになると、町の雰囲気も大いに違って来るだろう。期待したい。
 ボクの村は550戸位あり、町会長(自治会長)を努めるとなると、とても常勤の会社員は勤まらない。今のまま何の手も打たないと、来年は間違いなくボクに町会長が回ってくる。どうしてももう2年待って欲しい。ボクの要望をその時期なったら伝えるつもりでいるが、聞き入れてもらえるか、今これが一番気がかりな問題である。ルカスさんは17戸と言われるから、ボクのところでは組長であろう。組長は輪番制である。




2010/07/02(Fri) (第1303話) 農繁休暇 寺さん MAIL 

 “子どものころ、田植えに雨はつきものだったのに、今では田植えはいつ始まっていつ終わったのか分からないほど季節感が薄れた。
 わが家では小学三年生になると田植えの手ほどきを受けた。次の年からはもう一人前の戦力扱いで、母と妹と私とで毎日、田植えに追われた。雨の日、朝起きるとかっぱの争奪戦が始まり、妹とよくけんかをした。今のようにゴム引きのしっかりしたものではなく、畳表のような1m四方のものに油紙を張っただけのもので、すぐびしょぬれになった。乾燥機のない時代で、蚕用の炉で乾かしたりした。学校の農繁休暇のうちに終えたい両親の思いもあって、雨だから休むということはなかった。
 それでも日一日、棚田が緑に変わっていくのは、子ども心にも充実感があった。雨の中、毎日追いまくられた戦後の貧しい時代の田植えの思い出だ。”(6月16日付け中日新聞)

 岐阜県恵那市の安田さん(女・74)の投稿文です。安田さんとは10歳ほど年齢が違うが、ボクも全く同じ体験を持つ。当時、田舎の学校は田植え休暇や稲刈り休暇があった。と言うことは、小学生でも田植えや稲刈りを手伝うのが当然のことであった。子供も家事を手伝う、その機会を与えた方がいいと思う。昔は普通にその機会があったが、今は作ろうとしなければできない。
 今では田植えの開始時期もバラバラになったが、当時ボクの村では7月1日と決まっていた。まさに一斉にはいるのである。父母とボクと3人が横1列に並んで進めていく。午後にはいると腰が痛くてたまらない、硬い土に指も痛くなる。蛭もいっぱいいて喰われた。大変な労働であった。当時を知るだけに、今の時代の何と楽になったこと。それでも日本の農業は衰えていく。



川柳&ウォーク