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第4号  2004年8月


(第45話) 村積山登山3000回 2004,8,31
 三河富士と呼ばれる愛知県岡崎市の村積山(標高262m)に11年前から登り続け、7月末、その数が3000回に達した市川敏雄さん(75歳)が、8月20日付け朝日新聞に紹介されていた。退職後、健康のためにと村積山を登り始め、そのうち「誰もやっていないことをやってやろう」と回数を意識し始めたという。午前4時40分に家を出て、7時半に帰宅する。真冬の突き刺す寒さの中を歩くのが一番好きで、夜明け前の闇の中で、自分を鍛える充実感に浸るという。
 
 私はこうした継続という行為にはすぐに感心してしまう。しかも、市川さんの場合は退職後の行為である。現役時代は教職で活躍され、退職された後もこのように話題になるということは素晴らしい。継続という行為は誰にでもできることでありながら、なかなか困難であるからこのように話題になるのである。次の目標は4000回、できれば1万回といっておられるので、今後もがんばっていただきたい。
 村積山は本ホームページの「おらが富士(1)」で紹介しています。

(ともの米国便り第3便) 米国のスーパーマーケット 2004,8,30
海外旅行をされたことのある方なら、ご存知の事だと思われますが、
海外のスーパーマーケットは驚きや面白い事の宝庫です。

まず第一にそのお店の広さにびっくり。おまけにショッピングカートも
日本の二倍ぐらいあるので、それを曳いて回るだけでも二の腕のシェイプアップと足
腰を鍛えることに役立ちます。

次に商品の個々の大きさが大きい事に驚きます。
鶏肉は、クリスマスでもないのに丸焼き用のものが、沢山並べられています。
牛乳は1ガロンというアメリカの単位で売られており、1ガロンは3.8リットル
です。なかなか飲みきれないと思うのですが、他の方のショッピングカートを
のぞくと、これが2、3本平気で入っています。いつ、誰が、どのように飲むので
しょうか?

賞味期限が異様に長いのも気になります。8月中旬に買った卵が9月23日が賞味期
限と記されています。これは、日付のつけ間違えではないでしょうか?

商品管理の悪さも、ただものではありません。
商品が売り切れでも補充など絶対ありません。
「仕方ないじゃん。売り切れちゃったんだからさ」と言う感じです。
箱がへこんでいたり、スナック菓子の封が開いていることも多々あります。

日本にいると信じられないことが、こちらでは当たり前の日常です。
最近ではこのアメリカ的感覚が私にも身についてきた?かも知れません

(第44話) 生体認証(バイメトリクス) 2004,8,29
 またまた聞き慣れない言葉を持ち出してきたが、
 「生体認証とは、顔や指紋、掌紋、声紋、筆跡など、一人一人の特徴や特性を登録し、照合することで、本人を確認する技術」といわれれば、すぐおわかりになるだろう。指紋やサインのことである。アメリカでは来年1月から、日本では2006年春までに旅券に導入する方針だという。

また一方、8月16日付け朝日新聞の投書欄に、
 “住民票のため区役所に出かけたが、印鑑を忘れたので、サインか拇印でいいかと聞いたら、だめといわれた。案内の人が近くの100円ショップを教えてくれて、そこで早速印鑑を買ってすませた。こんな三文判を押す意味がどこにあろうか”
 要約すればこんな意見があった。

 三文判(認め印)でもなかなか手に入りにくい時代なら意味があったのかもしれないが、今では何の意味ももたないと思うが、いかがなものか。技術は凄まじい勢いで変化している、規則だからというだけの無用な義務を押しつけず、すみやかな時代にあった対応を期待したい。

(第43話) 1リットルの涙 2004,8,27
 今日から2泊でウォーキング大会に出かけますので、出かける前に掲載しておきます。

 難病の脊髄小脳変症と闘いながら青春を精一杯生きた、豊橋市出身の故木藤亜也さんのベストセラーを映画化した「1リットルの涙」が8月22日、全国に先駆け豊橋市で初上映されたというニュースが各紙に掲載された。
 亜也さんは52年7月、15歳の時に突然発病、57年頃から寝たきりになり、63年5月25歳で亡くなる。21歳までに綴った日記50冊を、母親の潮香さんが「1リットルの涙」としてまとめ、昭和61年2月に出版された。私もすぐに買ってきて読んだ。亜也さんも立派であるが、母親潮香さん始め家族も立派であるというのが私の印象である。

 平成元年11月5日の潮香さんの講演内容を記した新聞の切り抜きが手元にあったので、そこから少し抜粋紹介する。(平成元年12月8日付中日新聞)
 “「何でも好きなことをさせてやろうと考えましたが、障害に立ち向かう勇気を教えるのが一番だと思い、亜也を励ました。」「四つんばいでトイレへ行く亜也と一緒に冷たい廊下をはいました。亜也と同じ苦しみ、悲しみを感じたかったのです。」「何のために生きているのか教えてという亜也に、どんな人も、今日を大事にするかしないかで人生の価値は決まる。今やれることを一生懸命やっていこう、と答えるのが精一杯でした。」「日記を本にすることに反対する亜也に、一つのことでも役に立てば、社会に出て働いたと同じ役に立ったことになるの、というと同意しました。」”

 一般上映は10月からのようです。私は見に行くつもりです。皆さんも是非お出かけください。そして、もう1度本を読み返してみなくては・・・・・

(立齋第19話) 母校近辺(一宮市浅野) 2004,8,26
忠臣蔵で有名な浅野匠守(たくみのかみ)切腹の実直な若殿様、
お生まれになったのが 一宮市浅野公園のこの浅野長勝のお屋敷址です。
長勝の長女は 秀吉の「正妻ねね、北の政所(マンドコロ)」です、
長勝の甥の浅野長政の妻は ねねの妹、
また長政の孫娘は 尾張徳川家初代「義直公」の妻となります。
すぐ隣に母校の 南部中学校です、(以前はここが一宮商業高校でした)
在学時には 昼休みに抜け出して よくこの公園に来てた。
ナンジャモンジャの木(ひとつばたご)には 五月始め頃真っ白な花が咲く、
その他 つつじ祭り、藤の花も楽しめます。
浅野は広大な竹林が多く 友人宅を尋ねるにも 昼尚薄暗くどこまでも続く小道、
これがまた迷路の様で どうにも心細い、夢中に自転車を走らせた思い出がある。
国道22号(昔の名岐バイパス)はこの竹林を切り開いて建設され、その後開発が進み
今の様に竹林はほとんど姿を消した。
16/5/23 立齋

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立斎さんのお話はひとまずこれを最終号とします。
立斎さんご苦労様、ありがとうございました。

(第42話) 軍人の泣き所 2004,8,25
 どんな英雄豪傑にも泣き所があるという話から、軍人には・・・・・
 “1879年、南北戦争の北軍司令官、グラント将軍のために催された会合で、米国の作家、マーク・トウェインの挨拶は「赤ん坊が生まれると、軍人の皆さんは赤ん坊の子分になります。赤ん坊は手心を加えてくれるような指揮官ではありません。」「赤ん坊はありとあらゆる横暴と無礼を携えて皆さんに遇します。赤ん坊は皆さんのほおひげを引っかき、髪を引っ張り、鼻をつまんでも、受け入れなければならなかったのです。」「赤ん坊が朝2時に散歩をしたいといえば、皆さんは即座に起床し、部屋をあちこち動き回りながら幼児語をべらべら話すだけでなく、歌を歌います。」”(8月12日付け毎日新聞)
 
 軍人に限らず、ほとんどの人は赤ん坊の無理な要求を容認する。これだけ力の弱いものの要求を受け入れられたら、力の強いものの要求は受け入れられてもおかしくない。要求を受け入れれば、争いごとは起こらない。お互いに(お互いに、が大切)赤ん坊に接するがごとく接すれば、家庭も世界も平和が到来するのは間違いない。

(第41話) 巨人軍・工藤投手200勝 2004,8,24
 アテネ五輪の日本人選手の活躍で少し影が薄いか・・・・またまたスポーツの話です。
 8月17日、巨人軍の工藤公康投手(41歳)が23年515試合をかけて200勝を達成した。今後200勝達成は至難のことといわれ、この快挙にいろいろな賞賛の言葉がかけられた。その中で私の興味を引いたのは、工藤の母校、現在の愛工大名電校の当時の監督、中村豪さんが語る逸話である。

 “81年夏の高校野球愛知県予選5回戦で3回だったかな、工藤が顔に死球を受けたんです。右目の上から出血してユニホームが真っ赤。将来性のある子だから交代させた方がいい、という声もあった。でも本人がどうしても投げたいと聞かない。15分間の中断後、マウンドに立たせました。結果愛知県予選を勝ち抜き、甲子園へ。初戦でノーヒット・ノーランをやってのけた工藤が引っ張るチームはベスト4まで行った。その闘争心がこの記録の支えになっています。あのときマウンドから工藤を降ろしていたら今はないと思う”

 些細なことが人生を大きく変える。「あの時が人生の分かれ目だったな」と、喜びで語れる人生を送りたいものだが、でもそのときにどうなるかは誰にも分からない。悪い判断だったなと思うことが、その後幸運に変わることもある。これが人生の妙味、死ぬまで分からない。だから死ぬまで一生懸命生きるのみ・・・・・

(第40話) ありあまる力 2004,8,23
 今、新聞を始めメディアは、アテネ五輪で活躍する選手の報道で覆いつくされている。私も毎晩遅くまでテレビを見、同じ内容の新聞記事を何度も読んでいる。この報道の中から心を引いた文があったので要約しながら一つ紹介する。
 “鎌倉時代の説話「沙石集」に「言ワザルト見ミザルト聞カザル世ニハアル思ハザルヲバイマダ見ヌカナ」という文があり、これは、言わない、見ない、聞かないは口と目を閉じ、耳をふさげばできるが、思わないというのは至難の業だという意味である。人間せっぱ詰まったとき、考えるなと言われてより考え込み、力を抜けと言われてかえって力み返るのが常である。指揮者の岩城宏之氏は「力を抜くにはありあまる力なくてはならない」といっている。”(8月18日付け読売新聞) 

上記文章は、体操男子団体で日本は28年ぶりに金メダルに輝いたが、最後の演技者・富田選手の演技を紹介する中に出てきた文章である。私も、あのすごい重圧の中でその重圧をものともしない見事さに感嘆の一言であった。重圧をものともせぬ伸びやかで無心の演技は鍛えに鍛えた「ありあまる力」があってできると言うことである。納得である。

(ともの米国便り第2便) ハリケーン名前の由来 2004,8,22
日本では今年、台風が頻繁に発生しているようですが、先週末アメリカでもハリケーン「チャーリー CHARLEY」がアメリカ東部のフロリダに上陸し、大変な被害が出ました。

先日、アメリカの知人とハリケーンについて話した時、「今年のチャーリーもすごかったけれど、去年の“イザベル ISABEL”も大型で、この付近の電柱が倒れて2.3日停電したんだよ。」との事。

チャーリーだとかイザベルとか、一見可愛らしいこのハリケーンに付けられている名前って何なのでしょう?

このハリケーンの名前の由来は、元々はオーストラリアの気象予報士が嫌いだった政治家の名前を付けたのが最初らしい。その後、アメリカの気象学者が自分のガールフレンドや妻の名前を付けだし、1979年には男性の名前も含めるようになったそうです。

ちなみに日本の台風とアメリカのハリケーンは、地域によって呼び方がちがうだけのようです。
日本の台風は1号から順番ですが、ハリケーンはアルファベット順に名前が付いています。
そして2004年は、ALEX、BONNIE、CHARLEY、DANIELLE‥‥
WALTERと最後まですでに決まっているようです。
いったい誰が名前を決めるのでしょうね。自分と同じ名前だったら大変迷惑なお話です。

次に来るかも知れない 「ダニエル DANIELLE」は、物静かなハリケーンだと良いなぁ。

(立齋第18話) 郷土研究家(その2) 2004,8,21
 妙興寺の文化財全てを分類整理されました、また妙興寺と関係の有った柳生家の
柳生武芸帳をお調べになり、柳生石舟斎の師匠「剣聖 上泉信綱」(神泉秀綱、神泉信綱も同じ)の道場が妙興寺境内に在り 剣と禅の修業をされていた事を確認されました、
剣聖とうたわれた 戦国時代末期の剣客「上泉信綱」は神陰流の開祖であり、真剣白刃取り(無刀取り)は妙興寺で体験開眼したのです、私の子供時代の映画に この役を演じた嵐寛十郎はカッコ良かった♪ 映画 七人の侍の冒頭につかわれた 素手で盗賊を倒したと言う逸話は この剣聖の事 妙興寺の納屋での出来事です。
石舟斎は柳生宗矩(むねのり)の父、無刀取りをもう一歩踏み込んで完成させた
柳生新陰流の祖が 妙興寺で修行してみえた訳です。
そんな事から その頃名古屋にお住まいでした尾張柳生の宗家ご夫妻が 妙興寺に度々
お見えになっていました。
これも後藤先生の功績のひとつです、
先生の著「一宮こぼれ話」「妙興寺散歩」には この外まだまだたくさんの事が紹介して
あります。
先生は 私の店にも着流し下駄ばきでよくお見えでした、にこやかで何の屈託も無く
人なつっこい悟道のお方でした。  
私もこんなご隠居になれるか? “夢”です。
16/5/19 立齋

(第39話) 0039 2004,8,19
 またもや数字である、何の数字であろうか。39話ではない。
 今年4月1日から始まった、NTTの固定電話から携帯電話にかけるとき、電話番号の前に0039をつけると料金がやすくなるサービスの数字である。ちなみに3分使って、NTTドコモへかける場合70円が54円、auの場合90円が57円、ボーダフォンやツーカーの場合は120円が63円である。

 電話料金やインターネットについては、開発競争や会社間競争が激しく、次から次へと料金体制が変わり、どれが有利かすぐ分からなくなってしまう。それだけに情報収集が重要である。この情報もふと知ったことであるが、我が家から私にかける場合、NTTからボーダフォンであるので割引率は大きい。もっとシステムをわかりやすいものにできないかと、不満も言いたいが、会社の営業戦略もあるのだろう。自分のことは自分で守らねばならない、高齢者にはますます大変な社会だ。  

(第38話) 路上観察 2004,8,18
 妻の友人が時折「清流」という雑誌を届けてくれる。先日少し古いが、今年5月号の「歩きを楽しむ」という特集が目につき、その中で、「路上観察学会」を立ち上げた藤森照信さんが書かれている文があったので、書き出してみる。
 “僕にとって、歩くことは「発見する喜び」。飽きることなんてないですね。いわば狩猟みたいなものじゃないでしょうか。つまり、そこにはゲーム感覚、スリル、そして手柄がある。歩くには、何か目的があった方が面白いし、一人で路上観察しても楽しくない。手柄を人に見てもらわなきゃ、ね。この世は、すべて観察の対象。地元の歴史や植物を見て回りたい人は見て回ればいいし、犬小屋を見て回りたい人はそうすればいい。誰にも遠慮はいりません。親しい友人同士で、街歩きを楽しみ、何か面白いものを見つけたら、カメラのシャッターを押してもいいし、即興で俳句をひねる、というのもいい。”

 上記文章を読まれて「寺さんそのものじゃないか」と思われた方はないでしょうか?そうなのです。狛犬や留蓋や欄干や・・・・ウォーク時において、観察の範囲が広がったのは、藤森氏始め路上観察学会の人の話を聞いたことがきっかけなのです。このホームページ(HP)の「付録→路上観察学事始」を見ていただくと分かります。そして、HPは手柄を披露する場なのです。私は優秀なる実践者なのです(^o^)、皆さんも実践されたらいかがでしょうか。 


(第37話) 打ち水 2004,8,17
 今年7月の暑さは過去になく、各地でいろいろな記録を塗り替えている。特に名古屋は暑く、ヒートアイランド化が進んでいる。ヒートアイランド現象とは、地表面のコンクリート化や、ビルや車からの排熱などで都市部の温度が高くなることである。そんな中、打ち水が注目され、新聞やテレビでよく目につく。
 “昨年は8月25日、正午から午後1時まで34万人が参加して「大江戸打ち水大作戦」が展開され、墨田区内の測定地点で1度下がったという。今年は8月18〜25日。大阪、名古屋、福岡などにも広げて100万人の参加を目指す。” 
 という記事が出ていた。名古屋では「広小路夏まつり」で、風呂の残り湯や使われていない井戸水などを使って打ち水を行う計画という。東京では下水道の処理水を道路にまき、気温を下げる実験を昨年から始めている。

 打ち水は懐かしくも美しい日本の風景である。それが今見直されているというわけであるが、個人の一時的な気温低下やイベントとしては意味があるであろうが、それ以上とはとても思えない。ヒートアイランド現象の抑制には、真夏のスーツを禁止にし、冷房の設定温度を28度以下にしたら罰金にする方が、排熱が押さえられてよほど効果が大きいと思うがいかがなものか・・・・・

(立齋第17話) 郷土研究家(その1) 2004,8,16
近所に「後藤利光 先生」と言うご立派な方がみえた。
大正二年生まれ 高校英語教師で 定年は一商でお迎えでした。
仏教美術文化財、古文書、特に漢詩と郷土英雄文士の研究家、
中でも 江戸末期 明治初期の 日本きっての漢詩の大家、
岡倉天心の先生でもある「森春涛」(もりしゅんとう 一宮市本町4丁目出身)
の大フアンで その研究と資料収集では お若い時から権威です、
木村蓬莱(ほうらい、江戸中期の儒学者、苅安賀の人、行いから聖人とも言われた)
三輪女(同じく苅安賀の人、ハンセン病の夫を看病し続けた貞女、俳人)
棚橋絢子(本町1丁目の住人、明治初期から長年女性教師、校長として活躍)
鷲津幽林(代々郷土きっての儒学者、末裔に永井荷風、高見順、小鳩くるみがいる)
細井平洲(江戸時代中期の儒学者、美宝堂のすぐ裏筋に在った尾張藩校「明倫堂」の初代督学 これは校長の事です、また人の悪口は絶対言わなかったという偉い方)
まだまだたくさん郷土の善徳の方を研究紹介してみえます。
16/5/19 立齋

(第36話) 集団的狂騒  2004,8,15
 今日は8月15日である。この重要な日について1話くらい書いておかなくてはなるまい。そこで、8月13日付け読売新聞から日本近代文学館理事長・中村稔氏の文章を要約・引用する。
 “昭和20年8月15日、満州事変以来15年間続いた戦争が終わった。私たちは無謀、無定見に時勢の赴くまま、国民を集団狂気、ないし狂騒に巻き込み、敗戦に至った歴史から何も学ばなかったのではないか。私たちは常に、集団狂騒の渦に流されやすいのである。ダイエーの債務は1兆円といわれる。これほど巨額の不良債権を抱えた銀行は、正気の沙汰ではない集団的狂騒に巻き込まれて貸し付けたのではないか。すでに破綻に近い国家財政の問題が放置され、誰もが無関心でいるのも同様だろう。政治が集団的狂騒を醸成し、それが時勢を動かすこととなり、私たちを翻弄する。今や集団的狂騒は地球的規模に蔓延し、人類はその渦に漂流しているのではないか。”

 失敗は失敗とし、それから何か学ばねばいけない。この話で、私が以前から気にしているのは、毎年の歳出80兆円、歳入50兆円、国債発行額30兆円、借金残高700兆円という国家財政の話である。家庭で考えたら考えられない。国家だから何とかなる????・・・・それはならないと思う。さてどうなるか、どうすべきか、集団的狂騒といわれないように考えてみなければならない。その他いくらでも見あたるが、問題が大きすぎて、見ないように、考えないようにしているのではなかろうか。

(第35話) 五輪選手の条件 2004,8,14
 アテネ五輪が始まりました。8月7日付け中日新聞に載っていた田口信教鹿屋体育大教授の話を紹介します。
 “五輪選手は肉体を毎日限界へ追い込む挑戦が必要であり、そのために高い専門的知識と経験を持ち、お互いに信頼関係を保った指導者に手伝ってもらうことが安全かつ継続の必須条件である。しかし最高の指導者と最先端の練習環境を手に入れ、金メダル候補といわれる実力を持っても、4年に一回のチャンスに勝てるとは限らない。運動とは運が動く世界であり、運をつかむ努力が最後に求められる条件である。「神様を味方につけるには、神様の立場に立って考えろ」といわれた監督の言葉を思い出す。”

 五輪は超人である人達が、世界の頂点を目指して競技をするわけであるから、運をつかむ努力が最後に求められる条件というのは、言葉の上では何となく分かる。しかし、「神様の立場に立って考えろ」という言葉に至っては、頭が真っ白になるだけで何も浮かばない。超人と凡人にはこのくらいの差がある。五輪期間中は一筋にかける人間の姿をしっかり目に納めねばと思う。

(第34話) はるかのひまわり 2004,8,13
 8月5日付け中日新聞に「はるかのひまわり」の紹介があった。始めて知る話である。
 “はるかさんは阪神大震災で亡くなった。当時、小学六年生。その年の夏、自宅跡にひまわりの花が咲いた。はるかさんがかわいがった隣家のオウムの餌、ひまわりの種が飛んできて芽吹いたのだ。この話に心動いた人たちが、種をまいて育てたのが「はるかのひまわり」である。”
 はるかさんのお姉さんのいつかさんは、このひまわりの種を持って各地に出かけ、子どもに震災と命の尊さを語っている。また、今はひまわりの絵を募集中で、寄せられた作品は来年の1・17追悼会場に展示する予定という。
 
 阪神大震災からもう9年になる。震災は私が神戸から帰った翌々日であった。私の友人も家を失った。あの悲しい出来事は様々のドラマを生んだ。このひまわりの話もその一つである。私の住む地域では東海大地震が叫ばれて久しく、いろいろな対策がとられている。今日、防災用品をもらってきた。用心を心しておきたい。

(立齋第16話) ラスト侍 2004,8,12
 一商三年生の遠足土産に 京都「新撰組」と名の付いたお菓子を頂いた、
フワフワのワラビ餅でおいしかった♪
大河ドラマの人気で 京都はどこも混雑している様だ♪
若い友人に 新撰組が大好き、中でも副長土方歳三の大ファンだと言う方がいる。
最後まで信念を貫いた土方歳三の生き方に 若者は共感し憧れる、そんな真っ直ぐな自分を見つけて行くのは とても良いと思う。
近藤が一本気で純粋、歳三は冷静沈着で全体を把握できる武将。
新撰組ってほんとの「ラストサムライ」だよね♪ 私達の年代はこんな英雄に
子供の頃から チャンバラ延長で 映画や漫画に親しんでいた。
また歳三の腰の物が名刀「兼貞」だと彼に教わった。
名刀を持つ侍は それ相応の人物であるのもうなずける。
日本刀と言えば地元の「伝さま!」 昭和30,40年頃のモリリンの重役さん
「〜さま」のつく通り 地元では最も親しまれ尊敬されたお方です。
文化全般、茶道、能、は言うに及ばず 特に日本刀の鑑定には 全国に知られた方です、
戦後の歩射神事を再興された方でもあります。
私が勤めた歩射神事には 真刀を差して行いました♪
伝さまが亡くなってからは 現在のごとく 腰の辺りはすっかり軽くなりましたね♪
16/5/14 立齋

(第33話) 箸遣い 2004,8,11
 8月4日は「箸の日」であったようだ。読売新聞投書欄に箸遣いについて書いている人があった。
 “よくテレビで、出演者が「握り箸」で料理をつまんでいる姿を見る。またどれを食べようかと皿の上で行ったり来たりする「迷い箸」、好きなものを探すために器の中をつつき回す「さぐり箸」、箸を使って皿の位置を直す「寄せ箸」など、行儀の悪い箸遣いをする人が結構多いと感じる。見ているだけでも料理の味が半減してしまいそうだ”

 実は私も箸の握り方が下手だ。おかしいことを注意されたのは大学生の時で、それまで全く気がついていなかった。それ以後一生懸命直したが、幼いときから身に付いたものはなかなか直しきれない。このことがあって、子どもには小さいときから気をつけた。
 テレビを見ての話は私も全く同感だ。なぜこんな下手な箸の持ち方のタレントを使うのかと、私自身がそうだけによく思う。特に、グルメ番組となると関係者全員の資質を疑いたくなる。

(第32話) 安全見守り隊 2004,8,10
 愛知県一宮市の小中学校の教職員が「子どもの安全見守り隊」を立ち上げたというニュースが、8月3日の新聞に出た。教職員が校外へ出張や巡回活動などに出かける際、車に「子どもの安全見守り隊 パトロール中」と書かれた裏面がマグネットのステッカーをつける。地域で目を光らせているとアピールすることが、犯罪抑止力となり、地域の安心につながるというわけである。一宮市では01年11月に行方不明となり、まだ見つかっていない小学生の事件以来、地域の自主的な防犯活動が盛り上がりを見せ、現在では37団体が散歩やジョギング中に防犯の腕章をつけたり、自転車の前かごにステッカーを貼るなどの活動をしているという。

 一宮市は私の居所である。実は今年、私の町内会役員会でも話題になり、町会長は積極的だったが、結果的には否決されてしまった。そして、現在は老人会の有志が自転車の前かごにステッカーを貼る活動になっている。私みたいな田舎でも犯罪の話を結構聞く。安心安全はもう以前のこと、自分たちの身は自分たちで守らねばならない。

(第31話) 点字ブロック 2004,8,9
 第3話で携帯電話について書いたが、点字ブロックも気になることがある。
 私は毎朝、通勤時に地下鉄の駅から職場まで20分ほど歩く。地下鉄の駅を出ると歩道は自転車の洪水である。名古屋の街中であるので、当然点字ブロックが張ってあり、それにお構いなしに自転車が置かれている。目の不自由な人はこのブロックを利用し安心して歩いてきたところ、いきなり危険地帯にはいるのである。自転車に乗ってくる人は点字ブロックを利用していない人なので、ついその利用価値を見落とし、悪気もなく置いてしまうのだろう。でもことは社会的弱者に関わることである。我々よほどの人でもない限り社会的モラルを守りきれないが、でも犯してはいけないことがある。このことなどその典型である。
 現在、人にやさしい町づくりが盛んに行われている。しかし、折角税金を使って作られた施設が生かされていない場合も多い。大いに気を使いたいものだ。

(立齋第15話) 幸せの基本 2004,8,8
「あっ!オジチャンだっ♪」ゆりかチャンは通る度にわざわざ自転車を止め そぅ言ってニコッとして行く♪ 
私が横断歩道にリカちゃんを認めれば 互いにニッコリ微笑んで 軽く頭を下げるか
小さく手を振る♪ ただそれだけ。
私も単純なのかお目出度いのか? 何も理由はいらない!たったそんな事が有っただけでその後その日はとてもうれしく気持ちも軽い。
この外にもタカアキ君、エッちゃん、翔君、まだまだ私の大好きなお友達がイッパイ
ここを通る、嬉しい顔ばかりだ、だから毎日が楽しく幸せ♪
考えてみれば たったこれだけの事で幸せを味わえる訳だ、何も要らない。
お互いの何気ない笑顔と信頼感! たったそれだけ有ればいい!
幸せの基本は「どんな人をも好きになる事」だと思う、それが出来れば必ず向こう様も好いてくれる♪ 少し距離をおいた方にもそぅ心掛けよう。
また 好きな人には積極的に話したいし 色んな話も聞きたい、役に立てるなら何でもして上げたいとさえ思うのが自然である。
実は私の茶道の基本はこの事だと思っている!私の茶道教室なんていい加減なものですが
この気持ちさえ胸に熱く持っていれば何も要らない!
あとは通常の茶道修行積んで実力着ければ それでよろしい♪
16/5/12 立齋

(第30話) 10万時間 2004,8,7
 この数字は何でしょう? 7月3日付け朝日新聞で見つけた数字である。
 60歳から80歳の自由時間は、睡眠や食事、風呂などを除いて1日14時間とすると、計10万時間になる。また、現役時代の労働時間は、20歳から60歳に年間2500時間働くとすると10万時間で、ほぼ同じ時間である。
 80歳も、14時間も、2500時間もそんなにおかしな数字ではないと思う。こうして計算された数字を見せつけられて、私のように定年が近くなった人や、また、退職して少し気落ちしてみえる方はどのように感じられるのだろうか。

 今まで働いたと同じ時間の自由時間が今後用意されている、私として驚きである。もう終わりどころか、余生どころか、もう一度人生がやれるのである。褌を締め直させねばならない。数字で示されることはありがたくも怖いものである。

(第29話) 墓参代行業 2004,8,6
 新聞で「墓参代行業」という文字を見たときにはびっくりした。
 転勤や引っ越しでお墓から遠く離れたり、高齢や忙しくていけないときに利用する。お墓参りやお墓の清掃等をしてもらい、料金は1万円くらいから数万円であるようだ。元々は地域密着のサービスだったようだが、最近は出向範囲を広げたり、全国展開する業者もあるようだ。
 
 お墓が気になっているが、高齢や病気で遠くに出かけられないという人には願ってもないサービスであろう。私には始めて聞いた商売であるが、考えてみればあってもおかしくない。しかし、面倒なことは何でもお金で済ます時代である。何年後かにはその必要のない人までも利用し、一般化するのではないか。しかし、お墓参りはその場所に出かけ、その前で先祖に思いをはせ、供養をし、今ある自分に感謝することであろう。心の伴わない行事にならないことを祈るばかりである。

(第28話) 自殺者3万4千人 2004,8,5
 平成14年の自殺者が3万4千人で、自殺1件があれば背後に10件の未遂があり、既遂や未遂の1件について最低5人が心に傷を負うという記事が出ていた。(7月30日読売新聞)この計算では実に170万人以上が打撃を受けることになる。
 では交通事故はどうだろう。昨年の交通事故死者は7700人であり、負傷者数118万人、事故件数95万件である。交通事故は多くの場合加害者もあり、その加害者もかなりの心の重荷を負う。自殺者と交通事故で心に重荷を負う人を大雑把に年間500万人と仮定してみよう。25年に1回、生涯で3回以上遭遇することになる。

 私の場合、中学1年の時に父が交通事故で生死をさまよい、7年前に母が事故を起こし、それをきっかけに痴呆が進行した。共に気をつけて気をつけきれるものではないが、結果が重大だけに最大の注意を払いたいものだ。

(立齋第14話) 花は咲く 2004,8,4
先生宅、毎年お庭のツツジが南側一面ぱっと咲いて見事です。
つう様先生「嬉しいね♪この花が咲いたら必ず五月間近かやね♪」
「毎年元気に咲いてくれますね♪」
「この季節は気持ちが良いよね♪」
「そうですね♪」 庭の掃除の合間にこんな会話をしたものです。
昔「誰が為に鐘は鳴る!」なんて洋画のタイトルがあった、確かゲーリークーパーと
イングリットバークマンの悲しい名画だった。
似た言葉に「誰が為に花は咲く?」と言うのがあります。
花は誰の為に咲いているのでしょうか?
自然とは有り難いものです、花ばかりで無く 全ての物それぞれがチャント
生き生きと息づき 花咲かせている、あなたも私も♪
もう一つ 茶道に直接関係ある言葉 「不審(いぶかし) 花開く 今日の春」
春になると何故花は咲くのでしょうか? こんな意味ですが、
この「不審」から表千家不審庵、「今日」から裏千家今日庵の名前がつけられています。
茶道界で庵とは粗末な家、つまり茶席を意味します、千家それぞれの原点の茶席の名前に 自然界の基本的な意味を問う言葉があてられているのは興味ある事です、
茶人の心のスケールの大きさと 自分に疑問を感じてしまう、そんな私です。
16/4/20 立齋

(第27話) 今日はイカのおすし 2004,8,3
 「ついて“行か”ない」「“乗”らない」「“大”声を出す」「“す”ぐ逃げる」「“知”らせる」の“ ”で囲まれた文字をつなぐと「イカのおすし」となる。
 これは警視庁生活安全部が考案した、子供たちが危険にあわないように注意事項を覚えやすくしたものである。
 さらに、子どもの危険回避研究所の所長横矢さんは「イカのおすし」に「きょうは」という言葉を加えているという。「“距”離をとる」「“う”しろに注意」「“は”やめに帰る」である。これは7月22日付け読売新聞からの情報である。

 全く大変な世の中になったものである。子どもを保護するのが大人の役目なのに、その大人に子供が注意しなければならないとは・・・・。子供はこの言葉を合い言葉のように覚え、また保護者の方もこの合い言葉を参考に具体的に教えることがいいと思う。新聞にはもっといろいろな注意事項が載っていたが、そんなことをいつも気にしていたらどんな子に育つだろう・・・・それも心配になることである。

(第26話) フード・マイレージ 2004,8,2
 苦手なカタカナ語であるが、こんな言葉を見つけて興味を引いた。またまた高尚な話である。
 フード・マイレージとは輸入農産物が環境に与えている負荷の指標で、食品の輸入量と運搬距離を掛け合わせて数量的に表すものである。フード・マイレージが大きいことは大量の食糧を遠距離から輸送していることになり、輸送の燃料消費や温暖化ガスの排出などで、環境に大きな負荷を与えることを意味する。イギリスの消費者運動家ティム・ラング氏が提唱している尺度で、日本は韓国の3.4倍、アメリカの3.7倍という。

 資本主義経済の論理で日本の食糧自給率は下がる一方である。そして農家も減るし、田畑も減る。私は一定規模の食糧自給率は国防政策のひとつとして、田畑の保存は治水政策の一環として必要だと思ってきた。フード・マイレージから食糧政策が環境政策に係わると言うことも改めて知った。

(立齋第13話) 普通の先生 2004,8,1
昔には居た 熱血漢の「なぐってでも覚えさせる」と言った先生は もぅ居ない!
始め 通り一遍教えて後はそのまま、やる気が有る奴には とことん付き合ってくれる
はずですが、そんなニ歩も三歩も前に出たがる奴も なかなか居ない? 
皆、仲間意識がよろしく 日和見主義な奴ばかりだ。
先生は見ていない様でも 誰が真剣なのかをちゃんと見ている、
その気持ちと気持ちがぶつかった時だけ 真剣に教える、
ほんとは 教えたくて 教えたくてしょうがない! そうなんですよ♪
また 週一と言う付き合いしか無い、と言うのも互いに何か壁ではないが 
遠慮がちなところが在る、まして難しいお年ごろの女子相手となると 
きつい事は言いたくない訳です。
ですから こちらから「教えてください」と積極的に言わなければダメなんよ、
先生は遠慮してるだけです。
もっともっと コミニュケーションとやらを 心掛ける事が大事です。
楽しい事も厳しい事も 何でも話し合える 環境つくりが第一ですね♪
先生の実力を活かし、自分を高めるのも ボケッーとしてしまうのも 
考え方と 気持ち次第ですよ♪ しっかりしましょう!  
と 或る弓道部キャプテンに話した♪
16/4/10 立齋


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