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第64号  2009年8月

2009/08/30(Sun) (第1162話) 母の世まい言 寺さん MAIL 

 “ずっと前向きに生きてきた母が、変なことを言い出した。「長く生きすぎた。目も耳も体も不自由になり、仲の良かった友達は次々に亡くなり、生きていても何の楽しみもない。もう、あの世に行こうと思う。今日からお茶だけにする。一週間もすれば、死ねると思う」「そんなに急がなくても、ゆっくりしていけよ」と兄。食事係の弟はいつも通り食事時には母の好物を用意した。一日目、二日目と母は頑固に「食べない」。しかし三日目に決心が揺らいでちょっとだけ口にし「計画が狂ってしまった」と後悔した。一ヵ月の間に何度か計画を狂わせ「心は死にたがっているが、体は生きたがっている」ことに気付き、きちんと三食取るようになった。
 三ヵ月前まで買い物に使っていた手押し車を家の中に持ち込み、食卓やトイレヘとヨタヨタした足取りながら、自力で押し始めた。そして、同居している兄と弟に「死ぬまで頑張るからよろしくお願いします」と神妙に頭を下げた。間もなく九十六歳になる母の「世まい言」に付き合わされたーヵ月でした。安心して長生きしてください、お母さん。”(8月10日付け中日新聞)

 名古屋市の主婦・柚原さん(61)の投稿文です。ボクにはまだよく分からないが、高齢になった時、誰もが一度は落ちる世まい言ではなかろうか。今までのように思うようにできない、人の世話にならねばならない、もう夢もない、もういつ死んでもいい、いや、もう早く死にたい、ボクも何年後にきっと落ちると思う。でもほとんどの人は落ちるだけである。落ちてみるだけで、ほとんど死ぬ気などない。柚原さんは断食まで始められたのだから、変な言い方だが偉いものだと思う。でも、苦しくなればできないのである。これでいいのだと思う。
 人間何歳まで生きてもこれでもういいと言うことはない。ボクの母はもうかなり痴呆が進んできていて食べる位しかできない90歳の時「まだ90歳だから」といって、我々をびっくりさせた。この8月に義母が亡くなった。86歳であった。死因は老衰とあった。静かな眠りである。考えてみると、老衰という死因は最高の死に方ではなかろうか。病に冒されたのでもなく、事故でもなく、まして自殺などと言う無理な死に方でもない。命を全うしたのである。終わりよければすべて良し、最高の死に方は最高の人生でもある。




2009/08/28(Fri) (第1161話) 畑でラジオ体操 寺さん MAIL 

 “ラジオ体操を続けて24年。現役時代は朝6時半に家を出るため、できなかった。
 朝5時に起床。コップ1杯の水を飲む。玄関□で太陽に向かって深呼吸。それから約1時間あまり新聞を読む。6時半になると上半身裸になりラジオ体操を始める。10分の体操が終わると同時に軽くお辞儀。「ありがとう。今日も1日健やかに過ごします」と誓う。ひと汗かいた所で朝風呂。血行を良くするためだ。
 暑い夏は少し変わる。朝の5時半から7時ごろまでの涼しいうちに畑に出かける。携帯ラジオを聞きながら草取りや夏野菜の収穫をする。6時半になると畑の真ん中で体操を始める。終わったところで色づいたトマトをもいで食べる。さわやかな気分。
 手足を伸ばすこと、体を前後に曲げること、首を左右に回すこと、跳躍をすることなど、すべて血行をよくすることにつながる。前かがみになりがちな老人にとってラジオ体操は健康維持の源だ。”(8月3日付け朝日新聞)

 愛知県岡崎市の伊豫田さん(男・84)の投稿文です。高齢者が自分の健康作りをするのは義務である、とこの「話・話」で書いたことがある。健康をおろそかにすることは本人はもちろん、国も社会保障という大きな負担を追わねばならず不幸である。伊豫田さんの84歳にしてこの姿勢はまさに優等生である。
 畑でラジオ体操にいたっては敬服である。ラジオ体操など場所を選ばずである。始めて24年と言われるから、その時間ができてすぐ始められ、今だ継続されている。ラジオ体操については2009年4月3日の「(第1089話)体育館通い2000回」で報告したところであるが、遅掛けながらボクも始めてもう1年以上になる。そして、始めて半年でその効果を実感した。ボクは50肩の治療を怠り、肩の筋肉は固まり、冬の初めになると毎年痛んだ。痛くて時には治療に通った年もある。ところが昨年は全くその痛みを知らずに通り抜けた。ラジオ体操で肩をよく動かすからであろう。固まっていた筋肉もかなり軟らかくなった気がする。ラジオ体操を続ける効果は大きい。




2009/08/26(Wed) (第1160話) 品物到着の一報 寺さん MAIL 

 “今年も北海道に住む妹が特産のメロンを送ってくれました。届いたのが夕方でしたので、夕食後にお礼の電話をかけようと思っていました。数分後、「送ったけれど届いた?」「ごめん今お礼を言おうと思っていたところ」と慌てて返事をしました。
 箱の中には紙切れが入っていました。こう書かれています。「販売店からお客様へ。大切な贈り物をした時、無事届いているか心配なものでございます。もしよろしければ、贈り主様に品物到着の一報を入れていただけますと幸いです」販売店への問い合わせも多いのでしょうが、よくぞこの一言を添えてくれたと感心しました。勝手なもので、自分が送る立場であれば「もう届いたか、喜んでくれたかしら」と気になります。
 手紙にはすぐ返事、借りたら早く返す、いただいたらすぐお礼の手紙を、と亡き母から言われ続けたものです。この販売店は確か女性の店長さんでした。改めて教えていただきました。”(8月7日付け朝日新聞)

 愛知県小牧市の主婦・本田さん(62)の投稿文です。小さな心がけです。このことが世の中スムーズにする。ボクも心がけていることではあるが、時折手を抜く。抜くと返っていつまでも気にかかり、精神的によくない。本田さんがお母さんから教わった心がけは本当に大切なことです。生活には小さな知恵があり、こういうことができて家庭人として一人前と言えるでしょう。先日の風鈴の話も似たようなことでしょう。
 多分、現代人にはこのことを知らない、こんな心遣いができない人も多いのではなかろうか。また教えてくれる人も少ない。そのことを販売店が教えてくれた。それとなく目につくところで社会のマナーを伝えていくことは大切であろう。




2009/08/24(Mon) (第1159話) 「本の森」で会う 寺さん MAIL 

 “夏休みに入る前の最後の国語の授業で、高校1年の生徒たちを図書室に連れていった。成長期まっただ中のはつらつとした生気、何かが分かった時や考える時に強くなる目の輝き。たまに利く、へらず□もなかなか頼もしい。そんな彼らが、思い思いに本を選んでいる。
 「先生、この間薦めてもらった本、おもしろくて今もう3巻目です」と言う男子の手に司馬追太郎の「竜馬がゆく」がある。「これ、おもしろかった。先生も読んでみて」と小説を差し出す女子。「僕、ちょっと泣きたいんだけど、お薦めの本ないですか?」と男子。
 生徒と同じ本を読み、感想を交わす。私はそれを「本の森で会う」と呼んでいる。同じ本を読んでこの「本の森」で出会ったら、互いに響き合えると思う。私もそこで人と出会いたい。「本の森」で生徒だちとばったり出くわしたい。夏休み明けが楽しみだ。”(8月5日付け朝日新聞)

 大阪市羽曳野市の高校講師・斉藤さん(女・47)の投稿文です。「本の森」という言葉に引かれた。魅力的な言葉である。多感な高校生である。こういう先生に導かれて沢山の良い本を読めば、いい心の糧ができるであろう。
 ちょうど1年前の2008年8月20日の「(第979話)ローマ人の物語」を思い起こして頂きたい。三重県いなべ市の梅山さん(女・60)が高校生にこの本を読むことを勧めた文である。実はその後この文にそそのかされ、ボクはこの本を読むことに挑戦したのです。ただ文庫本で読み始めましたので、現在のところローマが衰退に向かい始めたところで発刊は終わっています。それでも34巻あります。この34巻を昨年9月から通勤電車の中で読み始め今年6月で読み終わりました。まさに梅山さんの言われた通り、全く面白い。イタリアへの興味も広がり、行ってみたくもなっている。
 本は映像や絵のあるものに比べ、想像力を働かせねばならない。それだけ不便とも言えるが、それが良さでもある。絵を与えられてしまうと観念が固定してしまう。自由な想像力が働らくところが本の魅力でもある。




2009/08/22(Sat) (第1158話) 風鈴の風流  寺さん MAIL 

 “子どものころ縁側につるされていた風鈴の音色が懐かしく、公団住宅に入居したとき、ベランダに風鈴をつるした。しかし、幾日もしないうちに風鈴を取り外すことになった。隣室の住民から「風鈴の音がうるさくて眠れない」と言われたからだ。隣室の人と会ったのはそのときだけで、風流がわからない人だと思った。
 後日、江戸時代についての本を読んでいたとき、軒先につるした風鈴は寝るときは家の中に取り込むものだと知り、顔から火が出る思いをした。ベランダの風鈴は風流ではなく、近所迷惑そのものだったのだ。
 今のマンションに転居して、経験を踏まえて風鈴をつるす場所を考え、パソコン部屋のカーテンレールを選んだ。これなら室内で、近所迷惑にならない。南部鉄の風鈴が二つつるされている。寝るときには窓を閉めるから、夜中に鳴り響くことはない。短冊が吹き飛んでしまったので、手製の短冊をつるしている。”(8月4日付け中日新聞)

 名古屋市の公務員・川上さん(男・56)の投稿文です。風鈴の音に苦情がある話も時折目にする。風流を解さない、隣人への気遣いがない、とお互いが言いっぱなしで終わる場合がほとんどだ。幸いボクの家は夜吊していても誰にも迷惑をかけないので、こんなことに気を遣わなかったが、それでも風鈴は夜取り込むものだとは知らなかった。良いことを教えてもらった。
 この風鈴のように、音は人によって心地のよいものにもうるさいものにもなる。最初は心地よくても、続けられるといやになってくるものもあるし、逆に最初はいやでも馴れてくれば何でもないものもある。ウォーカーの間ではリュックについた鈴がよく問題になっていた。つけている人は背中であまり気にならないが、その後ろを歩く人は目の前で鳴り続ける。これなど見落としがちの例である。それだけに回りに対する気配りが必要であろう。




2009/08/20(Thu) (第1157話) 新聞切り抜き 寺さん MAIL 

 “私は昨年から新聞の切り抜きをしています。自分に興味のあることから、これから役立ちそうなことまですべてです。友達に切り抜きをしていると言ったら「子どものやることじゃないの」と言われました。
 しかし、私にとって新聞は知らないことを教えてくれるマルチ雑誌のようなものです。とても役に立つし、自分自身を成長させてくれます。私は子どもに勧める前に、まず大人がやってみたらいいと思います。少しでいいから自分の好きな記事を集めてみてはどうでしょうか。毎日が楽しくなりますよ。”(8月4日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の遠山さん(女・28)の投稿文です。スクラップを「子どものやることじゃないの」と言われた、と言う話にはびっくりしましたが、世の中そんなこともあるのでしょう。自分に関心のないことには、人間、全く音痴、無知なのです。このことは何事にも関心を持つことの大切さを気付かせてくれます。そのためにも遠山さんがマルチ雑誌と言われるように、新聞は貴重な宝庫です。
 新聞のスクラップをしている大人の人は多いでしょう。ボクなどもこの「話・話」のためにスクラップをしています。妻も料理や家庭生活の記事など若い時から新聞を切り取っています。最近、新聞を取らない家庭があることを聞き、不思議に思います。インターネットで十分という方もあるようですが、これも世代の違いでしょうか。ボクには新聞とインターネットは大きな違いがあり、その代用はできない気がするのですが・・・。
 遠山さんは28歳、こうしたことを始めにくい年齢ながらよく気づかれたと思う。始めたからには長く続けられることを願う。




2009/08/18(Tue) (第1156話) 心温まる記事 寺さん MAIL 

 “私は新聞を読むのを日課にしています。自分の好きな時間に、読みたい記事をいつでも自由に見られるのが新聞の魅力です。でもいつのころからか、暗い事件や事故のニュースばかり目立つようになりました。
 不景気で職を失った人のことや、新型インフルエンザの記事もよく目にします。その中で、私かいつも楽しみにしている記事があります。「くらしの作文」や「おたまじゃくし」、「発言」のコーナーです。それに最近は「虹」のコーナーが加わりました。どれも読者さんからのほのぼのとした心温まる話題ばかりで、読んで本当にほっとします。何げない日常生活の中にある、小さな幸せを紹介するコーナーが新聞にあるのはすてきなことではないでしょうか。私はいつまでも続けてほしいと願っています。”(8月1日付け中日新聞)

 名古屋市の自営手伝い・清水さん(女・38)の投稿文です。この内容は2009年7月16日に書いた「(第1140話)恩送り(その3)」にボクが主張したことを、中日新聞の例で説明してもらったようなものだ。新聞のニュース面、特に政治面、社会面は暗い出来事を知らせるページであろうか。多分昔も今も変わらないと思うが、最近は悲惨な事件が多いだけによりそう思うのかもしれない。人間はそうしたニュ−スにより興味を持つ。「対岸の火事は大きいほど面白い」「他人の不幸は蜜の味」と言う言葉もある。知らせる意味が全くないとは言わない。しかし、より良い社会にするには、良いニュースを知らせた方が効果は大きいと思う。温かい気持ちになれば幸せ感も湧く。著名人の話も良いが、できれば一市民の何げない日常生活の中にある、小さな幸せを紹介する欄を少しでも多くして欲しい。ボクが「話・話」の題材に困らない程度にはお願いしたいものだ。




2009/08/16(Sun) (第1155話) 至福の山暮らし 寺さん MAIL 

 “山暮らしを始めて八年目。夫の趣味に付き合って都会から移り住み、馬と愛くるしい猫二匹に囲まれて暮らしています。
 炎天下での干し草作りは、かわいい馬のためとはいえ、大変な作業です。農家から頂いた草を二、三日間日干しし、カラカラに乾いたら納屋に入れます。一年分の干し草を作るのに、夏場の天気の良い日には毎日続けます。こんなはずではなかったと思いながらの作業です。でも今は、暇さえあれば庭造りに励んでいます。花より草の成長が著しく、草取りに追われますが、野鳥のさえずりをBGMにして楽しんでいます。
 こちらに来て漆黒の夜を味わいました。満天の星を見るたびに驚嘆しています。この時季には、迷い蛍が二、三匹、軒の下までやって来ます。まさに私にとって至福の時です。性急な性分の自分がこのごろ変わってきたなと思うのです。ある作家さんいわく「せっかちは、最大の罪である」とか。肌で自然が感じられるこの環境の何もかもが、とてもゆったりとした気分にさせてくれます。青々とした水田を見渡しながら、癒やしを与えてくれる日本の美しい里山をこれからもずっと残してほしいと、まだ少しせっかちが残る心で思うのです。”(8月1日付け中日新聞)

 愛知県設楽町の主婦・塚本さん(59)の投稿文です。最近は都会の喧噪に疲れ、田舎暮らしを求める人が多いという記事を目にする。塚本さんのお住まいの愛知県設楽町なら言われるようなのどかな山村生活であろう。退職後に行かれたのであろうか。馬まで飼っての生活と言われるのでかなり本格的な農業生活である。もう8年もたつと言われるので、生活も安定し、慣れられたことであろう。このように満足した投稿文も書かれるので、田舎暮らしが成功した例だと思う。
 でも農家に生まれ、今も日曜百姓だけでも苦労しているボクには、このあこがれは危険な気がする。退職金や年金でお金の心配がなくても、便利な都会生活に慣れた人が、田舎の不便にどこまで耐えられるか。まして農業で生計を立てるとなると生半可なことではできない。塚本さんが言われるように、生計を立てなくても農作業というのは大変である。また、元気なうちはまだしも車も乗れない高齢になればどんな生活になるのだろう。
 山村は過疎化に悩んでいる。人が増えるのは好ましい。いろいろな政策もなされるのであろうが、若い人が住む田舎にならないと抜本的な解決にはならないだろう。狭い日本、こんなに一部に集中してどうするのだろう。道路ができ、情報もどこにいても得られるのに、ますます集中するのは何なのだろう。




2009/08/13(Thu) (第1154話) 一瞬で畳めるマイバッグ 寺さん MAIL 

 “ひもを引っ張るだけで、マイバッグをスポッと収納。富山市立東部小学校五年の石黒紀行君(10)が、折りたたみ傘を改良して一瞬で畳める買い物用マイバッグ「スポッとバッグ」を考案して特許庁に出願。今月になって、同庁から査定証が届き、石黒君の特許取得が確実となった。
 発明のきっかけは、母志帆さん(40)が「折り畳むのが面倒」と漏らした一言。昨年、夏休みの自由研究として、新しいマイバッグの制作に取り組んでいた時、不要になった折りたたみ傘に目が留まった。骨組みを取り外してパッグに作り替え、取りつけたひもを引っ張ってバッグを小さくし、かさ袋の中に収納する方法を思い付いた。
 完成品を見た家族の勧めで、志帆さんが弁理士に相談し、特許を申請することになった。「何でも自分で作るのが好き」と話す石黒君。将来の夢は「科学者と発明家」。特許を取った感想を尋ねると「がっぽりもうかるかな」と笑顔でおどけた。”(7月28日付け中日新聞)

 記事からです。母親の漏らした一言から発明につながるとは、素晴らしい子供がいるものだ。それも特許を取得するような発明とは・・・・全く子供は侮れない。
 「発明の日」があるかと調べてみればそれは4月18日でした。明治18年のこの日に「専売特許条例」が公布されて発明の権利の保護と発明の奨励が行われるようになったことを記念して昭和29年に定められたということです。ところが「愛知の発明の日」があるのです。それは8月1日です。7月31日にトヨタテクノミュージアムで開かれた「愛知の発明の日記念シンポジウム」という催し物に参加して初めて知りました。愛知県が平成16年3月に策定した「あいち知的財産創造プラン」の中で、「知的財産を大切にする風土づくり・基盤づくり」を進めるため、豊田佐吉翁が明治31年に最初の”動力織機”の特許を取得した8月1日を「愛知の発明の日」と定めたということです。愛知がものづくりで栄えてきたことは、愛知県民であるボクとしてはよく知っていることであり、また誇りに思っていることである。調べてみると、日本の十大発明家(昭和60年特許庁選定)と言うものがあり、その内、6名が中部地域の出身者であり、平成12年以降平成20年までにノーベル賞を受賞した8名の日本人(受賞時米国籍を含む)全てが、この地域に縁のある人であるということには更にびっくりした。 
 一宮友歩会の今年の6月例会は稲沢市内の史跡を訪ねたが、その時豊田佐吉が身を寄せていた工場跡地に立ち寄った。ここが佐吉の織機の発祥に地であるという説明もあった。実はボクの娘婿は特許を扱う弁理士である。ここまでいろいろ発明に近い位置にいると、孫に頑張ってもらうしかないだろう。




2009/08/11(Tue) (第1153話) 3組の連係プレー 寺さん MAIL 

 “ある日の夕方六時ごろ、豊橋市の小見門みよ子さん(40)が車を運転していた時のこと。赤信号で待っていると、二歳くらいの男の子が交差点の真ん中に向かって、よちよちと歩いて行くのが見えた。辺りを見回したが保護者の姿はない。交通量が多く、このままでは危ない。慌てて車の窓を開けて大声で「僕ー、だめー、戻って!」と叫んだ。しかし男の子は、きょとんとして指をくわえたまま立ち止まってしまった。
 横断歩道を歩いている年配の夫婦の姿が見えた。その二人に「この子を見てください」と叫んだ。気付いてはくれたものの、車の行き来が激しく近寄れない。その時、自転車に乗った男子高校生がやって来た。「その子を・・・」と窓から手を出して指さす。すぐに事態を把握し、自転車から降りて素早く保護してくれた。
 信号が青に変わり、先はどの夫婦が走って来た。「迷子かな。交番に連れて行きます」と言い、高校生から男の子を預かってくれた。高校生に「お兄ちゃん、ありがとう」と言うと、笑顔で軽く一礼をして、何事もなかったかのように再び自転車に乗って去って行った。見ず知らずの三組の連携プレー。ほんの三十秒ほどの出来事だったという。”(7月26日付け中日新聞)

 志賀内さんの「ほろほろ通信」からです。この文を読んで似たような話を書いたことを思いだした。捜してみたら2006年10月19日の「(第669話)目は口ほどに」であった。共に交差点で、見ず知らずの人の連携である。通じるものである。こういう行為は聞くものにも清々しい気分にさせる。最近、人のことには無関心の話も多いだけに嬉しい出来事である。
 人は本来、自分に大きな差し障りがなければ人の役に立ちたいと思っている。それは人に喜ばれることであり、自分が良く思われることであるのだから。人は人に良く思われたいのだ。何か偽善であり作為的であるが、この気持ちは大切だと思う。否定される方もあろうと思うが、何もしないよりは良い。無償の好意は素晴らしいが、誰にもできることではないし、それを言ったら何もできなくなる。最近は人のことには無関心の話も多いだけに、関心を持つことだけでも貴重だ。




2009/08/09(Sun) (第1152話) 出会った天使 寺さん MAIL 

 “東京に行くため、地下鉄で名古屋駅に向かっていました。途中の伏見駅で東山線に乗り換えようとした時です。あろうことか階段で転倒。ハンカチを患部に当ててその場にうずくまっていますと、どこからともなく人の声。「大丈夫ですか?」「駅員さんを呼びましょうか?」。中には外国人の方もいらっしゃいました。優しさと恥ずかしさと申し訳なさで、泣きそうでした。
 すると、一人の若いお嬢さんが素早く医薬品を調達し、駅員さんを達れて戻って来てくださったのです。見ず知らずの私のために・・・。天使だと思いました。他人のために行動するって、なかなかできることではありません。これぞ無償の愛ではないでしょうか。私はこの日、自分の子どもくらいの年齢の方に大切なことを教わった気がします。名前を聞かなかったばかりか、何のお礼もできなかったことが悔やまれてなりません。いただいた花柄のハンカチは宝物にします。どうか、あの天使さんにこれから幸せがいっぱいいっぱい届きますように・・・。”(7月24日付け中日新聞)

 愛知県豊田市の主婦・鈴木さん(50)の投稿文です。鈴木さんには初めて受ける嬉しい出来事であったが、ママある話である。良識人で少し時間の余裕があれば一言声をかけたくなる。ボクも少し前、この「話・話」でも書いたと思うが、地下街ですべって転んだ時、何人もの方から声をかけて頂いた。
 この時重要なことは、声をかけた後の行動である。素早く医薬品を調達し、駅員さんを連れてくる、この天使さんはそれが素晴らしいと思う。気持ちだけでオロオロしていてはどうにもならない、適切な行動に出られて十分と言える。それには常日頃の心がけ、行動、知識、能力と言ったものが必要である。それでこそ天使になれるだろう。これは一朝一夕ではなれない。いろいろなことに備えて日々精進する心がけが重要である。花柄のハンカチも天使さんがくれたものであろうか。




2009/08/07(Fri) (第1151話) 子ども達の機転 寺さん MAIL 

 “給食に「星形のコロッケ」が出ました。しかし、児童たちが配膳の準備中にトレーをひっくり返してしまいました。廊下にいた担任の先生が児童に呼ばれて教室に行くと、半分ほどが床に散らばっていました。先生は職員室に向かい、欠席者の余分がないかを聞くと、他の先生たちが「どうぞ」と差し出してくれたそうです。先生は安心して教室に戻ると、児童たちは無事だったコロッケをそれぞれ半分に切り分けて、全員に行き渡らせていました。
 先生たちからもらったコロッケを「ぼくたちは半分でいいから」「うん、半分でいい」と、もう一度、職員室へ返しにいったとのこと。情景が目に浮かび、みんなの思いやりの気持ちが伝わりました。
 担任の村井貴代先生(26)に尋ねました。村井先生は、児童たちがどんな対応をするのか気掛かりでしたが、短時間で解決していたことに驚いていました。トレーをひっくり返した失敗を誰も責めず、半分に分けたアイデアに「えらいなあ」と率直に感動し、児童を大いに褒めたそうです。”(7月23日付け中日新聞)

 「虹」からです。ボクは自分の子供や孫と接する以外、あまり子供と接する機会の少ない人生だった。それだけに子供のことはよく分からないが、それでも孫を見ているだけでも子供の能力は凄いものだと思う。いくらでも良くなるし、逆に悪くもなる。本当に回りの導き方、接し方次第だと思う。そして、子供世界にもリーダーがいるであろう。自然にできるものである。そのリーダーの影響も大きい。このクラスの話が何によってこういう行動になったのか分からないが、好ましい方向に展開しているのである。乏しさを分かち合う、いい発想である。
 ボクは国も会社もクラスも、社会のことはリーダーの良し悪しが大きい気がしている。ふさわしいリーダーがいる集団はいくらでも良くなるし、そうでない場合は混乱するし悪くもなる。まもなく衆議院選挙であるが、今の日本はどうであろうか。どの党も税金をばらまいて国民受けする政策ばかりで、国家を運営し、国民を導いていくという政策に乏しい気がする。これは優れたリーダーがいないからであろうか。




2009/08/05(Wed) (第1150話) 1人でする 寺さん MAIL 

 “自転車で市内をぶらりと走りました。「ごんごろ緑地」がきれいに整備されているのを見て、中に入りました。1人の男性が掃除をしており、「おはようございます」とあいさつした後、何とはなしに話しかけました。毎日ここへ来て、きれいにしているそうです。
 「市の職員さんですか」と聞くと「いや、全くのボランティアです。毎朝4時から6時まで仕事の前に来て、やっています。あまりに草ぼうぼうで汚かったので、きれいにしているのですよ。2年半になります」とか。花や木を植え、ツツジを刈り込み、土手には自費で千本の彼岸花を育て……。
 びっくりです。川がはんらんして階段の3分の1ほどが泥で埋まった時も取り除いたといいます。県に申し出てくれた人がいて県も機器を使って手伝ってくれたそうです。お名前と年をきくと、私と同い年の68歳。話している間も、ずーっとニコニコ顔。「また来るからね」と握手して別れました。気持ちの晴れる出会いでした。”(7月17日付け朝日新聞)

 愛知県半田市の川田さん(男・68)の投稿文です。また清掃の話である。社会にはこつこつと社会に尽くしてみえる方は結構あるのである。心のある方には清掃は取り組みやすい奉仕であるのだろう。新聞でもよく目につくのでつい取り上げてしまう。でも町はそれほどに汚れているのである。ポイ捨てばかりではなく、造るだけ造ってその後のメンテナンスが足りない公共の場所も多い。役所だけでは、つまり税金ではなかなか負えないので、小さなことはやはり住民の配慮が必要なのだ。その配慮が愛着を増すのである。税金を多く取ってすべて役所がやってしまえば綺麗なものが与えられるが、それでは愛着も持てない。苦労するところに愛着が生まれるのである。1人でするのではなく、多くの人でされるようになると更にいい。




2009/08/03(Mon) (第1149話) 人生の順繰り 寺さん MAIL 

 “次男が結婚した。23歳。親としてはどんな生活をしているのか気になる。だが、一向に連絡がない。しびれを切らして電話をかける。すると面倒くさそうな声で「なに?」。こんなに心配しているのに・・・と思い、つい声のトーンが高くなる。なんだか一人でしやべって電話を切った。
 早速、実家の母に報告し、愚痴った。すると母は笑いながら「何言ってるの。あなたもそうだったわよ」。そう言われて、結婚当初の自分を思い出した。私も、自分から連絡したことはほとんどなかった。電話代も気になったが、それ以上に自分たちの生活に精いっぱいで親のことまで気が回らなかった。「思い出した? あのころの私の気持ち、少しはわかった?」と母。「そうだね」と素直にうなずく。「順番よ。その年齢にならないとわからないことがあるのよ」
 まさしくそうだと思う。結婚してみないとわからない夫や妻に対する思い。子どもを持って初めて知る親心。人生って、順繰りなんだなと思ったら肩の力が抜けて、イライラした気持ちが、優しい気持ちに変わった。(7月17日付け朝日新聞)

 愛知県東郷町のパート・加島さん(女・56)の投稿文です。「親の心子知らず」である。自分1人で大きくなったつもりで、親の苦労など全く分かっていない、世間を見渡せばこんなこと言っている親がいかに多かろうか。では子を持ったことを本当に後悔しているだろうか。子など無かった方が良かったと本当に思っているだろうか。本気で問いつめたら、こんなことを言っている親に限って絶対に否定するだろう。子があって人生いろいろな彩りがあったし、楽しみややり甲斐もあった。そんなことにすぐ思いが及ぶだろう。
 更に、子を持つ身になっても親を頼ってきてばかりで・・・もうそろそろ親のことも考えてくれればいいのに、こんな愚痴を言う親も多い。でも「子を持って知る親の恩」と言うこともある。そして加島さんのように「親の恩は子で送る」と言う考えに行きつく人もある。また、孫を作ってくれて、それで子に恩を返してもらったと喜ぶ人もいる。
 調べてみると親と子の関連する諺の何と多いことか。それだけ親子関係は複雑怪奇であると言うことである。こういう妙味を知らないで一生を終える未婚社会を憂えるボクである。




2009/08/01(Sat) (第1148話) 書きも書いたり 寺さん MAIL 

 “新年のテーマ特集「今年こそ」に「47年分の日記 読み返したい」との見出しで投稿が載った。1月8日から大学ノート1冊分の記録を1枚のリポート用紙にまとめながら読み、6月初旬に75冊を整理し終えた。すべてのノートを積み上げて写真に残した。65cmの高さになったのを見て、主人も友人も褒めてくれた。
思ったより早く目的を達成したので、「声」の欄に投稿した文章をとじたファイルを整理することを思い立った。ほとんどをコピーして残してあったので、1回目の投稿は昭和59年であることが分かった。採用された紙面は切り抜いてあったので、見出しの付け方や手直しの仕方を学ぶため一覧表に記録した。地元の雑誌に採用された短歌4首も入れて、167本の投稿で81本が採られたことを知り、充実感を昧わっている。
 日記を書き47年6ヵ月、投稿をして25年。心のよりどころとして続けてきてよかったと、還暦を前に思いを新たにしている。(7月17日付け朝日新聞)

 岐阜県各務原市の主婦・中島さん(59)の投稿文です。2009年1月17日の「(第1052話) 日記読み返し」で紹介した話の続きである。まずそれを読んで頂きたい。
 継続の力、効果である。いかに能力のある人でも、一朝一夕にはできない。まさに書くも書いたりである。脱帽せざるを得ないのである。
 中島さんの言葉から、継続することは「心のよりどころ」という言葉に感じ入った。継続していれば、知らぬうちにそれが心のよりどころとなっているのだ。やり甲斐にも自信にもなっている。この日記をつけるという些細な事柄でもである。ボクもそうなのだ。ある程度続ければ、自然に続いていく。しかし、時には努力がいる時がある。その時が肝腎である。日記など止めても誰にも迷惑もかからないし、非難もされない。継続の原動力は自分だけにしかない。それだけに続けることは難しいのである。
 中島さんの場合、投稿もある。167本の投稿で81本の採用はかなりの高率ではなかろうか。新聞に投稿するというのは、非常に多くの人の目に留まるのでかなりの配慮と気がかりがあるだろう。「話・話」の比ではない。「日記読み返し」「書きも書いたり」の投稿でも、多くの人に感動や考える機会を与えたであろう。価値ある行為である。心のよりどころである。





川柳&ウォーク